90 奇跡
館の前で、馬の嘶きが響く。
足早に多くの兵士達が行き来し、あちこちで怒声が飛び交う。
お世辞にも広くない館の庭には、馬と兵士達がひしめきあっている。
指揮官らしき男が、叫ぶ。
「軽装騎兵50騎。準備終了しました。
いつでも出陣のご命令を!」
ヌリ男爵は、50騎の騎兵達を見つめ満足気に頷いた。
辺境の地方領主である、ヌリ・シャルヒン男爵。
古くからある名門ではあるが、名ばかりの名門で、彼の持っている領地は寂れた山々ばかりであまり作物を得ることのできぬ土地である。
山には多くの雪がつもり、非常に厳しい冬をこせずに亡くなる領民も、毎年のように発生する。
一部で温泉が湧いているものの、大都市からは距離が遠く、あまり人を呼び込むこともできていない。
王国内での政治的影響力は、殆ど持っておらず、その名を知る者も少ない。
だが、昔はもっと辺鄙な場所で、僅かな土地しか領地を持たない、極貧といっても良いほどの貧乏貴族だった。
前世代に起こった内戦時に、先代の領主が活躍し、その褒賞として、温泉の湧く今の土地へと移り住んだと言う経緯がある。
そんなヌリ男爵が持つ、なけなしの騎兵をすべて集結させたのが、目の前にいる50名だ。
農民を徴兵することも可能な槍兵と違い、普段から訓練が必要な騎兵は全員が職業軍人である。
その騎兵を50名も常備しているのは、貧乏田舎地方領主である男爵にとっては、かなり贅沢である。
やはり装備にまで資金が回らないせいだろう。その装備はかなり質素だ。
馬も王都に多いスラリと細い競走馬に近い種類ではなく、体が太く野暮ったい農耕馬に近い種類の馬だ。見た目は、とても洗練されているとは、言いがたい。
だが、兵士達の表情は、引き締まっていて、士気は非常に高い。
辺境であるが故に、普段から盗賊や魔物相手に実戦を繰り返しており、平和な王都周辺の豪華な装備を纏う騎兵などより、よっぽど役に立つ兵士達であった。
ヌリ男爵は、指揮官に質問を投げかける。
「目標の位置は把握しているのだな」
「はいっ! 温泉のあるツーサークの村で、目標の存在が確認されております。
そこから先は渓谷の一本道しかありません。
今から全力で追えば、目標がその道を抜ける前に、追いつけるものと思われます」
「ふむ、よろしい」
ヌリ男爵は、また満足下に頷く。
彼らの目標。
それはもちろん、ベルガ姫の一団だ。
本来ならば、姫様達の一団は、発見することすら難しい。
更に、たとえ発見してすぐさま軍隊を送り込んでも、追いつけない状況も多々あるだろう。
まさに、千載一遇の好機だな。
しかも、二重の意味で。
ヌリ男爵は、心の中で、決意を新たにする。
彼のような地方領主は、普段、王都に出向いても田舎者として蔑まされるだけで、活躍の場などない。
大きく領土を増やすような機会は、平時においては、皆無に等しい。
だが、今、王国は皇帝国軍の侵略によって、大きく揺れている。
動乱の中にこそ、彼のような地方領主が大きな活躍できるチャンスがあるのだ。
実際、彼の父は、内戦での活躍をきっかけに、より豊かな領土を獲得している。
ヌリ男爵は、この動乱の中でなんとか活躍して、自分の名をあげ、より豊かな領土を、より高い名誉を手に入れようと野心に燃えていた。
そんな彼の所へ、"売国奴"ウノール公爵からの内密の連絡をやってきたのだ。
正直、連絡を受けた時は、心が揺れていた。
王国への忠誠心を貫いて戦い、活躍すべきか。
それとも、皇帝国軍へと早めに鞍替えし、新しい支配者の下で戦い、活躍するべきか。
彼には、判断がつかずにいた。
だが、ウノール公爵から連絡を受けたその日に、偶然にも、自分の領土内でベルガ姫達の居所が判明したのだ。
これも、神の思し召しか。
これほどの、千載一遇の好機。逃す手は、あろうはずも無い。
ヌリ男爵は、改めて決意を固くする。
目の前にいる、騎兵50騎に向かって叫んだ。
「皆の者、良く聞け!
これより我らは、憎っくき逆賊クルスティアルの娘 ベルガ・ルールスリア・フォン・アルフォニアを捕らえに向かう。
これは、王都の役立たずな軟弱騎士共に、我ら地方騎士の本当の強さを思い知らせる良い機会でもある」
もちろん、ヌリ男爵の叫んだ内容は嘘ではないが、真実を語ってはいない。
今この場で、王国を裏切る事や、皇帝国軍の手先になることを言うのは、士気を下げるだけである。
とりあえず都合の説明だけを言い、叱咤激励する。
さらに、部下達が普段からもつ、王都の騎士への不満と対抗意識をも、刺激する。
「活躍した者には、それに見合った褒賞も与えるぞ!
各自、獅子奮迅の働きをみせよ!」
おおおおおおおおおお!
部下達は雄叫びを挙げて答える。
彼の意図は上手くいき、騎兵達の士気は高い。
「騎乗!」「騎乗!」
ヌリ男爵の命令を指揮官が復唱し、その命令に従い、すべての兵が、乗馬する。
「ではゆくぞ。出撃!!」
50騎の騎兵が、ベルガ姫を捕らえるべく、夜の街道へと走り出した。
――――――
「きゃぁああああぁぁああ! まずいぃ!」
急にマルティナが、絶叫した。
「どうしたんですの?」
エレーナがちょっと呆れて『どうせ大した事じゃないんでしょ』とか思いながら、問いただす。
だが、いつものマルティナと様子が違う。
顔を真っ青にしながら叫ぶように言った。
「探知魔法の範囲の外から、急に騎兵の集団が飛び込んできたあ!
後方から全速力で、此方に向かってきてるう!」
なに?!!
全員の顔つきが、急激に変化する。
今、ベルガ姫の一団が歩いているのは、渓谷の一本道だ。
馬二頭が並んだら道幅一杯になるほどの細い道。
右は登ることのできない程の急な崖で、左は目も眩むほどの断崖絶壁だ。
覗き込むと、ずっと下のほうに川が見える。
だが川は細く浅く、岩がゴロゴロと顔を出している。飛び込んでも、助かるような高さでもない。
ノレルが暗い道の後方に、視線を送り、耳も澄ます。
彼女が視線を送る後方には、今まで歩いてきた一本道がウネウネと続いている。
逆に、一団の進む先の方向にも、細い道一本道が、まだまだ延々と続いている。
どこにも、逃げ場は無い。
暗い後方の道に目をやっていたノレルが低く呟いた。
「確かに騎兵が、こちらに向かって来る」
その騎兵達が自分たちとは無関係で、別の用事で此処を走り抜けるだけ、と言う可能性もある。
だが、もちろん、そんな楽観的で馬鹿な考えをする者は、この場には居ない。
すでに日は沈んで、夜となっている。
宿を逃げるようにして変な時間に出てしまった関係で、道中で日が沈んでしまったのだ。
この渓谷の一本道で襲われたら危険だと判断し、一刻でも早く通り抜けるために、夜になっても寝ずに歩き続けている最中だった。
だが、敵もこの好機を見逃してはくれなかったようだ。
「どうしよう?! どうしよう?! ねえ、どうすればいい? どうするの?!」
マルティナが、ヒステリックな金切り声を上げる。
「少し落ち着きなさい、それより敵の数を教えなさい」
エレーナの冷静な問いに、マルティナはまたヒステリックな声で叫ぶ
「数は50ぐらいいる。騎兵が50騎よ! 戦っても勝てるわけ無いわ! どうするの?!」
「勝つか負けるかは、この際、関係無いわ。
それに、どうするも、こうするもないわよ、私達がやる事なんて、決まってるでしょ……」
エレーナは、この絶望的な状況で不敵にも笑ってみせた。
「姫様を守る為に戦う、それ以外ありませんわ」
地鳴りが、響く。
50頭の馬が地面を蹴る蹄の音が、地鳴りとなって足元に響いてくる。
暗い山道の先に、その姿が見えてきた。
軽装騎兵、50騎
道幅は狭く表面は石がむき出しでデコボコの山道に、綺麗に二列縦隊を組んで、全力で駆けてくる。
山道に慣れていて、そのうえ、よく訓練されているのが、その動きから見て取れる。
騎馬達が駆けて来る、そのままの勢い突撃する"騎馬突撃"。
もし、その騎馬突撃を、正面からまともに喰らったら、少人数のベルガ姫の一団は、最初の一撃で全滅しかねない。
「体のでかい私と、ミシャで、騎馬の突撃を止める。後を頼むぞ、眼鏡と問題児コンビ」
そう言って、アマンダが、騎馬が迫り来る後方へと進み出ていく。
その横にミシャも並び、無言で一緒に進み出て行く。
「姫様、ご無事で」
アマンダに、別れの言葉を投げかけられたベルガ姫は、二人が何を行おうとしているか解らない。
だが、二人の決意だけは解る。
それでも、どうすればいいか、止めるべきなのか、何かを言うべきなのか、彼女には解らない。
そんなベルガ姫に、近くにいたエレーネが耳元で小さく呟いた。
「二人に、姫として、最後のお言葉を差し上げてください」
その言い回し、慣用句の意味を、姫としての教育を受けたベルガ姫も理解していた。
彼女は、短い間であるが、仲間として旅したアマンダとミシャの二人に、かけたい言葉は百も二百もある。
それでも、総ての言葉を飲み込んで、ベルガ姫は一言だけ感謝を添えて"いつもの言葉"を述べた。
「今まで有難うございました。
我が旅の仲間に"アルドニュス"の神のご加護があらんことを」
姫様の言葉に、アマンダが一度だけ振り向いて 笑いながら言った。
「短い間だったが、最後にベルガと旅できて愉しかったぜ」
ミシャも振り向いて、最後に喋った。
「ご無事で、我が仲間よ」
アマンダとミシャが、皆から少し離れた所で、道を塞ぐように立つ。
50騎の軽装騎兵が、二列縦隊を維持したまま猛然と迫ってくる。
そのままでは、吹き飛ばされるだけだろう。
道を塞ぐように立つ、二人の女騎士。
"河馬乗り"アマンダ・ヌーメス
"生真面目"ミシャ・テイト
彼女達ふたりは、騎馬が目の前にせまった、その瞬間。
馬の足元へと身を投げた。
単に飛び込んだだけでは、そのままでは踏みつけれて終わってしまう。
馬の前足の膝めがけて、わざと体を絡み付けるようにして、その身を投げ出す。
もちろん、そんな事をした二人は、助からない。
馬の足に巻き込まれ、全身が砕かれる。
そして、先頭を走る二頭の騎馬は、二人の体を足に巻き込んだがゆえに、転倒してしまう。
さらに先頭を走る二頭の突然の転倒に、後ろの馬達も止まることが出来ず、狭い山道ゆえによけることもできずに、そのまま数頭が突っ込んでいき、巻き込まれて転倒してしまう。
悲鳴と怒号と馬の悲痛な嘶きが響きわたり、騎兵と馬達を混乱に落としいれる。
転倒した馬の多くは足の折れ、立ち上がる事もできぬまま、せまい道を塞ぐ障害物と化す。
騎乗したままでは、通り抜けることすら不可能になってしまっていた。
「くそ! 下馬しろ! 馬を下りて、前進しろ!」
ヌリ男爵が、怒り心頭で、指示を出す。
下馬した兵士達は、転倒し足が折れ、痛みで暴れる馬たちを避けるようにして、隙間を通り抜けようとする。
さてと……
エレーナとノエルが、その少し先で道を防ぐようにして、並び立つ。
「次は私達の番ですわね。ここは、私達が受け持ちますわ。
"トンボ眼鏡魔法使い" 貴方は姫様をお連れして、さっさと逃げなさい」
「"トンボ眼鏡魔法使い"なんて、本当に酷い。絶対に軍法会議に訴えてやるんだから。
だから……、死んじゃ駄目よ。死んだら訴えれないんだから」
マルティナは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに成りながら、言った。
「そーゆーの、いらないですから。泣いてないで、さっさと逃げなさい」
エレーナはそんなマルティナに、優しく微笑んでから、軽くあしらう。
ベルガ姫は、自分の為に戦おうとするエレーナとノレルにも、声をかけた。
「お二人には本当にお世話になりました有難うございます。
我が旅の仲間に、"アルドニュス"の神のご加護があらんことを」
エレーナはわざとおどけるように笑ってみせ、ベルガ姫のお言葉に答える。
「我が仲間ベルガ。最後に一つだけ懺悔しておきますわ。
じつは、寝静まった後に、その膨らみかけの胸を何度も揉んで楽しんでいたんですの。ごめんなさいね」
ノレルは無表情のまま、短く、それでいて深く思いを込めて答える
「我が仲間ベルガよ。さらばだ」
エレーナとノレルが、腰の剣を抜き、構える。
その後ろで、動きだそうとしないベルガ姫の手を、マルティナが多少強引に引きながら、逃げ出した。
少し離れた場所で転倒し障害物と化した馬達。
その間をすり抜けたヌリ男爵率いる兵士が、こちらへと迫り来ようとする。
えっ?!!! まさか?!
エレーナが敵の動きを見て、一瞬混乱する。
敵の先頭にいる複数の兵士が、矢を放ったのだ。
エレーナとノレルの頭の上を越えた数本の矢が、後方にいるマルティナ達に降りかかった。
ぎゃぁああ! きゃぁあ!
後ろから悲鳴が聞こえる。
あわてて、エレーナが振り向く。
その目に、まず見えたのは、背の真ん中に矢が突きささったマルティナの後ろ姿だった。
矢を受けて意識が朦朧としているのだろう。足元が定まらない彼女は、フラフラと左の崖へと寄っていってしまう。
次の瞬間、視界から消えた。
崖の下から、ガツンガツンと岩肌にぶつかりあいながら、肉体が落下していく音だけが響いてくる。
そして、ベルガ姫も足に矢を受け、少し離れた地面に転倒してしまっていた。
「馬鹿者、矢は使うな! 目標は生け捕りしろ!」
あわてて、ヌリ男爵が指示の声をあげている。
彼は、騎兵の突撃で勝負がつくだろうと予測していた為、弓の不使用を徹底していなかったのだった。
まったく! 敵の司令官ながら、使えない男ですわね!
そんな命令、最初から徹底しておきなさいよ!!
不条理な怒りが湧くが、今はそんな事を言ってる時でも無い。
後ろで倒れている姫に向かってエレーナが、叫ぶ。
「ベルガ姫よ、立ちなさい!
貴方には、姫としての責務がありますわ!
貴方の為に死す者に報いる為にも、旅の仲間達の思いに報いる為にも
たとえ捕まる結果になろうとも、最後まで、抗いなさい!
敵は私とノレルが、ここで止めてみせます。
姫は、一ミリでも遠くへと、逃げるのです!
さあ、ベルガよ! 立ちなさい!」
その声を聞いて、ベルガ姫は、震えながら立ち上がる。
だが、片足に矢を受けている状態で立てるはずも無い。
すぐにバランスを崩して転倒してしまう。
だが、それでもベルガ姫は諦めようとはしなかった。
命を捨てて戦う仲間に報いる為に、自分が諦めることなど、できようはずも無い。
倒れたまま、這いずるようにして進む。
手で体を引きずり、膝をすり、ナメクジのように進む。
その歩みはあまりに遅い。
数秒たっても、倒れた場所から殆ど進んでいない。
それでも、ベルガ姫は決して、逃げることを諦めようとはしなかった。
その姿を確認してから、エレーナは正面の敵へと向き直る。
正面から迫り来る敵は、馬から下りたと言え、人数は減っていない。
その数は50名。
手には、どこにでもありそうな鉄製の片手剣をもち、装備もいたって簡素だ。
だが、足どりは軽く、士気も高い。
エレーナは、横に並ぶノレルへと軽く声を掛ける。
「そう言えば、前にもこんな事がありましたわね。
さあ、ノレル、今度こそ本当に最後の勝負です。どちらが多くの敵を倒せるかの勝負。
今度こそ、わたくしが勝ちますわよ」
「お前では、私に勝てない」
ノレルは無表情に、いつもどおりの台詞を呟き、いつもどおりに、その挑戦を受ける。
二人の剣が、襲い来る敵を次々と切り刻んでいった。
……
……
どれだけの敵を切り刻んだだろう。
もう、ずっと長い間、剣を振るい続けている気がする。
ノレルの意識は、すでに朦朧としてきている。
すでに隣に並んで戦ったいたはずのエレーネは、力つき、自分の足元に転がってピクリとも動かない。
自分の体は、あますところなく全て血で赤く染まっている。
手が重く、息が苦しく、心臓が破裂しそうだ。
でも、まだ終わらない。
敵が眼の前にいる。戦わなければならない。
ノレルにとって、諦める事は、ぜったに許されない事だ。
地方の少数戦闘部族の最後の生き残りである彼女。
彼女の部族の信じる、戦いの神『ガ』の戒律は厳しい。
最後の最後まで必死に戦ってから死ぬこと、それが部族の信じる神『ガ』の、絶対の掟だった。
ただただ、闘争本能の赴くままに剣を振るい、敵を打ち倒していく。
苦しい。辛い。もう、終わりにしたい。
それでも、剣をふる。
敵の剣が襲い掛かってきた。避けきれない。
右肩を大きく切りつけられ、体のバランスを失う。
転倒しそうになるノレルへと、敵の剣が襲い掛かる。
とうとう、私にもこの時が、死に向かえ入れられる時が、やってきたか。
一族の最後の一人として、おめおめとここまで生き残ってしまった自分。
このまま地面に倒れこめば総てが終わる。
だが、彼女は見てしまう。
死が間近な為か、スローモーションの様にゆっくりと流れる視界の中。
転倒しつつあるノレルのその視界の中で、足元に倒れているエレーナがピクリと僅かに動く。
彼女は生きている。
そう言えば、前に似た様な状況になった時も、彼女は生きていた。
後方へとわずかに視線を移す。
僅か数歩分を這いずった所で、ベルガ姫は精根尽きて倒れこんでいた。
だが、それでも生きているだろう。
ああっ、まだだ。
まだ 私は、死ねない。
この二人を助けるまでは、私は死ねない。
不意にそんな思いが、心の中から沸きあがってくる。
転倒しかけていたノレルは、足を踏ん張り、体勢を立て直す。
迫り来る敵の剣を弾き、返す剣先で切りつける。
私はずっと死にたいと思っていた。
部族の皆が戦いで死に、のうのうと生き残った自分を恥じていた。
だが、今は違う。
我が友、我が姫、二人を守る為に戦う自分を誇りに思える。
だから、
二人を救うまで、まだ、私は死ねない。
剣をふるう。
意識が飛びそうになるのを、必死に堪える。
ひたすらに剣をふるい続ける。
戦いの神『ガ』よ!
貴方の敬虔なる信者、貴方の為に戦う戦士であるこの私に。
もう少しだけ、戦う力をお与えください。
最後の最後まで戦います。
この身をかけて、敵の血を一滴でも多く捧げます。
だから、お願いです。
もう少しだけ、私に力を!
我に救いを!
ノレルが心の中で、悲痛な願いを叫ぶ。
生まれて、初めて、"救い"を求めた。
だが、救いは、無い。
助けも、来ない。
救世主も、英雄も、援軍も、やってはこない。
神も、悪魔も、現れはしない。
"奇跡が、起きて欲しい"
そう強く願う時に限って、奇跡は起きない。
敵はまだ多くを残っており、朝はまだまだ、やってこない。
ノレルは、ただただひたすらに 縋るように
剣をふるい続ける。
――――――
朝日が昇る頃。
旅人らしき者が二人、累々と横たわる死体を踏まないようによけながら、狭い山道を進んでいた。
道幅の狭いその道を、死体が埋め尽くしてしまっている。
だが、峡谷沿いの一本道なので、他を行く道もない。
なるべく死体を踏まないようによけながら歩いていく以外に、選択肢などない状態だ。
「この死体の山。いったい、何があったんでしょうね。
んん? あれは?」
累々と並ぶ死体の、更にその先に、"何か"が立っていた。
谷間から昇ってくる朝日をバックにして、それは悠然と屹立している。
それは、赤黒い戦士の像。
旅人らしき者の一人が、その戦士の像に近づいて覗き込む。
いや、違う。それは、像などでは無い。
それは、人であった。
「この人……、立ったまま、息を引き取ってますね」
全身にあびた返り血で、彼女は赤黒く染めあげられている。
さらに、その返り血が凝固していて、彼女をまるで像のように見せていたのだ。
いったいどれ程の返り血を浴びたら、こんな状態になるのだろうか。
壮絶な戦いがあったことは、簡単に予想できる。
なのに、なぜか、
立ったまま息を引き取っている女性の顔には、安らかな微笑みが浮かんでいたのだった。
「あれ?
この足元に倒れている人と、少し離れた後ろに倒れている人。
この二人、まだ息があるようですね。助けましょう」
「面倒ごとに巻き込まれるのは、ごめんだ」
もう一人の旅人らしき者が、不快そうに顔を歪めて、履き捨てるように答えた。
だが、その言葉を無視するかのように、その旅人風の者は、倒れていたエレーナを背負って、連れて行こうとする。
「そちらの後ろに倒れている人を、お願いします」
「ちっ、仕方ないな」
もう一人の旅人らしき者も嫌々ながら、倒れているベルガ姫を背負おうとする。
だが、その者は片手が無かったので、上手く背負うことができない。
ベルガ姫を、まるで荷物でもかつぐように、片方の肩にのせた。
まぶしい朝日が差し込む、渓谷の一本道。
エレーナを背負った女性が、ポニーテールにした髪を揺らしながら先を歩いていく。
ベルガ姫をかついだ片手の女が、しぶしぶと言った様子で、その後ろに付いて行くのだった。
※お知らせ
現在、ほぼ週一で投稿しておりますが、作者都合で一回分、投稿をお休みさせて頂きたいと思います。
次回投稿は、7月中旬頃の予定となります。
なお、次回から本格的に、四章での勇一達の一団の話が始まります。
宜しくお願い致します。




