作者不明の物語1
今の私の心境を一言で表すなら『ウザい』である。しかしこの世界でこの単語を理解できる人間はいないだろう。
私の怪我のために、アリパシャ国にしばらく足止めとなり、私はベットで寝たきり状態だった。そんな私の横で嬉々として私の世話を焼きたがる男が一人。
「明。果物を食べないか?俺が皮をむこう」
「さっき食事したばっかで、お腹いっぱい」
「ではお茶をいれようか?」
「もうお茶飲みすぎでお腹いっぱい」
「ずっと寝てばかりだから、どこか凝ったりしないか?マッサージしてやろうか?」
「私に触らないでって言ったでしょう」
「風呂や手洗いに行きたくなったら遠慮なく言え。俺が抱えて連れてってやるからな。なんなら体洗うの手伝っても……」
「それ以上言ったら、本気で怒るよ。アル。だいたい女官がたくさんいるんだから、王子のアルが私の世話をする必要なんてないんだけど」
とたんに濡れた子犬のように落ち込むアル。
「……俺のせいで怪我させたから……何か出来る事があったらやりたいんだ……」
私が命令して出てけと言えば、素直に従うのだろうが、こんな風に落ち込まれるとキツイ事が言いづらい。私弱い物いじめとか嫌いだし。それに本気で私の世話を焼きたいアルの熱意も分からなくはない。
「じゃあ。ずっと部屋にこもりきりだから。綺麗な花が見たいな。花瓶に生けられるヤツ。アルが摘んできてくれない?」
「わかった。最高の花を摘んできてやる」
アルはまるでフリスビーを投げてもらった犬のように、生き生きとした表情で部屋を出て行った。……ああ、疲れた。ほぼ一日中付きっきりで構い倒しなんだもん。勘弁して欲しいよ。
たぶんアルは王子で、あれだけイケメンで、女性が放っておいてもよってくるような男だったから、恋愛で苦労した事もなければ、本気で恋した事もなかったのかも。
なんだか初恋に舞い上がる中学生のようなアルの姿は初々しいなぁ。私の言動一つで一喜一憂する姿は、可愛くて嫌いじゃない。むしろ元が俺様だった分ギャップ萌えな感じはする。
でも限度って物があると思うのよね。
私がそんな風にぼんやりとしていたら、来客を告げる鐘が鳴った。やって来たのは朱里だった。
「珍しいですね。アルフォンス殿下がいないの」
「花を摘んできてって頼んだから」
「この時期のアリパシャ国では花はほとんど咲きませんよ。酷なお願いされましたね」
「そうなんだ。まあうっとうしかったから、部屋から追い出す口実だったんだけどね」
「本当に困ったものですね。最近は僕の魔法の授業もしてくれないし」
「今度は『朱里に魔法教えてあげて』って言っておくわ。なんか私の事には逆らえないみたいだから」
朱里はクスリと笑ってお願いしますと言った。その後抱えていた荷物を下ろした。
「ずっとベットの上では退屈されてるんじゃないかと思って、本を持ってきました。この国の城下町で買ってきたんです」
「ありがとう。本当に退屈で死にそうだったから助かる〜」
「兄上が明が退屈してるだろうからって、助言してくれたんですよ」
「さすがエド。気が利く。……でもエドぜんぜんここに来ないけどどうしてるの?」
「捕まえた敵の手下を取り調べたり、近場を捜索したり、襲撃者の追跡で忙しくて。でも本当はここに真っ先に駆けつけたいはずなんですよ」
「うん。わかってる。いいの。元気になったら私から会いにいくから」
自分の感情より役目を優先する。真面目なエドらしいけど少し寂しい。目を覚ましてから一度も顔を合わせてないからよけいにそう思う。
朱里が部屋を去ってから、さっそく持ってきてくれた本を手に取った。甘ったるい恋愛小説とかよりも、ミステリーとか冒険物とかがいいなぁなんて思いながら読んでいたら、一冊の本に引き込まれた。
『歴史の守り人』というその物語はファンタジーであり、恋愛もあり、人間ドラマもある、物語としてとても面白いものだった。何よりこの物語の舞台は『大災害』で混乱したこの世界を舞台としていた。
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この世界の始まりから、終焉までのすべての歴史は決まっていて、その膨大な物語を保管する歴史図書館というものがあった。主人公はその歴史図書館を管理する番人。悠久の流れの中で、ただひたすら書庫の番をしていた彼はある日一人の娘に恋をした。
恋を知り、人生バラ色になった彼は、いつしか書庫の番という自分の仕事を放棄し、娘に夢中になった。しかし彼が目を離した隙に、書庫には紙を食べる虫が住み着き、書庫の本を囓り始める。虫に食われた人、場所、国が世界から消えていき、人々が混乱し始めて主人公は目を覚ます。
そして恋人に別れを告げ、虫を駆除し、また単調な書庫の番人に戻るのだった。
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物語にリアリティがあり、本当に『大災害』の原因は書庫の番人の怠慢のせいなんじゃないかと思えてしまう。なにより驚いたのは、この世界が本の中に書かれた物語世界であるという発想だ。
紙の本ではないが、この世界は私の書いた物語世界だ。それを知らずにこんな小説を書けるなんて、偶然か、作家の想像力がすごいのか。
作家の名は『ジル・ラリック』といった。どんな人なんだろう。本を読んだだけで作者に興味を持った。