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異世界創造神は女子高生  作者: 斉凛
第2章 諸国漫遊編
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波乱万丈の予感5

 予定を変更して通る事になった道は、山の谷間にある細く長い道だった。


「さっきの道より整備されていて走りやすいんじゃないか?どうして初めからこちらにしなかった」


 アルの質問はもっともだった。馬車の揺れはこちらの方が少ない。


「この道は細い道がずっと続く。当分休憩に使えそうな場所はない。野営地になりそうな所に着く頃には夜遅くなってしまう。夜の移動は危険だ」


 月が出そうにない曇り空を見ていると、エドの言った言葉が恐ろしく感じた。道の両側は切り立った崖に挟まれ視界が悪い。月のない暗闇を走り続けるのは確かに危険だ。


「灯りを灯して移動すれば問題ない。何が危険だというのだ。山賊でも出るのか?そんなものに脅えるほど帝国兵は弱いのか?」


 エドの言葉をからかうようにアルは言った。まるでエドが臆病ものだとでも言いたいように。


「アルフォンス殿下。ここはもう聖マルグリット王国内ではない。そろそろ観光気分を改めていただきたい」

「何だと!無礼な」


「貴方も知っているはずだ。ここはどこの国の領土でもない。それがどれだけ危険な意味を持つか」


 アルはエドの言葉に反論せず、不機嫌そうに黙った。


「どういう事」

「この地は聖マルグリット王国と華無荷田国に挟まれていて、かつて互いの国が領有権を巡って争った地だ。しかし決着はつかず、両者ともこの地は不可侵と定めて手を引いた。この地で何が起ころうとも両国とも兵を出す事はできない無法地帯」


「無法地帯って何が起こってもどこにも文句言えないって事よね」

「そうだ。だからこのあたりは冗談ではなく山賊が横行している。油断は禁物だ」


 曇り空が少しづつ暗くなり始める。もうじき夜が来て闇に包まれる。その闇から突然山賊が襲ってきたら?私は気付く間もなく殺されてしまうかもしれない。想像しただけでぞっとして、私の体が震えた。


「明。大丈夫だ。おまえは私が守ると言っただろう」


 隣に座るアルがそう言って私の肩を抱いた。アルの胸に頭をつけると温かな体温を感じ、心臓の音が聞こえる。心臓の鼓動はまだ私達はここに生きている事を証明していた。しかし実感すればするほど、その音が突然失われるかもしれない恐怖に捕らわれた。


 『大災害』で目の前で人が消えていく恐怖を私は知っている。でも人が人の命を奪う、そんな光景を私は知らない。この一団は私以外みんな当たり前のように剣や銃を持っている。それは彼らも人の命を奪う事を覚悟しているからだ。私は武器を飾りか何かと思っていたのだろうか?人が殺し合う姿を目を開いてみる覚悟があるか?


「創造神様。私もお守りします」


 朱里が小さな両手で私の手を包んだ。彼の柔らかそうな手にも、エドと同じタコがあった。剣を振うための訓練をした人間の手。私より幼いこの少年もまた人を殺す覚悟を持っているのだ。


 エドを見ると彼は無言で私を見ていた。まるで私の不安がすべてわかっているかのように、彼は何も言わない。エドは何も言わずに私を助けてくれる。それが他の誰かの命を奪う事で、それにエドの良心が痛もうとも、ためらう事はない。

 私のためにみんなが手を血に染める覚悟をしてくれるなら、せめて私は彼らの姿を見届けなければいけない。


「みんな、ありがとう。私は大丈夫」


 今はそう強がりを言って臆病な自分をごまかすしかなかった。

 きっと本当の殺し合いが始まれば、私も強がる事などできない。殺し合いを見る前に、日本に帰れたらいいのにな、などと考えてしまう卑怯な自分がすごく嫌だった。



 エドの予想通り、日が落ちると辺りは闇に包まれ、何も見えない真の闇になった。兵士達が掲げる灯りを頼りに細い道を進む事しかできない。逃げ場のない一本道で誰かが突然襲ってきたらどうするの?

 私は緊張で何も話す事が出来ず、ひたすら耳を澄ました。馬車の中の皆も無言だった。馬が大地を蹴り、車輪が道を走り、兵士達の鎧が音を立てる。その音をずっと聞き、内心脅えていた。


 野営地に着き、いつまでも続くかと思えた夜の旅路が終わった時、張りつめた私の緊張の糸はぷつりと切れた。


「何も起こらなかったな。案外このまま何も起こらず帝国まで行くかもしれないぞ」


 アルの楽観的な言葉は私を安心させるための気休めかもしれない。それでも私はその言葉を信じたかった。本当に何も起こらないでほしい。


 夕食を済ませそれぞれのテントでもう休むだけとなった。女は私一人だけだから、私用に一つテントを用意してくれている。テントの前に護衛兵士はいてくれるが、一人で寝るのは心細い。私は朱里を呼びとめた。


「ねえ。今日一緒に寝てくれない?」


 朱里は顔を真っ赤にして金魚の様にパクパクと口を開けていた。


「なぜこいつなんだ。添い寝なら私がいつでもしてやるぞ」

「嫌。アルと一緒なんていつ襲われるか怖くて寝られやしない。それに朱里は弟みたいに可愛いからいいの」


 男扱いされてない事に傷ついたのか、朱里はちょっとへこんでた。


「確かにこいつは子供だが、子供はきっと寝相が悪いし、寝言がうるさいぞ」

「それは大丈夫だ。朱里は疲れてすぐ寝てしまうし、寝姿は大人しいからな。たまに死んでないか不安になるくらい」


 エドの発言にアルと私は同時にエドに注目した。なんか今の発言あやしくなかった?疲れるって何に?


「もしかして朱里と一緒に寝たことあるの?」

「そうだが?どうした?」


 私とアルは顔を合わせて頬を引きつらせた。アルが小声で言ってきた。


「やっぱり小僧は王子の愛人だったんだな」

「ちょっとやめてよ。愛人だなんて生々しい言い方。可愛い朱里のイメージが壊れる」


「可愛かろうがなんだろうが、やる事はやってる……」


 アルの下品な発言をそれ以上聞きたくなくて、慌てて口をふさいだ。キラキラ美形王子属性なんだから、少しは自分の発言に気をつけろ。


「でもさ、もしそれが本当なら、朱里は女の私に興味ないだろうから、ますます安全よね」


 アルが目で不満を訴えていた。この男は私と一緒に寝るチャンスを朱里に奪われるのが悔しいだけなのだ。私も負けじとエロ肉食獣男と目で睨んだ。


「2人とも。何をやっているのだ?」


 エドの呆れた声がアルと私の攻防に終止符を打った。


「何でもない。朱里行こう」


 戸惑う朱里の手を引いて私は自分のテントに向かった。エドの爆弾発言を聞いたせいか、襲われる恐怖とか不安が吹き飛んだ。テントの中で朱里と並んで寝ころぶと、林間学校の様でわくわくして、はしゃぎながら色々話しをした。

 朱里はまだ13歳だが、帝国では12歳から成人に成れるので、もう大人扱いなのだそうだ。だからエドの従者になれたらしい。


「僕。ずっと帝国の外に行ってみたかったんだ。夢がかなって嬉しい」


 無邪気に話す朱里は、いつもよりずっと幼い言葉づかいだった。今まで頑張って背伸びして話しをしていたのだろう。本人気付いてないが、自分の事を「私」ではなく「僕」と言っている。しかしその方が今の朱里には似合っていた。


「聖マルグリット王国まではどうやってきたの?」

「華無荷田国内を通ってきたよ。帝国に似ているみたいで、違う所がたくさんあって楽しかった。例えば……」


 初めはキラキラした目で華無荷田国の事を熱心にしゃべっていたのに、しだいに瞼が重くなってきて、すぐに朱里は眠ってしまった。なるほど話し疲れて眠ってしまうわけか。成人したとは思えない程無邪気なもんだ。

 朱里の寝顔は安らかで、呼吸をしているのか心配になるくらい静かだった。寝返り一つしない。確かに死んでないか心配になるなこれは。柔らかそうな頬に触れると温かくて、かすかにある呼吸を手に感じる。やっぱ可愛い癒し系だわ、この子。抱き枕にしたいくらいだけど、目を覚ましたら大騒ぎしそうだったので止めた。


 私も寝ようと瞼を閉じる。とろとろとまどろみ、今まさに眠りの淵に落ちようとしたその時、静寂の夜を切り裂くような破裂音がした。


 驚いて飛び起きる。今のって……まさか銃声?


「敵襲!」


 誰かが叫ぶ声、兵士達が走り回る音、金属がぶつかる様な音。気づけば隣の朱里は目を覚まして私の手を取っていた。


「創造神様。避難しましょう。ついてきてください」


 朱里は先ほどの無邪気な寝顔から想像つかないほど、冷静で大人びた顔をしていた。戦う男の顔だった。

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