後継者の資質4
ブアイ族の領域を旅している間は、部族の人間がガイドしてくれた。
この辺りは道があってないような荒野が続き、目印もないので道に迷いやすいらしい。
夜なら星がガイドになってくれるが、荒野に出る獣は夜行性が多いので、夜の旅は避けた方がよいという事だった。
領域外に出る頃には、ブアイ族の人たちも名残惜しげに手を振って見送ってくれた。
それでもまだ旅は続く。ある時なにげなくアルがエドに話しかけた。
「そろそろアリパシャ王国の領域に入る頃だったな」
「そうなる」
「首都のハグーダットには行かないのか?」
「行かない」
アルは明らかにがっかりした表情になり、エドは苦笑いを浮かべていた。
「ハグーダットっていう所に何かあるの?」
「アルフレッド殿下はアルンハラ宮殿に行ってみたいんだろうな。アルンハラ宮殿は『カルンハリと魔人』という童話のモデルになった場所だから。昔から王子はあの話が大好きで……」
「こら。勝手に話すな」
不満げなアルと、楽しそうに笑うエド。いつもと逆だなと思いながら、ふと思った。昔からと前にも聞いた気がする。
「アルとエドの二人って長い付き合いなの?」
私の問いに答えたのは、エドだった。
「私が13で成人して、初めて外交大使として赴いたのは聖マルグリット王国だった。初めて訪れた王国で、王子は実に気さくに話しかけてくださった」
「昔の事だろう」
「旅の道中の話や帝国の事などを話したら、たいそう喜んで、友達になろうと言ったではないか?」
「子供の戯れだ。忘れろ」
「そういえば二人っていくつなの?」
「アルフレッド殿下も私と同じで今年で22だったな」
「お前の方が年寄りくさいがな」
確かにエドの方が落ち着きがある分、年上に見えた。子供の頃のエドとアルは同年代で、すぐ仲よくなったのだろうか?その光景を想像すると自然と笑みがこぼれる。
「二人で遊んだわけ?」
「城を抜け出して、森の中を探検した事もあった。その時食べたカラヤは美味しかった」
旅の途中でエドがくれたカラヤの実にそんなエピソードがあったのか。きっと楽しい思い出が詰まってるから、余計にカラヤの実に思い入れがあるのだろう。
「思い出した。帰りにこの男が狼に出くわして、恐れをなしていたな」
「まだあの頃は剣術も未熟な子供だった。それに臣下を連れずに出歩くのもはじめてだったのだ」
「俺が防御魔法で守ってやって、やっと互角に戦えたんだよな。あの時の悔しそうな顔。あの後だろう。剣の猛稽古しはじめたの」
「昔の事だ」
昔話が花開く二人は、いつもより仲が良さげに見えた。戦場で見せた息の合ったコンビネーションは、二人の歴史が作り出したものだったのかもしれない。
アルが帝国に対して偏見を持つようになってしまったのは、アルのお母さんが死んでしまった一件が関係あるのだろう。
本当はお母さんの死の真相を早く教えてあげて、誤解を解きたいんだけど、そうするとアルがカプア公国への戦争に行くと言い出しかねない。
それは王様との約束で出来ないのよね。
じれったい気分で、いつもより親しげな二人の会話を見ているしかできなかった。
昔話に区切りがついた所で、またアルが話を戻した。
「ハグーダット経由の方が早いんじゃないか?」
アルの問いにエドは無言の肯定で返した。
「今までも大きな町に立ち寄らなかったのは、帝国の襲撃に巻き込まれるのを予測してだろう」
「そうだ。帝国人同士のもめ事に他国人を巻き込むわけにはいかない。人ごみで襲われたら、周りも被害は免れない」
そういえば、今まで旅してて、ブアイ族以外の人と交流してこなかった。人里をあえて避けて通っていたせいだろう。
ブアイ族の集落に立ち寄ったのも、あの辺りでは、他に水を補給できる所がなく、仕方なしだったに違いない。
「だが、その逆も言えるだろう。人目の多い所で大規模な襲撃はしにくい。むしろ人の多い場所を通った方が安全だとも言える」
「そうかもしれないが、それでも敵が何をしてくるかわからない……」
「アリパシャ王国は聖マルグリット王国の友好国。何かあれば理由を聞かずに助力してくれる。だからハグーダットに行こう」
アルの強引なワガママに、エドもついには首を縦に振った。こうして私達はアリパシャ王国の首都、ハグーダットに向かう事となった。
アリパシャ王国の領域内を旅していた頃、野営中にアルが私を呼び出した。
「何話って?」
「明。約束を覚えているか?」
「約束って?」
「初めて敵に襲われた時、戦う代わりに好きにしていいと言っただろう?」
し、しまった。どさくさにまぎれて、すっかり忘れてた。
「で、でも私が約束しなくても、戦うつもりだったんでしょう?」
「それでも約束は約束だ。それとも明は約束を違える気か?」
そう言われると弱い。一度約束を破ったら最後、信頼を取り戻すのは難しいに違いない。私は腹をくくった。
「わかったわ。好きにしたらいいじゃない」
私は強く目をつぶって、歯を食いしばってその時を待った。アルの気配をそばに感じ、耳に甘い声が囁く。
「明は俺のものだ」
その言葉に思わずぞくりとしたのは、悪寒だったのか、それとも甘い囁きに心が痺れたのか、私にもわからなかった。