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虚無的な俺は、今日も善行する  作者: 結逸夢弐


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Episode4 - 虚偽(フォルシティ) Part 1

 虚脱コラプス事件から一夜明けて、いつものようにニュースを見ながら、”遅い朝食”を摂っていた俺の耳に、普段は運送業者しか鳴らさない”魅惑の音色”が届いた。俺は宅配荷物に心当たりがないにもかかわらず、念のためインターフォンの音声機能を使って、「はい?」と玄関にいる誰かへと在宅を知らせる。

 するとその誰か――ポケモンの”サトシ”が着けてるみたいな、スタイリッシュなキャップを深々と被った人物――が、カメラに向かって慎ましやかに頭を下げたまま、爽やかな運ちゃん声で「宅配便でーす!」と要件を伝えてくる。

 無言で通話を終えた俺は、『実家からの”救援物資”かぁ?』などと考えながら、とりあえず玄関に行ってみることにした。それが運の尽きだった(全く、”ツイてる運ちゃん”だぜ)……。


 ガチャッ。俺がドアを開けると、そこには”裸一貫”で立ち尽くしている青年が一人いるだけだ(うん、ちゃんと服は着ているよ。『手土産が見当たらないぞ』って意味)。不審に思った俺が、「あ、あのぅ……?」と切り出すよりも早く、その運ちゃんが運命を運んでくるのだ。

 「初めまして、って言うのも変かな……? いちおう、”昨日の今日”ですし……」出し抜けに運ちゃんが帽子を脱ぎ、その中に収まっていたサラサラな茶髪が揺れ――って何っちゅうロン毛じゃ!! どこにそんな毛量入っとった!? それにそのキューティクル!! ”椿オイル”でも塗ってんのか!? 今時の運ちゃん美髪びはつすぎ――。

 そして首を振って髪形を整えたそいつが、爽やかな笑顔でこう告げる。「今日も”お勤め”ご苦労様です。虚無ニヒリティさん?」

 ドクンッ! 俺はそいつの顔を見て、発せられた言葉を聞いた瞬間、完全に思考が停止した。にゃ、にゃんちゅー『端正な顔立ち』だ……遺伝子操作でも受けてんのか……イマドキの運ちゃん美形すぎ……。じゃなくて、はっ? 今こいつ何て言った? 俺のこと、『虚無ニヒリティ』って……はぁぁぁっ!!?


 「あれっ? 虚無さん? 聞こえてますかー? おーい!」呆然としている俺に何の遠慮もなく、そいつが俺の眼前で手を大きく振る。ブンブンブンッ――。まともな状態でやられると、相当イラつくなこれ……。

 それからそいつに、「どうしましたか? もしかして『あまりにも心が虚無すぎて、ついに脳ミソまで”虚無虚無ニヒニヒ”しちゃった』んですか?」、と訳の分からないことを言われたところで、ようやく俺の脳内会議も終了する――。

 「あの、どなたか存じ上げませんが、宅配業者の方でないなら、自分はもう失礼しますよ? それじゃ、お疲れ様でーす――」そう言ってすぐさまドアを閉め、問答無用に鍵を締める俺。そうだ……『不審者が訪ねてきたなら、まずは逃げる』のが正解なのだ。あとはインターフォンで不審者の様子をモニタして、もしいつまでも居座るようなら、警察でも呼んでっと――(だが俺は思い知ることになる。『本物の不審者とはどういうものか』を――)。


 次の瞬間、そいつが俺ん家のドアを叩きながら、大声で喚き始める。

 「ちょっ、逃げないでくださいよ虚無さぁ~ん! 僕の話を聞いてくだぁ~い! 決して悪い話ではありませんからぁ~!」俺は迷わずドアの方に引き返して、施錠した扉にさらに”ドア・チェーン”まで掛けてから、速攻でインターフォンのところまで戻っていき、モニタでそいつの姿を監視し始める。

 するとそいつは、モニタリングされている野生動物みたいに、無警戒にカメラ(ドアベルのスイッチとともに扉の横に付いている)に大接近しては、そのクリクリな目を”どアップ”で見せびらかしながら、さも切羽詰まっている弱者かのように、こう捲し立ててくるのだ。

 「お願いです虚無さん、助けてください……。僕今、交通事故を起こしちゃって、至急お金が必要なんです……今日中に振り込まないと、先方が『お前のPCはウイルスに感染したままだぞ』って……僕怖くて……もう他に頼れる人がいないんですっ!!」


 またしても呆然とする俺を余所に、そいつがさらに”虚言の連撃コンボ”をお見舞いしてくる。

 「もし”投資”してくださるなら、約束します――必ず2倍にして返します! だからどうか、どうか”お布施”を……きっと”神様”も見てくださってます! あなたを愛してくださってますっ!! さぁ祈りを捧げましょう! 僕たちを導き、巡り会わせてくださった、お優しい神様に!」

 清々しいまでに口をつく、古典的な『詐欺師の常套句じょうとうく』……文字通り”取って付けた”レベルの胡散うさん臭さに、俺はスマホで『110番通報』する準備を整えつつ、今か今かと『対詐欺師の常套句』を言う機会を窺っていた。

 「それに実を言うと、あなたは選ばれました! ぜひ僕たちと一緒に戦って、ともに”政府の陰謀”を暴きましょう! あっ、でも気を付けてくださいね? これは極秘情報で、あなただけに教える特別なオファーですから。もし誰かに漏れれば、あなたの口座が不正利用されることになりま――」

 ピーッ。

 俺「あっ、結構ですー」


 言ってやったりっ! 大抵の詐欺師を追っ払う最強の呪文、『結構ですー』! たとえお前が遠い親戚でも、警察でも、秘密結社の重役でも、凄腕の占い師でも、未来人でも、神の使いでも、びた一文払うつもりはないっ! 大っぴらに寄付を募りたいなら、ユニセフみたいな崇高な理念と、高い活動透明性を持って出直してきなさいっ!

 切り札を切った後、俺がやや得意げにモニターを眺めていると、カメラの向こうでそいつが、突として不敵な笑みを浮かべる。


 「へぇー、困ってる人がいても、助けないこともあるんですね? 虚無さん?」


 その、全てを見透かしたような言葉と声を聞いた瞬間、俺は悟った――こいつは”そんじょそこら”にいる詐欺師でもなければ、単なる虚言癖のある可哀そうな人でもないと! そしてそれを裏付けるように、そいつが『自身の切り札』を切り始める。


 「そう、あなたのことを知ってますよ、虚無ニヒリティさん……。あなたは『この世の根源が善でないことを証明するために、日々、虚しい善行に勤しむ”影の英雄(ダーク・ヒーロー)”』……。本名は『吉居よしい つとむ』、生年月日は2000年6月14日、現在満25歳、一人暮らし独身。将来の夢は『できるだけ楽に死ぬこと』……」


 俺はまたしてもフリーズしていた……。スマホを持つ腕すらも脱力させたまま、そいつの口から駄々漏れていく『誰よりもよく知った個人情報』を、ただ聞くことしかできなかった……。


 「実家は『愛知県・名古屋市・中川区』の一軒家。現住所はここ『名古屋市・千種ちぐさ区・今池』のアパート。ここには『名古屋工業大学工学部』進学を機に越してくるも、諸事情により2年で中退し、以降は『Uber Eatsの配達員』として生計を立てている。徹底した倹約家およびヴィーガンで、もはや使命とさえ言える趣味は、『ただひたすらに善行を積むこと』。毎月、各種機関に対して3000円の寄付をしており、平均月収が約20万であることからして、この額はその1.5%に相当。これは生活の持続可能性において、実に適切な安全なマージンを取っていると言え……」


 もはや俺はモニターの前になどいなかった。一刻も早くあいつを黙らせなければ! ”なぜ”、”どうやって”かはさえおき、あいつが俺の”いろんな情報”を握っていることは確かだ! ほっとけばあいつ、俺の『ナニの長さ』まで言い始めるぞ!?(すまん、それは俺にも分からんわ) そんなことさせて堪るかぁぁぁぁぁ~!!

 などと考えながら、大慌てで玄関まで走っていき、せっかく掛けたドア・チェーンと鍵を解除していく俺……そしてまんまと詐欺師の術中に嵌まり、見ず知らずの相手を家に招き入れてしまうのだった――。


 ガチャッ(二回目)。ゆっくりドアを開け、隙間から顔を出した俺が、気だるそうに告げる。

 「何が望みだ?」

 すると相手の青年(それまで人差し指でキャップを回していたらしい)が、『待ちくたびれたよ』とでも言うように帽子を宙に放ってから(悪かったな退屈させて!)、終いにはムカつくくらい格好良くそれをキャッチして、笑った。

 「ちょっと、頼み事があって……お話、聞いてもらえますか?」


 *


 ってなわけで泣く泣く、不審者を自宅に上がらせることになった俺は、リビングの(と言っても10畳の1Kだから、キッチンとトイレと浴室以外には部屋はないのだが……)カーペットの上にそいつを座らせて、自分はPCデスクの前にあるゲーミングチェアに腰掛けてから、満を持して相手と対峙する。

 俺「で? 君は何者で、なぜ俺についてそんなに詳しい?(母ちゃんなのか!? 俺の生き別れの母ちゃんなのかっ!?)」※実際には俺の母親は、中川区の実家で主婦をしている。もういい……こいつに全部バラされたから、もうプライバシーとか知らん……。

 すると相手が、長い睫毛をスッと上げて、俺の目を上目で見返してきてから(こ、この顔……どこかで見たことあるような……)、聞き手が一瞬で呆れ返るような『とんでもない自己紹介』をし始める。


 青年「僕、名前は○○って言います。年齢は20歳(はたち)で、先日――」

 「――いや待てーいっ!!」盛大にツッコむ俺。

 青年「へ? 何かおかしかったですか? もしかして20歳に見えません? こう見えて僕――」

 俺「いや、そうじゃなくて……名前は○○だと!?」

 青年「はい、そうですけど……」

 俺「嘘つけぇぇっ!!?」

 ※なぜ俺がそんなツッコミをしているかと言うと、それが『誰もが知っている国民的スターと同姓同名』だったからだ。となれば俺は、こうツッコミ続けることを禁じ得ない――。

 俺「偽名だろ絶対!! くならもっとマシな名前にしろ!! お前はデスノートのエルかっ!!?」

 すると申し訳なさそうに俯いた彼が、どこか”煩わしさ”を漂わせつつ、こう答える。「ほ、本名ですよ、れっきとした……まぁ、初対面の人には必ず、そんな反応されますけど……僕だって困ってるんです。何も好き好んでこんな名前に生まれたわけじゃ……」そこでミスディレクションするかのごとく、彼が質問を返してくる。「それよりも……『ですのーとのえる』って?」


 俺「いや、すまん! 知らないならいいわ。それよか、マジで本名が○○なの? 何か、証拠になるような物ある? 身分証明書とか」

 青年「いえ、今は特には……家に帰れば『健康保険証』と『住民票』がありますが……」

 俺「マイナンバーカードは?」

 青年「作ってないです」

 俺「なら学生証は? 君、今20歳ってことは大学生とかじゃないの?」

 青年「それなんですけど……僕、先日『短大を卒業した』ところなので、もう学生証は破棄しちゃったんです」

 俺「短大? どこの?」

 青年「すぐそこの、『名古屋文化短期大学』です」

 俺「あぁあの『元女子校の、オシャレな人たちが通うところ』か……どんなこと学んでたの?」

 青年「いちおう『服飾芸術コース』に通ってました。それこそ、『ファンションに興味があった』ので……。ですが、まぁ……案の定、そのコースにいた男子は僕だけでした」


 俺「それで名前が○○とか、かなり目立ったんじゃない? ”見てくれ”も、そんなだし……」

 改めて触れておくと、コイツはかなりの『美青年』だ……ホント、顔も童顔だし……もはや『美少年』と言っても、差し支えないほどに……(※それに髪色に関しても、さっきは適当に”茶髪”と形容してしまったが、よく見ると若干ピンクがかっていて、恐らく『ピンク・ブラウン』と言われる類のカラーである)。

 だが”なぜ”そんな奴が、俺のことを知っているのか……それこそが問題だ――。

 青年「いえいえ、僕なんか……あの学校には他にも『いろんなコース』があって、派手な人たちはいくらでもいますから……」

 俺「へぇ、そういうもんなのかねぇ?(陰キャの俺とは、住んでる世界が違いすぐる……)」

 「何なら見ますか? ちょっと待っててくださいねぇ……ほらっ、これっ――」そんな俺の劣等感を見抜いてか否か、青年がふとポケットからスマホを取り出して、そこに記録された『一枚の写真』を見せてくる。そこには何やら、『陽キャたちが楽し気に”パーティーピーポー”してる』様子が写されていた(俺がいかに動揺したのかは、今の”文法間違い”でお分かりいただけるだろう)。


 青年「見えますか? これは去年、2025年度の『学園祭』のときの映像なんですが、こっちに写ってるのが、僕と同じ『服飾コース』に通っていた『みっちゃん』で、こっちのスタイルのいい子が『テーマパークダンス・バレエコース』にいた『さゆりちゃん』。そしてこの、一緒にチュロス食べてる二人ですが、右の女の子が『声優・タレントコース』にいた『あいなちゃん』、左の男の子が『メイクアップ・コスメティックコース』にいた『ともくん』。どうです? みんな、めちゃくちゃ個性的でしょ?」

 俺「ほ、ほんまやな……(ぐはっ……リア充オーラが、眩しすぎるぜ……)」

 青年「そしてぇ、僕がこれ。何か、ともくんにメイクされちゃったんで、今とは印象違うかもですが、いちおう僕です。いやぁ恥ずかしいなぁ~」

 俺「さ、さいですか……(そ、それよりも……あれ女モノの服じゃね……? 女装が趣味なのか……? それとも、無理やり着させられたのか……)」

 青年「他の写真も見ますか? 何なら写真だけじゃなくって、さゆりちゃんがダンスしてる動画とかもありますけど?」

 俺「や、もういいわ。結構。お腹いっぱい(ったく”見せつけて”くれちゃってぇ……ありがとう。おかげで完璧に自尊心が傷ついたよ)」


 青年「それじゃあ、僕の素性に関しては信じてもらえましたか? 名前が○○ってことも」

 俺「うーん、名前に関して何とも……やっぱ身分証見ないことにはなぁ……とりあえず連絡先交換して、今日家帰ったら君さ、健康保険証か住民票、どっちかの写真送ってよ」

 青年「そうしたいのは山々ですけど、やっぱ身分証の写真送るのはちょっと……こっちにもプライバシーがありますので……あっ、それならこういうのはどうです? 今日帰ったら僕、『卒業証書の写真送ります』よ! ちゃんと真正面からと、厚みが分かるよう捲り上げた写真も。それなら、ひとまず信じてもらえるんじゃないですか?」

 俺「卒業証書かー。まぁないよりかはマシだけど、そんな写真、今時は『割と簡単に偽造できる』からなー」

 青年「もう! そんなこと言い出したら、他の証明書の写真にしたって、さっき見せたような日常の写真にしたって、何なら実物の証明書”そのもの”にしたって、全部”偽造できる”じゃないですか! 虚無さんはこう言うんですか!? 『本物の身分証を持ってきて、公的機関で使っているところを見せろ』って? 嫌ですよ僕そんなの! たかが名前のために(ぷんすかぷんぷんっ)」

 俺「あぁもう分かったわかった! ひとまず卒業証書で勘弁してやるわ! ただし写真じゃダメだ。ちゃんと”ブツ”として持ってこい。いいな?」

 青年(深く溜息を吐いてから)「はい……分かりました……」


 俺「なら、そろそろ本題に入ろうぜ。俺が一番知りたいのは、『君がなぜ、俺についてそんなに詳しくて、興味を持っていて、そんで最終的に何を目的としてるか』ってことだ。どうだ? 答えられるか?」

 青年「はい。ですがその前に、虚無さん……『僕のこと、まだ思い出せませんか』? 『実は僕たち、前にもお会いしたことある』んですけど……」

 意味深な態度でそう言われた俺は、仕方なく『過去の記憶』を呼び起こそうとするが、どう足掻いても自分が、こんな”色男いろおとこ”と接点を持っているシーンなど、思い当たらなかった……(こ、こちとら万年、日陰者よっ涙)。

 俺「いやー悪い。どちら様でしたっけ?」

 青年「ひっどーい! ”昨日の今日”で忘れちゃうんですかぁ? ほら、昨日一緒に、『心臓麻痺で倒れたおじいさん助けた』じゃないですかー!?」

 そう言われた瞬間、俺のなかでやっと『一つの記憶回路』が繋がった。椅子から弾かれたように立ち上がる俺。「お、おおお、お前! 昨日の奴かっ!!」

 青年「そうですよぉ~。もう、昨日のことも思い出せないなんてぇ~、そんなんじゃ『明日は、虚無さんが心臓麻痺で倒れちゃいます』よぉ?」

 俺「いやっ、いやいやいやいや! お前、昨日はそんな髪形じゃなかっただろ! 色だって……。それに服装の感じだって違うし……ま、まるで俺がボケてるみたいに言うな!」


 青年「まぁ、それはぁ……昨日は僕も、『尾行するために変装してました』しぃ? 申し訳ないとは思いますけどぉ……それにしたって、『声とか雰囲気とか』で分からないものですかねぇ?」

 俺「分かるかいっ! そんな注意して他人のこと見てないわ! それに変装までされたら……って変装? 尾行? どゆこと!?」

 青年「はい。だから僕、『虚無さんのこと尾行してた』んです。『あなたは僕のヒーロー』ですから」

 俺(激しく混乱しながら)「ちょちょちょっと待って……理解が追い付かん……順序立てて説明してくれ。まず、『俺がお前のヒーロー』ってのは? どうしてそうなった?」

 青年「僕、『スミレたんの大ファン』なんですよ……だから『この前の騒動』のときは、すごく残念で、苦しくて、悲しい思いをしました……」


 ※『スミレたん』っていうのは、この前話した『自殺したアイドル』のことだ。本名は『青木 純恋すみれ』。芸名は『清水しみず 純怜すみれ』。愛称は今こいつが言った『スミレたん』の他に、『すみれん』『すっみー』『すみすみ』があり、代表曲は『謙虚さと誠実さと、あどけなさと』『小さな幸せ見つけたよ』『純愛乙女(ハート)』など。ったく、これじゃ何のために情報をぼかしたのやら……終わった話を引っ張り出してきやがって、このリア充ドルオタめが……。


 俺は無言で俯きつつも、内心はかなり動揺していた。ここで虚像スミレの話が出てくるってことは、まさかっ――。

 青年「それで、あの期間は僕も、SNSとかを使って必死にスミレたんを応援してたんですけど、想像以上に『裏切られたと感じてる人たち』が多かったみたいで、彼女に対する酷い書き込みもたくさん目にしました……辛かったです……応援コメントはすぐに炎上しちゃうし……僕たち『純粋なファンたち』にとってあの日々は、本当に肩身が狭く、悪夢のようでした……」

 俺(あのときのことを思い出しながら)「……」

 青年「そんなとき、精力的にスミレたんへの応援メッセージを発信し続けている、『いくつかのSNSアカウント』を見つけたんです。ユーザーネーム『漆黒の配達人』さん、『ヴィーガン魔女』さん、『エコ=ドネ』さん、『シオラン二世』さん……。みんなスミレたんのファンみたいでしたが、不思議なことに、それまでは彼女のことなど一切投稿しておらず、また過去の投稿内容に関しても、バラバラでありつつも似たようなものばかりでした……似たような……『誰かを救済する』ような投稿……」

 俺「……」

 青年「普通の人が見れば、これら四つのアカウントに共通点は見られないでしょう……ですが偶然にも、僕だけはその共通点を知りえたんです……そう、『それら全てのユーザーネームが、あなたのアイデンティティを象徴』していることを……そうです。『僕はそのころにはすでに、”あなた自身”を知っていた』んですよ、虚無さん……」


 俺「……続けな」

 青年「僕はあなたを知っていました。『真っ黒いバイクで配達の仕事をしている』ことも、『完全菜食主義者である』ことも、『省エネと節約と寄付を日課にしている』ことも、『虚無主義的な思想を持っている』ことも! だって『シオラン』って、ルーマニアの思想家『エミールミハイ・シオラン』のことですよね? 最も純粋な虚無主義者の一人の……」

 俺「……かもな(くっ! ”エミール”にするべきだった……それなら他にも”たくさん”いるのに……)」

 「では、じゃあなぜ僕が、あなた自身を知っていたかと言うと……それはこれです――」青年が今度は、ポケットから小型の『USBメモリみたいな物』と、『青いリストバンドみたいな物』を取り出す。そして”その青い方”を見た瞬間俺は、心のなかでこう悪態をついた。『ファック……』なぜならそれが、『よく見知った物』だったからだ。

 青年「この黒い物が何かはさておき、青い物が何かはご存じですよね? 虚無さん……?」

 俺「クソ……お前……『虚費ウェイスティングの飼い主』か……?」そう、あの青い輪っかは、俺がよく餌付けしている近所の猫――『虚費』が着けていた『鈴のない首輪』に相違ないのだ。

 青年「いえ、僕はあの子の飼い主ではありません。ですが、あの子に『あの首輪――つまりはこの首輪ですが――を着けたのは僕』です。そう……本来あの子は『完全な野良猫』なんです。だからあなたと同じように僕も、たまに遊びにくるあの子を世話しています。そして僕の”住んでいるところ”とは、『向かいのアパートの103号室』です」


 全く話が見えなかったが、嫌な予感だけは沸々と感じていた。そう……あいつが飼い主でなかったとしても、首輪の持ち主ってことは、『良からぬこと』に違いないのだ――。

 青年「僕、猫がすごく好きなんです。だからあの子の世話も喜んでしてたんですけど、ある日こう思ったんです。『野良猫って、どんな一日を過ごしてるんだろう?』って……それで僕は、『あの子にICレコーダーを持たせる』ことにしました。この黒い機器が、そのICレコーダーです。こうやって首輪の中に仕込んで――」

 「――ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」全てを悟った瞬間、俺は勢いよく咽返っていた。あまりにも動揺したので、唾液を誤飲してしまったのだ。そ、そういうことかい……俺が唯一、心許して本音で話しかけていた相手――どこにでもいるただの猫――が、まさかまさかの『スパイ・キャット』だったわけかい……そうとは知らず俺は……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 俺「ず、ずっと盗聴してたってことか!? よくもそんなことを! 犯罪だろ!?」

 青年「すみません! でも初めはそんなつもりはなかったんです! 普通に猫が友達と会ったり、喧嘩したりしている音を楽しんでただけなんです! ただの趣味だったんです! でもある日、あなたの声が聞こえてきて……その独り言があまりにも面白くて、温かかったから……つい、聴き入っちゃったんです……いつしか僕は、あなたの声が聴きたくて、猫にICレコーダーを持たせるようになっていました……犯罪、と言えば確かに犯罪です……本当にすみません……」

 俺「だ、だからってなぁ……何も猫にマイク仕込むこたぁないだろ!? この令和の時代に『アコースティック・キティー』なんかするなよ……『泣きたい私は猫をかぶる』なんか、するなよ……」照れくささと恥ずかしさの両方があって、俺は項垂うなだれることしかできなかった。


 青年「えっと……アコースティック? 猫をかぶる? 何ですかそれ……?」

 俺「知らんならいい……このストーカーめ……」

 青年「面目しようもありません……ですがそのおかげで、『あなたがスミレたんを救おうとしてた救世主だった』ってことも、知ることができたんです! 昨日あなたが、その……虚費ウェイスティング? に話した言葉で、それが確信に変わりました! だから今日会いにきたんです! もう気持ちを抑えられなくなって!」

 俺「ちょちょちょっと待ってくれよぉ? その先を言う前に、最後にいくつか質問させてくれ。まず、そうだな……『お前ってゲイ』か?」

 青年「へっ? いや、違いますけど……? どうしてそんなこと聞くんです?」

 俺「い、いやぁ……何か、この流れで告白でもされんのかと思って……でもそうだよな――マジでデリカシーに欠ける質問だった。悪い……」

 青年「ゲイではないですけど……僕は『バイ』です! バイセクシャル!」

 俺「っ!?」

 青年「なんて、冗談ですよ虚無さぁ~ん、もう身構えすぎぃ~♪」

 俺「な、何だ、冗談か……」

 青年「何ですか虚無さん? 『ホモフォビア』ですかぁ? 今の時代、そんな考え方は古くてダサいですよぉ?」

 俺「いや、そういうわけじゃなくて……ただ、『俺はもう、誰とも恋愛しないって決めてる』から、つい警戒してしまって……不快な態度だったよな、すまん……」

 青年「……」


 当時の俺は知らなかったが、このとき辛そうな顔をしていたのは、俺だけではなかったらしい。その事実と訳を知ることになるのは、もうしばらく後の話だが――。


 俺「それで、次の質問なんだけど……『お前が盗聴してた期間ってどれくらい』だ? つまりは、その……”俺の”盗聴をしていた期間」

 青年「僕がここに越してきて、少し経ってからだと思うので……たぶん『2年弱』くらいかと」

 俺(泣きそうになりながら)「俺ってさ……そんなに独り言言ってた?」

 青年「えぇ! それはもう! 普通なら友達にすら話せないようなことを、ベラベラと!」

 俺(両手で顔を隠して、もはや泣きながら)「やっぱり言ってたんだ~(グスンッ)」

 青年「あっごめんなさい、今のも冗談ですジョウダン! 大抵はその日あったこととか、些細なことばかりでしたよ! でもたまに、あなたの思想や内面の深い部分について語っているときがあって、僕が”あなた自身”を知るのには、それで充分でした」

 俺「もういいわ、どうでも……それで? 君は何しに来たん?」

 青年「よくぞ聞いてくれました! 僕があなたに会いにきた訳! それはズバリ、『あなたの弟子になりたい』からです!」

 俺「……はっ?」

 青年「だからぁ! 『僕はあなたの弟子になって、あなたの善行ぎぜんのお手伝いがしたい』んですっ!! そのためにやってきました!」

 俺は少し放心してから、やがてこれまでの人生で最も素っ頓狂な声で、こう鳴くのだった。

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 第四話『虚偽フォルシティ Part 1』 完

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