闇色の襲撃者と戦う男達3
テントの中に設えられた寝所に、アルは横たわり浅い呼吸を繰り返している。あいかわらず顔色が悪く見えるが、先ほどに比べればまだましになってきたと思う。
テントの中に私とアルしかいなかった。私はアルの手を取って目覚めを待つ。ひどく冷たい彼の手を、私の手で温めるように包み込む。
早く目を覚まして、いつもみたいに偉そうな事言えばいいのに。個室で私と二人きりなんだよ。チャンスじゃないの?そう言った所で今のアルには届きそうになかった。
しばらくしてエドがテントにやってきた。
「明。アルフレッド殿下の様子はどうだ?」
「少し顔色が良くなったみたい」
「そうか。大丈夫だ。しばらく休めばよくなる。恐らく……」
歯切れの悪いエドの言葉にますます不安が強まる。
「これって魔法を使ったせいなの?」
「そうだ。我が国には魔法が普及していないから正確な事はわからないが」
「そんな!たった1度魔法を使っただけで、こんなに大変な事になるものなの?おかしいよ」
「程度にもよるのだ。魔法というのは精神力、集中力を酷使し、大きく気力を消費する。特に強力な魔法を使えば使うほど術者の消耗は激しくなるのだ。私も戦場や各国で様々な魔法を見てきたが、殿下ほどの使い手はそうはいない」
「そんなにすごいの?」
「ああ。まず二つの魔法を同時に使うという時点でかなり高度だ。その上あの見えない壁。あれだけ広範囲に長時間強固な壁を作り続けるなど信じられない」
エドがそれだけ言うのだから、アルの魔法は常識外れに強力なものだったのだろう。ならばなおさらアルの体調が心配だった。
「魔法を使いすぎて死ぬ事ってあるの?」
「……ある。しかし殿下は大丈夫だ」
「どうしてわかるの?」
「魔法の使いすぎで死んだものを見た事があるからだ。明も会った事があるはずだ」
「私が?誰よ?」
「キルギス教団教主コンラッド・カタリナ」
あの狂人教主死んでたの!だから会おうとしても会えなかったのか。でもなんで?
「なんで死んだの?」
エドはそこでためらうように口をふさいだ。嫌な予感がするが、中途半端なところで止められない。エドの次の言葉をじっと待つと、やっとエドは口を開いた。
「カタリナ殿は最年少で教主になった俊英だった。まだ40才になったかどうかぐらいだったかと思う」
「え?私が見た時は白髪の爺さんだったよ。しかも一目でやばそうな感じで、とても俊英なんて言われるようには見えなかったし」
「若くして教主の座についたから功を焦ったのだろう。だから創造神を降臨させるなんて前代未聞の魔法に手を出した。そして魔法の使いすぎで急激な老化と精神に異常をきたしてしまった」
「……まさか、私を呼びだしたせいで、死んだの」
エドは否定しなかった。人を死に追いやるほどの大魔法だったのか?
「見た限り殿下はあそこまで急激な変化は見られない。命に別条はないだろう。大丈夫だ。明も少し休め」
エドの気遣いは嬉しいが、色々ありすぎてとても眠れる状態ではない。
「このままでいさせて。エド忙しいでしょういいよ。私は大丈夫だから」
エドはまだ何か言いたげだったけど、何も言わずに去っていった。
眠るアルの顔を見ながら、先ほどエドに言われた事について考えていた。
人一人の命を犠牲にしてまで、私は呼び出された。もちろんあの教主が自分の名声のためにやった事だから、自業自得だけど、でも死んだんだ。そしてそうやって呼び出された私は、期待はずれなほどに名ばかりの神だった。
聖マルグリット王国の人達が、疑いながらも私を神扱いしていたのは、『大災害』を解決するためあの教主が命がけで呼び出した存在だからだ。ユリアや他の『大災害』で消えて行った人のために、私が出来る事はしたいと思った。
なのに私は今日恐怖のあまりこの世界から逃げ出したいと思い、身動きもとれずに皆の足を引っ張った。甘かった、覚悟が足りなかった。私のいた世界と違う、平和が当たり前の様にある世界じゃない。
アルやエドや朱里の戦う姿を思い浮かべる。人を殺す姿は恐ろしかった。でも殺さなければ自分が殺されるのだ。命がけで戦う彼らの姿を責められない。私は強くなりたい。せめて彼らの足を引っ張らずに済むくらいに強く。
「……何を考えている?」
気づけばアルがうっすらと目を開け、こちらを見ていた。
「アル!大丈夫?」
「心配するな。少し疲れただけだ」
その強がりも、声はいつもより弱々しい。それでも目を覚ました。アルは大丈夫なんだ。嬉しくて泣きそうだ。
「ごめん。私が余計な事頼んだから……。アルに危険な事させちゃった」
「本当は頼まれる前から、魔法は使うつもりだった」
そういえばあの時、銃声を聞いて準備が整ったとか言ってた。それにあまりに見事なエドとアルのコンビネーション。もしかして二人は私の前に現れる前に打ち合わせしてた?
「どういう事?もしかしてエドと協力した?……どうして?あんなに帝国は信用できないって言ってたのに」
「今も信用はしていない。だがあの男が明を守ろうとしている事だけは信用している。利害の一致だ」
「私のため?私が弱いから……守ってもらわなきゃ何もできないから、だからみんな危険な目にあうの?」
「おまえは弱いままでいい。弱い女の方が守りがいがあるだろう」
そう言って力なく微笑むアルの優しさに、堪えていた涙がこぼれ落ちた。私を守りたいと思うから、みんなあんなに強く迷いがないのだろうか?だったら私もアルやエドや朱里や、この世界の出会った人々皆を守るために強くなろう。もう逃げない。私は私のやるべき事を果たす。
アルはまだ疲れているみたいだったので、もう一度寝るように言って私はテントを出た。外は暗い闇夜だけれど、あの空の雲の向こうには月や星が今も輝いている。
今は弱くてもいつか私も皆を守れるくらいに強くなる。私は見えない月にむかって誓いをたてた。




