13
「ここは?」
「庭ですね」
バラが咲き乱れている。赤いバラを見て何か一瞬思い出しかけたような気がする。
手を差し伸べてバラは赤よりもピンクが好きと笑った私がいた。
「あの何もないところで話されていたようですが?」
「え?」
「誰かおられました?」
「あ、見えてなかったの?」
「はい」
王宮の庭のようだった。ここから逃げないとと空を見ると暗闇に支配されていた。
確かこの先を抜けると壁が崩れていて、そこから抜けられたはず。
そこからよく抜けて町に遊びに行って……王子が、いえ違う王子じゃない。
「ここから抜けられるはず」
「よくご存じですね」
まっすぐに歩いていくと確かに壁の一部が崩れていた。
前世の記憶? いえそれもあるがどこか懐かしい。
アンの手をひいて恐る恐る歩く。
すると目の前に見えてきたのは火の精霊だった。またユリウスとかいう人のものかと慌てて水の呪文を唱えると発動した。
「水よ、わが呼びかけに答えよ!」
水の精霊が現れ、火を駆逐するべく水の雨を降らせる。
火の精霊が消えていくが、しかしその先には赤い髪の魔法使いがいた。
「逃げるとは……光の精霊ミカエラをようやく呼び出したばかりなのに」
「え?」
「シャルルを対価に呼び出したのはいいが、わが要求を聞かない。どうしてこういつもいつもお前は僕たちの邪魔をする?」
「え?」
「前の世といい、今といい、いつもいつもそうだ。友人であったときもあったのではないか? リリアーナ。どうして裏切ったあいつの言うことしかお前は聞かない?」
「あなたは誰?」
「さあ、思い出せないのならそれまでだろう」
私の前世の知り合いであるなら、覚えているはずだ。
だがこのような人は知らない。
火を使う魔術師? しかも友人であった?
「……わからないわ」
「二人で誓ったのではないか? 裏切り者を消そうと、陛下もそう仰られた、なのにお前は最後あいつをとった」
私はこのユリウスという魔法使いの記憶はない。
だが彼はふうとため息をついて大げさに両手をあげた。
「なんと呼べばいい? 何度も何度も僕たちは繰り返し出会う。だがお前はいつもあの男を求め、破滅する。それを止めたいが故に前世僕は手を貸した。あの男と出会うのはやめろと僕は言っただろう?」
思い出せない、するとユリウスはふうとまた大げさにため息をつく。
かなり芝居がかかったそれはしぐさだった。
「僕は君のことは友人だと思っていた、だが君はいつもあの男を求め、実際に国を滅びに追いやる。闇の精霊クロスと縁があったのは確かに君だ。だがあの男がいつもその原因を作るだろう? あいつはいつも裏切るのにさ」
私は思い出せない、だがこのユリウスという男の言葉には真実味があった。
しかし裏切り者? いえ確か裏切ったのは。
「違うわ、裏切ったのは陛下よ」
「……ほぉ、少しは記憶に残ってるんだね」
アンは黙って私たちの会話を聞いている。アンを指さし、裏切りの符丁、お前がいつも滅びをもたらすきっかけになるとクスクスと愉しげにユリウスは笑う。
「え?」
「お前がいつも滅びのきっかけとなるのに、どうして気が付かない? 前世はお前も関りがあった。僕はお前を大嫌いだったよ」
静かにアンを見るユリウス。
だけど私はアンのような娘は記憶にない。
だがふうとまた小さくため息をついてユリウスはアンをまっすぐに見た。
「ラティーシャ、どうしてその娘の隣にいる? 裏切りの符丁よ」
ラティーシャさん? しかし全く気配が違う。私はアンをまっすぐに見る。
戸惑ったようにユリウスを見るアン。
「いつもいつも繰り返し繰り返し王太子を誘惑する娘よ。いつも破滅に令嬢を陥れようとする娘、お前のことは陛下はお怒りだ、今世こそお前を消し去る」
ユリウスの表情がどこか寂し気で、しかしどこかで見たことがあるという思いは消せない。
友人であったのに思い出せないのはなぜ?
「ラティーシャをかばうとはどうしてだリリアーナ?」
「……だって今はラティーシャさんじゃない、アンだから」
「そこが甘い、君はいつも甘いんだな」
寂しげに笑う、一瞬だけ銀の髪をした青年の姿が重なる。
銀の色彩を持つのは一人だけのはず、どうして? と思うと赤髪の青年はとても楽しげといったように微笑んだ。
「甘い君は嫌いじゃない、だけどそろそろ思い出してほしいリリアーナ」
「え?」
「あいつは君を裏切ったろう?」
「思い出せない……」
「だからこそ君は絶望したのに」
ユリウスという青年は私の前世の知り合い? どこかそのまなざしは優しい、手を振り上げ火の攻撃魔法を繰り出そうとしたユリウスの魔法をはじく。
するとどうしてだと本当に寂しげにユリウスが悲しげに笑ったとたん、私の中で何かがはじけた『君はいつもあの男のことしか話さないなリリアーナ』
『あら、私はただ王の血縁である彼が王子としての……』
『僕はあいつのことは好きじゃないな』
銀の髪の青年が庭園の椅子に座っている。湖がその目の先には見えた。
緑の瞳がまっすぐに私を見る。
銀の髪を持つものは一人きりのはずだったが、彼は同じ色彩をしていた。
『しかし、どうして君はあいつの真実を知らない? 僕は……』
『友人として忠告? ありがとうレイ』
湖を見てそういえばここで死んだ人がいたらしいねとレイが言う。
昔そんなことがあったらしいわねと笑いかけると、そういえばと彼は口を開いた。
『ミーファが死んでもうすぐ二年か』
『それは言わないでレイ、だって私もそれは止められませんでした』
私の友人だったミーファ、彼女は死んでしまいたいのと泣き笑いの顔でつぶやいたかと思うと、塔から身を投げて死んだのだった。
今は塗りつぶされた窓、だがあの時は天窓のように小さなものがあり、そこからミーファは身をなげたのだった。
『リリアーナ、僕はミーファを助けられなかった。だから君は助けたい、ラティーシャは』
『大丈夫です……』
ミーファはレイの婚約者だった。だがレイの浮気性が彼女の心を追いやり、女遊びを続けるレイを見続けて、嫉妬で気が狂い自殺してしまった。
『レイオール、あなたが不実であったばかりにミーファは死んだ。私はあなたを信用することはできないわ。申し訳ありませんが……』
『リリアーナ』
『友人だと思っていましたわ、だけどあれは……』
『僕は」
『不実な人は嫌いです』
友人だと思っていたレイオール、だけどずっと彼女を裏切り続けた。だからこそ彼女は死んだのに……。
不実な人は嫌いそういうとじゃあ僕と付き合おうよとからかうように笑う。
彼のこんなところが私は苦手だった……。
しかしこの場面しか思い出せない。
じっと見ると赤い髪の魔法使いが目の前にまた見えた。




