5-12
◆フュンフ
フュンフ襲撃の首魁、悪魔を前にして私たちは戦う覚悟を決めました。
まず最初に動いたのはハーロウさんとユリアさんの魔法使い組です。
2人はすぐさま魔物を召喚します。
時を同じくしてアキとユキナさんが悪魔に向かって正面から駆けていきます。
AGIの差で先に間合いにたどり着いたのはアキでした。
アキは力いっぱい手に持った剣を振るいます。
悪魔はその攻撃を片手で受けました。
悪魔の体は普通の人間の体のように見えるのにまるで鋼鉄でも殴ったかのような音が当りに響きます。
アキの攻撃は悪魔の体に傷をつけることはできませんでした。
しかし、それで怯むパーティではありません。
アキの攻撃を受けるために右腕を上げた悪魔の懐に入り込んだユキナさんが悪魔の右わき腹目掛けて拳を振るいました。
空気を震わせる轟音と共に悪魔の体が吹き飛ばされます。
悪魔は10mほど吹き飛びましたが何食わぬ顔でその両足で地面に立ちました。
「硬い!!」
「うむ!まるで鉄の塊を殴っているようなのじゃ!」
アキとユキナさんが今の攻撃の感想を口にします。
それを聞きながら私とラインハルトさんは動き出しました。
「硬くとも何度も攻撃すれば倒せるはずさ!」
ラインハルトさんはそう言って悪魔に剣を振るい続けます。
悪魔は両腕を使ってその剣を払い続けます。
私は悪魔の背後に周りミスリルナイフを悪魔の背中目掛けて突き出します。
―ガチ
刃が刺さりません。
確かにこれは硬いです!
しかし………。
私はさらにナイフに体重を加えていきます。
渾身の力を込めてナイフを押し込むとほんの少し悪魔の肉に届きました。
私はすかさずナイフを横に振るいます。
悪魔の背中に一筋の赤い線が走ります。
僅かな血を流しながら悪魔は表情を歪めます。
確かに傷をつけることができたのです。
しかし、私がつけた傷も次の瞬間には見えなくなってしまいました。
「小癪な。」
悪魔はそう呟きながら片腕を私の方に突き出してきました。
「………【ダークバレット】」
静かに唱えた魔法は物凄い勢いで私に向かって放たれます。
咄嗟のことで回避が間に合いません。
私はその魔法を受けて後方に飛ばされます。
しかし、そこは巨体を誇るショゴスの体です。
数m飛ばされただけにとどまり体勢を崩すこともありませんでした。
多少HPは削られましたがそれも問題ありません。
私が自分の状態を確認していると悪魔が続けざまに魔法を放っていきました。
分かっていれば避けられないことはありません。
私は横に飛んでその魔法を回避します。
「悪魔の動きを牽制します!」
そう口にしたハーロウさんは召喚したアンデッドを悪魔に差し向けます。
それに続いてユリアさんも同じく召喚した魔物で悪魔の動きを阻害します。
その隙をついて私たち前衛組が攻撃を繰り出します。
攻撃のコツを掴んできたのか先ほどまでは弾かれるだけだった皆の攻撃も少しずつ悪魔の体に傷をつけられるようになってきました。
それを見て悪魔は眉を顰めます。
「イライラしますね。」
悪魔はそう言って翼を広げました。
「飛ぼうとしています!リンさん!」
ハーロウさんに言われて私はとっさに触手を伸ばします。
触手は悪魔の体にまとわりつき空に飛ぶのを阻害します。
「今の内です!」
私の声に応えるように皆の攻撃が激しくなります。
悪魔はその攻撃の激しさに溜まらず防御の姿勢を取ります。
それでも私たちの攻撃が止むことはありません。
悪魔を袋叩きにするように私たちはかわるがわる攻撃を続けました。
「いい加減にしろ!!」
悪魔がそう叫んだ瞬間物凄い衝撃が当りに広がります。
攻撃に集中していた皆はそれをもろに受けてしまいます。
衝撃は皆の体を吹き飛ばしました。
私自身悪魔の体を抑えていた触手を引きはがされてしまいます。
衝撃はそれだけにとどまらず周辺の家々を破壊しました。
半径50m程に破壊を振りまき悪魔の攻撃は止みます。
その中心には怒りに燃える悪魔の姿がありました。
「羽虫がうろちょろと鬱陶しいんだよ!!もう、遊びはお終いだ!!」
悪魔がそう言うと彼の体が膨張しだします。
腕や足は丸太のように太くなり、それを持つ体も大きくなります。
太い尾が生え、翼も数を増やし、体表は黒い毛並みに覆われていきます。
そして頭は人間のそれから山羊や牛のようなそれへと変わっていきました。
5mほどの巨体に姿を変えた悪魔はその鋭い爪を振るいました。
瞬間石畳に鋭い爪痕を残し衝撃が走ります。
「本気で殺してやろう!!光栄に思え!!」
悪魔は真っ赤な目を輝かせながらそう宣言しました。
私は皆の様子を確認します。
皆、一応は無事のようです。
しかし、すぐに戦線復帰できるかと言うとそうではありません。
ハーロウさんとユリアさんは後衛職のために先ほどの攻撃でHPを多く削られています。
悪魔の攻撃時に最も近くにいたアキとユキナさんも同じです。
すぐに動けるのは私とラインハルトさんだけでしょうか?
いえ、ラインハルトさんも飛ばされた先がまずいです。
彼は瓦礫に埋もれてしまっていました。
これは、覚悟を決めなくてはいけませんね。
「私が悪魔の相手をしている間に態勢を整えてください!」
私はそう言って悪魔の目の前に躍り出ます。
「おまえ1人などすぐに殺してくれる!!」
悪魔はそう言って腕を振り下ろします。
私はそれを回避します。
悪魔の攻撃は触れていなくてもダメージを与えてきます。
その証拠に悪魔が腕を振るうと石畳に新たな爪痕が出来上がるのです。
だからこそ避ける時はギリギリではまずいです。
余裕をもって回避しないといけません。
悪魔の振るう腕を私は回避し続けます。
悪魔は一向に当たらぬ攻撃にいら立ちを募らせていきます。
それを後目に見ながら私は焦りを覚えていました。
ただ避けるだけではだめです。
攻撃しなくては勝てません。
しかし、攻撃をする隙が無いのです。
「小癪な!!!!」
悪魔が両腕を天高く掲げました。
次の瞬間その両腕を地面目掛けて振り下ろします。
強い衝撃を伴って爆風が吹き荒れます。
波状に広がるそれを回避することはできません。
私はとっさに石畳を掴んで吹き飛ばされるのを防ごうとします。
時間にすればほんの数舜なのだろうが体感では長い間その衝撃に晒されていました。
衝撃をやり過ごすと腕を振り下ろした姿の悪魔が目の前にいました。
チャンスです。
私は体を大きく広げて悪魔の体を飲み込みます。
しかし、巨大な悪魔の体すべてを飲み込むことはできません。
ショゴスの体は悪魔の下半身そして両腕を飲み込むだけにとどまりました。
しかし、それでも良いのです。
こうなれば一方的に攻撃することができます。
私は力いっぱい彼の体をねじ切ろうとします。
「ぐぅううううううううう!!」
悪魔は私に対抗して体に力を籠めます。
今までの敵と違い拮抗しているのが感じ取れます。
しかし、負けるわけにはいきません。
私はさらに力を込めます。
悪魔との力比べその軍配上がったのは私の方でした。
私は悪魔の右腕を引き千切ります。
千切られた腕から鮮血が噴出しています。
「ぎゃぁああああああああああああああ!!!」
悪魔は痛みから叫び声を上げます。
私は引き千切った右腕を捨てながら悪魔の体を再び飲み込みます。
「貴様!!貴様!!貴様ぁあああああああああああ!!!!」
右腕を引き千切ったときにとっさに左腕を手放してしまいました。
悪魔は自由になった左腕を天高く持ち上げます。
その挙動を見て私は確信します。
またあの攻撃がくるのだと………。
私の考え通り、次の瞬間には悪魔はその腕を振り下ろしました。
そして辺りに衝撃が走ります。
私はとっさに悪魔の体に強くしがみつきました。
その衝撃は先ほどよりも強いのか私の体は大きく歪んで吹き飛ばされそうになります。
視界の端でHPが削られているのが見えます。
しかし、それを気にしている余裕はありません。
私は飛ばされないようにすることで精いっぱいでした。
そんな私を見て悪魔は左腕を振るいました。
何度も何度も振るわれる攻撃を私は避けることはできません。
HPが目に見えて削られていきます。
「羽虫がぁああああああああああ!!」
悪魔が叫び声と共に大きく左腕を持ち上げた瞬間、私は体を動かし彼の左腕にまとわりつきました。
そして、力いっぱいその腕を捻り固定します。
私のその行動で悪魔の攻撃は止みました。
間一髪です。
後数度の攻撃を受けてしまえば私のHPは0となっていたでしょう。
私はショゴスの体を使って悪魔の動きを止めます。
さて、ここからどうしましょうか?
私がそんな疑問を頭に浮かべていると声がかかりました。
「リンちゃん、そのままでお願い。」
ラインハルトさんです。
瓦礫の山から這い出てきたラインハルトさんが剣を両手で構えて立っていました。
私は悪魔を拘束する手に力を籠めます。
「や、やめろぉおおおおおおお!!」
悪魔が叫び声を上げます。
それを聞きながらラインハルトさんが地を蹴りました。
彼の剣は天高く振り上げられそして悪魔の首目掛けて振り下ろされました。
その剣はするりと悪魔の首に入っていきます。
「はぁあああああああああああああああ!!!!」
ラインハルトさんが気合い込めた叫び声を上げます。
悪魔の首に入った剣はその首と胴体を完全に分けてしまいました。
首が地面に落ちると同時に光となって消えます。
胴体も首が消えるのと時を同じくして消えてきました。
それを見て私は達成感に胸を躍らせました。
いえ、私だけではありません。
皆一様にこの光景を見て喜びの色を表しています。
そうです。
私たちの勝利です。
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私たちは悪魔を討伐したことを作戦本部に連絡しました。
すると魔物の軍勢の勢いが弱まったと報告を受けたのです。
何かしらあの悪魔が軍勢に手を加えていたのでしょうか?
今となっては分からないことです。
勢いが弱まった群全はすぐに殲滅することができました。
町に侵入してきた魔物たちも残った衛兵とプレイヤーが殲滅しました。
これをもってフュンフ防衛戦は終わりを迎えたのです。
被害は決して少ないものではありません。
矢面に立っていたNPC冒険者部隊の死者や強襲にあっていた衛兵部隊の死者以外にも被害はありました。
町に侵入した魔物たちは彼らが持ち得る暴力をもって町を破壊しつくしました。
それは、およそフュンフの町の南側半分が崩壊するほどの暴力でした。
被害は家屋だけではありません。
当然、その地に住んでいた住民にも被害は出ていました。
彼らのことを思うと申し訳ないという気持ちが湧き上がってきます。
私たちにもっと力があれば防げたかもしれないからです。
私はそんな気持ちを胸に抱きながら半壊したフュンフの町を眺めていました。
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