朝の来訪者
この世に、魔王が現れて3年―――
人々は、苦戦していた。
魔王が現れれば、土地は枯れ、瘴気は溢れ、魔物がはびこる。
だが、そんな魔王に対抗できるものも、人のなかには現れる。
それが、勇者。
勇者の紋章を宿した勇者候補は、五十人。
魔王を倒したものこそが、真の勇者とされ、彼の者のいる所、恵み溢れた地になるという―――
そんな伝説を信じ、人々は、勇者たちは。今日も魔王に挑むのだ。
だが、ここに例外が1人……
青年は、長い柄の斧を振るい、薪を割る。
ふぅ、と小さく息をついて、薪をかき集める。
その手には紋章―――そう、勇者の紋章と呼ばれるものが宿っていたが、男は憎々しげに、うっとおしげにその紋章を一瞥し、薪を家の裏手に積み上げる。
「ザイさーん!おはようございます!」
声が聞こえ、男は振り向いた。顔をしかめる。
「シン……また来たのか。」
「だってザイさんの料理って、美味しくないじゃないですか。」
「だからといってお前に世話される義理も無いがな。」
「またそんな事言って……孤児だった僕を、拾ってくれた恩は忘れませんよ!」
シンと呼ばれた年若い青年は、片手のバスケットを男に見せた。
「今日の朝ごはんは、新鮮な卵とトマトが採れたから、オムレツです!……でももうそろそろ、トマトの季節も終わりですね……」
次は何をメインにしようかなぁ。年若い青年は呑気に語っているが、男は相変わらず顰め面だった。
「それで?ザイさん。今日こそ魔王を倒さないんですか?」
シンは朝食の後、唐突に切り出した。
ザイはいつもの事とでもいうように、手で追い払うジェスチャーをし、
「勇者なんて御免だね。魔王を倒すのなんか、もっと御免だ。」
軽く言い放った。
「そんな……けど、真の勇者になれれば、きっと皆、ダークエルフの扱いだって変えてくれます!」
「奴らがそんな簡単に行くもんかね?」
「ザイさんは優しい人です!一人ぼっちで、こんな山の中にいていい人じゃ、ないはずです!」
……ザイは、ダークエルフだった。人々から恐れられる種族……故に、人里離れた森の奥に、一人で住んでいる。……3年前までは、一人ではなかったが。
「でもほら、勿体ないでしょう?魔王城まで徒歩3分!絶好の立地じゃないですか!」
深々とため息をつき、ついにザイは叫んだ。
「毎日毎日……魔王を倒せってな……魔王はお前だろうが!シン!」
シンはニッコリと笑った。
「ええ。だからこそ……ザイさんにはいい話だと思いませんか?抵抗、しませんよ?僕はあなたに幸せになって欲しいだけです」
ザイはテーブルから立ち上がり、踵を返した。
後ろからかかる声を無視して、狩りの道具を手に取る。
……食べていくためには、狩りも必要だ。毎日毎日、昔拾った子供に食事の世話をされているのも腹ただしければ、殺せとせがまれるのも、今は聞きたくなかった。
「今日も殺してくれなかったな……」
取り残された家で、ぽつりとシンは呟く。
(金の目が気持ち悪いって捨てられて……僕が魔王だったことを考えればそれは正しかったのかもしれないですけど……
そんな僕が、誰も恨まずにこれたのは、ザイさん。あなたのおかげなのに……)
十五年前、この家に拾われた。三年前、魔王として目覚めるまでは、この家で暮らしていた。
ぼんやりと育った家を見渡す。子供の頃からすると、ずいぶんと小さく見えた。
その時、シンの頭に不快な音が響いた。……魔王城の魔物が呼んでいる。勇者が、今日もまた現れたと。
「……大したこと、なさそうですけどね……でも、ザイさん以外に殺されてあげるわけには行かないんですよ。」
殺されるのはたった一人。魔王として目覚めてしまったその日から、シンはずっと決めていた。
夕暮れ時、ザイは仕留めた獲物と、山菜を摘んで帰る。
……家からは、ホッとするような明かりが照らしている。安心したように、ザイは扉を空けた。
「お帰りなさい!ザイさん。」
ザイは顔を顰めた。
そのくらいしか、気持ちを表すすべを知らなかった。
「わあ、今日は兎が取れたんですね!処理まで済んでる!山菜も合わせて、さっさと夕ごはん、作っちゃいますね!」
「……体調は。」
「え?元気ですよ?……今日の勇者は、前の人よりは多少やりましたけど……まだまだですね。力尽きて諦めた所を、転送魔法でぽいっと、故郷にお帰り願いました」
小さく安堵の息をつく。シンに、兎肉と山菜を手渡した。
「ところで……ご飯食べたあとで全然良いんですけど……そろそろ、魔王を倒す気になりました?」
「ならん。」
「ザイさんのケチ。」
そうしてシンは料理に取り掛かる。
ザイは椅子に座ってその背を眺めた。
……いつもの2人の、やり取りである。




