定食
社長からの電話だった。
彼はただいま業界交流会の出席中だ。
「風!君のアジアの旅シリーズ好評だぜ!
我社は絶対に今年の天馬賞をとるぞ!」
激情を抑えきれない声だった。
それから二週間後、
遂にホットな新企画が仕上がった。
タイトルは『アジアの旅シリーズ第三弾〜家族の絆』、
企画室の全員が力を合わせて、1ヶ月かけて作り上げた力作だ。
「ランチに行かない?」
その日の昼休み、
風は李琴に誘われて、会社を出た。
近所の人気の店は二人が席をとって間もなく満席になった。
小さい店なので、
カウンターに座ると、
時々キッチン内の話が聞こえた。
「馬鹿野郎!」
「すみません」
「しっかりやれよ!」
「はい。すみません」
「忙しいから、取り合えず、外に出てしっかりやれ」
「はい。すみません」
叱れたホールさんはキッチンを出て走って回り始めた。
涙ぐみながら微笑んでいる。
風は感嘆しながら、回鍋肉定食を注文した。
「男はつらいけど、女もつらいね!」
李琴は゛本日のお勧めランチ″の肉団子定食を注文しながら、
「風、やっと女のつらさがわかってきたね!今日、奢るよ」
と言った。
彼女は肉系の女だった。
でてきた肉団子定食を豪快かつおいしそうにほおばる李琴に、
風は思わず
「゛スタイルは女の命 ″じゃないのかね…。」
とつぶやく。
すかさず李琴が
「バカ言わないでよ!」
と、風の頭を叩く。
「あたしの命はね、子供、家族、健康なの!」
20分と経たずに、
「う〜ん、うまかった!」
風は食べ終わり、
2人分の伝票を手に取った。
李琴は慌てて、
「もう行く気?!もっと何か食べれば?!」
と、止める。
「いや、いいよ。お腹いっぱいだし。」
風は腰をあげた。
「もうちょっと付き合ってよ〜。話があるんだから。」
李琴は風の袖を引っ張り、座るように促すが、
「お腹いっぱいなんだもん。」
と、風はわざと素っ気ない。
李琴は風の手から伝票を奪い取って、
「じゃあ水でも飲んでてよ。ここは私がおごるって言ったでしょ!」
と、更に頼み込む。
「おごり?本気なの?」
「うん」
李琴は二個肉団子を口に入れた。
「それなら…」
風はやっと座り直すと、
手をあげてホールさんを呼んだ。
「肉団子定食。ご飯大盛りで。」
「お腹いっぱい、なんじゃないの?」
李琴があきれて聞くと、
風は
「君がおごってくれるんなら、無理してでも食わなきゃな。」
と、片目をつぶって笑った。
李琴は姉のような存在なので、
風は彼女に対してはいつもこんな調子で振る舞うのだ。
「それで、話って、何?」
目の前で湯気をたてる肉団子定食に箸をつけながら、
風が切り出した。
「風、社長のことどう思う?」
李琴は水のグラスを手に、
逆に聞いてくる。
すると風は、
おどけて胸を親指でさすと、
「俺はバカだけど、人を使うのは上手いんだぜ。」
と、社長の口癖をそっくりに真似てみせた。
社長は何時も漢の高祖(劉邦)に喩えるからだ。
「ププーッ!!」
李琴は思わず口中の水を吹き出した。
「おいおい、もうちょっと女らしくしろよ。」
風がおしぼりを渡しながら言うと、
李琴は顔を赤くして
「あんたのせいじゃないの!」
と、こぼした水を拭きながら、続けた。
「最近、噂を聞いてない?」
「噂なんかにかまけてる程、暇じゃないからなぁ。」
「またそんな言い方して!あたしが暇人だって言いたいの?」
李琴がプリプリしながら言う。
「ごめんごめん、そういう意味じゃない。教えて」
「もういい!」
「本当に知り。教えて、お願い!」
李琴はもう、
というように肩を落とすと、真面目な顔になった。
「新しく来る副社長のことよ。」
「あぁ… 。今度そんな人が来るって話は聞いたけど?」
李琴は一つうなずいて、
声をひそめた。
「風、ただの噂かもね」
「教えて」
「風、あまり気にしないでね」
「うん。教えて」
「彼女は今年の業界の天馬賞を狙っているのよ。」
「それで、僕と関係がある!?」
「彼女、『家族の絆』の責任者の座に収まっておきたいらしい。」
「なるほど。」
風もようやく納得した。
「でもね、風は第一弾と第二弾に成功させたから…」
「ありがとう!姉ちゃん、もういいの!」
「風…」
「僕、大丈夫よ」
風は黙って定食を食べ始めた。
10分後、
風は食べ終わった定食のトレーをテーブルの端に押しやりながら、
「疲れたね!人生」
と、嘆いた。
李琴は
「疲れたってどういうことの?」
と、聞くが、
風は答えず立ち上がって、
「譲ってあげるかも」
「ご馳走様!おいしかったよ!」
そう言うと、
再び伝票をとってレジに向かう。
「ねぇちょっと風!本気に言っているの!?」
李琴は思わず風の背に大声で呼びかけていた。




