闇色の襲撃者と戦う男達4
嵐の様な一夜が過ぎ、負傷者の処置や死者の埋葬が済んだ後、私達は野営地を後にしてまた旅を再開した。
アルは一晩休んだらいつも通りの様な顔をしていたが、たぶんやせ我慢もあると思う。朱里とのいつもの喧嘩が、今日はちょっと大人しい。
天気は昨日とは打って変わって晴れ渡っているが、木々に埋もれて隙間から差し込む光しかわからない。どこまでも同じ様な景色が続く中、馬車は走り続けた。
昨日あんな事があったのに、3人とも何も変わっていない。エドは外界を遮断して一人の世界に入ってるし、アルは私にちょっかい出そうとして、朱里に睨まれてる。昨日の様にまた襲われるかもしれないのに、この人達は怖くないのだろうか?
怖くないわけではないだろうが、自信があるのだろう。彼らには生き抜くだけの剣術や射撃や魔法の腕がある。そんな彼らに甘えてばかりもいられないのだけど、今の私に何ができるの?何度も考えては思いつかずため息が出る。
日が傾きはじめ、そろそろ野営地を決めなければいけない時間になってきた。また夜になったら昨日のように賊が襲ってくるのだろうか?
そんな事を考えていたら、突然アルは軽い笑顔を消して、真剣な目でエドを射抜いた。
「いつまで黙っているつもりだ?いいかげん、昨日の敵について知っている事を話せ」
「山賊じゃないの?」
「敵は俺達が来るのを待ち構えていた。不意打ちだった。先制攻撃は敵からのはずだ。しかし最初に聞こえてきたのは銃声だった。つまり敵側に銃があったという事だ」
「そんな、まさか。だって銃って国家機密なんでしょ。帝国人以外が簡単に手に入れられるわけないじゃない」
「そうだ帝国人以外はな」
アルの言いたい事はわかった。つまり昨日の襲撃者の正体は帝国の人間だと言う事だ。
「帝国の人が帝国の王子を襲うなんておかしいじゃない」
「事情はそいつに聞いた方が早い。襲撃がある事を予想してたんだから心当たりあるのだろう。今思えばあの木が倒れて道がふさがれてたのは、俺達をあの野営地におびき寄せるための罠だった。それがわかっていたから反対したんだろう」
「そうなんですか?殿下?」
アルの言葉に朱里まで驚いている。皆に注目されたエドは苦しげにつぶやいた。
「アルフレッド殿下には借りがある。黙っているわけにはいかないだろうな。そうだ。私は同じ国の人間に命を狙われている」
「どうして?」
「どうせお家騒動だろう。第一王子を殺して、他の人間を帝にしようってね」
「そのとおりだ。私は継承権第一位ではあるが、他に帝位を継ぐ資格がある者は多くいる。私を次期帝として認めない反対派がいるのだ」
「その反対派の目星はついているのか?」
「末端の者はともかく、主犯格が誰なのかまだわからない。わからないからこそ捕まえられずに防衛に回るしかないのだ」
「だから銃撃隊までわざわざ連れてきたのか。この一団に女がいないのも、戦いになる事がわかっていて、非戦闘員は連れてこなかったという事か」
「そうだ」
「帝国の事情に巻き込まれるこっちがいい迷惑だな」
昨日の息の合った戦いが嘘のように、アルはエドを睨んでいた。エドは冷静な彼にしては珍しく睨み返した。エドの言う通りならば、この旅の最中や帝国についてもこんな風に敵が襲ってくるのだろうか。私の不安を見抜いたのか、エドは私に言った。
「大丈夫だ明。明は帝国の重要な客人だ。私達が守る」
「人が手伝わなきゃ危なかったのに、ずいぶん大口をたたくな」
「殿下には明を守る事は頼んだが、あそこまでやってくれとは言ってない」
「いい度胸だ。喧嘩なら買うぞ」
「ちょっとストップ馬車の中で喧嘩はやめよう。エドもなんでカリカリしてるの」
エドはちらりと私の方を見て、すっと指を伸ばして私の額に触れた。
「私は目がいい」
それって……もしかして……。昨日のデコチュー見られてた!!!!
思い返せば戦場で何やってんだって感じで赤面ものだ。何も知らない朱里だけがきょとんとしている。
「明様、顔が赤いですけど大丈夫ですか?お熱があるんじゃ……」
「大丈夫、問題なし」
アルを横目で睨むが、エドの言葉に気づいていてあえて知らぬふりをしている。エドはまたむっつりと黙りこんでしまった。不機嫌なエドと、顔の赤い私と、にやけた顔したアルと、何も知らずに首をかしげる朱里。四人を乗せた馬車は山道を走っていった。
あれから数日。襲撃もなく山を越え、明日には無法地帯を抜けるだろうとなった、ある日困った事が起こった。川が氾濫して通る予定だった橋が壊れていたのだ。細い雨が降る中、荒れる川に残る橋の残骸を前に、私達は立ち往生してしまった。
「これもまた、反対派の罠じゃないよね」
「わからないな。この時期山の雪解け水があふれて川は増水する。それが特に今年は多かっただけで不自然ではない。だがこの道を使えないとなると困った事になるな」
エドは難しい顔をして、部下達と相談を始めた。頬を濡らす雨を物ともせずに、地図と川を睨みながら真剣に悩む姿を見てると、私も何かできないか?と思ってしまう。
「ねえアル。他に道無いの?」
「知らない。私は国の外に出た事ないから、地図でしか道を知らない」
「頼りにならないなぁ」
「旅慣れた王族の方がおかしいんだ。旅には危険が多いし、政治を放り投げてそう簡単に国を離れたりするものか」
「でもエドは慣れてるみたいだけど」
「帝国が特殊なのだ。あの国は鎖国で他国の人間を受け入れないし、他国からも信用されてないから、王族が諸国を回って友好を深めないといけない。それにあの男が死んでも変わりはいるが、俺が死んだら後を継ぐ王族はいなくなるぞ」
「死んでも変わりはいるなんてひどい事言わないで」
「事実だ」
帝の子に生まれたというだけで、むいてない王子の仕事をしなければならなくて、真面目にやってるのに命を狙われて、死んでも変わりがいる。
そんな不条理な話でも、エドは王子である事から逃げない。王子でありつつも個人として友人の私を守ると言ってくれる。
だったら私にできる事は最後まで友達として、エドを信じている事だ。可能な限り彼のそばにいて、せめて愚痴ぐらい聞いてあげたい。きっと何もかも我慢してしまうエドのために。