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虚無的な俺は、今日も善行する  作者: 結逸夢弐


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9/9

Episode9 - 虚弱(インファーミティ) Part2

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 お、お疲れまっほー……こちらエスカピスよりナロシス……地球のみんな(ヒューストン)聞こえますか……? 俺は今、目的地『ジャミェイヴ』に着いて絶賛無双中なんだけどな……ちーっとばかし”つえー”相手と出くわしちまって、『右下腹部』に重傷を負っちまったところよ……けど心配すんなよな? ”つえー”っつっても、まず間違いなく俺よりは”よえー”はずなんだからよ、あんな野郎……さぁて、反撃開始と行こうか……この痛み、倍返し(ダブリターン)にしてやんよっ――。


 「大丈夫かナロシス!!? その傷、ほっとけば致命傷になるぞ!! ここは一時撤退すべきだっ!!」俺の両手で、誓剣オナトゥスがカタカタと震える。珍しいな、コイツがこんな弱気になってるなんて。まさか俺様がこんな”中ボス”にやられると思ってんのかっ――。

 俺「いやっ、コイツはここでる!! どの道、敵さんが邪魔で馬には乗れねぇし、”ネコ”は置いてけねぇし、何より俺様の辞書に『撤退』の二文字はねぇっ!!(←アーネミーシスから”逃亡”してきたくせに)」

 オナ「し、しかし、相手は強敵だぞ……」

 俺「あぁ……だからいつも以上に『手厚いサポート』頼むぞオナトゥス……もうさっきみたいなのはカンベンな? 『前』っつったら前に敵がいねぇと困るぞ俺ぇ……」

 オナ「分かった。敵の想定移動速度を上方修正して監視にあたろう」


 ヒヒィーンッ!! ついに恐怖に堪えられなくなったのか、俺の愛馬がいななきながら逃走を図る――がしかし!! 時を同じくして敵が魔法陣を展開させ、自身の周りに何らかの『結界系魔法』を発動させる!! 瞬時に反応・警告してくるオナトゥス――。「いかん!! 距離をとれナロシス!!」

 だよなっ!! 当然っ――。俺は反射的にバックステップして、敵からさらに25ヤード(75フィート)くらいの距離をとって、敵の次の出方をうかがう(元々奴とは30ヤードくらい離れてたから、これで俺たちの距離は約55ヤードってところだ。それにしても、ったく……腹の傷が痛ぇぜ……)。すると――。


 ヒヒッ、ヒィィィィィンッ……。どういうわけか、俺の愛馬が”変態”していき、見るみるうちに姿形を変えていくではないかっ!! 十中八九――いや2000%、奴が放った『結界魔法』の影響だろう……いったいどんな効力なんだっ――。

 ポンッ!! 次の瞬間、俺の愛馬が『ナマケモノ』に変身し、保存された疾走の慣性力によって地面へと叩きつけられる――ズシャッ、ズシャァァァァ……。そして”かつて愛馬であった”はずのそのナマケモノは、低い声で苦痛に「アッ、アーッ……」とうめくのだ。


 「ほぅ、またしても避けたか。見上げた危機察知能力だな……それにどうやら、『優れた魔道具』をお持ちのようだ」敵が結界に守られて安心したのか、突如として饒舌になる。だが見たところあの術式、『アタランシア』みたいな無敵状態の”不可侵領域”ってわけじゃないみたいだが――。「そのまま動かずにいれば、我が『存在転化空間スグミニナル・スペース』の餌食になっていたものを……」

 俺「存在転化、空間……? 何だそりゃ……?」ちっ、厄介そうだな……灰猫に施したアタランシアの残り時間は、あと2分半くらいか……? 早いとこ決着つけねぇと――。「『踏み込んだ奴みんな、別の生き物に変えちゃうぞ』的な結界か……?」


 敵「左様。我が存在転化空間に一度でも囚われし者は、潜在意識を侵されたあげく『自我喪失』状態に陥ることで、『元々持っていた個性から最も遠い動物』へと変容を遂げる。汝の馬は『警戒心』と『俊敏性』を奪われて、『ナマケモノ』と化したようだ」

 俺「で、術者であるお前には影響ない的な、よくある『ご都合結界』なわけですよね、きっと? わざわざ手の内明かしてくれてどうも! よければ持続時間とか影響範囲とか、詳細なことについても教えてくれませんかね?」


 敵「持続時間は最大『半日』、使用後は使用した時間分のインターバルを挟まねば再使用できない。そしてその影響範囲は、我が身を中心として『きっかり半径50メートル』だ」

 俺「『メートル』とか言うなっ!! 世界観ガン無視かっ!! こっちが気ぃ利かせて『ヤード』とか『フィート』で説明してやってたのに!! 中世ヨーロッパみたいな”見てくれ”なんだし、大人しく足長で距離測っとけ!!」


 敵「はぁ? 何の話だ? それにその態度……せっかく我が、『初見殺しすら可能な固有能力』についての、種明かしをしてやったと言うのに……礼の一つくらい欲しいものだな」

 俺「それもそうだな……そんじゃ、”あんがとさん”っと――」ズシャキィィィィィンッ!!! 俺が不意打ちで空を裂く斬撃を放つも、奴はそれをひとっ跳びでかわした後、お返しとばかりに宙から攻撃し返してくる――グシャァァァッ!! 間一髪で俺もそれを回避するが、今の今まで立っていた地面は無残にも抉り取られ、奴の背後にあった二棟の建物も倒壊した。


 敵(轟音とともに地面に降り立って)「全く……貴様には『既士道精神』というものがないのか……せっかく我が、『久方ぶりにやり甲斐のある好敵手と巡り逢えた』と、歓喜していると言うのに……あまり失望させるなよ?」

 俺(オナトゥスを杖にして喘ぎながら)「何が、既士道だ……『せかっく野郎』……さっきは背後から、襲ってきたくせに……(ハァ、ハァ)」さすがに負傷した状態で、こう何度も身体を酷使した回避行動が続くと、消耗するぜ……。


 敵「あれで終わっていれば、それまでの相手だったということ。だが違った今となっては、お互い正々堂々と対峙するのが道理。それが決闘、それが既士道……。さぁ、ここで相対したのも何かの縁。本気で刃を交える前に、お互い名くらい名乗ろうではないか?」

 俺「だ、誰がっ……あいにくこちとら、死にゆく敵さんに名乗る名など、持ち合わせてないんでねぇ……」ちっ……もうちょい休まねぇと……何とか話を長引かせるかっ――。


 敵「では我から先に名乗ろう。我は大魔謳アフォリア様が右腕『バカラシア』だ。此度こたびいくさではアフォリア様直々のめいにより、我が『魔謳軍総司令』を務めることとなった。結果は”ご覧の通り”(壊滅した街の様子を示して)……汪国おうこくは数日足らずで陥落し、我はその褒美として、魔謳様から『この国の支配』を仰せつかることができたのだ。何とも光栄なことに……」

 俺「バカラシア、ねぇ……覚えたぜ、その『バカらしい名前』ぇ……(俺が言うのも何だけど)……ならさっきまでの宴会ではさぞ、ご満悦で『勝利の美酒に酔いしれてた』んだろうな……? そうとは知らず悪かったなぁ……邪魔しちまって!」ちっ……いきなりNo.2(ナンバーツー)とご対面かよ……しょっぱなからクライマックスすぎるだろ――。


 バカ「なぁに構わぬ。あまり物事が簡単に行き過ぎると、退屈してしまう”たち”なのでな……むしろ汝が来なければ、余興として『国外逃亡した者どもに追い討ちをかけていた』やもしれぬわ……」

 俺「……(アーネミーシスで出会った娘を思い出しながら)」

 バカ「特に、祖国を捨て逃亡した『臆病王子』だけは、何としても見つけ出して、血祭りにあげねば気が済まん……敵とは言え、我はそういう『生き恥をさらす輩』が許せんのだ……」

 俺『ジャミェイヴの王子……確か『ディペイズマン』とか言ったか……てっきり殺されたものと思っていたが、生きていたのか……』


 「そこに積まれている『サルども』が見えるか?」


 突如バカラシアがそう言って、広場の端っこの辺り(さっきアイツが立っていたであろう場所)を見ては、俺の視線を誘導する。俺はその動きを警戒しつつも、とりあえず奴が示すものの正体を確かめるべく、チラチラとそちらを瞥見していく。サル、サルだと……? あぁ、あの『積まれた仏様たち』のことか……うげっ!!? あれって人間じゃねぇじゃん!! マジで全員サルなのかよ……バカラシア、てめぇぇっ……『猿山の大将』だったのかっ!!?


 バカ「下にいる奴らは皆、元『この国の家臣たち』だ……そしてテッペンに載っている『ボスザル』こそが、『ジャミェイヴの王』のなれの果て……。そう……あの山は、此度の我の『主な手柄』であると同時に、『この国の終焉の象徴』でもあるのだ」

 俺「……(胸糞展開を前に、怒りで震えながら)」

 バカ「奴らは皆、勇ましく戦った……だが弱かったのだ。だから死んだ……奴らは我が『存在転化空間スグミニナル』の力により、一様にサルへと姿を変えた……これは意外な結果だ。普通スグミニナルに飲まれた人間は『知性』と『自制心』を奪われて、『昆虫』や『魚』、はたまた『一部の愚鈍な鳥類』になることが多いのだが……どうやら奴らは、『知性』だけは手放さなかったようだ」


 「ニャーン……」今だアタランシアの加護下にある灰猫が、小山を見つめながら嘆き悲しむように鳴く。そこに積まれているのはサルに相違ないが、本能で『飼い主が殺されたのだ』と理解したのかもしれない。あぁ分かるぞ、悔しいよな? 待ってろ、今仇を討ってやっからっ――。

 「おい、『変態野郎』……御託はいい、そろそろ決着つけるぞ」冷徹な声でそう言って、オナトゥスを構え直す俺。『善行値=アヘテーを稼ぐため』だとか、そんなのは今はどうでもいい。とりあえずアイツはここで始末する。散っていった『この国の民たちの無念を、晴らす』ためにもっ――。


 「最後に名乗ってやるよ。これからテメェを殺す有者ゆうしゃ様の名をっ――俺の名は『ナロシス=エセッシティ』!!! テメェら悪者をこの世から根こそぎ葬り去り、来世では『信世解しんせかい=ユードミア』へと辿り着く男だっ!!!」


 俺の闘志と決意の力に呼応して、俺とオナトゥスの全身が輝き出す。ギュイィン、ギュイィン、ギュイィン……。



 ――と、いう夢を見たような、見なかったような……お前を完全菜食主義者ヴィーガンにしてやろうか……お前をヴィーガンにしてやろうかっ!!! などと考えながら、2026/05/02(土)7:22 am、俺は病室のベッドで目を覚ました。ご無沙汰してます、虚無ニヒリティです……。

 昨日は突然の病(急性虫垂炎)に見舞われ、生まれて初めての『全身麻酔手術』に臨むこととなった俺だったが、幸か不幸か、手術は無事成功したようで、夕方にナースさんに名前を呼ばれてぼんやりと目を覚ました後、しばらく眠気と寒気と吐き気と喉・患部の痛みに襲われつつ朦朧とした末、少しずつ前者三つが緩和されていき、やがてたまに水を飲んだりトイレに立ったりできるようになり、果ては夜に重湯おもゆ(薄いおかゆの上澄み液)を食べることもでき、最終的に21時に就寝して今に至る次第である(同じような副詞の連続! やはり一日の出来事を一文で説明するべきじゃないね……)。

 さて、入院二日目の朝だ。今日はどんな”嫌なこと”が起こるんだぁ? しばし微睡まどろみつつ、内々でいつものように”虚無った”俺は、満を持して術後のボロボロな身体に鞭打って、ベッドの上で上体を起こすのだった。


 *


 「吉居さぁーん、石動いするぎさぁーん……朝食の時間でーす」

 俺がベッド・テーブルに肘を付いて、数分スマホを弄っていると、ナースさんが病室に入ってきてそう言った(※ちなみに石動さんとは、俺と同室になった50代くらいの男性患者)。俺は待ってましたと言わんばかりにスマホをロックして、餌付けされるペットのようにソワソワした様子で、ナースさんが食事の載ったトレーをテーブルに置いてくれるのを待った。

 ナースさん「はい、どうぞぉ~。こちらにあるのが『痛み止め・化膿止めのお薬』になりまぁ~す。食後に飲んでくださぁ~い」

 俺「あ、ありがとうございます」

 ナースさん「体調どうですかぁ~?」

 俺「おかげさまで、順調に回復してます(自己申告)」

 ㋤「それは何よりですぅ~。たくさん食べて早く元気になってくださいねぇ~」

 俺「は、はい。それじゃ、『いただきます』」そう言って両手を合わせた俺は(普段そんなことしないのにっ! けどそりゃそうか……俺が毎朝食べてるのは”コーンフレーク”だもんな……生産者さんの顔が見えてこーへんのよ……)、はやる気持ちを抑えて、一つひとつの皿・お椀の蓋を開けていく――まず左下のお椀が……お粥だ(たぶん三分粥)。

 ㋤(俺から離れながら)「はい石動さんも、今ご飯お持ちしますねぇ~」

 俺(次々と蓋を開けながら)『その横のお椀が……味噌汁でぇ……その上のお椀がぁ……しろ菜の煮浸しでぇ……その横のお皿がぁ……っ!!?』四つ目の蓋を開いた瞬間、俺の”トレジャーハント”が一時中断する。その宝箱に入っていた料理は何と、『カレイのムニエル』だった。


 ㋤(石動さんに料理を提供しながら)「痛みの方はどうですかぁ~? 水分多く摂ってください――」

 俺「あ、あの!! すみません、ナースさん!!」

 ㋤「はい? どうしました?」

 俺「俺の献立、誰か別の人のと間違ってませんか? 魚が入ってたんですけど……」

 ㋤「いえ、それで間違ってませんよ? お魚……苦手ですか? 美味しいですよ?」

 俺「いやっ、別に苦手ってわけじゃないのですが……その……俺『ヴィーガン』だって、”先生”に言ったんですけど……」

 ㋤「あらっ、そうだったんですねぇ! ごめんなさい、もしかしたら伝わってなかったかもしれません……病棟入室時に”病棟看護師”に直接知らせませんでしたか?」

 俺「あ、はい……失念してました……いろいろバタバタしてたので……すみません、じゃあ俺のミスです」

 ㋤「もしアレでしたら、次の食事から対応してもらえるよう、『栄養管理科』の方に掛け合ってみますが、そうしますか?」

 俺「うーん、そうですねぇ……」

 ㋤「基本的に献立は、完全に個々人ごとに最適化されてるわけではなく、重要なアレルギーの有無や嚥下・消化能力のみを考慮して組まれてるとは思うのですが、昨今は吉居さんのような”ヴィーガン”や”ベジタリアン”の方も珍しくないですし、もしかしたら対応してもらえるかなとは思うのですが……いかがいたしましょう?」

 俺「分かりました。じゃあ次回から『できるだけ菜食寄りで』と、言うだけ言ってみてください――あっ、無理だったら全然それでいいので! 今回もひとまずは、”これ”を食べようと思います」

 ㋤(快く笑って)「承知しました! 後で伝えておきますね? それじゃあ、お食事を楽しんでください!」


 ナースさんが退室したところで、気を取り直して”仏様”と向き合う俺。まぁ別に俺は、嗜好性や体質から『肉や魚を食べられない』というわけではなくって、『善行の一環として食べない選択をしている』だけの人間なので、この料理を食べようと思えば簡単に食べられるはずなのだが、何だろう……こう何年も食べてないものを目の前にすると、不思議とそれを”食べ物”と認識できないと言うか……とにかくやや身体が拒絶気味になっている感は否めないのである。

 思えば俺は、もう何年くらい動物性のものを口にしてないだろうか……? 5年……いや、6年くらいか……?(ヴィーガンになったのが2020年辺りなので) 『虚費ウェイスティング』や『虚室ヴェイキャンシー』にペットフードを買い与えたことを除けば、概ね俺はヴィーガン生活を全うしてきた部類なのだとは思う……その記録が今日、ついに破られると言うのか……何だか感慨深いな……。

 だがこの期に及んで、『私はヴィーガンなので食べられません』と言うつもりは毛頭ない。ヴィーガンは食事のために動物を殺す”必要性”を減らすための思想であって、『すでに亡くなっている命を無下にする』思想ではあってはならない。それこそ漫画『トリコ』のトリコみたいなもので、『殺すからには余すことなく食う』くらいの覚悟を、人類全員が持たねばならないだろう……。

 ふとトレーから箸を取り上げた俺は、今一度意を決して、うやうやしく両手を合わせるのだった。


 「いただきます」


 それから他の料理には目もくれず、いきなりカレイのムニエルに箸を入れる俺。そして壮大な『チート・デー』に臨むダイエッターみたいな興奮を抱えたまま、それをひと切れ口に運んでいく……(ドキドキ)……パクッ!!

 バチィィィィィィィンッ!!! 途方もない旨味の爆弾が、舌先で爆発する。堪らず俺が咀嚼し始めると、ホロホロの身がほぐれて口内に行き渡り、和風の味付けが俺の舌を、脳を……容赦なく悦ばせようとしてくる。無理だ、これ以上は抗えないっ――うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 えっ、えぇっ!!? 魚ってこんな美味かったっけ!!? たかだか『捕獲レベル1~2』くらいのカレイがっ!!? 今軽く”イッた”ぞ脳!! 『虹の実』かと思ったぞ!!(食べたことないくせに) 危うく『食戟のソーマ』並みに衣服”爆散”するとこだったぞ!!(誰得) ま、マジかよ……ヴィーガンってこんな副作用?あんのかよ……(※主観です。ヴィーガンの人がみんなそうとは限りません)。

 そ、そりゃみんな食うわ動物……(ぱくぱく)……これより上級の美味さを誇る『豚とか牛とか鶏』とか、そりゃ大量に家畜として殺されていくわけだわ……(ぱくぱくぱく)……おっといかんいかん!! 気をしっかり持たねば……俺はまたヴィーガンとして生きていくんだから、こんな”ドラッグ”に屈して依存するわけにはぁ……けどウマウマァ~(ぽわぽわ)。


 だが俺が恍惚と、5年ぶりの”チート・ブレイクファスト”を堪能していたそのとき、同室の石動いするぎさんの身に異変が起こる――。「あいっ、あ痛たたたたたっ」突然とベッドから立ち上がり、短い周期でジャンプし始める石動さん。すぐさま彼を案じる俺。「大丈夫ですか? 看護師さん呼びましょうか?」

 石動さん(ぴょんぴょん跳ねながら)「いやっ、大丈夫だいじょうぶ!! また”いつものやつ”だから!! こうして”気晴らし”してれば、いつか治まるし!!」ぴょんぴょんぴょん。

 俺「大変ですね……俺にできることがあったら、言ってくださいね?」

 石動さん「うん、ありがとね……(ぴょんぴょんぴょん)……君ももし何かあったら、遠慮なく私を頼ってね? こうして同じ病室になったのも、何かの縁だから」

 俺「はい。ありがとうございます――」パクッ。そうして食事に戻る俺……傍で中年男性が”ダンス”しているのを見ながら食事するというのも、なかなか気まず――”おつ”ではあるが、彼に対しては同情する他あるまい――と言うのも石動さん、聞くところによると『尿管結石』を患っているらしいのだ。

 俺と同じく昨日手術を受け、今日と明日まで入院することになったらしいのだが、彼が受けたのは『ESWL(体外衝撃波結石破砕術)』という『体外から衝撃波を当てて結石を砕く手術』であるからして、まだ結石そのものは尿管に残ったままで、こうして周期的に『激痛』に襲われてるのである。『痛みの王様』と言われる尿管結石の痛み……俺はそれを想像することしかできないが、昨日彼から話を聞いただけでも、恐怖に慄くレベルである……。


 何でも石動さん、生まれつき結石ができやすい体質の持ち主らしく(たぶん思い込み)、これまでに合計4回も結石になったらしいのだ。その都度『水分を多く摂ったり』、『ほうれん草などのシュウ酸を多く含む食べ物を控えたり』、『どうしてもシュウ酸を摂る場合はカルシウムも一緒に摂ったり』、あとは『適度な運動を心掛けたり』と、生活習慣を見直して努力してきたようだが、気を抜いたときにいつも”ソイツ(病魔)”は、彼の側腹部に忍び寄ってくるらしい。

 治療にしても基本は『自然排石』から入るので、大抵罹患から3週間前後激痛に襲われた後、どうしても無理そうなら手術になるそうだ。石動さんはこれまで三度、自然排石で済んでいて、一度だけ今回の『ESWL』を受けたことがあるらしいが、今回の場合はかなり大きめだということもあり、昨日の1回では砕き切れなかったとのことで、今日も2回目のESWLを受けるそうだ。

 気になるその痛みはと言うと、彼いわく『まるで拷問』なんだとか(苦笑) 瞬間的な痛みで言えば結石の痛みはさほどでもないが、石が尿管内を進んでいる”痛みフェイズ”に入ると、その鋭い痛みが『何十分・何時間も持続する』からして、その間まず他のことは手につかず、蹲ったり姿勢を変えたり、たまにジャンプしたりの”悪あがき”をしながら、懸命に耐え続けるしかないのだとか……。

 痛み止めを飲んだり、座薬を入れたりして、何とかそのフェイズを堪え切ったとしても、また次のフェイズには同じことの繰り返し。あげく痛みで気分が悪くなってきて、最終的に嘔吐してしまっても、まだ痛みは治まらない……そんな日が数週間、昼夜問わず続くようである……(ガクガクぶるぶる)。


 『悪いことは言わない。とにかく水分は惜しまず摂りたまえ……頻繁にオシッコに行くのが面倒だとか、就寝中に尿意で目覚めたくないだとか、思うことは”いろいろ”あるだろうけど、どれも結石の苦しみに比べたら”へのかっぱ”……ベッドで失禁してしまう方がまだマシだよ……』


 昨日そう言って、苦笑いを浮かべていた石動さん……ホント、心底”痛み入り”ます……肝に銘じておきますよ……(石動さんのダンスを見て、しろ菜の煮浸しを食べながら)。


 *(そして時は流れ)


 あれから朝食を済ませた俺は、先生からの回診および看護師さんからの清拭せいしきを受けた後(さすがに下半身は恥ずかしかったので自分で拭いた)、しばらく病院内を散歩して(その方が傷の腫れが早く引くと看護師さんに言われた)、それからまたベッドに戻ってスマホを観て過ごし、午後12時には二度目の食事も摂ることができた。いつもなら”ブランチ”を食べた後、やっとこさ”善行ぎぜん”に取り掛かるかどうかという時間帯なので、『5時間過ごしてまだお昼』ということへの驚きを禁じ得ない……(こういう機会でもないと、『21時就寝、7時半起床』なんて”常人”みたいな生活リズムには、到底自力では戻れなかっただろう……)。

 ちなみにその昼食から、病院は俺のために『ヴィーガン・メニュー』を出してくれることとなった。まぁ出汁とかの問題もあるので、真に『完・全・菜・食!』とまでは行かないが、おかげで俺は――少なくとも気持ちの面では――、またヴィーガンに戻ることができたわけである。ただ白状すると、大いに名残惜しくはある……。はぁ……また俺は長い長い”禁欲生活”に身を投じるのか……せめてその前に、『寿司』くらい食っておきたかったなぁ……あぁ、『愛しのウニちゃん』やぁい……(←そんなの食ったら、マジで戻れなくなりそう)。

 そんなこんなで現在は、午後1時を回ったところ。ちょうど母から連絡が来て、『今病院に着いたから、すぐ面会手続きしてそっちに行く』とのことだったので、俺は身支度しつつボチボチ頃合いをみて、『救急・外来棟4階』にある『多目的ルーム』へと向かった(そこが当病院の”デイルーム”となる)。

 

 *


 「つとむ~! あんた大丈夫なんけ~?」部屋に入ってくるなり、母が『これぞ母親』と言うような声のトーンで話しかけながら、ズンズンと俺の方に近寄ってくる(彼女の外見はご想像にお任せします)。俺は小っずかしさで頭を掻いては(普通に周りに人がいるので)、「うん、まぁ……大丈夫ー」と言って、無意味に席を立つのだった。

 母(俺のいる机まで来て、いろいろ荷物を座席に下ろしながら)「手術、上手くいったようでよかったな? いい経験になったんじゃない?」

 俺(ドスンと元の座席に沈み込んで)「せやな……まぁ、苦痛と恐怖に”いい経験”もクソもないけどな」

 母(肩を回したりしてひと休みしつつ)「まぁたそんなネガティブなこと言って! あんたが”そんなん”やから、神様も怒って”罰を与えた”んちゃうの? 少しは反省せんと!」

 俺(不貞腐れながら机の下で脚を組んで)「それなら神の方が反省してほしいわ。”虫垂”とか言うクソ無意味な器官作らんといてほしかった……(けっ……何が罰だっ!! 善行には何の祝福もくれないくせにっ!!)」

 母「こらっ! まぁーたそんな罰当たりなこと言って! 何事にも”意味はある”んだで? もっと謙虚な気持ちを持たんと!」

 俺「……」

 母「術後、大分”えらかった”?」(※えらい:しんどい、大変、疲れたの意)

 俺「そりゃもう、”どえりゃーえらかった”わ……今だって腹三か所とも痛いし、何なら『肩甲骨』とか『鎖骨』の辺りも痛いし(手術中に注入したガスの影響)……病室は暇すぎて辛いし……入院中”収入”がなくなって辛いし、この先不安しかないし……」

 母「可哀そうに……ほらっ、『お見舞いのプリン』持ってきたから、食べなさい?」そう言って彼女は、エコバッグから『1パック3個入りのプリン』を取り出して見せる。

 俺(思わず立ち上がって)「ばっ……母さん!! 俺『ヴィーガンになった』って言ったろ? 卵でできたプリンなんか持ってくるなよ!!」

 母「ありゃ? そうだったっけ? ヴィーガンってそれ、『卵もダメ』なんだっけ?」

 俺「記憶力!! あぁそうだよ!! 卵もダメだよ!!」

 母「じゃあこのプリンはいらない? 私、持って帰ればいい?」彼女が仕舞おうとするその商品のパッケージに印刷された”トゥルントゥルン”なプリンが、俺の心にこう語り掛けてくる。


 『ねぇ……僕を食べてっ!?♡』

 プリィィィィィィィンッ!!!♡♡♡


 俺の心の声『ズッキンズッキン、プッチン不倫ですポンピーンッ!!!☆☆☆』

 こうして俺の心は、その絶対的な魔力になす術なく、屈服してしまうのだった。


 俺(プリンちゃんをゲッチュして)「ま、まぁ? 母さんもせっかく買ってきてくれたみたいだし? 『食べろ』って言うなら、食べるけどさ?(←秘儀”責任転嫁”)」

 母「は? いや別に、そこまでは言ってないけど? 何あんた、やっぱ『食べたくなった』の?」

 俺「って言うか、ほら……これ”生もの”じゃん? 母さんが持って帰るころには”悪くなってそう”だなって思って……もったいなくね?(←必死の取り繕い)」

 母「いやぁ? 全然大丈夫だけど? スーパーで『保冷用の氷』大量に貰ってきたか――」

 俺「――食べるっ!!」

 母「っ!!?」

 俺「食べます……食べさせてください……(←ついには懇願)」

 母(溜息を吐いた後、微笑まし気に)「素直でよろしい……。あんた小っちゃいとき『プリン大好物』だったもんね? あんまし好きなもん我慢してっと身体に毒よ? そんなだから”ひねくれちゃう”んじゃないん?」

 俺(プリンちゃんを開封しながら)「いやいや、関係ないっしょ……『生理的欲求(※マズローの欲求5段階説における最下層欲求)』だけ満たされてても幸せになれないから、人はひねくれるんでしょ……」そうして『キミに決めた』とばかりに、一番左に入っていたプリンちゃんのラベルをペリッと捲る俺。

 母(俺にスプーンを差し出して)「あんたの場合、『安全の欲求(※同。下から二番目の欲求)』も『社会的欲求(※同。真ん中の欲求)』も満たされてないもんね? 相談できる友達とかおらんの?」

 俺(スプーンを袋から出して、プリンちゃんをひと掬いして)「いやぁ……まぁ、あんまおらんね……」そう言いつつ俺は、満を持して期待に胸を膨らませながら(あ痛たたっ、肩イタ……)、プリンちゃんをゆっくりと口に運んでいく……そして――。


 パクッ。

 

 からの”お口絶頂”。

 『プリィィィィィィィンッ!!!♡♡♡(うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)』


 からの”脳内食レポ”。

 『う、美味すぎだろプリン!! まるで『スマブラ』の『プリン』の横B攻撃『はたく』を口内から連続して食らってるかのようだ!!(食らったことないくせに) その執拗なまでに繰り出される『往復ビンタ』に、俺のほっぺたはもう、お、おち、落ちるぅぅぅぁぁぁ!!!(悶絶バースト)』


 すっかり熱くなった俺は、それから『コーヒーゼリー』を食べる『斉木楠雄さいきくすお』みたいな顔で、愛しのプリンちゃんと死闘を繰り広げていく。

 ニ口目パクッ。『プゥ、プリン~♪』

 三口目パクッ。『プイッ!! プイッ!!』

 四口目パクッ。『Zzzzzzzzzz(キュイィィィィィィンッ!!!)』

 ラスト五口目パ――。


 そうしてこの甘すぎる闘いも、『いよいよ決着か』と思われたちょうどそのとき、ふと俺の視界に母のニマニマした顔が入ってきたことで、俺は我に返って、いそいそとコントローラー(スプーン)を置くのだった。


 母(ドヤ顔で)「どや? 久しぶりの好物は美味いやろ?」

 俺(平常時の斉木楠雄みたいな顔で)「あぁ……マジで美味い……たまに”ヴィーガン・スウィーツ”とか食べたりはしてるけど、やっぱ『卵は偉大』やな……」

 母「せやろ……? ”滑らかさ”がな、”段ち”やねん!(←いい加減喋り方安定しろ)」

 俺(突如として、重々しく)「母さん……”醤油”って持ってる……?」

 母「今か? いや持ってないけど……何でや?」

 俺(ついに理性を失って)「いや、ただ……『プリンに掛けよう』かと……」

 母(息子が”偏食家化”したと思って)「気でも狂ったか? それは何? 『ヴィーガンの誓いを破ったことへの罪滅ぼし的な意味』で? そうまでして”証拠隠滅”せんなんか? 『自分の排泄物に砂を掛ける獣』じゃあるまいし」

 俺「いや違くて! ほら昔テレビでやってたじゃん? 『プリンに醤油かけるとウニの味になルゥ~』とかって! この際、試したいなと思って」

 母「あぁあぁ! あったなそんなん! 確か『バニラアイスに醤油かけると、みたらし団子になる』んだったっけ? あんた『ワンニャー(※『だぁ!だぁ!だぁ!』に登場するシッターペット。みたらし団子が大好物)が知ったら喜びそうやな~』とか何とか、言っとったわ確か」

 俺「記憶力!!! けどまぁ……そう、それ! そういう『食感と香りと味のバランスで、別の食べ物に錯覚する系』!! 一度やってみたかったんだよね!」

 母「あぁー、あんた『ウニも大好物』やったもんねぇ? けどそんなんせんだって、普通に買ってくればいいんじゃないん? だってそんなんしても、”虚しいだけ”だで? 『まがいもんは所詮紛いもん』やねんから」

 俺「それはまぁ、そうなんだけどさ……(ぐすんっ……ヴィーガン料理は、”紛いもん”じゃないもん!)」

 母「とりま今は『プリンちゃん』として堪能しとき? あんまイタズラに味覚”ハック”してっと、そのうち『プリンにウニ載っけると醤油の味するわ~』とか言い出すようになるで?(←エセ関西弁やめれ。これやから名古屋人は……)」

 俺(心底反省して)「それもそうやな……そういう”ハック”は、『この世の食べ物が全部プリンになったとき』、初めてやればいいか……あむっ――」そうして最後のひと口を食べ納める俺……カラメルソースがプリンと絶妙に絡まっていて、実に美味しい……だが心なしか、もう先ほどのような感動は味わえなかった。


 *


 それから母が持ってきてくれた着替え(昔俺が使っていて、実家に置いたままになっていた洋服や下着)を、母に頼んで病室まで運んでもらい、最後に『これ、少ないけど』と3万円だけ恵んでもらってから(今度の医療費や機会損失は賄えないが、まぁ有難く貰っておこう)、この20分程度の面会は終了した。

 明日は虚偽フォルが面会に来てくれることになっていたが、そんなことよりも今はただ、この『胸と腹と肩と喉の痛み』が一刻も早く消えてくれ、シャワーが解禁となって髪の毛をサッパリできる瞬間を待ち望んでいた。はたして明日は”良く”なってるだろうか……? 俺の人生も……この世界も……。


 第九話『虚弱インファーミティ Part2』 完

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