Episode8 - 虚弱(インファーミティ) Part1
オッス、オラ『ナロシス』! 前回睡魔に呪われた村『アーネミーシス』で一泊し、王家にまつわる謎の灰猫『ディペイズニャン』を預かったり、村を狂わせてた元凶『アラネムイワの原石』を叩き切ったりした後、激怒した住人から村を追われることとなった俺だが、苦労した甲斐あってようやく、目的地である『ジャミェイヴ汪国』に到着することができた。さぁて、早速『アフォリア軍』を一掃するとしますかー!
馬でジャミェイヴの領地(城郭都市なので、城壁の中)に入って、その惨状を目の当たりにしながら国の中心地へと進んでいく俺。どこもかしこも残虐行為の痕跡が見て取れる。死体こそどこにもないが、ホンット、悪者のやることはえげつないですなー。
そうこうしているうちに、ついに敵と遭遇する――と言っても、下っ端の哨兵二人に姿を見られただけだ。途端に「敵襲ーっ!!」と言って走り出そうとするトカゲ人間たちだったが、二人の姿はあら不思議っ! 我が『誓剣オナトゥス』の閃光のなかに消えるのだった。おっといけねっ! 有者のやることもえげつなかったッスわ☆
そうしてさらに進んでいくと、遠くの空に黒い煙が上がっているのが見え始める。俺は迷わずそちらに馬を走らせるも、正直『胸糞悪い展開』が待っているのは目に見えていた――そして案の定、俺が煙の発生地点(枯れた噴水がある街の広場)まで辿り着くと、そこには『業炎に包まれる死体の山々』があった。傍にいた数十人の敵が一斉に俺に気づく――どうやら奴らは、その炎を『キャンプファイヤー』に見立てて、軽く宴に興じていたらしい(ったく昼間っから酒とは、いいご身分だこと)。
「ちわーっす! えっとぉ、お前らが『この国の民を殺したアフォリア軍』ですかー?」そう言いながら馬を降りる俺。胸んとこでは隠れている灰猫が震えている。その震えは恐怖からか? それとも――。「だったらどうした若造!? まさか一人”のこのこ”死ににきたんじゃねぇよなっ!!? ガハハハハッ」敵さんの一人がそう言って笑い、他の連中も連れ嘲笑し始めるのを余所に、俺は猫を地面に下して魔法の呪文を唱える。
《アタランシア・アテテイヤ》
猫が緑色の光に包まれる。これは対象に守護結界を施す呪文で、これにより対象者は一定時間(んーっと、たぶん3分くらい?)あらゆる攻撃から守られるんだ。そうとは知らない灰猫は、今だ不安そうな面持ちで震えているが、ふと俺の目を心配そうに見上げてくるものだから、つい俺は「ニャーに心配すんニャ☆ すぐ終わらせっからニャッ?(=^・^=)v」と猫撫で声――もとい、ただの人ネコ語――を出してしまう。
「おっ? 答えねぇってことは、マジで『自殺志願者』かい? ならそこに突っ立ってな? すぐ楽にしてやっからっ――」そう言って武器を構える敵さんだったが、てんで的外れもいいとこだ――まだ俺は灰猫を庇うようにしゃがんでるし、俺ってば”自殺志願者”どころか『自己愛唯我論者』だってーのにっ――。ようやっと立ち上がり、事もなげに敵さんの方を振り向いた俺が、余裕綽々とこう宣言する。
「いやぁ? 『無双』しにきました!」
これが戦闘開始の合図となる――蜂起して襲いくるトカゲ人間たち! 俺は奴らを充分に引き付けた末、満を持してオナトゥスを抜剣するのだった!!
「『セィカイオレネー・ハイオツ』!!」
ドゴォォォォォォンッ!!! 俺が対多数戦闘に適した『第二の必殺技』(※つっても、『ソンドレイワ』との違いは”縦斬り”か”横斬り”かってだけのこと)を放つと、一瞬で前方広範囲が扇状に更地と化す。悪いねぇ敵さんたち~! 『衆寡敵せず』って言葉は、俺には当てはまらねぇんだわ~(。-人-。) ホント、ゴメンネ
だがその代償として”噴水”と、前方にあった他の建物、あと例の”死体の山々”も巻き添えで無くなってしまった。ジャミェイヴの民よ、本当にすまない……だが敵に雑に燃やされるくらいなら、いっそ俺の『弔いの剣』で塵と化した方が……いや……本当にすみませんでした……(俺はこういう大技しか使えず、オマケに結界呪文は同時に一体にしか使えないもんで……他にどうすることも……と、とにかくアーメン……)。
とは言え最低限、仇は取りましたぞ! これから他の敵も全員根絶やしにしますので、どうかあの世から呪いかけてくるのだけはご勘弁をー!!(さすがの俺もそういうのには無力なんで) そうしてオナトゥスを鞘に仕舞って、後ろの猫どもに「大丈夫か?」と声をかけようとする俺。だがその寸前、オナトゥスがカタカタと震えて、こうテレパシーを送ってくる。
『油断するなナロシス! まだ前方に何かいる!』
はんっ? 何かってナニさ? どれどれっ――。見ると消し飛んだはずの広場の片隅に、一つだけ死体の山が残っていた(さっきは粉塵で気づかなかったらしい)。おっと、巻き添えにならずに済んだ仏様たちもいたようだな! いやよかったよかっ――。『良くない!! 後ろだナロシスッ!!』オナトゥスにそう言われ瞬時に後ろを振り向くと、まさにそこで大きな黒い影が、俺に壊滅的な一撃を加えようとしていた。ちょ、待っ――。
カキンッ! 間一髪、敵の第一撃をオナトゥスで防御する俺だったが、すぐさま繰り出される第二撃には受ける手段がないっ(残念ながら、オナトゥスは両手持ち前提の大剣なんだ)――グシャッ!! 右下腹部を魔法のビームで撃ち抜かれる俺。「ぐはぁっ――」そのまま後ろ(広場の方)に吹き飛ばされ、苦痛に喘ぎながらも俺は、片膝を突いた状態で懸命に敵の正体を見極めようとする――そしてどうやら敵さんは、全身に黒の甲冑を纏った大男らしい。
いいねぇ……『中ボス』の登場ってわけかい……だったらヤろうぜ? ったく戦は戦国の華よのぉ~!!(世界観ガン無視) 俺の心の叫びなど露知らず、そいつが”いかにも”な態度で話し始める。「ほぅ? 今のを受けてまだ倒れんとはな? 無謀にも単身乗り込んでくるだけのことはある」あっらら……こいつ俺の攻撃見たうえで、なおめっさ上から目線じゃ~ん……こりゃ相当お強いんでしょうなー……ところがどっこい――。
俺様はこの世解最強の主人構『ナロシス=エセッシティ』様なんだよっ!! 悪いが予定調和・ご都合主義・必然的に、テメーには俺の勝利と成長のための踏み台になってもらうぜぇぇぇぇぇぇぇ!!! 本気モードで殺気を漲らせる俺の顎先から、恐悦と恐怖と痛みと興奮が入り混じった汗が、ひと雫地面に落ちた。ポチャン、ポチャン、ポチャン……
――と、いう夢を見た……いつものように……。俺はゆっくりベッドから這い出てから、これまたいつものように、用を足すためにトイレへと向かう。そして個室で用を足しながら、先ほど見た夢の世界へと思いを馳せるのだ。
ナロシス……エセッシティ……何やら珍しくピンチに陥っていたようだが、それでも彼の人生が自分のより数千倍輝いて思えるのはどうしたことか……あぁいいなぁ……俺もファンタジー世界の主人公になって、確約された勝利の物語を歩みたいものだ……なぜって、現実の人生は”ろく”なもんじゃないからだ。
こうやって毎朝行きたくもないトイレに向かわされて、出したくもない液体(と、たまに個体)を排泄せねばならないし、そのうえ食べたくもない物を食べて、しなくもない仕事をして、見たくもないものを見て、聞きたくもないものを聞いて、味わいたくもない苦痛を――ふぐっ……。
な、何だ……? この『腹の痛み』はっ……? や、ヤバいっ……フツーじゃないぞ、これっ……くっ……や、やめてくれっ……救急車なんて呼びたくないっ!! た、助けてっ……誰かっ……い、痛いっ、痛いぃぃぃっ……だ、誰かっ……誰かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
2026/05/01(金)09:57。こうして俺の『ゴールデン・ウィーク』は、とてつもない苦痛とともに始まった。
*
あれから俺は、まずスマホで虚偽に――じゃなくて”スマフォ”で”フォル”に――連絡して(ま、普通にスマホって言うんだけどね、普段は)、ものの見事に繋がらず、泣く泣く119番通報して(まさか自分のためにすることになるとは……涙)、最寄り(でもない)の病院へ救急搬送されることとなった。
そうしてやってきたのは、『名古屋市立大学医学部附属東部医療センター』。ここいらではそこそこ大規模で、設備も整ってそうな病院だ。自宅近所には他にもいくつか病院があったが、そのうちの一つは以前『コロナ禍』のときPCR検査とかの対応で嫌な経験をしたことがあったので、『そこ以外でお願いします』と電話口に伝えたのである(PCR!! 5年連続……陽性(照))。
早速『救急科病床』に運ばれて、女性の医師から『血液検査』および『CTスキャン』を受けるよう勧められる俺。先ほど救急車の中で救命士に受けた問診・触診の結果を踏まえて、重大な病気の関与も疑われるとのことで、正直気が進まなかったが、渋々それらを承諾することに……。そうして撮影までが終わり、看護師から貰った痛み止め薬を飲んで結果を待っている俺のところに、ようやく先ほどガン無視してくれた『心ない友人』からの折り返し連絡が入る。
フォル「先ほどは出れなくてすみません! 何かあったんですか虚無さん!?」
俺「『何かあったんですかー?』じゃねぇよっ!! 俺っち朝から『お腹痛いイタイ』で、霞む意識のなか必死に”フォルちゃん”に電話したのによぉ? 虚しく留守番電話サービスにお繋されたんだぞいっ!!?(気が動転しすぎてる……たぶん麻酔のせいだ←大嘘)」
フォル「ま、マジですかっ!!? 今は大丈夫なんですか? 家にいますか?」
俺(突如シュンとして)「救急車呼んじゃったッピ……CTも撮っちゃったッピ……もう俺の精神力も財布もスカスカだッピ……」
フォル「あぁそんな……大変でしたね虚無さん……どこの病院ですか? もしアレなら、今日か明日にでも面会に行きますよ?」
俺(その真心に救われながら)「助かるわ……けどまぁ、まだ入院が必要かどうかは分からないし、とりあえずまた追って連絡するわ。この後念のため、親にも連絡するし」
フォル「分かりました。どうぞお大事になさってください。それじゃ失礼します……」
俺「ピィィ(はいよぉ)……」
フォルとの通話を終え、続いて母親に電話を入れる俺。「あ、もしもし母さん? 実は……」それが終わったところで俺は、ようやくひと息吐いてスマホで『当病院の評価』を調べ始めるのだ。えぇっと、どれどれぇ……? この病院のGoogleマップのクチコミは、っと……おっ、あったあった……なるほど……『さっき俺が拒否った病院』ほどではないにせよ、ここも『それなりに悪評が多い』ようだ……。
けどまぁ、そりゃそうか……病院なんてどこも同じようなものだよな……? 基本、体調の悪い人が行く場所だし、基本、医者や看護師(一部の人)は患者を邪険に扱うし、基本、法外なほど料金が高いし……(3割負担でもそう思うって異常よな? 一部の難度の高い手術以外は、全部AI・ロボットに任せた方がいいんじゃないか? そうすりゃ人件費も浮くだろ?)。
実際ここに悪評書き込んでいる人たちだって、医療技術そのものに文句言ってるわけじゃなくって、辛いときに最も受けたい『ホスピタリティ』が受けれなかったって言い分が多いわけであって……『テキトーな診察だけで数千円取られた』とか、『診察や支払いのために数時間待たされた』とか、『スタッフに失礼な態度をとられた』とか……。それって全部、病院がAIシステムになれば無くなることだよね?
とは言え、そう簡単にシステムが移行できないのもまた”あるある”だよな……技術的・経済的制限よりむしろ、感情的・文化的な側面のせいで……例えば『野球のストライク判定』なんて、明らかに『コンピュータの自動判定』にするべきだし、実際やろうと思えば数十年前からできたわけだけど、未だにメジャーリーグとかはローテクな『人間の目視判定』を採用してるわけじゃん?
それで誤審がほぼないならそれでいいけど、実際は毎試合何回も誤審があって、時にそれは試合結果――ひいては選手個人の成績――にまで多大な影響を与えるわけじゃん? そうまでして『一つの職業』を守る意味ってあるのかねぇ? と、俺は甚だ疑問に思っていたりする。
その点、韓国のプロ野球リーグである『KBOリーグ』では、2024年から『自動ボール判定システム(ABS)』を導入しているらしいので、その英断にかなりの好感が持てる。やはり公正公平な判定が必須となるスポーツの場では、率先してテクノロジーを利用していくに限るわけだ。
にもかかわらず肝心のメジャーリーグでは、26年から『ABSチャレンジ』とか言う『不完全公平制度』が導入されて、各チーム試合ごとに『2回』だけ、審判のボール・ストライク判定に物申してABSを使用することができるようになった程度である。これまでにもあった『リプレイ・チャレンジ』同様、成功すれば権利は残るようだが、どう考えても『無駄な手順』であることは否めない。
しかもこのチャレンジ、権利を行使するかどうかは『すぐ』に決めなければならない。ホント、一瞬のうちにである……。ちょっとでも『使うべきか?』と迷ったりすると、それでもう使用権は剥奪される。天下のメジャーリーグともあろうものが、何て意地悪な制度を採用しているのだろうか……と、ほとほと呆れる今日この頃……。
おっとすまない、話が大分脱線してしまったね……。別に俺は野球ファンというわけではないし、観ているファンがそれでいいのなら、それでいいのだろうとは思うが、たまにテレビで野球放送を目にする度、そういう『何とも言えない不満感』を覚えていたので、ここで吐き出させてもらった次第だ……まぁ予言ではないが、近いうちに全面ABSにはなるのだとは思う……だからこそ、この現状の中途半端さが、今俺がいる病院の風景とどこかダブって見えるのだ……そう、これがいわゆる、『過渡空間』というやつなのだろう……(ちょっと違う)。
そうこう独りで思考を巡らせていた俺のところに、先ほどの女医さんが来て、こんなことを言ってくる。「CTの結果が出ました。ここからは別の先生が引き継ぎますので、どうぞ2階の『消化器外科』のところに行ってください」俺は答える。「は、はい……」だが心のなかはこうだった。『ちょっ、ジョーイさん!!? げ、外科って……な、何か見つかったんですかっ!!? チョー怖いんですけどっ!!? ジョーイさぁぁぁぁぁぁんっ!!!』
そうして独り、上階へのエレベーターに乗っている俺は、得体の知れない恐怖に包まれていた。しょ、消化器外科……そうか、たぶん『胃ガン』だ……もしくは『胃潰瘍』か……俺は前々からストレスを感じると胃が『ピクンッ』って痙攣する『ストレス性胃痙攣』を抱えてたからな……それで胃酸の分泌があーだこーだなって、最終的に何らかの重病にまで発展したんだ……きっとそうなんだ……俺は死ぬんだ……。頭を過るのは、そんな最悪の未来への不安ばかり……(日々死にたいと思っている俺だが、”楽に死にたい”わけであって、病気で苦しんで死ぬのはまっぴらごめんだ)。
そしてついに、詳しい病名が明かされる――。
「いや、癌ではないね」
CT画像を見ながら、担当してくれた男性の医師があっけらかんと告げる。ひとまずホッと肩を撫で下ろす俺だったが、次の先生の言葉に胃を”ピクン”させてしまう。
先生「癌ではないけど、これは割と”マズイ”やつ。恐らくは『急性虫垂炎』。昔俗に『盲腸』って言われてたやつ」
俺「も、盲腸?(何か昔『こばと。』で聞いたような……)」
先生「そう盲腸。今は『虫垂炎』って言うんだけどね。ほら見て、これは君の『腸』の写真なんだけどね。ここの『大腸の右下の部分』が『盲腸』って呼ばれる区画で、その下にあるのが『虫垂』っていう器官なの。で、正常な人の虫垂がコレ。君のはコレ。どう? 君のは『炎症を起こして膨れちゃってる』でしょ? これが虫垂炎って病気なの」
俺「で、でも先生……俺、『痛かったのはこの辺り(みぞおち付近)』なんですけど……? 全然虫垂とは場所が違いませんか?」
先生「そう、それがまさに『虫垂炎の特徴』なの。初期症状としてまず『心窩部』が痛くなって、それから数時間かけて徐々に『右下腹部』に痛みが移動していくの」
俺「そ、そんな……」
先生「リスク要因としては、『食物繊維不足』や『運動不足』による『便通の悪さ』、『種子や歯などの硬い物の誤飲』、あと『生まれつきの虫垂の形』にまつわる『遺伝的要因』とかがあるんだけど、心当たりはない?」
俺「と、特には……俺『ヴィーガン』なので、食物繊維は摂りまくっているはずですし、『Uber配達員』なので、仕事で運動はしまくってるはずですし……最近硬い物を誤飲した記憶もないし、親が盲腸になったって話も聞いたことないし……」
先生「そうなんだね……。ま、虫垂炎は他にも『感染症によるリンパ組織の腫れ』とか、『ストレスによる腸内細菌バランスの乱れ』とかでも突然起こることがあるし、『原因はあってないようなもの』なんだけどね? ハハハッ」
俺「はぁ……(えぇぇ……理不尽すぐる病気……)」
先生「それでね。軽度の虫垂炎なら『抗菌薬』飲んで炎症抑えるだけで済むんだけど、君は結構腫れちゃってるから、再発防止のためにも『切除手術』受ける方がいいかなって思うんだけど、どうかな? その場合はまぁ、入院ってことになるんだけど」
俺「し、手術ですか……? 正直怖いです……それに医療費も……怖いです(医療費の方が怖すぎるっ!!! 助けてジョーイさーん!! ラッキー!! ポケモンセンタァァァァー!!!)」
先生「なぁに心配いらないよ? 私は『腹腔鏡手術が得意』だし、ウチには他にも優秀なスタッフが大勢いるからね? 『ちょちょい』と切って、『ちょちょい』と縫って終わりだから。それで自己負担額『8万』もいかないくらい。どうだい?」
※このとき先生はさも当たり前のように『自己負担額』と言ったが、さっき俺はUberの配達員(個人事業主)だと言ったので、相手が医療保険に加入していない可能性は充分にあった。まぁ今回に限っては、俺は『国民健康保険』に加入しているので問題ないが……。
俺「8万円……でも手術するとなると、入院費とかも別途かかるんですよね……? 俺すでに救急車まで呼んじゃってるし、その……やっぱり怖いんですけど……(クソッたれっ!! 8万稼ぐのにどんだけ配達しなきゃならんと思ってんだ!! せっかくの書き入れ時――ゴールデンウィークだってーのに、こんなんじゃ商売上がったりだよ!! 何が”ゴールデン”だ!! うえーんっ!!)」
先生「んー、今回は『腸内穿孔』や『腹膜炎』とかの合併症がない分、普通の虫垂除去手術で済むんだけど、それでもまぁ、そうだね――6、7日の入院は必要になるかな。残念だけど」
俺「6、7日? それって一日いくらくらいかかるんですか? 怖いんですけど……(←怖がりすぎ)」
先生(気さくに笑って)「大丈夫だいじょうぶ! 全部『医療費』として保険適用だから! 保険入ってるでしょ?」
俺「はい、入ってます」
先生「なら『高額療養費制度』っていう『ひと月当たりの医療負担限度額』が決まってるはずだから安心して。恐らく君の場合、診療費+入院基本料諸々合わせても自己負担は数万円程度で済むはずだから。あとは入院に『個室』を選んだら差額ベッド代がかかるのと、毎食の入院食が500円程度かかるくらいだよ。納得した?」
俺「あ、そうなんですか……(死ぬほど安心)……それじゃ、あの……手術お願いします」
先生「はい、任せておいて。君は炎症が中程度だから、今すぐ緊急手術が必要ってわけではないんだけど、ま、こういうのは早いに越したことないから、とりあえず今日中に手術ってことで進めていくね――あっ、君って最後に食事したのはいつ?」
俺「今朝は何も食べてないので、昨日の――というか今朝の『深夜0時』くらいです」
先生「OK! ならそのまま何も食べないでおいてね? あっ、水も飲まないでね? これから全身麻酔で手術することになるから、その前の6~8時間は絶食するのが望ましいんだ」
俺「わ、分かりました……(やっば……普通に手術が怖くなってきた)」
先生(席を立ってどこかに向かおうとしながら)「それじゃ今から同意――」
俺「――せ、先生! 今さらなのですが、虫垂って切除しても問題ない組織なんですか!?」
先生(朗らかに笑って)「安心して。虫垂は『これと言って重要な機能はない組織』だから、取っても日常生活に支障はないよ」
俺「そ、そうなんですか……(そんな組織作んなー神様ー!!!)」
先生「そういう部分も含めて、これから『詳しい手術の概要』を説明するから、そのうえで君が納得して、『手術同意書』と『麻酔同意書』にサインしてくれたら、ようやく手術準備開始。君は下で入院手続きをして、その後全ての準備が整ったら、そこで初めて手術が始まるんだ。いいかい? ちゃんとサポートするから安心してね?」
俺「は、はい……ありがとうございます……(いい先生に当たったみたいでよかった……)」
*
そうして同意書にサインし、入院手続きを行うために『救急・外来棟1階の6番入院受付』に来ている俺。待合室の椅子に座って自分の順番を待ちながら、先ほど聞いた手術説明をもう一度頭で咀嚼している。
どうやら俺が今から受ける『腹腔鏡下手術』というのは、ヘソの上約1cm、左右の側腹部をそれぞれ約5mm切開し、ヘソの方に腹腔鏡(内視鏡)と炭酸ガス注入用管、側腹部の方に腹腔鏡用の鉗子を入れて行う手術のようだ。手術中は術野と器具を動かすスペースを確保するために、腹の中に炭酸ガスを注入するらしい。
正直自分が『タイム・トリッパ―(デュエマのクリーチャー)』とか『レポティッツァ(バイオ6の生物兵器)』みたいに膨れ上がっている姿など想像したくもないが、悪い病魔を追い払うためなので潔くサインした。さて、これから入院手続きをしたら、いよいよ手術である。今は財布とスマホしか持っていないが、あとで親に着替えでも持ってきてもらお――。
「――ねぇねぇ。お兄ちゃんも病気なの?」
突然、後ろから誰かに声をかけられて、驚いて振り向く俺。するとそこには、小学校低学年くらいの眼鏡を掛けた男の子が突っ立っているではないか。戸惑った俺が、「えっ、あっ、うんっ、そうだよ」と答えると、男の子は「どこが悪いの?」と返してくる。対して俺が「お腹の隅っこのところが、ちょっとね」と返すと、男の子は「お互い大変だね?」と無邪気に微笑むのだ。
な、何てこった……こんな小さな子供に労われるほど、今の俺は病弱そうに見えるのだろうか……? だがどちらにせよ、この子は俺のことを心配して話しかけてきてくれたのだ。そのご厚意には精一杯応えようではないか――俺は「本当にねぇ」と同意した後、「君もどこか病気なの?」と会話を発展させていく。
すると男の子が、「僕は全身が病気なの」と困ったように首を傾げるので、俺は『全身が病気……?』と思いながらも、ひとまず彼に「じゃあ君の方が何倍も大変だ? 偉いね? そんな歳で”闘ってる”なんて」と返すことにした。幸い彼はこの表現を気に入ってくれたようで、「うんっ、僕闘ってる! 僕偉いよっ!」と笑顔を見せてくれる。
そこでふと、彼の周りに”親らしき大人”がいないことに気づいた俺。出し抜けに彼に「君の名前は? お母さんかお父さんは近くにいる?」と聞くと、彼が答えるよりも先に、背後から「ソラッ!!」という女性の声が返ってくる。見ると『入院受付カウンター』のところに、彼の母親と思しき女性が立っていた。すかさず彼女は俺に向かって――と言うか俺の後ろのソラくんに向かって、「ほらっ、ちゃんと待ってないとダメでしょ!?」と言うも、正直彼は『お行儀よく待っていた部類』ではあった。
――いや、分かってはいるんだ。彼女は決して『本意で子供を叱った』わけではなく、『我が子が得体の知れない男と話している事態を重く見て』、俺に対して『ちょっとあなたっ! その子は私の子よっ!!』と釘を刺す目的でそうしたのだろう――素知らぬ顔で俺が後ろのソラくんを見ると、彼は『もう仕方ないな~お母さんは~』と言うような大人びた素振りをしてから、座席に座り直すのだ。な、何て子だ……『クレヨンしんちゃん』並みに将来有望な男児じゃないか……。
「どうもすみませんウチの子がぁ~。何かご迷惑おかけしませんでしたかぁ?」
受付を済ませて、いくつかの書類とボストンバッグを抱え持って戻ってきた母親が、座席の前に立ってバタバタと作業しながら、俺に対し気を遣うようなことを言ってくる。俺が「い、いえ。彼からは話しかけられたくらいで、特段迷惑なことは何も……」と返すと、母親は「あらそうですかぁ~?」と言ってバッグに書類を詰め込んでいく。
堪らず俺が、「お子さん、これから入院ですか? さっき彼から『全身の病気』だって聞いたもので……」と尋ねると、母親が「えぇそうなんですよぉ。ウチの子、『白血病』を患ってまして……5歳のときに発症して以来、入院しては退院して、また入院しての繰り返しで……」と答えてくれる。
「白血病……大変ですね……」そう言ったはいいが、このときの俺は白血病がどういう病気かを詳しく認知はしていなかった。ただ何となく『私の中のあなた』って映画で出てきた難病だよな……くらいの認識だった。
※白血病は簡単に言えば『血液のガン』である。『急性リンパ性白血病(ALL)』と『急性骨髄性白血病(AML)』の二つのタイプがあり、大人では後者が、小児性白血病では前者が多い(進行が緩やかな『慢性白血病』もあるが、ここでは割愛する)。罹患者は血中で酸素を運ぶ細胞である『赤血球』が減少することで、だるさや眩暈が生じやすくなり、血液凝固作用のある『血小板』も不足することで、出血傾向が見られるようになる。
また免疫細胞である『白血球』すらも減少することで、感染症に対する耐性が大幅に低下し、その他『白血病細胞(骨髄で変異した造血細胞にして、白血病の直接的な原因)』が血液にのって各臓器に浸潤することで、さまざまな症状が現れる。
治療は『抗がん剤(ガン細胞の増殖を抑える薬剤)』を用いた『化学療法』が主となるが、費用や副作用の面から、決して生易しい治療ではない。抗がん剤は『細胞分裂を阻害する』作用を持つ薬剤だが、必ずしもガン細胞だけを狙い撃ちできるわけではなく、少なからず正常な細胞の分裂も阻害してしまうがために、種々の副作用が現れるのだ。
より根本的な治療として『骨髄移植(造血幹細胞移植)』もあるが、そのためには患者と同じ『HLA(白血球の血液型。我々が普段血液型と言っているものは赤血球のもの)』を持つドナーを見つけねばならず、適合する確率が同父母の兄弟姉妹間で25%、非血縁者間では数百~数万分の1(両親が適合する確率は非血縁者より僅かに高い)であることからも、ドナー発見は容易ではない。
また首尾よく『骨髄バンク』などからドナーが見つかったとしても、移植には常に『合併症』のリスクが付きまとう。合併症には、移植された細胞が受血者(および臓器受給者)の細胞を異物と見做して攻撃する『移植片対宿主病(GVHD)』と、逆に宿主細胞が移植された細胞を異物と見做して攻撃する『拒絶反応』の2パターンがあり(GVHDも拒絶反応の一種)、どちらも完全に抑制することは難しい。
そうこうしているうちに、母親の出発準備が整ったようだ。『そろそろ会話は終わらせるべきか』と思って俺が、「あ、あの、お大事になさってください」と言うと、母親は愛想よく「あっ、ありがとうございますぅ。失礼しますぅ」とソラくんを連れて待合室を後にしていく。
それを見送りながら俺が、ポケットからスマホを取り出そうとしていると、おもむろにソラくんが俺の方を振り返っては、『またね』と口を動かしながら手を振ってきてくれたので、俺は同じ所作を返しては、彼ら親子が『入院・診療棟』の方に消えゆくのを見届けるのだった。
それと重なるようにして、横から受付スタッフが俺の名前をコールする。
「吉居さーん? 吉居務さーん?」
俺は意を決して、椅子から立ち上がるのだった。
*
そして同日14:25。俺は人生初となる『全身麻酔による外科手術』に臨もうとしていた。裸の状態で手術着に着替えて、手術室看護師に導かれるままに手術室に入ると、そこは白くてほどよい広さの部屋だった。真ん中に大きな手術台があり、その傍に高価そうな機械や腹腔鏡モニターなどがある。
寒さと恐怖で震えながら、ナースに言われるまま手術台に上がる俺。「あっと言う間ですから、安心してくださいねぇ?」ナースの励ましを聞きながら台に横になるも、周りで他のナースたちが忙しなく道具の準備などを行っているので、とても気が休まらない。
ついにそのナースが「それじゃお薬入れていきますねぇ? チクッとしますよぉ――」と俺の腕に静脈注射を始めたところで、俺は全てを覚悟して、両目を閉じた。右腕から冷たい感覚が広がっていくのを感じる(気のせいかも)……それからゆっくり心で数を数えていく……イチ……ニ……サン……(周りの音が金属質な残響に包まれていき、何かジャミジャミした雑音が聞こえてくる)……シ……ゴ……ロク……(ジャミジャミが大きくなってきて、目の奥で複数の光がチラつく)……ナナ……ハチ……キュウ……(ジャミジャミがジャミジャミしすぎてて、もはや意識の全てがジャミジャミしている)。
――や、ヤバッ、これっ、死ぬんじゃね? 『マトリックス』のプラグイン・アウトのときみたいな音聞こえてるんだけどっ!!? あれっ? 俺って今息してる? 生きてるのっ!? 先生!! ナースさん!! 誰かっ!! 応えてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――。
そこで俺の意識は途絶えた。
第八話『虚弱 Part1』 完




