黒獣
疾駆するリアムとレプ。
黒い獣のモンスターは一瞬どちらを狙おうか逡巡するも、体の小さなリアムに狙いを定めたようだ。
黒い獣は鋭い爪を少女目掛けて振るう。
リアムは柔らかく跳ね、これを難なく躱す。
すかさず黒い獣はリアムの頭を噛み砕かんと口を開くも、金髪少女は器用に空中で身をよじり、ふわりと浮くように攻撃の軌道から逃れる。
同時に、獣の頭の硬質そうな毛を掴み、それを引っ張り軸として前転宙返りを披露する。
その縦回転は足の先まで波及し、強烈な踵落としを生み出した。
「ギッ!?」
膝丈まであるブーツの踵や爪先には金属が仕込まれているらしく、踵落としの一撃は獣の鼻先を容赦なく抉り取った。
「悪く思うなよ」
レプはそう呟くと、素早く腕を振るう。
彼女の腕が鞭のように撓ったかと思うと、獣の両方の目蓋に大きな切り傷を作った。
獣が怯んだ隙を見逃さず、流れるような手刀により視界を奪ったのだ。
突如として目と鼻を奪われた獣は、狼狽し混乱に陥る。
最後にレプはゆっくりとした動きの掌底を獣の頭に放つと、黒い獣のモンスターは動かなくなった。
戦闘は終わったようだ。
「やったか!?」
緊張のあまり硬直していた少女勇者が素っ頓狂な声をあげた。
いや、やってるから。
「ひょっとして、おまえ何もしてないのでは…?」
「うっ…」
勇者は目を逸らす。
まあ、ずっと荷物持ちだったのなら仕方ないだろうが。
エロ勇者のことは無視してモンスターの死骸をスキルで収納し、再び歩みを進める。
「血抜きとか解体とかしなくていいの?」
少女勇者は話を逸らす為か、興味津々といった様子で尋ねてくる。
「収納名人や収納達人のスキルは、収納してある物の時間を停止しておくことができるんだ。
後で落ち着いた時でも良いし、町に着いて解体スキルを持った奴に任せても良いだろ」
「へー、便利だね」
エロムニスが適当に相槌を打つ。
しかし、勇者はともかくとして武闘家もどきの二人が存外強いな…。
リアムの柔軟な動きは天性の才能を感じるし、レプの技は熟達した技術の極致だ。
同じ近接格闘型でも、リアムはセンス派でレプは技巧派として区別できる。
というか、二人が正規の武闘家でないのが本当に悔やまれる。
もし、こいつらがあの戦闘技術に加えて武闘家としての格闘スキルを使えるのなら、魔王軍の幹部連中とも渡り合えただろうに。
…いや、いざという時、惜しくなっちまいそうだから、逆に今のままで良いのかもしれない。
未完成ならではの美しさもある、か。
「まあ、勇者がサボってるのは分かった」
「さ、サボってないし…
ほら、私クールでかっこいいでしょ?」
こいつもしかして自分がクールでかっこいいと思ってるのか…。
「それと何の因果関係が?」
「だから私思うの。
この世界の主人公は私なんじゃないかって。
だから今は役に立てなくても、その内覚醒とかして絶対役に立つから」
「諦めんな、お前は物語の1話とかで活躍しそうな奴だよ」
「そ、そうかな?」
「第一話、勇者死す」
「それ、わたし死んでない!?」
勇者が涙目で睨んでくる。
こいつ出会った時の勇者タックルからして、ステータスは高いはずなんだがな。
まあ、あの戦闘センスの塊の格闘家もどきの二人が荷物持ちとして扱っていたのならそれなりの理由があるのだろう。
駄弁っている内に、森の入り口が近づいてきた。
そろそろか。