悲しみの結末1
まさに櫂柚が私を襲おうとした瞬間、突然飛んできた本が櫂柚の後頭部を直撃し、櫂柚の動きが止まった。
その隙を見逃さず、私は櫂柚から走って逃げ出した。
「明殿、逃げましょう」
そう言って私の手をとったのは、ジルだった。私はジルに引っ張られるようにかけだした。部屋から飛び出し、走りながらジルに話しかけた。
「ジル。もしかしてさっきの本投げてくれたの、ジルだったの?」
「ええ、貴重なカナーン帝国暗黒期の歴史本だったんですけどね。惜しい事をしました」
走りながら本気で悔しそうな表情を浮かべるジル。人の命より本の方が大事か! と怒りたくもある。
「助けてくれてありがとう。でもどうしてあんないいタイミングであそこにいたの?」
「助けたお礼に絶対に怒らないと約束するなら話しますよ」
にっこり笑顔がものすごく腹黒く見える。間違いなく私が怒るような事してたんだ。でも聞かないと気になってしかたがない。
「わかった。怒らない」
ジルは微笑みを浮かべたまま言った。
「明殿がいなくなったと聞いて、使われていないあの部屋に、何か日記とかメモとか残されてないかな……と探してたんです。いずれ『創造神物語』とか小説を書く時の資料になればと思いまして」
私がピンチの間に心配もせず人の部屋漁って、プライベートのぞき見とはひどい。
私は無言でジルの顎に頭突きをかましてやった。ジルは痛そうに顎をさすりながら、口を尖らせた。
「怒らないって約束じゃないですか」
「怒ってないわよ、不幸な事故で頭が当たっただけで」
ジルの背が高すぎて、顎にぶつけるのが精一杯だったのが残念だ。
「なるほど、そうやって人の部屋漁ってるところに、私達が帰ってきたから慌てて部屋のどこかに隠れてたわけね。でも本はどこにあったの?」
「この城の資料室で埃をかぶっていたので少々拝借して読もうかと」
「盗んだわけね」
「人聞きの悪い。お借りしてただけですよ。おかげで明殿を助けられたんじゃないですか」
無断借用は窃盗と同じだぞと睨んでみる。
「しかし手頃な本が手許にあってよかった。私は人と争った事はないので、櫂柚殿とまともに戦って勝ち目なんてありませんからね」
アルより細くて弱そうなジルじゃ絶対勝ち目ないもんね。
「それよりそろそろ着きますよ。心の準備はいいですか?」
「着くってどこに?」
「エドガー殿下の部屋ですよ。櫂柚殿の裏切りを早く伝えなければいけませんからね」
そうだ。エドには知らせなきゃいけない。
でも今アルが朱里の裏切りを伝えたばかりの頃だろう。その上信頼していた櫂柚まで裏切ってたなんて知ったら、どれだけエドが傷つく事か……。
「言わなきゃだめかな」
「今帝国兵の兵士達を指揮できるのは、朱里殿下か櫂柚殿かエドガー殿下だけです。他の二人が裏切ったなら、エドガー殿下自身が兵を指揮し裁く他はありません」
ジルの言う通りだった。エド以外に朱里と櫂柚を糾弾できるものなどいない。例えそれがエドにとってつらいものであっても。
私は覚悟を決めてジルの目を見て頷いた。ジルはそれを見て、優しげな微笑みを浮かべた。
「私達がエドガー殿下をお支えしましょう」
「そうね。例え二人に裏切られたってエドには私達がいる」
アルだってきっと味方になってくれる。私とジルはエドの部屋に着き、その扉を開けた。
「エド」
「明! 来るな!」
エドがなぜそんな事を言うのかわからず、部屋の中に入ってしまった。
するといきなり横から腕を引かれた。首筋にひやりと冷たい感触がして恐ろしい想像が浮かぶ。剣が首筋に当たっていたのだろう。
私の腕を掴んでいたのは朱里だった。なんで朱里がここにいるの?
もしかしてアルがエドに話して、朱里を呼び出して修羅場だった? そんな所にのこのこ顔を出して私はつくづく間抜けだ。
「兄上、アルフレッド殿下、明様を傷つけたくなければ、大人しくしたがっていただきましょう」
朱里の可愛い声が、冷ややかに響き、アルが殺気立つのを肌に感じた。
そしてエドでさえも恐ろしい表情で朱里を睨んでいた。こんな兄弟が争いあう姿見たくなかった。
ジルも心配そうな表情で私の方を見守っている。
「朱里やめて。もう兄弟で争わないで!」
こぼれた涙が頬を伝い、剣へと流れ落ちていった。