眠れぬ夜の宴1
馬車はもうじきカナーン公国の首都へつく頃だった。
カナーン公国は帝国の隣国で、友好国でもある。帝国へ間近なのだから、もう大丈夫と思いたいのだが、エドに言わせるとここからが一番危険らしい。
「旅の間になんとしても私を殺したい相手が狙ってくる最後のチャンスだ」
とはいうものの、エド率いる帝国兵士達も長旅に疲れ、何度かの戦闘で死傷者を出し、戦力が低下している。
それで増援の兵士を、櫂柚が帝国から連れてきてくれる事になっているらしい。カナーン公国で会う約束になっているから。もうそろそろだ。
カナーン公国は西洋風のお城のある国だ。聖マルグリット王国の首都よりカナーン公国の首都の方が小さな街だが、それでも活気があってにぎわっている。
しかしカナーン公国といえば、あの変に甘い味付けの国かと思うと、げんなりする。
なんでもカナーン公国ではルクトと呼ばれる根菜の栽培がさかんで、ルクトから砂糖が作られるので、砂糖をふんだんに使った料理や菓子が名物らしい。日本のてんさい大根みたいなもんかな。あれも北海道とか寒い地方でできる植物だ。
「料理はあまり……ですけど、お菓子は美味しいですよ。」
前に買い食いした時も、味覚の一致した朱里のその言葉に、ちょっとだけ食欲が湧いてきた。お菓子いいね。いっそご飯食べずにお菓子だけ食べちゃおうかな。
ツタの這う古めかしい門をくぐり、馬車は城の中へと進む。アリパシャ国と違い、さすが帝国の友好国、エド達を歓迎してくれているのがよくわかった。
城へ入場してすぐに、西洋の城に似合わぬ着物の男が現れた。一度だけ魔道具を通して見た櫂柚だ。
「長旅お疲れ様でした。エドガー殿下。まだ帝国ではありませんが、今後は私達がお守りいたしますので、ご安心下さい」
「櫂柚も出迎えご苦労。兵の指揮は任せるので頼む」
櫂柚は深々と頭を下げ、ゆっくりと頭をあげた。そして私をまじまじと見た。
「以前魔道具ではお話ししましたが、お会いするのは初めてですな。櫂柚ともうします。創造神、明様」
「よろしくお願いします。櫂柚さん」
櫂柚の目がじっと私を見ていた。それは険しい物ではなく、少しだけ優しく微笑んでいるように見えた。
「じろじろ見るな。俺の物だ」
いつのまにか後ろに回り込んでいたアルが、私の頭を抱き寄せてそう言った。
「離していただこう。アルフレッド殿下。明が嫌がっている」
エドがすごい不機嫌な表情で、アルを睨み付けた。それに受けて立つアル。二人の間に重い沈黙が横たわり、私も息苦しい。というか本気で息苦しい。アルの力が強すぎて、腕で口と鼻がふさがれ呼吸困難だ。
「アルフレッド殿下。まずは明様を離された方がよろしいかと。そうでないと明様が死んでしまわれますよ」
櫂柚の助け船に同意するように、必至で暴れる私。ようやくアルも気づいたようで手を離してくれた。
「悪い。つい力が入りすぎた」
つい、で人を殺しかけないで欲しい。私はアルから逃げ出して、癒し系な朱里の元へ行った。
「朱里〜」
「凶暴な狼に襲われて大変でしたね。僕がお守りしますね」
「小僧! それが師匠に対する態度か!」
今度は朱里とアルの間に火花が散った。怖い!怖いよあんた達。ここでエドの所に逃げたらまたアルと喧嘩しそうだし。
ジルの方を見ると、楽しそうにペンを走らせてメモを取ってる。ヤツめ、この喧嘩もネタにする気だな。第三者だと思って高みの見物をしているヤツも巻き込んでしまおうか?
その時、手を打つ大きな音が聞こえた。音に皆が注目すると、櫂柚が手を鳴らした音だった。
「皆様お疲れのようですから、その辺で終わりになさいませ。では皆様のお部屋にご案内させていただきます」
有無を言わさぬ迫力に、あのアルさえもしたがった。凄い! あの操縦術、今度教わりたいぐらいだよ。
ついてこようとするアルを追い払い、私用に用意された部屋にやって来た私。そのままベッドに転がった。ああ……このまま眠りたい。
あれ? 前にもこんな事が? デジャブ? ああ……アリパシャ国でもこんな事あった。だとすると……。
予想通り、うとうとしかけた私をすんなり寝させてくれるわけもなく、召使いさん達に囲まれて、すっかりお姫様衣装になってしまった。
西洋風なお城と同じく、Aラインスカートのシルエットが綺麗なドレスだった。
アラビアンなアリパシャ国と、和風な碧海帝国と、中華な華無荷田国に囲まれて、なぜこの国だけ西洋風?
ささいな疑問に悩む余裕もなく、私は晩餐会へと向かうのだった。