花の都で迷える少女5
「創造神様は我が国が『日本』という国にあまりにも似ている事。自分の小説にない国がある事に疑問を持っていらっしゃるようじゃな」
「そう……ですね。ずっと不思議だった」
自然発生とは考えられないほどの、日本文化との類似点。それでいて作者の私がまったく関与せずに生まれた国。それは不自然すぎるものだった。
「昔この辺りは国境の辺境で、草原が続くばかりの何も無い土地であった。そこに一組の若い夫婦が突然現れた。見た事もないような不可思議な家とともに。その家は『始原の家』と呼ばれ、夫婦は『始まりの二人』と呼ばれている。その二人が初代碧海帝国皇帝とその妻であった」
「突然家ごと人が現れたというの? いったいどこから……」
私は不穏な空気を感じながら帝の続きの言葉を待った。
「そう。その夫婦は異世界人だった。おそらく日本人であったのだろう」
その言葉を聞いてすとんと納得した。日本人が作った国。だから何もかも日本的な国になった。しかも私と同じように何らかの方法で異世界からわたってきた。私の意図しない力の働きによって。
「夫の方はすぐれた指導力とカリスマで、人々から人望を集めた。妻は神のような深い知識で人々を導き、賢者とたたえられた。二人の人柄に惹かれた人々が集まり、国が出来上がったそれが碧海帝国という国なのじゃ」
たぶん蒸気機関車とかあるくらいなんだから、ある程度近代的な時代の日本人だったに違いない。その二人の知識や文化はこの世界で衝撃をもって迎えられたのだろう。
そして200年の歳月の間に彼らの与えた知識は技術として定着し、これほどまでに文明的な国が出来上がったのだ。
私にも異世界チートなんてなかったから、彼ら異世界人も魔法の使えないごく普通の人間だったに違いない。知識と努力だけでこれだけの力を誇る国を作り上げた。
そして鎖国なんておかしな事をしている理由が少しだけわかった気がした。この国の力は知識がすべてだ。その知識が他国に流失し同じような技術が発展すれば、魔法のないこの国は不利になる。それだけじゃない。大きすぎる知識は巨大な暴力のようにこの世界を作り替え、近代兵器による世界大戦だっておこるかもしれない。
そこまで深く考えて帝がこの話をアル達に聞かせたくない理由がよくわかった。だが疑問も沸いてくる。
「どうしてその話を私に?」
「今話した『始まりの家』それが今も現存しこの内裏の中に保管されている。創造神様をそこにお連れしたいのじゃ。エドガーも一緒にな」
「私もですか?」
家族なのになぜか敬語なエドは、今まで沈黙していたのに驚きの表情を浮かべた。
「あそこは確か帝以外立入禁止のはずでは?」
「そうじゃ。だがしばらく創造神様はあそこに通わなければならなくなるじゃろう。あそこにたどり着くまでの道は難解きわまりない。創造神様だけではたどり着けまい。しかし妾は忙しい故毎回同行はできぬ。じゃからそなたが案内をするのじゃ。そなたは次期帝。いずれは訪れるはずの場所じゃ。妾が特別に許可する」
内裏の中なのに難解きわまりない道のりってはんぱないな……。まあ内裏で遭難者がでるって言ってたし。しかも帝以外は入れない最重要機密の場所なんだから念入りに隠されているんだろうけど。
「創造神様さえよければ、これから案内いたしますが」
私は覚悟を持って頷いた。帝は何かもっと大切な事を知っている。そして『大災害』の解決のために私が『始原の家』に行く必要があると判断したのだ。ならば行くしかない。
帝の公邸から馬車に乗り森の中の道を駆ける。いくつもの道が交差し、何度も曲がりこれは道に迷うな……と思う程走ってからやっと止まった。
そこは何の変哲もない森の一角だった。
「エドガーこれが目印じゃ。よく覚えておくがよい」
私にはどれが目印なのかもわからないが、エドにはわかったらしい。そしていきなり帝は道なんてなさそうな森の中に入っていく。
「要所に目印をつけてある。正しい道を歩かねば、罠にかかるゆえ、充分気をつけるように」
獣道というぐらい険しい道の中、私にはさっぱりわからない目印を一つ一つエドに教えていく。やっぱりエドにはわかるらしい。
何度も右へ左へ曲がりながら進んでいき、急に木々が切れて巨大な壁が現れた。壁というより石でできた巨大な箱というのが相応しいかもしれない。木によじ登って上から見たところで中の様子は見えないだろう。
帝はその壁伝いに左に歩いていく。二回角を曲がった所でしばらくすると大きな石が置いてあった。それをひょいと動かす。
だ、ダミー石だったのか。石の下には扉があって鍵がかかっている。それを帝は懐から出した鍵で開ける。扉を開けると地下に続く梯子があった。
梯子を下りきると暗闇で何も見えない。帝は手探りで置いてあった明かり取りに火を付け中を照らす。明かりに照らされるとそこには横穴があった。それは箱の中に向かう道だった。しばらく横穴を歩き行き止まりにある螺旋階段を上る。登りきった所にある扉にも鍵がかかっていたがそれも開ける。
「この扉の向こうが『始原の家』じゃ」
帝の言葉に思わず高まる緊張。自然とエドの服の端を握りしめていた。エドはそんな私を優しく微笑んで見下ろす。
エドもいるんだから大丈夫。私は勇気を持ってその扉を開けた。