1−1 1人前の魔女
ーーーむかしむかし、
神さまと人間が今よりも互いに近い存在でいた頃の話。
ドォォォオオオン。
「…はぁ、はぁ、はぁっ。や、やった…。」
真夜中の事だった。激しい山の奥深くでけたたましい音が鳴り響いた。その山の奥深くでは、1人の少女がふらふらと立っていた。
小柄でまだ幼少の少女の髪はそれは真夜中でも近くで見ればよく目立つのではと思うほど真赤な赤毛の髪をしており、少女の整った可愛らしい容姿に似合っていた。
大きな瞳には藍色の瞳が輝き、可愛いらしい子供らしい容姿にシンプルな黒いワンピースと反する赤毛の髪がとても目立っていた。
少女の周囲には沢山の岩がゴロゴロと散乱しており、どれも少女の背丈を有に超えていた。
ふらふらとしながら立ち尽くし、全身足から手先まで震えている少女は、小さな両手に大きな野太い杖をぷるぷると持っていた。額に汗をかき、はげしく呼吸をしていて、見るから疲弊した状態だったが、その顔は歓喜に満ちていた。
少女は一度身体を縮こませ、そして一気に身体を伸び伸びさせる。
「やったぁぁあ!」と突然歓喜の声を出す。
そのまま後ろに倒れ込むと、バフンと音がなった。
辺りは雪で囲まれており、周囲の雪が少女の身体にまとわりつく。
真夜中のその夜は深々と雪が振っており、とても寒い夜だった。にも関わらず、暑さで疲弊していた少女にとっては身体に触れてくる雪の冷たさがとても心地良かった。
(冷たい…なんて気持ちの良い雪なんだろ。)
暫く寝転がっていたが、突然ガバリと起きて、急いで山を下っていく。
「せんせいに知らせよう!せんせーせんせー!」
エマは雪で歩きづらい山道のなか急いで師の下へと戻っていった。
昨日10歳になったばかりのエマは、以前から師匠から教わっていた遠隔魔法が晴れて成功したので、急いでその「証拠品」を見てもらおうと意気込んで下っていく。
すべらないように斜めに生える木に捕まりながら、急いで駆け下りた。
「ふふっ!見せたら喜ぶだろうなっ。」
エマの師匠は、ブレンという名の大魔女使いだった。
エマの夢は師匠大魔女ブレンのように、大魔女使いになって沢山の魔法を作ることだった。
今は師匠の弟子として、一緒に旅をし、晴れて魔女になるために、あと少し、あと少しと自分に言い聞かせながら必死に鍛錬している真最中。初めて教わった魔法は転換魔法。
なかなか出来なかっなので痺れをきらして今日は特訓することにしたのだった。成功してよかったと、エマは、満面の笑みで下る。
〚貴女のお師匠って魔女なの?。〛
「きゃぁッッ!。」
バサリと、急いで走るエマの目の前に突如烏が飛び込んできた。ガァガァ!と目の前で激しく鳴いているが、それと同時にエマの頭に直接人の言葉が流れてくる。
悪魔はよく鴉になって人の様子を見たり、エマのような半人前の魔法使いには消されないと思って突然話しかけてくるのだ。何回か邪魔をされたことがあるので、見習い魔女のエマでも烏に化けた悪魔だと直ぐわかった。
「ちょっとどいてっ!急いでるの!」
〚ねえ教えてよ。〛
エマは振り払おうと手を振るが、底辺の悪魔は簡単にヒョイと抜けまた鼻先にくる。まるでこっちの話を聞かない。それが悪魔というものだった。
「邪魔っ…じゃまよ……!私は師匠のところにいくの!」
〚あっはっは!本当にあの人魔女なの!?可笑しいわ。この先の洞窟で寝てる人が魔女なんて!。〛
エマの頭にケタケタと笑う声が頭に響き、その言い分にエマは怒鳴りに怒鳴った。
「うっさい!!このていきゅー悪魔!!」
〚私貴方達がここで泊まるとこ見たてたのよ。ウッフフフ。あなた気がおかしいんじゃない?だってあの人…。〛
「どいてーー!!!」
〚ちょっと手を押し付けないで!もう!〛
「ガァァァァ!」
今迄で、一番烏の鳴き声が大きかった。
エマはあまりの声の煩さに耳元を両手で覆い隠す。
〚あの人「男」じゃな〜い!!〛
「〜〜〜〜〜うぅうるさぁぁぁあい!!」
エマはポケットにしまっておいた師匠から貰った護身用の瓶を取りだしキュポ、と蓋を開けた。
そして瓶の中の液体をエマは悪魔めがけて勢いよく烏にかけていく。
ビシャァァと音を鳴らし、透明な液体は烏の全身に降りかかる。
烏の悪魔はガァガァ!と鳴きながら翼をバザバサ広げ周りに黒い羽が飛び散る。
〚きゃあァァァ!!これ聖水じゃない!いやぁァァァ!!〛
「師匠が男だからって馬鹿にして!!男だってねっ
!魔女になれるのよ!!こんの馬鹿たれ悪魔ぁあ!!」
ボン!と音を鳴らし勢いよく烏は小さな小人に翼が生えたような姿になった。
〚知らないわよそんなの!あぁ見張って損した!〛
「こらぁぁぁ!」
エマが杖を暗い山奥に向けようとした時には、もう何処にいるのか分からなくなった。悪魔は足早に山奥に姿を消した。
ぷんぷんと怒り、エマは急いで師匠のところへと赴いた。
「師匠は確かに男よ!だから何よ!」
真夜中の深夜。
エマは野宿先の洞窟ににもどると師匠はスヤスヤと眠っていた。体格のある男で、ブレンはシンプルな茶色いチュニックを身に纏い、黒いケープを頭に被ったまま眠っていた。
エマは眠る師匠の身体をユサユサと揺らす。
「せんせい!せんせい!おきてー…!」
「ん…。」
深い眠りについていたブレンは、エマのけたたましい声に若干嫌そうな顔をしながらおきた。
ピンクブラウンの前髪は右側だけ隠れるように長く、不揃いなショートヘアをしていた。細い目は黒い瞳が灯され、肌は白かった。ゆっくりと身体を起こそうと出す腕は細く、どこかヒョロヒョロとした見た目だったが、ガッシリとした男の体格だった。
「…どうしたエマ。」
まだ眠いブレンは瞳を閉じたままエマに理由を聞いた。
「せんせい!こっち来て!」
「あっ…。」
何も説明を受けないまま、ブレンは半分引きづられながら歩き出す。
強引に野宿先の洞窟から歩かされた。
旅のさなか、二人は豪雪地帯の山でテントを張っていたものだから、辺りは雪で覆われとても歩きづらかった。そして、とてつもなく、寒かった。
だが今のエマには関係なかった。
「寒い…。」
ブレンはいつも表情があまり変わらない人だった。
だが今の師匠はとても眠そうで余計にいつもより表情が固かった。
「弱音を履かないでください!さぁ足を動かして!いちに!いちに!!」
「横暴だ…。」
取り敢えず今の元気なエマには勝てないと思ったブレンは有通りにするしか出来なかった。
だがブレンは必死に歩くエマを見て、ふと手袋もケープも身に纏ってないことに気がつく。
「エマ、お前…。」
「さぁ着きました!」
目的の場所まで付イたようで、ブレンの言葉はそこで遮られた。
そこはエマが下ったときとと同じように、沢山の岩がゴロゴロとおいてあった。
それをみたブレンは足を止める。
「…お前がやったのか?」
周りの景色がよく見える見晴らしの良い場所だった。
遠くに見える向かいの山は岩山であるため、おそらく転換魔法が出来たことを知らせるために起こされたのだと知った。
「転換魔法。もう覚えたのか?」
「うん!」
エマは自分よりも大きな長い木の杖を、向かいの小さな遠い山に向けた。
グググ、と杖は震えるが、必死にリンは小さい両手で抑えた。
そして震えが止まると、
ポンポン!とエマの周りに沢山の岩が出てドゴォォオン!と音を鳴らして二人の周りに3個の大きな岩が落ちてきた。
「やったぁ!さっきより沢山!!」
こちらの山にはないものばかりで、どうやら遠くの、杖の先にある山から無事転換魔法で此方に転換出来たことがわかった。
「やった!やった!」
「…上出来だ。」
ブレンは無表情のままエマの小さな頭を撫でてよしよしと頭を撫でた。いつもこんな感じでちゃんと出来ると絶対に頭を撫でてくれる。
「教えてまだ1か月だ。完璧だ。」
師匠に頭を撫でられいわれたこと言われたことをちゃんと出来たこと。師匠が褒めてくれたことがエマは嬉しくて仕方がなかった。
「えへへ…。」
小さく声を出すと、ブレンはエマの前に座り込んだ。
エマはブレンを見ると、いつものように無表情だったが、急に座られて少し驚いた。
「…??。せんせ?」
「エマ。ケープはどうした?」
「…え?。」
「それに手袋は?」
暫く、沈黙した。
ヤバい。怒ってる。そりゃそうだ。山奥で1人で修行すれば怒るに決まってる。
早く覚えたくてケープと手袋はおいていった。
目をそらしているうちに、ブレンは黙って自分のケープを脱ぎ、エマに被せた。
「わっ…。」
黙って被せられたが、温かかった。
「だ、だって、早く覚えて立派な魔女に…。」
「立派な魔女は約束破って独りで修行するのか?」
気恥ずかしさで焦るエマにブレンはエマの両手を前にかざした。
「こんな真っ赤になるまでやってはいけない。」
エマの両手はしもやけで真っ赤になっていた。厳しい言い方だったがどこか優しい口調で諭すような言葉だった。
エマは言い返す言葉を失う。
「…ッ。」
「エマ、俺が言いたい事分かるか。」
エマはブレンに問われて考えた。勝手に修行をしたことを怒ってる?身なりをきちんとしないで出てったこと?
しばらくの沈黙が流れると、ブレンは右手をかざし、「セルヴィーレン」と唱えた。
すると、キュイイインとした音が鳴り響い他と同時に右手にブレンの腕よりも小さくそして細い杖が出てきた。
ブレンは杖をエマの両手にかざし、別の呪文を唱える。
「ワーム。」
その呪文の後、エマの両手が少しずつキラキラと輝いた。そしてゆっくりと赤い部分は元の肌に戻りつつあり、エマの腕を治療してくれるのがわかった。
そこでエマはハッとした。ブレンは自分の身体を心配させたから怒ってるのだと。
約束を破ったのもそうだが、それくらいならエマは常習犯だ。毎回よく怒られるが、「全く…。」といって笑いながらため息をつかれるくらいだ。
だが師匠は身体を大切にするようにと口酸っぱく言われている。今回はその師匠の優しさをエマは無下にしてしまったのだ。
エマはショボンと頭を下げた。先程までの元気な気持ちは何処かへ言ってしまった。
あんなにも冷たくて気持ちいと思っていた雪も冷たく感じる。
霜焼けの両手がほぼ感知したことがわかると、ブレンは直ぐに杖を横に振る。先程まであった杖は消えてなくなった。
ブレンは自分の手袋を出すと、綺麗に治ったエマの両手にはめた。自分よりもずっと大きい手袋はぶかぶかだったが、とても暖かった。
「今から俺の言うことを良く聞くんだエマ。」
エマはブレンに怒られた事はあるが、怒鳴られたり撲られたことは一度もない。エマはブレンは優しい人だと思っていた。ブレンを怖いと思ったことはないけれど、そんな優しいひとだからこそ、ブレンの「お説教」は身に沁みた。
怖くはなかってたが、今のブレンを真正面から見ることは出来なかったので、下を向いて頷いた。
「昨日10歳になったからって、お前はまだ子供の身体だ。子供はまだ色んな場所がちゃんと発達してない。未発達で不安定な状態なんだ。分かるか?」
優しい言葉だったが今のエマの心には深く刺さり、
小さく声を出した。
「…うん。」
「未発達な身体ではそう何度も力を使えない。無理に使えば身体は簡単に壊れて、いざ大人になった時には魔法を使えないかもしれない。それどころか。魔女にもなれないかもしれない。」
「…うん。」
「もう、勝手に内緒で修行しないって約束できるか?」
コクン。
「よし。」
そういい、ブレンはまた頭をよしよしと撫でてくれた。
ズビっと鼻水を啜ってしまったのが聞こえてしまっただろうか。
「何往復もして疲れただろう。歩けるか?」
「…。」
「手以外は怪我してないか?」
「…。」
ブレンはそういうが、エマは答えなかった。ブレンはフッと優しく微笑むと、ブレンはエマに渡したフードをしっかりと顔が見えなくなるまで被せた。
寒さを凌ぐようにという事より、多分気づかれてしまった。今にも泣き出したくても気づかれないようにしたいエマの心情を、ブレンは黙って気づいてないふりをした。
それに気づいているエマは、師からの優しさに余計に涙が堪えられなくなりそうだったが、一瞬筆でゴシゴシとしてからは黙ってブレンの手に繋がれて、寝床先まで戻った。
ヒュオオオオと、風が出てきた。
先程よりも風が強く、雪は一層強く降ってきた。
師匠と手をつなぎながら暫く歩いてきたが、寒さはケープで凌げたが、疲労による眠気が急激にエマを襲った。必死に睡魔と戦うエマだったが、コクン、とついに頭をグラグラとしてしまう。
気がついたブランは「エマ」と声を掛ける。だが本人は半分眠っており気が付かなかった。ブレンはエマをヒョイと抱え、おんぶした。
そのまま歩き出し、洞窟までおぶって雪道を歩く。前よりも重いな。と、ブレンは感じた。
「大きくなったな、エマ。」
「…せんせ…。」
「起きてたのか?」
「…ね、せんせ…怒ってる?」
背負われたことに気がついたエマは、半分眠りながらもブレンに質問した。
ブレンはエマの問いに微笑んだ。
「怒ってない。」
ブレンがそういうと、「そう…良かった…。」と安堵した。
壮行してるうちに、野宿先の洞窟にきた。
ブレンはエマの毛布の上にゆっくりとエマを乗せ、包ませる。
ふう、と軽く深呼吸すると、ブレンは右手を振りかざした。
「ゼルヴィーレン。」
呪文を唱えると、キュイイインと音が鳴り響くと共に、ブレンの右手に先程と同じブレンの腕の半分ほどの細い棒が出てきた。
続けてブレンは「トロイムグート」と唱える。
するとエマの身体がキラキラと光った。
安眠を促す魔法だった。
すう、と吐息がする。魔法が効いて、エマはよく眠ったことがわかった。
エマはもぞもぞと動き出し,ううう、と声を出している。
「…私も…。」
「?」
「私も…早く私も師匠と同じ魔女になりたくて…。」
そう呟くと、またすううと吐息を立てて眠った。
クスリとブレンは笑い、手をだして優しくおでこを撫でた。
「そう焦るなよ…。」
まだ10歳で、転換魔法なんて覚えれば上出来だった。ブレンはエマの前髪に触れた。ブレンの表情が少し曇った。
(そう…上出来すぎる。)
エマは呪文もなしに杖一つで転換魔法を習得した。
杖は自分そのもの。エマは本当に自分1人の魔力で転換魔法を使ってしまったのだ。
エマの問題は他にあった。
だがそれを知るのはゆっくりでいいだろう。
ブレンは気持ちよさそうに寝るエマを見て、ひとまず安堵した。