後継者の資質2
その後何日か馬車に揺られながら、帝国への旅路を続けた。
予想以上に真面目に、アルは朱里に魔法の修行をしていた。馬車の中では魔法の基礎知識の講義。野営中は実践訓練。アルに得などないのにどうしてなのか?と聞いたら。
「足手まといが少ない方が、敵の襲撃にあっても危険が減る。特に敵の狙いは小僧だからな」と答えた。
本心だとは思うが、すべてを語っているとは思えなかった。何を考えているのかわからないのはアルだけじゃない。エドのあの弱気もずっと気になっていた。
もっと話を聞きたかったのだが、馬車の中ではアルと朱里の目もあるし、休憩中は忙しそうに兵士達に指示を出していて、なかなか機会がなかった。
ある時、野営中エドの姿が見当たらなかったので、兵士にエドの行方を聞いてみた。そうしたら野営地から離れた所で、帝国に魔道具で連絡中だと言われた。
私はこっそり様子を窺う事にした。
森の隙間を縫って歩いていたら、男の話声が聞こえてきた。一人はエド、もう一人の声も聞きおぼえがあった。
「私はやはり帝にふさわしくないのだ」
「殿下がそのような弱気だから、反対派に付け込まれるのです。もっと堂々とされていなければ困りますな」
殿下と呼びかけているのだから、身分は下の者のはずだが、エドより偉そうに聞こえる。しかしこの男の突っ込みに私は心の中で頷いた。
「しかし朱里はまだ幼いが、剣術も学問もよく勉強している。このまま成長すればよき帝に……」
「朱里様が立派ならば、エドガー殿下はそれ以上立派になられれば良い事。弱音は結構です」
反論の余地もないキツイ言葉に、エドも言葉を失って沈黙した。
「帝国の隣国までお迎えにあがります。それまで道中くれぐれもお気をつけて」
男の声はそれを最後に途絶えた。私は項垂れるエドの側にそっと歩いて行った。
「明」
「ごめん。聞いちゃった。ずいぶんキツイ事言われてたけど、誰と話してたの?」
「櫂柚だ」
ああ。以前魔道具で話した、あの渋いお爺さんか。どおりで聞いた事ある声だったわけだ。
「いつもあんなに小言言われてるの?」
エドが思わず苦笑いを浮かべた。どうやらいつもの事のようだ。
「櫂柚には幼いころから世話になってるからな。帝国の王族は幼いころから世界を飛び回って職務をこなしている。しかし経験の少ない子供だけに仕事は任せられないからな。たいていお目付役がついて回るのだ」
「その教育係が櫂柚さんって事?」
「ああ。だから私のために厳しい事を言ってくれてるのはわかっているし、弱音が出てしまうのも、結局私が櫂柚に甘えているからなのだ」
親しいからこそ、厳しい苦言も言える。エドが弱音を言える数少ない理解者なのかもしれない。
「私も気になってたんだけど、どうしてエドは自分が帝にふさわしくないって思うの?」
エドは慎重に言葉を選ぶように考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「私にはどうも人が良すぎて甘く弱い所がある。朱里のように正面きってアルフォンス殿下と戦う事はできない」
「私がアルに迫られたら助けてくれるって言ったじゃない」
「明は私にとって特別な存在だからな。他の事になるとどうも私の甘い性格が、悪い結果ばかりに繋がる。それで昔から何度も櫂柚に怒られていた」
「人に優しいっていい事じゃない。よい帝になると思うけど」
エドはしばらく沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。
「昔事故で夫を失い、幼い子供を抱えて途方にくれる、貧しい女性がいた。私は何とかしてやりたくて、国庫から金を捻出して、寡婦を支援する制度を作った。」
「いい事じゃない」
「一人の前例を作った事で、次から次へと申請者が増えて、予想以上の数に予算が底をついた。しかも中には十分な収入があるにも関わらず、お金欲しさに申請する者まで現れた。結局本当に支援が必要な人間に援助が行き届かず、制度は1年も持たずに廃案となった」
善意から良かれと思った事でも、悪い結果に繋がる事もあるのか。政治とは難しい物なんだな。
「弱い物を助ける事は大切だ。しかし国は無尽蔵に民をすくう事はできない。どこかで弱者を切り捨てる非情さも必要なのだ」
エドの苦しそうな表情を見るからに、弱者を切り捨てるには、エドは善良すぎた。だからこそ苦しいし、自分は帝に向いていないと思うのだろう。
「それに朱里こそが帝にふさわしいと思うのは、他にも理由があるのだ」
「どんな理由なの?」
「私が生まれた時、後継者の誕生に、各国から祝いの品や祝辞が送られてきた。その中にキルギス教団の特殊魔法から受けた、当時の教主からの『神の予言』があった」
「予言?」
「『歴史に名を残す名君主になる』という託宣だ。その当時の教主の託宣は歴代教主一と誉れ高い実力の持ち主だった」
「いい予言じゃない。自信を持てばいいのに」
エドは怖い顔のまま、低く苦しげに言葉を続けた。
「朱里が生まれた時にも、同じ教主から託宣をもらった。『稀代の名君主になる』とな」
なんだそれは。エドと朱里。二人がそろって帝になるというのか?
「そんなのおかしいじゃない。帝は一人だけなんでしょう?その託宣とやらが間違いだったんじゃ……」
「キルギス式神聖魔法はただのお告げではない。魔法だ。いまだかつて外れたためしがない。だからこそ母上は生まれたばかりの朱里を死んだ事にして、存在を隠して育てたのだ。不吉すぎる予言のために」
「でも二人が帝になる可能性ってあるの?」
「可能性は二つ。一つは帝国内で戦争になり、二つに国が割れて、私と朱里がそれぞれの帝になるという事」
戦争と聞いただけで、恐ろしさの余り思わず震えた。
「そしてもう一つの可能性は、私が帝になったが子を成さずに早くに死んで、朱里が帝になるという事だ」
国で内戦が起こるか、エドが早死にするか、恐ろしすぎる二者択一だった。
「祖国を戦争に巻き込みたくはないが、早死にもしたくない。だから私は帝にならずに朱里がなってくれればと願ってしまうのだ」
エドの表情は苦しそうで、慰めや気休めなど通用しそうになかった。それでも私はエドを抱きしめて、子供をあやすように優しくエドの背を叩いた。
「大丈夫。帝国もエドも朱里も幸せになる未来になるよ」
私の言葉なんかでエドをなぐさめられたのかわからなかった。ただ私がこの世界にいる間は、エドの心の支えになろう。そう心の中で誓った。