17.主人
数日後。
俺は今、外出用の服を着ている。
こんな服装初めてでどうしていいか分からない。
何だか緊張している。
黒いシャツに黒のパンツ。赤いネクタイまで締められた。
どうやら相手から“こんな服装がいい”と希望があったらしい。
俺が会うのはもちろん、あの手紙の相手だ。
どうやったのか知らないが、
いつの間にか先生に話が行っていて。
気付いたらこうなっていた。
あっという間に会う機会が準備されていた。
先生がどこまでこの手紙の事を知っているのかは分からないが。
「よし、それじゃあ行こうか。
指定された場所までは僕が車で送るから。」
「うん、分かった。」
慣れない服装に戸惑いながら、履き慣れない靴を履いた。
もたもたと靴紐を結んでいたら、白燈が代わりに結んでくれた。
「…ありがとう。」
「ううん、気をつけてね。」
白燈はこの外出に関して、何も聞いて来なかった。
養子の事を話せないのを、後ろめたく思っているのか。
まぁ今はそれが有り難い。
みんなに見送られ、施設を後にした。
そして着いたのは名前も知らない大きなビル。
「先生、ここは?」
「指定された場所だけど、ホテルみたいだね。」
先生の後を追って、車を降りてそのホテルに入った。
指定されたのはそのホテルの中にある、会議室の様な部屋。
中に入ったが誰も居ない。
相手が来るまで先生も一緒に待ってくれる事になった。
椅子に座って待っていると、ノックが響いた。
「失礼します。主人の代理人の者です。
主人が到着しましたので、神父様は退室して頂けますでしょうか。」
「先生、行くの?」
「あぁ、また迎えに来るから。いい子でね。」
俺の頭を撫で、その代理人に頭を下げて部屋を出た。
その代理人も先生と一緒に出て行き、1人になった。
落ち着かなくて、部屋をきょろきょろと見渡す。
内密に、なんて言ってたけど。
先生には手紙の内容は知らされてないのかな。
俺が今から何の話を聞くのか。先生は知ってるのかな。
…知ってたら、先生ここに残りそうだけど。
天井を見ながらそんな事を考えていると、またノックが響いた。
「失礼します。大変お待たせしました。」
さっきの代理人の人が少し顔を出す。
反射的に立ち上がった。
代理人さんの顔が引っ込んだかと思うと、1人入って来た。
思わず息を呑む。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。
本日は御足労頂き、感謝します。」
「は、はぁ。」
頭を下げられたので、同じ様に頭を下げる。
この人が、手紙を書いた人。
目の前にいるそのスーツ姿の人は、般若のお面をつけていた。
…なんで般若なんだ。威圧感がすごい。
もう一度お互いに頭を下げて座った。
その般若のお面は口元が大きく開いていて、少しだけ口が見える。
真っ直ぐ一の字に結ばれた口。
「今まで手紙を送らせて居たのは、わたくしでございます。
諸事情により、住所は伏せさせておりますが。」
「な、なんで、俺なんですか…?」
「…?」
俺の問いの意味が分からない様で首をかしげた。
俺じゃなくても。先生だっている。
わざわざ俺に直接接触してくる必要があったのか。
住所も名前も明かさない。その上般若のお面だ。
相当自身の事を秘めていたい様だ。
これ程のリスクを犯してまで、直接でないといけなかったのか。
どうしても気になってしまう。
「そもそもあんたは誰だよ。
俺に般若のお面付ける様な知り合いは居ないし、
施設の外に手紙をくれる様な知り合いも居ない。」
「…ふむ。自己紹介、でしょうか。」
「あんたは俺の事色々知ってるみたいだしな。
だが俺はあんたを全く知らない。…不公平じゃないか?」
俺の言葉に少し俯いて、何かを考えているみたいだ。
相手の表情は読めないし、少しの動作で相手を伺うしかない。
俯き気味だった般若が勢いよく顔を上げた。
…般若で勢いよく顔を上げられたら、なかなか怖い。
「簡単に言えば、わたくしは“教会関係者”でございます。
名前は…、言えません。ですがわたくしは黒埜様を
随分前から知っています。」
「まぁ教会関係者なら知ってても可笑しくないけど…。
だから先生と連絡を取って、こんな風に面会出来たのか。」
そりゃ、俺の知らないところで話が進んでる訳だ。
教会関係者なら先生の許可を取って、
面会の場を設けるなんて朝飯前じゃないか。
それなら俺の個人情報もあったもんじゃないな。
「いえ?だから黒埜様の御両親の話を知っている、
という訳ではございませんよ。教会関係者と言えど、
全ての教会の孤児たちの情報なんて把握しきれませんから。」
「じゃあなんで俺の事を?」
「…ふふ。そんなに焦らなくてもきちんと御話しますよ?」
余裕そうな態度が気に入らない。
口元を片手で軽く抑えて笑う。
その動作1つが勘に障る。
「黒埜様の御両親とは顔見知りでしてね。
わたくしがまだ幼き頃、少しお世話になりました。
本当にあの御二方は出来た御人でした。…わたくしの憧れです。」
「…。」
「…憧れ、だからこそ。とても落胆しました。
まさかあんな事になるなんて。」
顔を伏せ、黙る般若。
しかしその態度も、何処か“演技”の様に見えた。
“落胆”。それは両親が死んだ時の事を言っているのか?
まさか人に殺されるなんて、って意味なのか?
何だかこいつの言葉1つ1つには、
裏がある様な気がしてならない。
「黒埜様は御両親の御話はもう御存知でしょうか?」
「…あぁ。」
「じゃあその御両親を殺めた、2人組を御存知ですね。」
黒ずくめの2人組。
両親を殺めて、家を燃やした犯罪者。
…先生を追い詰め、俺の家族を殺した。
「それが、どうした。」
「…ふふ。その2人組についてですが…。
今どうしているか、なんて。知らないですよね?」
「知る訳ないだろ。大体捕まってないらしいし、
素性も何も分かってないって先生が…。」
するとまた、口元を軽く抑えて笑う。
…何がそんなに可笑しい?
さっきから俺の神経を逆撫でしてきやがる。
「さっきから笑ってばかりで、何が可笑しい?
回りくどいのはいいからさっさと用件を言えよ。」
「おや、怒らせてしまいました?」
顎に手を当てて、首をかしげる。
わざとらしいその1つ1つの動作が原因だって分からないのか。
「では単刀直入に言いましょう。
わたくしは、その殺人鬼たちを。…知っています。」
「……は?」
「彼らは生きている。今も、君たちのすぐそばで。」
ぞくっと。背筋に冷たい汗が流れる。
俺の、そばで?
今までの会話全て。裏がある様な感じがしていたのに。
これだけ、妙な説得力を感じた。
「何を、意味の分からない事を…」
「意味?黒埜様の御両親を殺した奴らが、
すぐ近くに居る。この意味が、分からないって?」
お面を抑えて、天井を向き大声で笑う。
さっきまでの馬鹿にした様な笑いではなく、呆れているかの様な。
大体、なんでその殺人鬼を知っていながら。
どうしてこいつは、何もしないんだ?
「不思議だって顔、してるね。
さぁ、どうしてだと思う?なんでだろうねぇ?
どうして警察に行かないのだろう?はははははは…。」
壊れたかの様に笑い出す。
その姿に恐怖を感じた。…こいつやばい奴だ。
身の危険を感じた。
「まぁすぐに会えるよ。
彼らも君との“真の再会”を、心待ちにしているからね。」
「真のって…」
「あぁ、それとね。」
俺の問いを遮る様に被せてきた。
そして1枚の写真を机の上に置いて、差し出してきた。
その写真は、白燈だった。
「この子、俺のところで引き取るんだ。養子としてね。」
「は、はぁ!?」
こんな危ない奴が、白燈の養子先?
ふざけるな、先生も教会も何を考えてやがる。
こんな奴の養子に白燈を?
頭沸いてんのか?
「そんなの、認めない。」
「ははっ!君が認めなくても、話は着々と進んでるよ。
この子は“神父”になりたいらしいね?」
机に置いた白燈の写真に手を乗せた。
一瞬見えた口角が、にやっと上がっていた気がした。
するとその写真を握り潰した。
歪む白燈の顔。
「…なれると、いいねぇ。」
「お前、いい加減にしろよ。」
ぶちっと。頭のこめかみら辺で鳴った気がした。
机に上がり、般若の胸ぐらを掴んだ。
明らかな煽り。挑発。
こいつは何がしたいんだ。
「お前が何をしたいのか、そんな事知らねぇが。
そこに白燈を巻き込んで、邪魔でもしてみろ。
…俺がお前を殺す。」
「はははっ!お前みたいな知能の低い猿同然のただの餓鬼に!
何が出来る!?もっと自分の立場を理解したらどうだぁ!?
お前も、この餓鬼も!1人じゃ何も出来ねぇくせによぉ!!」
我慢の限界だった。
考えるより先に動いていた。
思い切り力を込めて、このお面野郎の右頬をぶん殴った。
床に血が飛んだ。どうやら口が切れた様だ。
お面も右頬にひびが入り、少し割れた。
そこでノック音がした。
「失礼しま…主人!!」
「え、黒埜!?」
現れたのはさっきの代理人と、先生。
そりゃ驚くだろう。
俺は机の上に居るし、般若野郎はお面が割れて床に尻もちついてる。
どう見ても、俺が加害者。
「あぁ、お面が…。すぐに新しいのを…」
「いや、いい。割れてるが、顔は分からないだろ。」
「黒埜!この状況は?
とりあえず机から降りなさい!」
先生は慌てて俺を机から降ろした。
先生に強く抱き締められる。心臓の音が聞こえる。
代理人は抱える様にして、般若野郎の身体を起こした。
すると両手で顔を包まれ、先生と目が合う。
…合うというよりは、強制的に合わせられてる感じだけど。
「黒埜、先生はどうしてこの状況になったのか、
分からない。僕に話してくれるね?」
先生はすぐには俺を責めなかった。
それはこの般若野郎の異常さを、
先生も感じていたからなのかもしれない。
「さすが神父様ですね…。いつでも冷静だ。」
「…親バカだと笑って頂いて構いませんよ。
この子は理由なしにこの様な無礼を働く子ではないのでね。」
俺の頭を撫でて、般若に向き直る先生。
先生が手を差し出すと、般若野郎はその手を掴んで立ち上がった。
代理人は納得がいかない様で、不満げな表情をしている。
隠す気もないらしく、明らかな敵意。
「わたくしが煽ったんです。
黒埜様に非はありません。」
ズレたお面を直す仕草をする。
さっきまでの態度と変わって、また演技臭くなる。
俺を煽ったあの時の般若野郎が、本性なのか?
「それではこれで失礼致します。
本日はありがとう御座いました。」
丁寧に頭を下げる般若野郎。
代理人も不機嫌そうであるが、軽く頭を下げた。
俺は先生に頭を抑えられて、無理やり下げさせられた。
扉のところまで行って、こちらを向いた。
「…黒埜様、またお会い出来る日まで。」
「…。」
にっこりと口角を上げて、出て行った。
それに続いて代理人も出て行く。
部屋は俺と先生だけになった。
「黒埜、大丈夫?」
「…うん。」
ふっと笑って、また俺の頭を撫でた。
どんな話をしたのか、何があってあいつの殴ったのか。
先生は何も聞いて来なかった。
俺の右手には少し、血が滲んでじんじんと痛んだ。
そのまま部屋を出て、車に移動した。
そこで軽く消毒して、手当もしてくれた。
その後は特に話す訳でもなく、ただ黙って外を見ていた。
…あの般若の目的は何だ。
あいつはどうして2人組の犯人を知っている?
「…ねぇ先生。」
「ん?どうしたの?」
先生の目線は真っ直ぐ前を向いている。
俺は窓に映る先生の横顔を見ていた。
「俺の、両親を殺した2人組って…。どうなったの。」
「…突然どうしたの?」
先生の顔が明らかに曇る。
出来ればこの話は先生にしたくない。
でも俺の1番近くで事件を知っていて、
信用出来るのは先生だけだ。
悪いと思っていながらも、先生にしか聞けない。
横目で俺を見て、本気だと分かってくれたのか。
先生はゆっくりと、深呼吸をした。
「例の2人組は、捕まっていない。
…全くと言っていい程、手がかりもない。」
「その調査って、今も続いてるの?」
「…さぁ、どうだろうね。
僕は続いてるとは思わないかな。」
下唇を軽く噛む先生。
小さな町で起きた、殺人事件。
当時犯人の手がかりは何1つ出て来ず、
調査が難航していたらしい。
先生は先生で神父になる為の仕事でいっぱいだった。
そして結局、警察からの連絡はなかった。
「先生は、今その2人組が目の前に出てきたら。
…どうする?」
「……復讐、する。今は君たちがいるし、
すぐには無理かもしれないけど。
いつか必ず、…復讐、しなきゃ。」
思わず先生の顔を見ると、真っ直ぐ前を向いたまま。
その目には、強い意志が見えた。
先生が、2人組に復讐?
それはそうだろう。目の前で大切な人を殺された。
きっと先生は、その2人組に復讐を果たすまで。
自分を責め続けるんじゃないのか。
そんな漠然とした不安が胸に残った。
…俺は、




