作者不明の物語5
「なるほど。帝国への永住に出版制限ですか」
「ええ。それを条件にすべての事情を話して、帝国への入国を許可します」
「わかりました」
「ええ!そんな簡単にいいの!」
あまりに早いジルの即断に私も思わず聞き返した。今後の一生を左右する回答をこんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。
「あの帝国に入れる機会なんて、これを逃したら一生無いでしょうから」
目が輝いてます。やっぱり好奇心強いタイプだ。私も小説とか書いてたから、タイプが似てるのかジルの考える事って何となくわかるのよね。
「それにそろそろどこかに定住したいと思っていたところです。帝国なら安全でしょう」
「安全って……何かあるの?」
犯罪者とかで逃げてたらやっかいだな。ああ、この人いろんな国で暴露小説書いて恨み買いまくってそうだもんな。
「以前、ある国の姫に作品を気に入っていただけたのですが、その姫のお気に入り登場人物を小説内で殺してしまって。怒った姫の命令で命を狙われました」
「たかがそんな事で、命狙われるの!」
うん、まあ、ファンの逆恨みって怖いよね。私も『なろう』に小説書いてて、いろんな読者に意見をもらってたけど、一人厄介なヤツがいたことを思い出した。
感想や意見はもらえたら嬉しい。それがマイナスな内容でも無反応よりずっといい。
でもそいつは異常だった。最初は感想だけだったのに、そのうち作品をああしろ、こうしろと意見を言いはじめて、私が言う事に従わないと、散々に誹謗中傷してきたり。
だったら自分で小説書けばいいのにってメッセージ送った後、いっさいシャットアウトしちゃったんだよね。
「他国に逃げても、その姫の手の者が、私の命を狙ってきたりで、一つの国に長居できなかったのです」
「放浪の作家」になったのは、暴露小説のせいだけじゃなかったんだな。いろんな者から逃亡しながら、執筆を続けてたなんて、穏やかそうな顔して相当図太い神経してるな。
「帝国なら他国の者は入国できませんし、安心して暮らせるかと」
「まあ貴方がそれでいいなら話は早いわ。よろしく」
私は右手を差し出した。ジルは首を傾げて私の手を見た。ああ。握手の習慣はこの世界に無いんだな。
「私の国の友好の証。手と手を繋ぐのよ」
「なるほど。それでは失礼します。よろしくお願いします。明殿」
握られた手は、細く骨張って、血管の浮き出た白い手だった。ペンだこがあったのはいかにも作家風だった。こうしてまた新しい旅の仲間が増えた。好奇心の目が痛いけど。
私の怪我もだいぶ落ち着いていたので、馬車に乗って旅を再開しながらジルに説明となった。
馬車は6人乗りの大きなものだったので、私とエド、アル、朱里、ジルと5人で乗っている。
「ふむ。いんたーねっとなるもの。実に興味深いですね。それは紙ではなく全く新しい媒体なのですね」
ジルは割とすんなり理解してくれるんだけど、他の3人にはさっぱり通じない。まあ中世ヨーロッパ風異世界にパソコンもネットもないしな。ジルみたいに理解力がある方が珍しいのだ。
「明殿。以前お話しした、読者の数だけ世界があるというのは可能性は低いかもしれません」
「それはどうして?」
「人の頭の中は常に不確定で流動的です。昨日思いついたアイディアが今日になってみるとつまらない。そういう事ってありませんか?」
確かに書いてネットに公開しちゃった後、こうすればよかったと後悔する事はよくある。
「ですから紙なりネットなりに、物語が形を持った状態でなければ、こんなに世界は安定しいないと思うのです」
そう言われてもパソコンのないこの世界で、私の小説が今どういう状態になっているか、確認しようがない。もしかしてこうやって旅を続けている事も、私の思考も、全てネット上に公開されているのだろうか?
なんかそれやだ。プライバシーの侵害だ。
「しかし帝国の帝は、この世界が物語である事に、何か心当たりがあるのでしょう。帝国に行けばわかるのではないですか?」
そうかもしれない。今はあの時の帝の反応頼みで旅を続けるしかない。
「アリ・パシャ国領内をでれば帝国まで間近だ。隣の国まで櫂柚が兵を率いて迎えにきてくれる事になっている」
「櫂柚が!」
エドの言葉に、なぜか朱里が大きく反応した。
「どうした?朱里?櫂柚がどうかしたのか?」
「いえ……。僕あの人苦手で……怖いし」
うん。まあ王子のエドガーにも平気で怒っちゃうぐらいだから怖いよね。
「朱里。あの者ほど、国を深く思っている者はいないぞ。大切な臣下として、苦言にも耳を傾けねばならない」
「はい。兄上」
兄弟のほのぼのとした交流を眺めつつ、私は近くにまで迫った帝国に思いをはせた。どんな国なんだろう?そこに何があるのか?




