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虚無的な俺は、今日も善行する  作者: 結逸夢弐


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7/7

Episode7 - 虚室(ヴェイキャンシー)

 『卒業証書 学位記』

 『○○』

 『あなたは名古屋文化短期大学 本学生活文化学科 服飾美容専攻課程を卒業したことを証します』

 『令和8年3月19日』

 『名古屋文化短期大学 学長 ◇◇』


 その赤い二つ折りの『NFCCの卒業証書』には、はっきりとした字で、漢字一字すらたがわず、あの国民的スターの名前が記されていた。時は2026/04/11(土)13:37。先月俺のもとに”弟子入り”に来た20歳の青年『虚偽フォルシティ』が、とうとう約束のぶつを持ってきたのである。


 「ま、マジで○○さんが短大卒業してる……」俺が驚愕の色を浮かべながらそう呟くと、目の前にいる美青年が得意げな様子で、「だから言ったでしょ! 僕の名前は○○だって!」と返してくる。後ろ手を組んで背伸びを繰り返している彼は、俺が”降参”するのを今か今かと心待ちにしている印象だ。

 そして見たところ、この卒業証書は学長の名前のところにハンコも押してあって、授与者の名前部分の印刷面にも、偽造されたような痕跡はない。となればこれ以上、疑い続けるのも野暮というものだろう――俺は数分注意深く観察した後、やがて「さぞかし、不都合な名前だっただろうな」と言っては、それを青年に返した。

 すると青年が「全くですよー。何度『あれやってー』『これやってー』とか、無茶ぶりされたことやらー」と言いながら、大切な証書を鞄へと詰めていく。ふいに可笑しくなった俺は、つい出来心でこう返してしまう。「ちなみになんだけど、『あれ』やってくんない? あれ」※曖昧なやり取りで申し訳ないが、要するにそうやって、誰もが無茶ぶりしたくなるほどの”ビッグ・ネーム”だと言うことだ。

 だが案の定、青年はプリプリ怒ってしまい、終いには「やりません!」と勢いよく鞄のジッパーを締めるのだ。俺はしばし、彼の境遇に同情しつつ、心のなかで大笑いするのだった。


 *


 鞄を床に置いて、俺が出してやった豆乳(ちゃんとコップに入ったやつ)を一気飲みしたところで彼が、気を取り直してこう言う。「ともかく、これで”僕が誰か”は分かっていただけたと思いますっ。これからもどうぞ、”善行のご教授”お願いします、虚無ニヒリティさんっ――」カコンッ! コップを乱暴に机のコースターに置いた彼が、ミルクを飲んで満腹になった赤子のようにゲップする。「けっぷ……」

 どうやらまだ彼は怒っているようだ。俺がずっと吹き出しそうな顔で、豆乳を飲んでいる彼を眺めていたからかもしれない。なぜってその名前は、あまりにも彼の印象・タイプと違っているからだ。もう考えれば考えるほど、笑えてくるのである――そう言えば、コイツは”純怜すみれ”のファンだったんだよな? ドルオタの○○さん……プププッ。

 フォル「聞いてるんですか虚無さん? もう何をずっとニヤけてるんですか!」

 俺「いや悪い――ふっ、ぷっ――ちょっと思い出し笑いをね――クククッ――昨日見たニュースが……傑作でっ――ふぷっ」

 フォル「そんなこと言ってー! どうせ僕の名前で笑ってるんでしょー! 本名だと分かった途端、そのあまりのミスマッチ加減にツボに入ったんだー!」

 俺(むしろ憤慨している彼の様子にツボって)「マジで――違う――からっ――気にしないで――プププッ」

 フォル(さぞ不愉快そうに)「まぁもう、どっちでもいいですけどー。そろそろ”救済”始めませんかー? 僕わざわざバカにされるために、実家まで行って証書取ってきたんですかねー?」


 俺(さすがに申し訳なくなって、何とか落ち着く努力をしながら)「そうだな――救済しよう――けど困ったことに――まだ対象が――いないっ――ふっ」

 フォル(もはや明鏡止水に達したかのように、あっけらかんとして)「でしたら、僕、提案してもいいですか? 先週実家に帰ったとき、親から気になる話聞いたんですけど」

 「おっ――どした――言って――みっ――みっ?」思わず俺が、どこぞの俊足の鳥みたいな鳴き声を上げると、青年は一瞬、『獲って食ってやろうか』とでも言うような殺意の籠った目を寄越してきては(まるでどこぞのコヨーテのように!)、すぐさま”何食わぬ”顔で説明を始める(”食えぬ”の間違いだろ? 捕まえてミッミッ!?)。「えっとですね。先日『大治町おおはるちょう』の方で、『一人暮らしのお爺さんが孤独死していた』そうで、その人の家が空き家になってるそうなんですよ」

 俺「時代、だな……で、何が問題なんだ?」あまりに虚無感を誘う導入に、さすがに笑いの衝動は引っ込んでいた。

 フォル「はい、問題があるんです……実はそのお爺さん、生前『犬を飼っていた』らしんですけど、何と『その犬、行方不明になってしまった』んですって! お爺さんの遺体が発見されたのが『先週の金曜日』なので、かれこれ『8日間も見つかっていない』ことになります! これはもう事件です! すぐ探しにいきましょう!」

 俺「ま、待て! もうちょい詳しく経緯を教えてくれ! まず、そうだな……『何でお前の親がそれを知っている』んだ? 実家って確か……『あま市』だっけ?」


 フォル「はい。あま市です。母がそれを教えてくれたんですけど、彼女がそのお爺さんのことを知っていた理由は単純明快で、『二人が顔見知り』だったからです。なぜなら『ウチの母は、”ヤクルトさん”だから』です。それでよく、その人の家に配達に行っていたみたいです……で、『ウチの母が異変に気付いて、亡くなったお爺さんを発見した』、というわけです……悲しいことに……」

 俺「や、ヤクルトレディか……まさかお前の母親が、俺の『同業者』だったとは……(※Uber配達員は現時点の日本では個人事業主なので、ヤクルトさんとは厳密には別物)。ってフォル! お前自分の母親のことを『彼女』って代名詞で呼ぶか普通!? ちと他人行儀でねぇかい!?」

 フォル「変なところに食いついたり、揚げ足を取らないでくださいっ! 分かってますか!? 今この瞬間にも愛知県のどこかで、『衰弱したワンちゃんが彷徨ってる』んですよっ!!? 事は一刻を争うかもしれないんですよ!!?」

 俺「わ、悪かったって……けどお前、そんな重要だと思うなら、何でこれまで黙ってたんだよ? それを知ったのは先週の土曜か日曜なんだろ? それならすぐ言ってくれれば、俺だって”近所”を捜索したりできたのに……今週平日は一度も現れないで、今日になってそれを言うか!!? 8日も経った今となっては、犬の居場所も生死も未知数すぎて……もはや『シュレディンガーの犬』状態だぞ!? ”ワンッ、ワンッ♪”だぞ!!? 正直悲惨な未来しか……」

 ※このとき俺は、『beatmania IIDX 22 PENDUAL』という音ゲーに収録されている『ぷろぐれっしぶ時空少女!うらしまたろ子ちゃん!』という曲の歌詞になぞらえて”ワンッ、ワンッ”と鳴いたが、どうやら『シュレーディンガーの犬』というアイドル・グループも存在しているようだ。いやぁ、考えることはみんな同じですな~(笑)


 フォル「それは……僕だってそう思ってます。すぐ助けにいくべきでした。でも話を聞いたときには、『すぐに誰かが見つけて、保健所に連絡するだろう』と考えてしまったんです……それに、僕だって何かと忙しくて……」

 俺「よく言うぜ、『ニート』のくせに……」

 フォル「ニートだっていろいろ忙しいんですっ!! いいですか虚無さん!! これは『生き物の生死にかかわる問題』なんですよ!! もう”変なツッコミ”とか入れたりしないでください!! でないと僕は『弟子』をやめさせていただきます!!」

 俺「分かったわかった! なら、とっとと探しにいこうぜ? となればまずは、基本の『現場捜索』からだな! ほらよく言うじゃん? 『シュレ犬は現場に戻る』って!」

 フォル「言いませんっ!!」


 *


 と言うわけで(言わなかったらしいけど)、大治町のとある一軒家にやってきた俺たち。移動は電車ではなく自転車を使ったので、片道50分もかかる大移動だった。毎日仕事でチャリに乗ってる俺は平気だったが、オシャレ系ニート美青年には酷な旅だったようだ――まだ始まってもないうちから、フォルはヘトヘトの汗ビチョになっている(※本日の天候は『晴れときどき曇り』、気温23℃、湿度30%。絶好の運動日和ではあるが……まぁ俺のペースが早すぎたようだ)。

 フォル「つ、着きました……ここが亡くなったお爺さんの家です……(はぁ、はぁ)」

 俺(彼にドリンクを差し出して)「ほれっ、これでも飲め。今にも亡くなりそうな顔しやがって……」

 フォル「あ……ありまとざっす……(呂律崩壊)」

 俺(建物の外観と敷地内を見ながら)「それにしても、やっぱ”いなそう”だな……でもまぁ、念のため家の中も見てみるか――」

 フォル「ふ、不法侵入ですょ……」

 俺(チャリから降りて歩きながら)「バッカ。『シュレ犬が生きるか死ぬかの問題だ』って言ったのはお前だろ? なぁに心配ないさ。あの世の”主人”も許可してくれるって。『ど、どうぞワシのシュレ犬を救ってやってくだされ(仙人みたいな声で)』……って」

 フォル「い、言ってないです……」

 俺「言ってないですぅ~(ムカついたので小声でオウム返し)」そして――。


 ガチャンッ。果然、家のドアは開くはずもなく……俺はやや落胆しながら後ろの『言ってないオバケ』に、そのことを報告するのだった。「鍵閉まってるわ~。入るのは無理そ~」

 ヘットヘト・オバケ「そりゃそうでしょ~。家の中はもう警察の人たちが捜索して、封鎖してるはずですもぉーん……それより、近くの”川辺”行ってみません? ワンちゃんが生きてるとしたら、きっと水辺の近くにいるはずでぇーす……」

 そう言ってからオバケは、俺の渡してやった『アクエリ』をグビグビと飲むのだった。


 *


 そうして、最寄りの川『新川しんかわ』に跨る橋『大治橋おおはるばし』へとやってきた俺たち。ざっと川岸を見渡したところで、俺が呟く。「無理だな」フォルも続く。「ですね……」なぜ俺たちがそう言ったかと言うと、その川は岸のところが水面から高い地点にあって、犬が簡単に水分補給できないことは一目瞭然だったからだ。小型犬は元より、恐らくは大型犬でも危険な高さだ。ちなみに俺たちが探している犬種は、中型犬の『柴犬』らしい。

 フォル「隣の川に行ってみましょう」

 *

 で、もう到着している時間がこちらになります(3分クッキング風 焦燥のメレンゲ仕立て)。俺たちは隣の一級河川『庄内川しょうないがわ』に架かる跨川橋こせんきょう新大正橋しんたいしょうばし』へと来ている。ここはさすが一級河川と言うだけあって、河原も堤防も広範囲に低く造ってあって、犬が水を飲んだり姿を隠すには絶好の場所だ。

 早速下まで下りていって、犬を探し始める俺たち。「おーい! おーい!」そこまで来たところで、ようやく俺が重大な問題に気づく。「あれっ? 『犬の名前』って何なんだっけ?」するとフォルが頭を抱えてこう返してくる。「あっちゃー……聞くの忘れてました……どうしましょう? とりあえず『ワンちゃん』って呼びましょうか?」

 「そうだなっ――」気を取り直して呼びかけ始める俺。「おーい! イヌ~! シュレ犬~!! いたら返事してくれぇ~!!」

 フォル(完全に無視して)「ワンちゃ~ん!! 出ておいでぇ~!! ワンちゃ~ん!!」

 俺(負けじと歩み寄って)「”ワンチャン”プリィ~ズッ!!」

 フォル(俺とは別の道を歩みながら)「怖くないよ~!! 出ておいで~!! 食べ物あるよ~!!(コンビニで俺が買ったドッグフードがひと袋)」

 ねぇ天国のお爺さん……飼い犬に愛想尽かされる気持ちって、こんな感じですか……?


 *


 結局、その日17時半まで探しても、犬は見つからなかった。だがそのまま切り上げるのも忍びなかったので、最後にもう一度俺たちは、”現場の家”に戻ってみることにした。『俺たちが”留守”にしている間に、犬が戻ってきてるかもしれない』という、淡い期待に望みを託して……しかし結果として、この判断がズバリ功奏することとなる――。

 初め、同じく動物の気配のない敷地を前に、『望み薄だな』と沈鬱していた俺だったが、ふと家の背面に回り込んだところでハッとする。何と”勝手口”が開いているではないか!! すぐさま俺は「おい! こっち来てみろ!」とフォルを呼び寄せ、ドアを完全に開け放っては、薄暗い家内をそっと覗き込む(※後から知ったが、ドアは建付けが悪く、閉まらなくなっていた)。

 獰猛な獣を探しているわけではなくとも、相手は酷く弱ってるであろう中型犬なので、いきなり襲い掛かってくる可能性や、悲惨な光景が飛び込んでくる可能性もあると、俺は内心ビクついていた(ま、見知らぬ犬に噛まれて狂犬病で死ぬなら、それもまた人生か……)。だが幸か不幸か、勝手口付近は閑散としていて、犬の糞もなければ死骸も見られなかった。

 俺は一歩家の中に踏み入って、恐るおそる「アオゥゥゥン」と鳴く。どうしてそんなことをしたのか分からないが、たぶん咄嗟にこう思ったからだ。『もし犬が生きていて、いきなり人間の言語で呼びかけられたなら、反って怯えてしまうだろう』と……今さら……(さっきまでさんざん”シュレ犬”と呼んでいたのに!)。しかしながら、返事がない……家の奥からは僅かばかりの気配すらなく、かと言って目下、”腐敗臭”なども感じられない……俺は意を決して、家の中に踏み込んでいくのだった。「アオアオゥン(お邪魔しまーす)……」


 すると駆けつけてきたフォルが、背後から小声で怒鳴ってくる。「に、虚無ニヒリティさんっ。マズイですってっ……」どうやら彼は、この期に及んでまだ法に触れることを心配しているようだ。野良猫に盗聴器仕掛けたり、他人ひとのゴミを漁るようなモラルの持ち主の癖して……。俺は「ウォンッ、ウォンッ(いいから付いてこい)」と返事して、臆せず奥へと進んでいく。

 そしてリビングまで到達したところで、俺は目を疑う――い、いたっ!! ソファーの隅でグッタリしている柴犬が、”めっちゃ”いたっ!!(悪い、あまりの興奮に言葉選びをミスった。いたのは”一匹”だけだ) さすがは”リビング・ルーム”!! 生物を生かすことに特化した部屋だっ!!(数多の人々が使ってきたであろう、手垢の付いた表現) 

 俺は特殊部隊の兵士が使うような、無言で意思疎通を図るためのハンド・サインを使って、後ろのフォルに状況を余すことなく伝えようとする!!(無論、ムチャクチャなジェスチャーで伝わる情報など皆無だった)

 やがてフォルも現場に到着し、生死の境を彷徨ってそうな犬を見るなり、俺と同じように興奮気味にジェスチャーし始める。はいはい、知ってる知ってる。めっちゃいるね。めっちゃ。

 肝心の犬はと言うと、確かに”生きてはいる”ようだ。いきなり侵入してきた俺たちのことを、上目遣いで瞥見しているからだ。だが大分弱っているようで、もう抵抗したり、俺たちの動向を逐一注視している余裕はないみたいである。俺は速やかにバッグを床に下し、中からドッグフードを取り取り出すのだった。


 *


 カラカラカランッ。家にあったドッグフード用の器にそれを注いでやり、ゆっくりと後退して様子を見ていた俺たちだったが、よほど警戒しているのだろう――犬は全く興味を示そうとしない。すると後ろでフォルがこう囁く。「たぶん水の方が欲してると思います。僕ちょっと、その辺で買ってきますね?(犬用に用意したドリンクは、あろうことかコイツが全部飲んでしまった)」

 対して俺がこう返す。「いや、たぶん水ならこの辺にあるはずだ。じゃなきゃ、あの犬が今まで生きてこられたはずがない」

 フォル(ハッとして)「あっ、たぶん『トイレの水』を飲んでたんです。あの便器に溜まっている水を」

 俺「そうかっ。そういうことかっ。じゃあたぶんもう、トイレに水はないんだろうな……あるいは、犬が何度かトイレを”流して”、その都度補給していたのか……いずれにしても、まだ『水道は止まってない』可能性はあるな。試しにキッチンに行ってみよう」


 *


 ジャァァァァァァー。思った通り、家のライフラインはまだ生きていた(だがキッチンの蛇口は昔ながらの『捻るタイプの蛇口』で、オマケに硬く閉じられていたので、犬は開けられなかった模様)。俺は別の器にその水を入れて、食べ物の横にそっと置いてから、”持ち場”に戻った。

 すると間もなくして、犬がのっそり立ち上がり、水の方の器に近づいていっては、ガブガブと水を飲み始める。その様子を見た俺たちは、静かに笑顔を交わし合ってから、しばらく犬が渇きを癒す姿を眺めていた。

 器の水を飲み干した犬は、続いて隣の食べ物にもがっついていく。そこまで来ると俺は安心して、フォルに対して「お前の分の水とフードも出してやろうか? 床に這って食事するの好きだろ?」と、皮肉の一つも言う余裕が出てきた。フォルは無言で俺の脇腹に肘鉄を入れてきて(こ、この前の仕返しか……)、それからゆっくり床に伏せていくのだった(えっ!!? 今のは嬉し恥ずかし照れアピール!!?)。


 *

 

 で、真面目にこれからどうするか考え始める俺たち(今のくだりはあまりに虚無だったのでカット)。『とりあえずこの子に名前をつけよう』ということになり、反射的に俺は「シュレ犬っ!」と言うのだが、フォルに即却下され、続けて「シュレディンガー!」と言うも、またしても却下されることになった(是が非でも、犬の生死を”確定”したいらしい)。

 ならばと言うことで、俺は満を持して、”とっておきの名前”を提示するのだ。「ならぁ……『虚室ヴェイキャンシー』は? 『空き部屋・空室』って意味の……」まぁ、別に”取って置いた”というわけでもない名前だが、『虚』の入る熟語に関しては任せておけっ――この世に俺より『虚』に詳しいやつはいないからなっ!! これくらい瞬時に思いつくのは、造作もないことよっ!! キョーキョッキョッキョッキョッ!!

 「ヴェイキャンシー……いいですね。それにしましょう!」とフォルが承諾し、まさかまさかの採用となる。さすがは『虚費ウェイスティング』の”なかの人”っ!! 名前から”同じ匂い”を嗅ぎ取ったか!!

 「おーいヴェイキャンシー? もっと餌食べるかぁ~?」

 「ヴェイちゃ~ん? お水、もっと飲むぅ~?」

 俺たちが、親バカ新婚夫婦みたいな声のトーンでそう話しかけると、虚室いぬは掠れ声で小さく「バウッ」と鳴いて(ルビが”いぬ”なら犬でいいだろ!って、セルフ・ツッコミしてみたりして?)、俺たちに何かを訴えかけてくる。

 「あっ、返事しましたよっ! きっとまだ、喉カラカラなんですっ――」

 「いやっ、”はらぺこあおむし”なんだよな!? ほ~れ食えくえ~」

 俺たちは親バカ新婚夫婦のように(二回目)、都合よく解釈して”子供”の世話を焼き始めるのだった。


 *(そうして虚室を撫でたり、可愛がったりした後)


 フォル「じゃあそろそろ、『自治体』に連絡しましょう。『保健所』に引き渡せば、この子はもう安心です」

 俺「まぁ、”ある意味”ではな……でもよくよく考えたら、こんな”老犬のオス柴”、そうそう里親が見つかるとも思えんわな……もしかしたら、すぐに『殺処分』にされるんじゃ……」

 フォル「えぇっ? 嫌ですよそんなの……せっかく助かった命なのに……」

 俺「けど現実問題、こいつはたった一人の飼い主を失って、なお健気にこんな”空き家”に残り続けているくらいだぞ? 言うなれば『HACHI』だぞハチッ!! 今さら別の人間においそれと”尻尾振る”とも思えんだろ? そんでもし選ばれなかったら、この子は天国で待つ『リチャード・ギア』のもとへ送られることになるんだ……この子にとっての、親愛なるリチャードのもとへ……分かるか?(注意:リチャード・ギアさんは2026年現在、めっちゃ生きてます)」

 ※『忠犬ハチ公』の犬種は秋田犬(大型犬)で、史実としての飼い主は『上野英三郎』さんという方だ。また実際は非情に人懐っこい性格だったらしく、多くの人から食べ物を恵んでもらっていたようだ(あとイタズラもされてたとか)。当時の俺はそこまで存じ上げず……あのアメリカ映画の知識だけでこんなことを言ったのだ。ちなみに、その映画のプロデューサー『ヴィッキー・シゲクニ・ウォン』氏は、映画を作る前まで柴犬を飼っていたようだ。忠犬ハチ公にあやかった、『HACHI』という名の柴犬を……。それでは物語の続きへ戻ろう――。


 フォル「わ、分かりませんけど……すごく悲しくなってきました! どうにかできませんか虚無ニヒさんっ!?」

 俺「うーん……手っ取り早く里親さえ見つかればいいんだけど……それができりゃ苦労しないってなわけで……」

 フォル「なら”僕たち”で飼いましょうっ!! ひとまず”ここ”を拠点として、これから毎日通いつつ、できるだけ早く住処すみかを用意するんです!!」

 俺「い、いやぁ……マジで無理だと思うよ? ”場所”っつったって、俺ん家のアパートはペット禁止だし、それはお前ん家のアパートでも同じことだろ? 潔く”プロ”に任せた方が――」

 フォル「それじゃ”ヴェイちゃん”が殺されちゃうかもしれないから、こうして悩んでるんでしょう!? そんなこと言って、どうせ『もう関わりたくない』とか思ってるんでしょ、虚無さん!? 酷いっ! 酷いですよっ――」

 俺「俺だって助けてやりたいとは思うよ!? けど無理なものは無理だろう? じゃあ何か? ”施設”に預けて、『どうにかこれで生かしてやってください』って、俺が『飼育費』を払い続けるのか!? ”この餌”だって『ひと袋2000円』もすんだぞっ!? それに加えてドッグシッター代までかかるとしたら、ひと月いくらかかるんだ!? 俺、ユニセフにすら1000円しか寄付してないのに!」

 フォル「けど払えない額じゃないですよねっ!!? 虚無きょむさんの”救済”って、その程度のものなんですか!? ちょっとお金がかかるくらいで、諦めちゃうくらいのっ!? お金は僕だって出来る限り”支援”しますから、何とか手立てを考えてみましょう? ねっ?」


 俺「ニートにいくら払えるねん!!? そもそもアパートの家賃すら親から仕送ってもらってるような奴が」

 フォル「そ、そりゃ、いざとなったら、バイトでも何でも……」

 俺「まぁ待て。一旦冷静になろう……(深呼吸)……まずは正攻法で、”身内”から検討するべきかもしれない。俺んとこの実家はぁ……どうだろう? まぁ聞いてみんと分からんわ……。んで、お前んとこの実家は?」

 フォル「無理なんですよ、すみません……ウチ、『父親がアレルギー体質』で、これまでペットというペットを飼えたことがないんです。だから僕、ずっと”モフズ(※モフモフなペットたち)”とは縁がなかったんです……悔しいです……」

 俺「ならまぁ、さっきお前が言ったように、ひとまずはここを拠点にしよう。で、『3日以内に里親を見つける』。無理だったら、『諦めて保健所に電話する』。それでどうだ?」

 フォル「はいっ! そうしましょう!! 僕も友達とかいろいろ当たってみます!!」

 俺「そうと決まれば、そろそろ俺たちも退散しよう。もう少しで日が暮れるし、あんま長居して他人ひとに見つかったらマズイしな」

 フォル「了解です。今日はとりあえず、この子の無事を確認できてよかった。虚無ニヒさんも、ありがとうございました!」

 俺「おう。じゃあこの残りの餌と水だけ置いておいて……したらば、”トンズラ”すんべ!」

 フォル「ですね! ドロンッ!」

 俺(犬撫で声で)「また明日も来るからなぁ? ヴェイ~♪」

 フォル「元気でねぇ~ヴェイちゃ~ん♡」

 

 別れを告げる俺たちのことを、虚室は黙ったまま見つめ続けていた。その眠そうに開けた穏やかな目は、『俺たちに見つけてもらえて――ついでに満腹になって――安心した』という目にも見えたが、今にして思えばあれは、『己の運命』を悟っていた目だったのだろう……。


 *


 次の日の午後、俺たちはウキウキした気持ちで自転車を漕いでいた。何と昨晩メッセージ・アプリで、俺の両親が『虚室ヴェイの面倒を見てもいい』と言ってくれたのだ。これほどすんなり虚室の引き取り先が決まるとは思っていなかった俺たちは、一気に肩の荷が下りたような、清々しい気持ちに満たされていた。

 道中、適当な店に寄って俺たちは、片や奮発して高級ドッグフードを、片やゴムボールとフリスビー(フライング・ディスク)を買って、『初孫に会いにいく祖父母』のような面持ちで移動を再開した。心のスクリーンにはもう、『ワンコ映画』のワンシーンが映写されていた。

 そして例の家に到着した俺たちは、意気揚々と裏口バックドアから建物システム中に侵入アクセスして、そこにいる王冠の宝石(クラウン・ジュエル)を颯爽と盗み出そうとしていた。しかし――。

 「ヴェイちゃ~ん! ”おやつ”と”オモチャ”持ってきたよ~♪ ヴェイ――」先行して虚室の傍に歩み寄ったフォルが、異変に気付いて息を止める。すかさず膝を突いて、虚室の身体を揺さぶり始める彼。「ヴェイちゃんっ、ヴェイちゃんっ!!」だが反応がない。堪らず俺も摩り始める。「ヴェイッ!! おいヴェイッ!!」冷たい身体。上下しない胸。瞬かない目……。全てを悟った俺たちは、片や床に崩れて泣き叫び、片やそれを見ながら、膝立ちのまま立ち尽くすのだった。

 「ヴェイちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!!」


 *


 その後、毛布にくるんだ虚室の死骸を、最寄りの『交番』まで持っていった俺たち。最初、『動物愛護団体』に連絡しようとも思ったのだが、複数あってどこに連絡していいのか分からなかったのと、すぐに来てくれるとも限らなかったので、結局自分たちで交番に持ち込むことにしたのだ(※幸い、フォルの自転車には荷台があった)。

 軽く事情聴取を受ける俺たち――と言うか俺だったが(フォルは本名が”あれ”なので、あまり話したくなさそうにしていた)、最終的に虚室は『あの家の庭』で見つけたことにして、俺たちはただ『通りがかって発見した』ということにした。あまり話をややこしくしたくなかったから、と言えば聞こえはいいが、その実、逮捕されたり厳重注意されたりするのが怖かっただけだった。

 15分ほどで引き渡し手続きは完了し、俺たちは去り際、正真正銘最後のお別れを虚室としてから、交番を後にした。それからはただ悲嘆に暮れながら、トボトボと帰路に就くだけの俺たちだったが、ふと叶わなかった別の未来に思いを馳せては、遠い空を見上げるのだった。


 そこには紛れもなく鮮明に、一匹の柴犬の姿が映し出されていた。俺たちとともに元気に走り回っている、楽しそうな彼の姿が……。


 第七話『虚室ヴェイキャンシー』 完

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