血まみれ皇子と茨の道4
勢いで一人エドの部屋の前まで来たものの、どう切り出したものか悩んで立ち止まってしまった。
エドは帝にふさわしいと背中を押したのは私なのに、今更迷うだなんて……。
以前は周りのみんなが期待してるんだし、エド自身に資質があるのだからと思っていた。
でも今は実力ややる気があってもどうにもならない事があるのだと気づいた。多分このままいけばエドの将来は茨の道だ。
いずれはこの世界からいなくなろうとしている私に、一体何ができるというのだろう。改めて自分の無力さが嫌になる。
……それでも私の力がちっぽけな物だったとしても、何もしないで後悔するより、やって後悔するほうがいい。
私は迷いを振り切って戸を叩いた。返事が返ってきたのでそっと戸を開いて部屋の中に入る。私が来る事を予測してなかったからだろう。エドは驚きと戸惑いの表情で出迎えた。
「どうしたのだ? こんな時間に」
「うん。ちょっと話があって……」
私の思いつめた空気を感じとったのだろう。エドは何も聞かずに座るよう進めてくれた。
畳にしかれた座布団が懐かしくて、まるで日本のどこかの旅館にでも来ているような気分になる。
その温かみのある感触に緊張の糸を緩めてポツリとつぶやくように言った。
「ねえ。帝の子に生まれたからとか、周りに期待されてるからとか抜きにして、エド自身は帝になりたい?」
私の唐突な質問に、エドは狐につままれたようにポカンと驚いて止まった。その後よくよく私の言葉を飲み込んでからおもむろに口を開く。
「考えた事はないな。もし生まれが違ったらとか、自分がふさわしくないのではと考えた事はある。だか自分がやりたいか、やりたくないかなどと選べるとは思ってなかった」
エドの言葉にため息が出る。人一倍責任感の強いエドなら、周りに期待されれば自分の意志とは関係なくやり遂げるんだろうな。でもそれじゃあ駄目なんだ。
「じゃあさ……考えてみて。自分が選んだ道じゃなかったら、この先つらい事があったらくじけちゃうよ。周りの事とか抜きにしてゆっくり考えてみてよ」
私はただエドを心配して言ったのに、その言葉を聞いてなぜかエドは笑顔を浮かべた。そして私の手をとり言葉を紡ぐ。
「そこまで私の事を考えてくれて嬉しい。ありがとう」
低音のかすれた声が妙になまめかしい。どうして急に空気が変わるの? 私はドギマギしながら言った。
「いや、友達だし。心配しただけで……」
「その気持が嬉しいのだ。明は優しいな」
エドの空いた手が私の頭を撫で、そのままたどって首筋に落ちる。ゆっくりと肩までのびて危うく引き寄せられそうになったのを、慌てて手を突っぱねてこばんだ。
「あのさエドって女性不信なんじゃないの? どうして私は平気なの?」
一瞬エドは不快げに表情を曇らせてため息をついた。
「誰に聞いたのだそのような事……。まあよい。確かに少々女性問題に過敏になっていた。だが明はいいのだ。『特別』だから」
『特別』の所をわざと強調していうエドの姿にぞくりとした。また笑顔を浮かべて私を見つめる。ふだん無愛想な表情の方が多いから、この笑顔は威力が破壊的だ。
「知りたいか?」
エドの微笑みを見て、一瞬雰囲気に流されそうになる。でも……。
ダメ! 心の中の何かがそれ以上の答えを聞く事を拒んだ。自分でも良く分からない感情だ。
「特別な友達って事だよね」
無理矢理そう言い切って手を振り払って立ち上がる。置いてけぼりにされた子犬のようにエドの瞳が寂しげに揺れた。その瞳に少しだけ迷う。でもここで流される事ができない自分がいた。
「話はそれだけだから、じゃあね」
私は逃げるように部屋を飛び出した。自分の部屋に戻って布団の中に潜り込む。しばらくしても胸の動機が治まらない。
どうしてアルの気持ちに答えられないんだろう? どうしてエドの気持ちを聞く事すら拒んでしまうのだろう。
毬夜の言う通り、まるでアルとエドを天秤にかけているみたいで、すごい嫌な女だ。
二人が嫌いなわけじゃないのに、むしろ最初の頃よりずっと二人の事が大切で……なのにどうして……?。
二人とも好きだから選べないんじゃない。たぶん朱里やジルと比較しても同じだ。私の中の何かが恋愛感情という物を殺している。
私だって思春期の女子高生なのだ。ちょっと冷めた所があるのは自覚しているが、それでも恋愛に憧れる気持ちもある。なのに二人を恋愛対象としてみたくない。
なんでだろう。私はため息をつきつつ部屋に戻る。布団に潜り込んでも、目をつぶっても頭の中でどうして? が鳴り止まない。結局ろくに眠れずに朝を迎えるのだった。