波乱万丈の予感4
私の体調に合わせてエドがペースを落としてくれたのと、私が馬車に慣れたせいか、吐く事はなくなったし多少は物が食べられるようになった。それでも長時間乗っていれば気分も悪いしお尻も痛い。痔になったらどうしよう。
男だらけの集団で女の私がそんな事相談できる相手もなく。こっそりクッションの位置をずらして、なんとか工夫していた。
王都を出発して10日が過ぎた。そろそろ聖マルグリット王国の領土を出ようとする頃には、道は緩やかに傾斜しはじめ、間近に山が迫ってきていた。
私は東京生まれの東京育ちで、山や海を見るだけで、遠くに来たものだと実感してしまう。しかもここには現代日本ではまずお目にかかれない大自然が待ち受けている。
山登り気分を満喫しようではないか。などと妙にハイテンションな事を考えて自分をごまかしていた。
そうやって馬鹿な事を考えてないとつらい旅なのだ。馬車の乗り心地だけでなく、馬車の中の空気が。
「子供だからって甘えるな。礼儀ぐらいわきまえろ」
「アルフレッド殿下こそ、目下の人間に高圧的な態度をとるのは、大人げないですね。同じ王子と言っても器の違いでしょうか」
可愛い朱里はどこに行ったんだろう。日に日に嫌味のレベルが上がって嫌な人間に成長してる。子供は周りに影響されやすいけど、アルみたいな性格悪いのと毎日話ししてるから、性格の悪さまで似てきちゃうんだ。お姉さん悲しいな。
最初は私とアルとエドの3人だけだったのに、この前のエドのプロポーズもどき以来、アルが危険なぐらい不機嫌で、心配した朱里まで馬車に乗る事になった。
私の隣と向かいに誰が乗るかでもめたり、走り出してもアルと朱里は些細な事で口論になった。エドは二人の喧嘩を止める事なく、修行僧みたいに無愛想な顔で沈黙を貫いている。
そんなエドの態度が気に入らないアルは事あるごとにエドに喧嘩を吹っ掛け、朱里が庇うように食いつく。これがエンドレスリピート。
初めは和やかになるように、気を使って明るい話題を振ったり、喧嘩の仲裁をしていたが、気疲れで一日も持たなかった。そんなピリピリした不協和音の集団の中で1日の大半を過ごすのだ。これは現実逃避でもして気を紛らわせなきゃやってられない。
どれほど二人が騒ごうとも、表情を変えないエドの忍耐力とスルースキルを、私にも分けてほしい。そんな気持ちで向かいに座るエドを観察していたら、窓の外を眺めてぽつりと呟いた。
「暗くなるな。寄りにも寄って王国領を出たとたんか……」
確かに空は曇りはじめ、辺りは昼なのに薄暗い。しかし空気は乾燥していて、雲もそれほど厚くもなく、雨が振りそうにない。
「雨は降らなさそうだし大丈夫じゃない?」
「雨は降らないだろうな。しかし月は隠れる。今夜は新月の様に暗い夜になるだろう」
日本の夜は明るいという言葉を、私はこの世界にきて初めて実感した。人が多く住み栄える王都でさえも、新月の晩は街の明りだけでは薄暗く、私には恐ろしく思えた。
王都を離れれば離れるほど、街の明りは減り、闇が色濃くなっていき、月明かりだけが頼りになった。幸いな事に今まではずっと天気がよく、夜は月明かりに照らされていたが、今日は月の恩恵にあずかれそうにない。
月明かりも街の明かりもない本当の闇夜。この世界の住人にとっては当たり前の事かもしれないが。私は想像しただけで気がめいる。
しかし闇夜に慣れていない私はともかく、なぜエドがその事を気にするのだろう。しかも王国領を出たとたんという事は場所に関係あるのか?
アルが言ってた帝国が隠している事に関係あるのだろうか。アルがエドや朱里に突っかかるのも、短気なばかりじゃなくて、二人が何かを隠してるから何とかその秘密を暴こうとしているのだと思う。でも私は無理に暴く気にはなれない。
朱里はわかりやすくて、すぐ顔に出るタイプだけど、だからこそ重要な事は何も知らされてないんじゃないかと思う。知らない事を聞きだそうとしても無駄だ。
エドは嘘がつけない性格なのか、都合が悪くなると黙る。それも自分にとって都合が悪い事ではなく、国とか誰か他の人にとって都合の悪い事で、その誰かを庇ってエドが我慢している。無理に聞き出そうとすれば誰かと私の間でエドが苦しむんだ。そう思うと無理に聞き出しにくい。
友人としてエドの苦しみを肩代わりしてあげたくても、何もできないのが歯がゆい。
「エド」
空を見ていたエドが私に視線を向けた。いつもと同じ無愛想顔に見えて、瞳の奥に緊張が漂っている。やっぱり何かあるんだ。
「私にできる事があったら言ってね。私に話したい事もね。エドがそう思うまで私は待ってるから」
「明……」
エドは寂しげに笑った。私に気を使わせてしまった事さえも、気にしているのかもしれない。損な性格だなと思う。だけどそんな優しいエドだから、私は彼を信じてる。彼の隠し事が私を陥れるようなものではないと。
アルももう少しエドの事を理解しようとすれば、信頼できる人物だとわかると思うのだが。二人の溝はそう簡単に埋まりそうにない。
物思いにふけっていると、突然馬車が止まった。エドが怖い顔で外の兵士に声をかける。
「何があった」
「すみません。道に木が倒れていて通れないのです」
馬車の扉を開けて道を覗き見ると、確かに木が倒れて道がふさがっている。エドは怖い顔をますます怖くしていた。
「すぐに木を片付けよ」
「動かすには時間がかかります……少し戻れば別の道がありますからそちらを通った方が早いのでは」
困った顔で提案する兵士に、エドは大声でどなった。
「余計な事を言うな!」
私は驚いた。エドが人に理不尽にどなる所を初めて見たからだ。私だけでなく、アルや朱里も驚いていた。さすがにエドもすぐに自分のした事に気づいたようだ。兵士に頭をさげた。
「どなってすまなかった」
「い、いえ。恐れ多いです頭をあげてください。すぐに木を片付けます」
「他の道の方が早いならそっちに行った方がいいだろう。急ぐ旅なのだから。それともそちらの道では何か問題でもあるのか?」
楽しげにアルがそう言ってエドをじっと見た。エドは何かこらえるようにぎゅっと手を握りしめ、目をそらした。しばらく沈黙が続いた後、エドは結局引き返して別の道へ行く方を選んだ。




