Episode1 - 虚無(ニヒリティ)
ここは『意世解=エスカピス』。全ての物事が一人の人間――すなわち『主人構』のためだけに存在している世界だ。そしてその主人構とはぁ~……そうっ! もちろんこの俺っ! 選ばれし有者『ナロシス=エセッシティ』様だっ!!
俺は故郷の国『ディジェイヴ旺国(光の力を司る)』にて、王様に仕える『既士』として働いていて、日々、剣の腕を磨きながら”のほほんと”暮らしてたんだけど、あるとき隣国の『ジャミェイヴ汪国(水の力を司る)』が、『魔謳アフォリア』の軍勢によって蹂躙されているとの知らせが入ったことで、救援のために編成された部隊『既士団』を指揮し、ジャミェイヴへ向けて遠征することになったんだ。
あっ、魔謳アフォリアってーのは、この世解を支配せんとしている”悪ぃ奴”のことで、要は『俺の物語』における最大の”宿敵ポジション”たる存在なんだ。奴はすでに、遠くの国『アニャイミャ忹国(心の力を司る)』を滅ぼしてしまってるんだけど、当然それだけには飽き足らず、お次はジャミェイヴ汪国に目を付けたってーわけっ。
(アニャイミャがやられてる間、隣国の『ノンシュエンス枉国(大地の力を司る)』は傍観を決め込んでたんだぜ? 信じられっかぁ? 噂ではノンシュエンスの王は、すでにアフォリアの手に落ちてるとか何とか……ったく、ひでー話だよな!?)
とにかくこうなったからには、有者である俺様が参上するってのが道理なわけで、多少”メンドくさく”はあるものの、ちょっこら冒険の旅に行ってくるとするぜ! 出発は明朝10:00。皆の者、馬を引けぇーっ!(言い忘れていたが、既士団のメンバーは”俺一人だけ”だ。ったく、泣けるぜ……)
……あんっ? 『どうしてそんな面倒なことをするのか』って? そりゃあ簡単なことよっ! この世解では善行を行うと、『善行値=アヘテー』が貰えるからなっ! そんでその”アヘテー”ってのは――まぁ、金とか”ステータス”みたいなもんで――、たくさん溜めると『良いことが起こる』っちゅー代物なんだ。
――とは言え、起こるのは大抵、『それに見合ってるとは言えねぇレベルのこと』なんだけどな……だからこの世解の連中は、ほとんどアヘテーを重要視してねぇんだ。
じゃあ『なぜ俺がアヘテーを溜めようとしてるのか』ってーと、この世解に古くから伝わる”ある伝説”を信じてっからだ。その伝説ってーのは、『汝、その一生を終へし時……誰より多くのアヘテーを積みたらば、来世にて、《より善き世界》へと導かれん。』ってな文言のことで、要するに『死んだ時点でアヘテー値のトップランカーだったら、次はもっと良い世界に行けるよ』ってなこった。
その善き世界ってのを、俺たちは『信世解=ユードミア』って呼んでる。当然、本気で信じてんのは俺くらいの者だが、それならそうでむしろ都合がいい――ライバルが減って、こちとら大助かりよっ!(と言いつつも、いつ誰に追い越されるとも限らねぇ。よって俺は今生、ひさすら”アヘテー稼ぎ”に邁進するのみだ。待ってろよー、ユードミアー!)
……何なにぃ? 『これから一人で魔謳と戦わなければならないと言うのに、やけに余裕だなぁ』だってぇ? そりゃそうだろう~、俺様が勝つのは半ば『必然』だからなぁ~(なぜかってぇ? そりゃ~みんな『勧善懲悪』が好きだからさ~♪ 君も好きだろぉ~? つまりはそういうことさ~♪)。
それに俺には、頼もしい”相棒”も付いてるからな――紹介しよう! 俺の愛剣、『誓剣オナトゥス』だっ!!(ジャキーンッ☆) オナトゥスは長きの間、我が国の神殿に”封印”されていた――つっても、ただ祭壇に刺さってただけの――剣で、知られている限りでは、そいつを抜けた者は誰一人いなかったらしいが、当然”主人構”である俺は容易に引き抜くことができ、以来、俺の絶対的優位性となったってわけさ!
オナトゥスは俺の『思いの強さ』を、そのまま”剣としての力”に変えることができ、普通では切れないものが切れたり、そのゴツイ外見からは想像できないほど軽々と振れたり、そのうえあり得ないほどの耐久性まで備えてしている優れモノだ! そしてその”思い”とは、俺がこいつを引き抜くときに立てた、この『誓い』のことだ!
『ぜってぇー俺が、一番のアヘテー長者になって、来世では必ず、ユードミアへと辿り着いてみせる!』by ナロシス=エセッシティ
ってなわけで――とうとう今から、俺様の物語『英有伝説』が幕を開けるぜ! 道中、魅力的な仲間たちもわんさか登場すっと思うから、せいぜい最後まで追いかけて、俺たちの活躍を応援しててくれよなっ! さぁて、どんな大冒険が待っているか……俺様、ワクワクが止まらないぜっ!!
未知なる冒険へ向けて、刮目せよっ!!
――と、いう夢を見た……。な……なんて『メルヘン』な夢だ……いや、メルヘンというか、不条理というか……まぁいい、夢見は最悪だったが、少なくとも多少”睡眠”はとれたようだしな……さて、そろそろ起きるか……今何時だ――。
俺はベッドからヌッと腕を伸ばして、付近にあるスマホを手に取ると、その画面を親指でタップしては、ロック画面を起動する。眠気眼を微かに開いて、その暴力的なまでに輝いている画面を覗き込むと、そこには鬱陶しいまでの通知の数々と、現在時刻が表示されている。
現在時刻『10:00』
新規通知『32件』
確認するにはロックを解除してください。
俺はスマホをその辺に放って、再度目を閉じてから、いつものようにこう呟くのだった。
「ファック……」
*(その後、起床した俺は朝のルーティーンを”いろいろと”しましたとさ)
キッチンに入り、中型の冷蔵庫を開けた俺は、そこから『無調整豆乳』と『トマトジュース』を取り出し、続いて食器棚から皿とコップ、パントリーから『チョコ味のシリアル』を取り出してから、満を持して食卓へと着席する。
取り出した食器類に、それらの食料を”取り出して”いく俺は(そうさ。俺は何度だって取り出すぞ)、ふと目に留まった卓上のリモコンをしばらく見つめてから、やがて何事もなかったかのように目を逸らし、その横にあるスプーンを掴むのだった。
そう……いつもなら俺はここで、朝食を摂りながら録画した『ニュース番組』を流し見するのだが、今朝はどうにも”そういう気分”にはなれないので、珍しく内なる自分と対話でもしながら、この肉体の渇きを癒すとするよ――と言うわけでこの隙に、少し自己紹介でもしておこう。
初めに断っておくが、俺はあなたたちが”期待”するような『カッチョイイ主人公』では、全くない。特別な力なんてありはしないし、何なら容姿も知性も――その他、一般的に『価値がある』と思われてる種々の才能においても、全て普通――平均的な人間だ。
性別は――まぁ一人称や喋り方からも分かるとは思うが、『男』だ。同様に――話している言葉からも分かる通り、住んでる国は『日本』。今朝スマホを使ったことからも、ここが『現代』であることは明白だろう。
プライバシーに関わることなので、本名や具体的な年齢、住所は伏せさせていただくが、仮に名前を、『ここだけの仮名』として名乗るのであれば、そうだな……『虚無』とでも言っておこうか。うーん、まさに自分にピッタリの名前だ――何せ、俺の人生は”虚無”そのものだからな。
続いて年齢についてだが、これも『成人には達している』とだけ言っておこう。また、住んでいる場所は『割と都会』ではあるが、これも『東京ではない』ことはハッキリさせておこう(日本人は都会的な物語の舞台を、すぐ東京だと思いたがる節があるが、念のため言っておくと、東京以外にも人はいる)。
そして俺の職業はと言うと……まぁ、それは後々分かるだろう。
糖分を摂取したおかげか、多少頭が冴えてきたので、ここいらでもっと本質的な話――俺の持つ『哲学』についての話をしておこう。まず、初めに伝えておくべきことは、『俺はこの世界が大嫌いだ』ということだ。ホント、心の底から、寸分の揺らぎすらなく、『いつ滅んでくれても構わない』とさえ思うほどに、大嫌いである。
そう……俺は『カッチョイイ主人公』どころか、ほとんどの場合『主人公』とすら認められないほどの、卑劣な精神構造の持ち主なのである。もはやその辺にいる『悪党』の方が、いくらか『マシな神になる素質がある』に違いない……なぜなら少なくとも、彼らは『世界を必要だと思える』のだから……。
そして今、この話を聞いた『心優しい人たち』のなかには、きっとこう思った人たちもいよう。『この人はさぞ、辛い経験をしたのだろうな。だからこんなにも歪んでしまったのだな』と……。残念ながら、それはハズレだ。俺は、すこぶる”普通”な一般家庭に生まれ(両親は今でも健在)、それから”ごく普通~”な幼少期を過ごし、これまで”普通~に”良いこともあれば、”普通~に”嫌なこともあった人間だ。
――まぁ正直に言えば、昔『幼馴染の女の子が自殺する』という、かなり悲痛な経験はあったにはあったのだが、もはやそういうのも”ひっくるめて”、割と普通ではなかろうか?(ある程度大人になった現代人なら、誰だってそんな経験の一つや二つ、あるものだろう?)
次にあなたたちのうち誰かは、こう考えるのかもしれない。『それほどまでに世界が嫌いならば、さぞかし嫌な奴、悪い奴なんだろうな』と……。それは半分アタリで、半分ハズレだ。確かに俺は、厭世的かつ虚無主義的な人間だし、もっと言えば『完全なる反出生主義者』でもあるのだが(全ての生物は、生まれるべきでないと考えている)、決して故意に他人や動物を傷つけたりはしないし、平気で悪事を働くようなこともしない(信じられないかもしれないが、それこそ神に誓ったっていい)。
実際は、むしろその逆――可能な限り善を尽くすのが、俺の信条……俺の生き方だ。どういうことなのか説明しよう――。
俺は自分にこんな誓約を課している。
『もし、一般倫理的見地において、どちらが正しい行いなのかが明白な場合には、必ずそちらの行動を執ること』、と。
まだよく理解できないと思うので、ここで一例を挙げるとすると、とどのつまり俺は、『満員電車の座席に座っているとき、もし他に”座るべき人間”がいた場合には、必ず座席を譲る』ということだ(もっとも、実際にはよほど空いてたりする状況でない限り、そもそも座りもしないのだが……)。
そしてこれらが、俺が普段実践している倫理的行動の概要である。
①食生活は『完全菜食主義』を徹底
(※ただし、動物を苦しませず生成可能な、一部の『人工動物性たんぱく質』に関しては、摂取可能とする)
②使用する日用品類も、できるだけ『動物実験ゼロ方針』を掲げているメーカーの物を購入する
(※さすがに『これまで一度も動物実験を経てない成分のみ使用する』とまでは、制約はかけていない。それをすると、ほとんどの化粧品類はアウトになる)
③毎月しかるべき団体に、しかるべき金額の寄付を行う
具体的に俺は、国際人道支援団体に1000円、国内子供支援団体に500円、動物福祉団体に500円、環境保全団体に500円、人権保護団体に500円の、合計3000円の寄付を毎月行っている。寄付する団体についても、可能な限り『政治的中立性』、『宗教的中立性』、『活動透明性』が高い団体を厳選している。
④ゴミの分別、省エネに努め、3Rとサステナブル社会の実現を促進
分かるよ……『世界なんて滅びればいい』って思ってる奴が、どの面下げて『持続可能性』を語ってるんだってね……でも安心してほしい、俺は自分が『偽善者』だってことは、重々承知しているから。
⑤フェアトレード商品を優先購入
日本ではあまり見かけないが、健全な労働環境・賃金によって生産された農産物を原料として使用している商品には、『フェアトレード認証』がされているものがある。俺は『ハイカカオチョコレート』が好物なのだが、必ずその認証を受けた商品を購入している。
⑥生成AIは使用しない
現在は少しずつ改善されてもいるようだが、生成AIの開発には『コンテンツ・モデレーション』という工程が存在し、それは人間が各コンテンツに対して『これは有害』、『これは安全』、『これは差別的』、『これは暴力的』といったような『ラベル付け』を行っていく作業なのであるが、多くの場合この作業は、ケニア、フィリピン、インドなどの発展途上国の低所得者層が、低賃金で行っているである。
なかにはトラウマ級の有害コンテンツも存在し、労働者たちは時に、多大な精神的ダメージを受けることもある。よって現時点ではまだ、俺は生成AIの利用は非倫理的な行為だと認定している(また単純に、電力や水資源の消費による、環境負荷も無視できないからだ)。
そして最後に、俺が最も重要視している善行を紹介しよう。それは何と言っても、やはりこれである。
⑦そのとき自分が正しいと思ったことをする
俺は普段、テレビやネットで積極的に『ニュース』を観ており、時に『人一倍困っている人』を見つけては、自分にできる範囲のささやかな支援を行っている――と言っても、実際にできることは、何らかの応援メッセージを送ったり、商品を購入したり、嘘にならない範囲で高評価レビューを送ったりするくらいだが……。
そして俺は、そういった自分の『アドリブ的な善行』のことを、勝手に『救済』と呼んで、最重要視しているのだ。もちろん、個人的な感情からというよりは、半分使命として、作業的に行っているので、自己満足の偽善であることには他ならないのであるが、そのうち一件でも、本当に誰かの助けになっていればとの思いで、ただ闇雲にそうしているのである。
ではなぜ、俺がそんなことをしているのかと言うと、理由は単純で、俺は『神がクソ野郎だってことを、証明するためにそうしている』のである。と言うのも、古今東西、多くの宗教では、天国・地獄という概念を用いて、現世での善行・徳・業によって、次に進む世界が決定されるのだと謳っているが、それならそれが本当がどうか、自分の人生を使って試してみようと思ったのだ。
だって考えてもみてくれ。そもそも『良い行い』ってのは何なんだ? この世界で勝ち組イージーモードの人生を送っている(あるいは送っていた)連中は、前世でどれほどの徳を積んだと言うんだ? 地獄に落とされた魂が、悔い改めて来世では善人になると本気で言っているのか? どう考えても、そんなのはナンセンスだろう!
本当にそんな因果関係が成立しているのならば、一度地の底まで墜ちた魂は、どう足掻いても這い上がるのは不可能だろう! 不運に見舞われた人生で、やむなく行った悪行を裁かれて、次もどん底なのだとしたら、まさしく『あゝ無情』もいいとこだ! そんなシステムは壊れてしまえっ!
だから俺は、『善行が報われることはない』という証明を得るために、日々善行に走っているのである。そりゃ欲を言えば、人生が終わる瞬間に、美しい天使が迎えにきたりして、俺に『よく頑張りましたね。次はあなたの番ですよ』などと言ってくれるのであれば、それ以上に嬉しいことはないが、実際問題、そんなのは絵空事だと分かっているのだ。
この世はどこまでも不条理で、善も悪もなく、ただ無意味ではた迷惑な偶然によって存在しているにすぎず、神はただ傍観しているだけの無能、人間はどこまでも私利私欲にまみれ、愚鈍で醜く、浅ましく、次なる進化など望むべくもない。
さて、いささか話が長くなってしまったが、以上をもって俺の自己紹介は終了だ。食事が済んだので(食べたのはシリアル+マルチビタミンのサプリ+ドリンク)、早速『救済に取り掛かるぞ』と言いたいところだが、今日はとてもそんな気分にはなれないので、俺はひと足先に『仕事』に行くこととするよ――。
食卓を後にした俺は、それから歯を磨いて、適当な身支度を済ませた後に、スマホを取り出して(言ったろ? 俺は何度だって取り出すのさ)適当な操作を行っていく……。それが済むと俺は、玄関で肘当てと膝当て、そしてヘルメットを装着してから、お終いに『デリバリー・バッグ』を担ぎ上げ、スリッパをスニーカーに履き替えては、意気揚々と外の世界へと繰り出していくのだった――。
そう……俺の職業は『Uber Eatsの配達員』だ。まぁウーバーだけじゃなく、他のアプリも併用してはいるが、ともかく俺は『食料配達を行う個人事業主』というわけである。何? 意外? かもね……”具体的に何”とは言えなくとも、もっと”インドア”な感じだと思ってたろう?
それにしても、全く……完全菜食主義者である俺が、毎日まいにち”バーガー”や”シースー”や”メンラー”や”牛丼(業界用語風、思いつかん……どんぎゅー?)”を、せっせと運んでいるのだから、なかなかに皮肉だと思わないかい? 何? 思わない? 優しいね……。
そしてこれが、俺の”愛車”である『E-Bike(エレクトリック・バイク:電動自転車)』である。具体的にどの機種とは言わないが、全体がフレームから何から、全て黒のパーツで統一されていて、搭載されている電動モーターもアシスト性能の高いモデルである。俺は普段、仕事は夕方から夜にかけて行っているので、『夜の街に溶け込む漆黒のバイク』という意味で、こんな構成にしているんだ。
※もちろん、前照灯や反射板、尾灯、前後ブレーキ、警報ベルは完備しており、ちゃんと法律上の安全基準は満たしている。ちなみに俺は、こいつのことを『バットポッド』と呼んでいる(許してくれ、バットマンが好きなんだ……)。
俺の名前は『虚無(二ヒリティ)』……。これはちっぽけな存在である俺が、ただひたすらに報われない善行を繰り返すだけの、儚くとも短い物語だ。
『虚無的な俺は、今日も善行する』
第一話 完




