Episode2 - 虚像(マニュファクチャード・イメージ)
やぁ、また会ったね。この世で最も虚しい生き物、虚無だ。あれから少し気分が回復していて、また『ニュース』を観ようと思えるようになってきたから、今日は朝から――と言うか、昼からか――目ぼしいテレビ番組やウェブ・サイトをチェックしていたんだ。
しかしまぁ、案の定と言うべきか、『クソみたいなニュース』が多いこと多いこと……相変わらず政治は汚職にまみれているし、世界情勢は不安定、未然に防げたはずの事故で人が死に、防ぎようのないほど凄惨な事件で人が死ぬ。
毎年のように更新する異常気象記録に、開き続ける貧富の格差。悪事を働いても罪に問われない権力者たちに、悪事を働かずとも実刑判決を受ける弱者たち。世界経済はうわべを取り繕っただけの、ただの『くだらないマネー・ゲーム』だし、国は架空の誰かから金を借りて、いつまでも破綻を先送りにしているだけ。
だが最も救いようがないニュースは、芸能・スポーツ関連のニュースだ。やれ『誰ダレさんが活躍した』だとか、やれ『誰ダレさんと誰ダレさんが交際している』だとか、本当にくだらない……。下手に不安や危機感を煽ってくる先のようなニュースなんかよりも、そういう『感動の押し売り』をしてくるニュースの方が、何倍もたちが悪い。
特定の才能に恵まれた人間を持ち上げて、さも『この世界は素晴らしい』かのように見せているが、そんな”素晴らしさ”など全てまやかし、嘘っぱちだ。それら『偽りの希望』の影には、えも言われぬほどの『真の絶望』があり、それを知っている人間だけが、早々に命を絶っていくのである……。
推し活に忙しい愚民たちは、揃いもそろってこう口にする。『あの人の活躍に、夢を貰いました』、と……。本当にそうなのだとしたら、いよいよもって彼らは終わっている。『夢』って何だ? 自分も努力すればその”推し”とやらみたいになれると、本気で思っているのか?
いいや違う。彼らはこう言い換えるべきだ。『自分の人生は取るに足らないゴミなので、私は自分自身と向き合うのが苦痛だ。だから彼らを応援することで、自分にも価値がある……やるべきことがあると思いたいのです。たとえそれが、現実逃避であろうとも』
ただ『見て』、『応援』することしかできない奴らが、軽々しく『夢』なんて言葉を口にするべきではない。彼らは大抵、すでに夢破れた連中か、そもそも何もしてこなかった連中か、はたまたそういう連中の身内たちなのだ。皆、他者を通してでしか世界を見られない哀れな人たちで、ビッグ・ビジネスに踊らされているだけの、ただの道化である。
コタツでゴロゴロと寝そべり――あるいは酒場で酒に溺れ――ながら、テレビの向こう側で必死に”プレイ”している誰かを見つめては、『ほら頑張れ』とか『何してんねん下手くそ』とか『引っ込め、つまんねーぞ』とか『よくやった。あんたは偉いぞ』とか言っている連中は、一度自分の後ろ姿をよく見てみるといい。きっとその”優れた審美眼”ならば、一発で気づけるはずだ。己の矮小さに……。
とりわけ、『国際試合』や『国別対抗戦』のときのスポーツ・ファンが、それである。人はなぜ、当たり前のように自国のチーム――あるいは選手――を応援するのだろうか? そのチームあるいは選手たちの勝利は、彼ら自身の勝利なのであって、その国の勝利――ましてや応援団の勝利――というわけでは、断じてない。
にもかかわらず、彼らは決まって勝利に酔いしれるのだ……恐らくは、そういった感情を実生活で引き出す術を持たないので、『疑似体験でもいい』と割り切っているのであろう。それは言うなれば、『勝利という名の麻薬を、集団乱用』しているようなもので、その業界・産業は言わば、『脱法ドラッグのディーラー』みたいなものだ。
そして忘れてはならないのが、勝者もいれば敗者もいるということだ。勝者は何かを得て、敗者は何かを失う……それは自然の摂理のように思えるかもしれないが、つまりは人間はまだ『野生動物』の域を出ていない、ということである。競争の末生じる変化は、全体では常に±0であり、この場合、動いているのは一時的な感情と、”元締め”へと向かうマネーだけだ。
いずれにせよ、天賦の才能に恵まれた者たちを『価値がある』として祭り上げるのであれば、同時に逆の立場の者たちを『無価値』と貶めているにすぎず、ゆえに差別はなくならず、やれ『基本的人権の尊重』だ、『法の下の平等』だなどと”のたまって”みても、実社会の上では全くもって平等ではないのだ。
そう、いつだってこの世は、『強者が生き、弱者が死ぬ世界』なのだ……。
――と。このままズルズルと一人語りを続けてしまいそうなので、ここいらで本題に入ろうか。先ほどニュースを流し見していて、一つ気になる記事を見つけたので紹介しよう。それはこのような見出しの記事である。
『【続報】あの話題のアイドルが、所属事務所を相手取って徹底抗戦の構え!「私は全てのアイドルたちのために戦います」今改めて問われる、”疑似恋愛ビジネス”における”恋愛禁止ルール”の正当性』
と言うのも今、とある女性アイドルの『恋愛スキャンダル』と、そこから端を発した一連の報道とが、世間を騒がせているのである。
事の発端は一ヵ月半前、とある週刊誌に一件の『暴露記事』が掲載されたときまで遡る。その記事と言うのは、そのアイドルと『とある人気イケメン俳優』との熱愛疑惑を報じたものであり、そこには『二人のツーショット写真(親密そうに深夜の歓楽街を歩いている様子)』とともに、彼らの交際をほのめかす文章が書かれていた。
記事によると彼らは、『仕事上の接点がないにもかかわらず、午後11時過ぎに突如として歓楽街に姿を現し(互いに変装してはいる)、人通りが疎らになり始めた路地裏を仲睦まじげに――時折スキンシップを交えながら――歩いていき、やがて会員制のバーに入り、そこで二時間ほど滞在した後、何事もなかったかのように解散した』ようだ。
出版社側が両者の所属事務所にコメントを求めたところ、どちらも『真偽のほどが定かでないうちは、発言を控えさせていただきます』と回答したらしい。ここまでは一見して、『よくある芸能ニュース』に思えるが、これが後に大騒動へと発展する。
まず何がマズかったかと言うと、そのアイドル――仮に、そうだな……ここでは『虚像(マニュファクチャード・イメージ)』と呼ぼう――は、所属事務所側と『在籍中恋愛禁止契約』を結んでおり、今回のことは――たとえ事実関係がどうであれ――この契約に抵触する恐れがあると取り沙汰されたのだ。
第二に、その相手男性があろうことか、妻子持ちの『既婚者』だったことである。これにより、売れっ子清純派アイドルだった彼女のイメージはガタ落ちし、彼女は連日連夜、自身のファンからは『裏切り者』とバッシングされ、同時に俳優側のファンからも、『彼を陥れた悪女』として非難されることとなる。
これを受け彼女は、すぐさま事務所を通して次のような事情説明を行った。
『彼とは中学三年まで、同じ地元の学校に通う同級生でした。彼が家庭の事情でひと足先に上京してからも、私たちは仲の良い友人として、時折連絡を取っていました。この度彼から『相談事をしたいから、直接会って話せないか?』との提案を受け、私は『奥さんが許してくれるのであれば』との条件を提示し、後に彼から『許しを得た』との返事を頂けたことで、彼と会う運びとなりました。
当日は久しぶりの再会ということもあって、私たちは会って早々、いろいろと話が弾み、最終的にバーでは楽しくお酒を飲みながら、昔話に花を咲かせることができました。中学時代から今現在に至るまで、私たちが直接会ったのはその一度切りであり、私たちは決して、皆さんが想像しているような関係ではございません』
これにより、事態は沈静化するかに思われた……がしかし、そんな期待は淡くも打ち砕かれることとなる。
先の発表がなされた数日後、SNSの匿名アカウント(入念なセキュリティ対策が施された、作成されて間もないアカウント)から、次のような投稿がなされ、後に拡散→波紋を呼ぶこととなる。
『私、○○(△△)(虚像の芸名+本名)と◇◇(俳優の芸名兼本名)の同中だったんだけどさ。実は当時、二人は付き合ってたんだよね……。美男美女カップルだったし、ウチの学校では割と有名で……。それにここだけの話、二人とも不良グループとつるんでて、結構派手に遊びまわってたよ。ホント、清純派が聞いてあきれるわ……』
そこに添付されていたのは、薄っすらモザイクの掛かった『二人の卒アル写真』と、『中学時代の彼女の”意外なほど奔放な姿”(友達か誰かの家で仲間たちとシーシャを吸っている)を写した写真』だった。
これを皮切りに、SNSでの議論および虚像叩きに拍車が掛かり、やがて事態は収拾不可能な領域へと突入する。
そしてとうとう、とてもイメージ回復は無理だと悟ったのか――あるいは別の、何らかの決定的事実を掴んだのか――、彼女の事務所は『彼女との業務委託契約を解除する』との声明を出し、同時に『打ち止めとなった5件のCМと、9件のタイアップ企画、3件のレギュラー番組、1件の主演ドラマ、その他予定されていた数件のイベント諸々の違約金を含めて、裁判による数億円規模の賠償請求も辞さない』考えを示した。
これに対する彼女の意向を報じたのが、先ほど紹介した記事というわけである。そして、この一連の騒動に対する俺個人の意見としては、『彼女は必要以上に叩かれている』と言ったところである。仮に本当に、その相手俳優との間に何らかの恋愛感情――並びに性的関係(例えば、”直接”会わずしてできる”そういう行為”など)――があったにしても、それがいったい何だと言うのだ?
不倫・不貞行為なんてのは、世間一般的に見れば大して珍しいことでもなく(少なくとも、探偵さんが浮気調査で飯を食っていけるほどには)、ましてや『未成年の喫煙』となればなおさらだろう(俺は学生時代、そういう連中を腐るほど見たぞ?)。そう……彼女は『言うほど悪いことはしていない』のである。
彼女に唯一落ち度があったとすると、それは『特に清純なイメージを確立した、売れっ子アイドルだった』ということである。ただでさえ人気商売というのは、同業他社(他者)との熾烈な競争を余儀なくされ、前をひた走る者たちは常に、後ろの者たちから妬まれ、疎まれるリスクを抱えている。
俺だって本来、そういう『イージー・モードで人生ゲームをプレイしている人間(少し愛想笑いを振り撒くだけで大金を稼げるような輩)』は大嫌いだが、今回に関してはどうも、彼女側の立場への同情を禁じ得ない。よってここから”動く”こととする。そう……俺の七番目の善行、『そのとき正しいと思ったことをする』の発動だ。
さぁ、『救済』を始めよう――。
まず手始めに、SNSで彼女を擁護するコメントを投稿する(俺は救済のためだけに使用するSNSアカウントを複数持っている)。今回、特に彼女を叩いているのは、彼女の純潔を信じていた『元ファンたち』らしいので、まずは彼らの無念を宥めつつ、責任の矛先を逸らしていこうか。
[アカウント①での投稿]
今回の件でショック受けている人が多いのは当然だと思う。
それだけ○○(虚像の芸名)のこと本気で応援してきたってことだもんな。
でもだからこそ、答えが出ていないうちから勝手に諦めるのはよそう。
俺たちが一方的に彼女を信じ始めたんだから、せめて最後まで信じ続けなきゃ。
そしてもし、望まない結果が出たとしても、決してアンチになって人格否定するのはよそう。
そのときは静かに別の推しに乗り換えればいいんだよ。
[アカウント②での投稿]
完璧じゃないところも含めて人間だと思うし、
一度や二度の過ちで全部失うなんて間違ってる
それに僕にはまだ、
これまでの僕らの時間、全てが嘘だったとは思えない
#○○を救済せよ
[アカウント③での投稿]
私は○○を応援してる!
アイドルが恋愛できないなんて誰が決めたの?
そもそも前提が間違ってたんだよ(ガビーンって感じの絵文字)
古くから続く伝統に終止符を打つときだ(パンチする絵文字)
[アカウント④での投稿(アカウント③の投稿へのリプとして)]
完全に同意!
なぜか巷では◇◇(俳優の名前)を擁護する声が多いけどさ~
もし二人がデキてたんなら、むしろ彼の方がヤバくない?
奥さん(一般女性)今、どう思ってるんだろう?(探偵の絵文字)
ここまで投稿したところで、俺はスマホを置いてホッとひと息吐く。
「ふー……」
それにしても、アイドルという職業もなかなかに酷だな……不特定多数の人間から望まない恋愛感情をぶつけられ、少しでもそれに背いた言動をすれば、簡単に『裏切り者』のレッテルを貼られるのだから……。もう全て『ヴァーチャル』になってしまえば良いのではなかろうか……。そしたら文字通り、アイドルは『虚像(ヴァーチャル・イメージ)』となるわけか……。
するとスマホから「ピロンッ♪」という音が鳴って、早速それが、SNSアプリから『何らかの通知』を受け取ったことを知らせてくる。俺は画面の方にチラッと目を向けるが、すぐに内容を確認することはしなかった――ちょうど尿意を催していたので、先にトイレに行っておこうと思ったのだ。それじゃ、行ってきます――おっ、オシッコォォォォォ……。
――から帰ってきた俺は、早速スマホを手に取って、その送られてきた通知の内容を――って、え? 『トイレを流す音が聞こえなかったぞ』って? わっ、悪いかよっ!? 俺は節水のため、『小は三回に一回しか流さない』んだよっ! そ、そんな汚物を見るような目で見ないでくれ……ちゃんと手は洗っているし、俺は『一人暮らし』なんだからさ……(前回伝えなくて、すまん)。
さて、気を取り直して通知を確認しよう。どれどれ何が来たかなぁ? 今ログインしているのは『アカウント④』だから、大方あの投稿への『いいね』とか――。
通知を確認した俺は、しばらく絶句したまま(いつもそうか)”それら”の通知内容に戸惑っていた。どうやらトイレに行っていた短い間に、先ほどの投稿へのリプが複数寄せられていたらしい。おいおい……平日の昼間だぞ……さすがに反応が早すぎやしないか? 早速開いてみると、それらの返信はこんな内容だった。
[返信者Aからの”お便り”]
あんた何にも分かってないね?
◇◇夫妻の仲がずっとギクシャクしてんのはファンの間では常識
(去年ラジオで本人が、ほとんど家庭内別居だって告白した)
だからこれは◇◇の妻が、彼を嵌めようとして仕組んだ陰謀
じゃなきゃ彼女が、夫の深夜外出を許すはずがない
だから記者に現場の場所リークしたのだって、もしかしたら…
[返信者Bからのお便り]
どの道○○はギルティ(サムズダウン)
[返信者Cからのお便り]
知ったかぶり偽善、乙!
皆さん、素晴らしいお便りをありがとう。今後も皆様からの温かいお便りを、ドシドシお待ちしております――じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! た、ったく……有名人はアンチもすごいが、ファンもまたすごいな! 普段は『どこにでもいる誰か』ばかり救済している僕チン……こんな速攻批判を食らうことには慣れてなくて、もう心折れそうでしゅ……。
とりあえず、今の返信は一旦無視するとして、お次は『アカウント①』の方を見てみよう。正直、こっち方がもっとヤバそうだし、確認するのも気が引けるのだがぁ……ぁ……ぁ……ぁ……あぁぁぁぁぁぁありがとうございますぅぅぅぅぅぅ! 今、たくさんの『熱烈なお便り』をいただきましたけどねぇ……もぉ~うこんなん何ぼあってもいいですからねぇぇぇぇぇぇ!!(やっぱし来てた……)
[返信者Dからのお便り]
”信じさせる”のがアイドルの役目じゃねーの?
少なくとも俺は、彼氏いる奴のためなんかに1円も落としたくねぇし
だからそうできなくなった時点で、もう〇〇は終わりなんだわ
[返信者Eからのお便り]
事務所が寝返った時点で、その”答え”とやらは出てると思われ…
わざわざ言われずとも、自分はすでに推しを変えたよ
[返信者Fからのお便り]
軽く過去の投稿見たけどさ、お前○○のファンじゃないだろ?
部外者が何首突っ込もうとしての?
[返信者Gからのお便り]
過去の投稿見なかったら、完全に○○の裏垢かと思ったわ
まぁこの場合、違う方が怖いんすけど(汗を流した絵文字)
こ……こいつら……(ちょっと反省)。
その後、ハッシュタグを経由して『アカウント②』で出した方の投稿も確認すると、そちらにも1件リプが付いていた。
[返信者Hからのお便り]
真相はどうあれ、彼女が事務所に多大な損害を与えたのは事実
会社側の賠償請求は正当だし、これは一種の有名税なんだよ
うむ、ぐうの音も出んわ……それじゃあ、よぉぉぉぉぉぉしっ! もう世論を扇動しようとするのはやめよう! それよりも虚像本人に応援メッセを届けるべきだ! そうと決まれば早速、彼女の公式アカウントを探してっとぉ……ぉ……ぉ……ぉ……うわぁ……めっちゃ炎上してる……更新も途絶えて久しいみたいだし、こりゃここに何か書き込んでも、届く確率は低そうだぞぉ……。
くっ……やはり当初の予定通り、”野良の書き込み”で種を撒いて、彼女がエゴサしてくれるのを待つしか――。
いいやっ! こうなりゃとことんやってやる! たとえSNSが無理でも、まだやれることはあるはずなんだ! 例えば、そう――事務所に直接『ファン・レター』を出すなり、『ファン・クラブ』経由で応援メッセージを送るなり、それこそラジオ番組に『お便り』を出すなり!(たとえそれらが全て、事務所の検閲を経るにしても)
救済なんて所詮はダメ元! なら今はとにかく、やらない後悔より、やって大成功だろう――。
こうして俺の『虚像救済の日々』が始まった。まずやったのは、彼女の『公式ファン・クラブ』に加入することだった。その手のクラブに入るのは初めてだったので、初めその年会費を見たときは度肝を抜いた(彼女がいかに人気だったのか思い知ったよ)。
当時の俺『えっと、入会金が1000円でぇ、年会費がぁ……い、18000円っ!? 月額換算で1500円だと……俺が毎月”UNICEF”に寄付してる額よりも高いじゃないか……まぁしゃーない、必要経費か……(ごめんよ、ユニセフ……)』
それから重くないレベルの『ひと言応援メッセージ』をいくつか送って、同じような調子のファン・レター(検閲で落されないよう工夫した)も書いて、念のためラジオ番組へも数通、応援メールを出してみた。以下がその一例である。
『あなたの歌声が大好きです。いつも◎◎◎(彼女の代表曲の名前)聴いています』
『ずっと大好きです。また笑顔が見れる日を待っています』
『無理せず、あなたのペースで戻ってきてください』
それらと平行して、SNSでも彼女を擁護する意見を発信し続け、また同じ立場にいる人たちの意見の拡散にも努めた。そんな生活が始まって一週間も経つころには、すっかり俺の情も彼女へと移ってしまっていた。始めた当初は、これと言って特別な感情は持ち合わせていなかったが、今ではどこか『遠い親戚』を見るような……もしくは『忘れかけていた旧友』を見るような親近感を――いや、違うな……率直に言えば、これは……そう――『ある種の恋人』を見るような感情が芽生え始めていた。
なるほど、これが『アイドルに恋をする』という感情か……多分に『単純接触効果』が働いているとは言え、ようやく理解できたよ……。俺は紛れもなく今、彼女の『本物のファン』になりつつあって、彼女のことを調べたり楽曲を聴いたりして、せっせと『推し活』に励んでいるわけか……(どれもコメントの信憑性を上げるために始めたことだが、不思議なことに今では、一曲丸まる口ずさめるまでになっている!)。
しかしそんな一小市民が、アイドル沼に嵌まろうとしている現実とは裏腹に、虚像を取り巻く事態は、一向に良くなる兆しが見えなかった。
やがて俳優の妻の意向により、彼ら夫婦が『離婚調停』に入ったとの報道がなされたことで、いよいよもって『妻の陰謀説』が濃厚となる。妻のその強硬な姿勢が、何らかの『決定的な証拠の存在』を裏付けるものではないかと噂された。
間もなくして虚像の公式SNSアカウントから、明らかな『SOS信号』が発信されたことにより、事態は一気に緊迫ムードへと変わる。彼女が残した最後の投稿がこれだ。
『世間はアイドルなんかよりも、ずっと嘘つき』
俺はすぐさまその投稿に返信した。もうなりふり構っていられる余裕はなさそうだった。
『君が何をして、何をしなかったのかとか、そんなのはもう関係ない!』
『変わらず、君のことを応援している人たちがいる! ここに! 大勢いる!』
『だから馬鹿なことは考えずに、君はただそこにいてくれ!』
『今はまだ見えずとも、君の居場所はすぐに見つかる!』
『だから消えないで、信じていてくれ! 頼む!!』
……。
…。
後日、朝食の時間にテレビを点けた俺の目と耳に、よく知った女性の名前とその顔写真が飛び込んできた。画面の上には『訃報』の二文字が……。それを見た瞬間、俺は耳の後ろからスゥーっと血の気が引いていくのを感じた。そう……これは昔感じたことのある感覚だ。そしてできれば二度と、感じたくなかった感覚だ。
『訃報』の文字が揺れている……偽善的に、揺れている……。やがてその揺れが治まったときようやく、俺はそこで語られている言葉を聞けるようになった。それからは一言一句、決して聞き漏らすことなく聴き続けた。
どうやら彼女は、今朝方5時半ごろ、自宅の浴槽にて手首を切った状態で発見され、出動した救急隊により、その場で死亡が確認されたそうだ。発見したのは元マネージャーの女性で、昨晩は普通に連絡が取れていたようだが、個人的な胸騒ぎから今朝たまたま様子を見にいったところ、発見に至ったようである。
自宅のリビングにはA4用紙数枚の遺書が遺されており、目下こうなった経緯を警察が調査しているが、今のところ事件性は認められず(遺書の筆跡も彼女のものと一致)、今度のことは『彼女の自殺』と断定された、とのことだった。
全てを聴き終えた俺は、しばらく突っ立ったまま放心してから、やがて歪んだ笑みを浮かべてこう呟くのだった。
「ハハッ……そりゃ死にたくもなるよな、こんなクソみたいな世界っ――」
気づけば俺は、無意識に壁を殴って、目頭を熱くしていた。それはほんの僅かな時間であっても、確かに俺が、彼女への愛情を感じていた証拠だった。
間もなくして、また心を虚無にした俺は、虚ろな目でリモコンを手に取り、それをテレビの方へと向けては、こう弔いの言葉呟いて、電源ボタンを押すのだった。
「あばよ、○○……安らかに眠れ――」
第二話『虚像(マニュファクチャード・イメージ)』 完




