じこ物件(短編)
「ここって事故物件なんだって」
「うそ、あ!? ほんとだ、ヤバっ。早く行くよ」
「ちょっと待って。急に走んないでよ」
「いや、わたし、そういうのあるの」
「なにが?」
「霊感的なの」
「え、それで?」
「はっきり言って、ここはヤバい。もうヤバいのがいる」
「どれくらい」
「霊能力者が避けるくらい、とんでもないのがいる」
この部屋に誰も住んでないとでも思ってるのか?
ちゃんと聞こえてるって。
窓ガラスを突き抜けてくる『事故物件』の噂なんて日常茶飯事。
もう慣れたもんだけど。
もちろん俺だってよく知ってるさ、ここが曰く付きの部屋だってことくらい。
世の中にはやむにやまれぬ事情ってのがあるんだよ。
この貧乏暮らしがおまえらに理解できるか?
あー腹減った。
もう何日食ってないと思ってんだよ。
※
勝手に玄関を開けてずかずかと入ってくる。
「うわ~。画像で見たよりも広い」
「事務所でも言いましたけど。ほんとにいいんですか?」
「だって都心なのに敷金礼金なしで三万ですよね?」
「えっと、だからそれは……。いわゆる事故物件ってやつですので不動産業では告知義務というのがあって」
「借りる本人がいいって言ってるんですよ。大丈夫です。そのための賃貸契約書ですよね?」
「え、あ、はい、それはそうなんですけど。最初の人はもうそれは悲惨な亡くなりかただったみたいで、そのあとに入居した四人のかたも失踪してるんですよ?」
「あたしはそういうの気にしないタチなんで」
「わかりました。まあ、だから大家さんがその値段で、ってことなんですけどね」
「あたしは家賃が安ければいいんですよ。ん? あ、これですよね。事務所で言ってた」
「あ、はい、この床のシミがそうです。このフローリングって何度張り替えてもこれが浮き出てくるんですよ」
「なんかシミの周りが赤黒いですよね。まさかカビ?」
「え、あ、たしかに赤黒く滲んでますね。でもカビじゃないとは思うんですけど」
「あたし、霊とか気にしないけど衛生面はちょっと気にしちゃうタチなんですよね」
「わ、わかりました。ちょっと社のほうに確認してみますんで、しばらくお待ちください。あ、タブレット忘れてきた。社用車にとりにいって、清掃後の写真をタブレットに送らせますね」
「よろしくお願いしま~す」
「じゃあ、行ってきます」
「お手数おかけしま~す」
お、ひとりになった。
このパターンは今までなかったな。
「ん、シミだったところに穴開いてない? え、シミの穴がだんだん広がってきてる? え、なに?」
いただきます。
――ガリッ、ゴキッ、ゴリ、ゴリ。
床の下じゃどんな叫び声も悲鳴も外には届かないって。
――バリバリ、ガキッ、ゴキッ。
う~ん。
イマイチ、最近の若いヤツはクリームいっぱいの甘ったるいコーヒーやジャンクフードばっか食っててマズいな。
ジャンクを食うジャンクを食う俺も大概だけど。
貧乏暮らしで腹減ってるんだからしょうがないよな。
※
「ここだべ、事故物件。なんかそういうサイトあるべ?」
「ああ、曰く付きのとこの建物に火のマークつくやつでしょ」
「ここのアパートの口コミもアップされてるわ」
「なんだって?」
「内見の最中にも人が失踪したんだってよ」
「ただ途中で帰っただけじゃない?」
「部屋を見てる最中にかよ?」
「えっと、それはないか。やっぱりここって本物の事故物件なのかもね」
この部屋に誰も棲んでないとでも思ってるのか?
ちゃんと聞こえてるって。
窓ガラスを突き抜けてくる『事故物件』の噂なんて日常茶飯事。
もう慣れたもんだけど。
もちろん俺だって知ってるさ、ここが曰く付きの部屋だってことくらい。
世の中にはやむにやまれぬ事情ってのがあるんだよ。
発見されたときにはもう黒い液体になってて、気づけば俺、自己が物件になっちまってたんだから。
俺はその日以降もずっとここに棲んでるんだよ。
(終)





