焦燥と苦悩の王子4
一瞬また敵に撃たれたのかと思ったが、どこも痛くなかった。よく見れば私の腕を捕んでいた男が、頭から血を流し倒れた。
「明!無事か?」
聞こえてきたのはエドの声だった。声の方を振り向けば、銃を持ってエドが私の方へ走ってきた。
「エド!びっくりしたじゃない。私に当たったらどうするつもりだったのよ」
「当たらないように狙いは絞った」
そういう問題か!案外無茶するなこの男と思った。しかし味方の出現にほっとして、私は地面にへたり込んだ。
「明?どこか怪我をしてるのか?」
「私はいいからアルを早く助けなきゃ」
怪我の事を言ったらエドが心配すると思って、怪我の事は黙ってアルの心配を口にした。
「アルフレッド殿下の居場所がわかるか?」
エドは私を抱き上げながらそう言った。私が頷くと、エドは近くに用意していた馬に私を乗せて走り出した。
馬に乗りながらエドが状況を話してくれた。馬番が私達が勝手に出て行った事を王様に知らせて、慌ててエド達が探してくれていたらしい。
馬の上で冷静に観察すると、そこかしこで兵達が争う声が聞こえてきた。
「我が兵士達だけでなく、アリパシャ国からも兵を借りた。もうこの辺りは制圧済みだ。敵もそろそろ焦り始めているはずだ急ぐぞ」
馬が荒々しく駆ける振動が、肩に響いて痛かったけど、歯を食いしばってこらえた。エドについて何名かの兵が後をついてきた。
朱里が連れて行かれた時も焦りはあった。でもあの時は朱里が自分は大丈夫だと自信を持って言ってたし、エドの弟で敵としても手が出せない相手だと解っていたからまだよかった。
それでも混乱した兵が、朱里に手をかけようとした時は焦った。
アルの場合、同盟国の王子だから簡単に殺されたりはしないだろうけど、聖マルグリット王国を敵に回してでもと敵が焦ったら、アルの命も危ないかもしれない。
お願い無事でいて! アル!
アルのいた場所に近づくに連れ、騒がしい物音が聞こえてきた。もしかして、まだ戦ってる?
「アル!」
私が叫ぶと、遠くで敵と相対していたアルが振り向いた。敵に囲まれていたのに、アルは私の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。
「明!無事だったか」
エドは馬のスピードを緩めることなく、一気に敵の中心に突っ込んだ。その直前に馬上ですでに剣を抜いており、敵兵にぶつかりながら斬りつけた。
エドの荒っぽい動きに、私は馬から落ちないようにしがみつくので精一杯だった。敵兵の中を突き抜けて、アルの目の前に出た。
「明。来い!」
アルが手を広げて私を呼んだので、私は思いきって馬から飛び降りた。アルが受け止めてくれて、私はアルの腕の中に守られるような形になった。
アルの魔法で守られた中、敵兵達は私達に近づけず、エドの方に集中した。
「アルフレッド殿下、明を頼んだ」
エドはそう叫び、馬に乗りながら剣を振るって敵と戦った。敵兵の数は先ほどより少ない。多分私を追って宮殿からの兵と交戦に入って帰ってこなくなったのだろう。
味方の兵も追いついてきて、混戦となり敵兵の勢いも鈍ってきた。
もうエドに任せておけば大丈夫だ。ほっと安心したら肩や足の痛みがぶり返してきて、私は体を丸めて顔を歪めた。
「明!大丈夫か!明」
アルの叫ぶ声を聞きながら、私は戦場の中で気を失った。人が殺し合う目の前で眠れるなんて私も図太くなったな……。
次に目を覚ました時、私は柔らかな寝具に包まれていた。目を閉じていても外の様子は明るく、心地よい風が入ってくる。
朝か……とぼんやりと目を開ける。見上げると豪華な天蓋付きベットが見えて、ここは宮殿の私用に割り当てられた部屋だと気がついた。
ここに戻ってこられたって事はアルもエドも無事だよね……。よかった……死ぬかと思ったけどみんな無事で。
「明! 目が覚めたか!」
私のすぐ隣にアルが座っていた。女性の寝室に勝手に入り込む無礼者って言ったらこの男だよね。でも今日は文句を言うことができなかった。アルが真っ青な顔色で、不安げに私の顔をのぞき込んでいたからだ。
心配してくれたんだなと思って、嬉しくなった。
「心配してくれたんだね。ありがとう。アルは大丈夫? 怪我してない?」
「俺は大丈夫だ。それより肩痛いんじゃないか?」
肩の状態を確認しようと、起き上がりかけて激痛で倒れた。
「痛い。起きられないから、手伝って」
アルは壊れ物を扱うようにそっと私に触れ、上半身を起こすのを手伝ってくれた。いつものいやらしさを感じない紳士的な態度で、さすがに怪我人に手をだしたりしないかと安心した。
「たいしたことないよこんな怪我」
アルは私の横に座り、悲壮な表情のまま首を横に振った。
「医者の見立てでは肩の骨にひびが入っているのではないかと言うことだ」
骨にヒビ入ってたのか……。そんな状態でよく走れたな自分。
「足はどうだ?」
言われて足を動かしてみる。特にひねったとかそう言うことはなく、単純に足の裏がひりひり痛むくらいだ。すりむいた程度だな。
「こっちは数日で治るんじゃないかな」
「そうか……。俺に治癒魔法が使えたら、治してやるのに……」
アルは申し訳なさそうな声でつぶやいた。いつも自信満々なアルとは思えないほど、落ち込んでいる。
怪我をしている私よりも大丈夫じゃなさそうな雰囲気に、慰めてあげたくなった。
「アル。怪我は治るよ。だいじょ……」
最後まで言葉を続けられなかったのは、急にアルに手を握られて驚いたからだった。
「ありがとう。明。お前に会えてよかった」
気障な言い方じゃなくて、心の底から出したようなかすれた声は、妙になまめかしい。私を見つめるまなざしも真剣で、今までで一番かっこいいアルの姿にドキドキした。