永遠の始まりと狂った日常1
夕日は人の陰を濃くし、明暗をくっきりと分けていく。アルの真剣な眼差しも逃れられないほどに強く私の心に突き刺さる。
「明は大災害から世界を救うため、この帝国にきた。そうだな」
「う、うん」
「ではそれが終わったら元の国に帰るのか?」
アルは冷静に、だが瞳に切なさをたたえて問いを口にした。先送りにしてきた問題を言わなきゃいけないんだ。エドには言えなくて先延ばしして逃げた。今度も逃げようと冗談めかして笑った。
「アル……悪いんだけど、今大災害だ何だって考えること一杯で後にして……」
「俺は待てない。もう待てないんだ」
アルのワガママな強引さは、エドのように逃がしてなんてくれなかった。当たり前だ愛の告白をしているのに、生殺しにされているような物だ。今思うとよくエドは逃がしてくれたと思う。それがエドの優しさであり、器の大きさかも知れない。
私は諦めて大きく深呼吸し、目をつぶって一気に言い切った。
「元の世界に帰るよ」
声が震える。出来る事なら言いたくなかった。でもアルが真剣に聞くなら言わなきゃいけない。アルは私の言葉を聞いて席を立ち上がった。私はびくりと体を震わせる。アルはそのまま私の隣に座ってためらいがちに口を開いた。
「明が故郷を思って苦しい思いをしているのはわかっている。そんなお前に言うのは間違っているのかもしれない。それでも俺はお前とずっと一緒にいたい。そばにいて欲しい。私の妻となってこの世界に留まってくれないか?」
アルの手が私の手に重なる。触れた手が熱い。アルの手が震えている事に気がつく。本気で真剣に言ってるのだと言う事が伝わってくる。
だからこそ切ない。どうして良いかわからない。この手を振り切って元の世界に帰る事が辛い。それでも……だけど……。
「でも……私……帰りたいんだ……」
胸がきつく捕まれたように苦しい。呼吸が出来ない。アルも私の返事に苦しそうに眉を歪めた。
「そ、うか。そうだよな」
私の言葉を無理矢理納得させたかのように、アルは乾いた笑みを浮かべた。そして私の首筋に手を伸ばす。
「これはもう用済みだ」
なにをしても外れないはずの、アルのくれた首飾りがするりと首から外れた。アルはそれを手にして切なげに口づけた。夕日の中に佇むアルの姿に後悔の念が押し寄せる。
やっぱりこの世界に残るって言えば良かった。そうすればアルにこんな苦しい思いさせなくてすんだのに……。
思わず私は自分の前言を撤回しようと、手を伸ばし口を開いたその時だった。
伸ばした手は空を切って何も掴めないまま力なく落ちていく。
透き通ったようにその場から突然アルが消えていなくなった。アルの首飾りも何一つ残さず、まるで初めから何も無かったように。
それが何を意味するのかすぐに理解できなかった。しばらく噛みしめる打ちに、じわじわと心の内側から恐怖とか悲しみとか言葉に言い表せない、黒い感情がわき上がってくる。
アルが消えた……。嘘だ。嘘だ。嘘だ!!!!
私は周囲を見回しこれがアルの悪ふざけか何かである事を祈った。でもそんなはずはなかった。そんな空気じゃなかった。
「あ、アル……。アル!!」
私はただただアルの名を呼び続けて大きな声で泣いた。
アルに返事して欲しくて。でもそれは永遠に叶わない出来事だった。私はその事実を認めたくなかった。
どれほど時間が経ったのか、日がもはや消えようという時に、気づくと隣にジルが立っていた。
私は思わずジルにすがりついた。
「アルが! アルが……あ、る……」
もはや何を言いたいのか自分ですらわからない。そんな状況なのに、ジルは冷静な表情でゆっくりと告げた。
「アルフレッド殿下がこの世界から消えた。ですよね」
認めたくなかった事実を直球で告げられて、私は動揺して首を横に振った。
「ち、違う。きっとその辺りに隠れてるだけ……アルは、アルはいるよ」
ジルは私が立ち上がってふらふらと辺りを探そうとするのを、手首を掴んで引き留める。
「苦しくてもちゃんと認めないといけませんよ。でないと殿下が可愛そうです」
ジルの言葉が私を切り刻むように苦しめる。アルがいない……そんなの認めたくないのにジルは逃がせてくれない。いつもは優しいのに、どうして……。
「殿下はこの事態を覚悟して明殿に告白されたのですから」
ジルのその言葉に息を飲んで思わず食い入るように見つめてしまう。
「覚悟して?……どういう事?」
ジルは冷静な表情を曇らせて、沈痛な面持ちで言葉を紡いだ。
「きっかけは帝の示した被害リストです。私の生まれ故郷は被害のない国でした。そして昨日明殿から他の作者の話を聞いた時、思いついた。だとすれば私達の中で唯一大災害に巻き込まれる可能性があるのは、元の物語にも登場したアルフレッド殿下だと」
ジルの冷静な言葉に、なぜ自分がその事態に今まで気づかなかったのかと責める気持ちが沸いてきた。気づきたくなかったのだ。そんな悪夢。
そしてすべてがわかった。ジルからアルへそしてエドへ。彼らが何を話していたのか。そこに私は蚊帳の外にされていた。
「どうして? 話してくれなかったの?」
「明殿の思考はすべて文章化されます。それを読んだもう一人の作者も気づく事でしょう。明殿に知らせない事。それがアルフレッド様を守る事だった」
ジルの言葉がずしりと響く。アルが消えたのは、もしかしたら私のせいだろうか? そんないまさら責めても無駄な事が、何度も繰り返し頭の中に沸いてきた。




