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88 雪


 雪。

 ひらひらと雪が落ちてきた。

 見上げると真っ黒な雲から、白い雪が舞い降りてくる。


「雪……、ですわね」

 "我侭お嬢様"エレーナ・ラ・クルスノルドが呟く。

 彼女の豪華な金髪の髪に雪が静かに振るかかっている。

 かざした手の平の上にも雪が落ちてきたが、すぐに解けてなくなった。

  

 マルティナ・ミュラーが、かけている機能重視でダサいメガネにも雪が降りかかり、水滴がつく。

 メガネの水滴を拭きながら、お気軽な感じで、言った。

「雪って、情緒があっていいですね。綺麗です」


 王都生まれ、王都育ちの彼女にとって、雪は年に一回見るか見ないかと言う程度のモノだ。

 雪を見て、明らかにテンションが上がっている。  

 だが、エレーナの表情は暗い。


 その横にいる"死にたがり"ノレル・ノレルノレもやはり暗い表情だ。

 低い声で、ぶっきらぼうに呟く

「今夜は冷える。野宿は凍死もありえる」


「ええええ? 凍死!? 私達死ぬの? 死んでしまうの?!」

 マルティナが素っ頓狂な声を上げる。


 エレーナが、小さくため息をついてから答えた。

「そうならないように、何か手をうつ必要があるって事ですわ」


「どうするの? 凍死なんかしたくないけど私達、寝袋も何も持ってないよ? 

 どうするの? ねえ、どうするの?」


 確かにダサメガネ魔法使いマルティナが言うとおり、彼女達の一団は寝袋の一つも持っていない。

 実際に寝るときは、地面に転がって、身を寄せ合って寝ている。

 いや、寝袋だけの話ではない。彼女らは装備が何も足りていない。

 なにせ着替えすら満足に持って来ていない。着の身、着のまま。

 もちろん途中で水浴び等はしているが、服に関しては、正直、薄汚れてきている。

 

 勇一を含むアリファ姫達の一行達は、長い旅路を予想して、馬車や馬だけでなく食料や装備なども準備万端で旅立っている。

 それとは違い、ベルガ姫を守るエレーナ達の一団は、殆ど何も準備をせずに、王城をでてしまっていた。

 なにせ、脱出を言い出したエレーナですら、最初は『武力政変(クーデター)が終わって政情が安定するまで、一時的に姫様を安全な所に避難させよう』ぐらいの思いしかなかったのである。

 それが、中央ルシア正統皇帝国軍が攻め込んできてしまい、あれよあれよと言う間に、ギリギリのタイミングで、なんとか王城から直接王都の外へと出る秘密の地下通路を使って脱出した後、そのまま逃避行を開始せざるをえない状態だったのだ。


 脱出してからの一団は、とりあえず北に向かっている。

 これは意図してそうしている訳でなく、そうせざるを得ない状況だからだ。

 もともと帝国軍は、"愚か者の道"と呼ばれる地域を通って、王都の西から攻めて来ると想定されていた。その為 秘密の地下通路の出口は王都の北東部分に出るように造られていた。

 地下通路から出た後、馬も馬車もなく徒歩で移動している彼女達には、"王都をぐるりと大回りして南に向かう"という選択肢は取れない。

 そのまま北東へ逃亡せざるをえなかったのだ。


 一度は東へ向かい、ゴーズ山脈を越えて姫様の母方の実家でもあるダーヴァの公爵家を頼る事も考えた。

 だが、すぐにその考えは却下された。

 エレーナ達にも、王国内の誰か(・・)が第二王子を裏切り、帝国軍を招き入れた事はおおよそ想像できている。

 だが、勇一達と違い王城内で何が起こったのか、この時点でも正確には把握していない。

 その為にその国を売った"売国奴"が誰なのかは知らない状態なのだ。

 そして、ダーヴァのオーウェン次期公爵は過去に、自分の娘かわいさに、一度は両姫様を裏切っている。

 この状態で、信用することは無理があった。


 他の王国貴族達も、『反逆者の娘』であるベルガ姫を大歓迎してくれるとは、思えない。

 それどころか、中には新しい支配者となりえる帝国軍に尻尾を振って、喜んでベルガ姫を差し出そうとする輩もいるだろう。

 結局、国外へ脱出する為に北を目指すしか、他に選択肢など無かった。



 北へ向かうベルガ姫を守る穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊員。

 護衛にあたる親衛隊の人数は、たった五人のみである。

 騒動があった時、殆どの穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の主力メンバーは、アリファ姫が白亜宮で『名無き者(ネームレス)』と非公式の会食を行う為に護衛について行ってしまっていた。

 残った者の多くは最低限必要な通常警備業務等をこなしており、それぞれの持ち場に分散していた。

 その為、武力政変(クーデター)当時、王城内で比較的自由に動くことができる親衛隊員が5人しか残っていない状態だった為だ。

 当初"とりあえずの緊急避難しましょう"と、だけ考えていたエレーナは、その五人だけでベルが姫を護り、王城を脱出してしまい、そのまま今に至ってしまっていたのだった。



 その五人の穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊隊員。


 一人目は、"我侭お嬢様"エレーナ・ラ・クルスノルド

 『穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊』 現序列五位

 すでにおなじみの、貴族出身で一介の騎士らしからぬ優雅で豪華な雰囲気のある女騎士だ。

 今は、このベルガ姫を守る一団の指揮をとっている。


 そして、"死にたがり"ノレル・ノレルノレ

 『穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊』 現序列四位

 褐色の肌、黒い目、黒い髪を持ち、地方の少数戦闘部族の最後の生き残りでの女騎士である。


 ちなみにエレーナとノレルの二人は、以前、『名無き者(ネームレス)』のリーダーである勇一に対して、失礼を働いた事があり、その罰として城で留守係を言いつけられていた。


 三人目は、"ダサメガネ魔法使い"マルティナ・ミュラー

 『穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊』の序列三位

 背丈はそこそこ高いのだが、痩せていて線が細く、なで肩で、あまりに非力な見た目をした魔法使い。

 魔法の能力は間違いなく高いのだが、人望はまったく無い。

 彼女は、念話魔法(テレパシー)連絡兼、城内責任者として王城に残っていた。


 一応、マルティナが、今いる親衛隊員の中では序列が一番高く、本来なら指揮権を持つ立場の人間だ。



 四人目は、"生真面目" ミシャ・テイト

 『穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊』 現序二十二位

 問題児二人が残るのは多少不安があった為に、隊長の指示でお目付け役として王城に残っていたのが、彼女だ。

 非常に無口で物静かで、地味な印象の人物。

 "生真面目"という二つ名がつくぐらい真面目な性格。と、言うわけではけっして無い。

 無口なので他人から『真面目だろう』と、都合よく誤解されるが、実はすぐに訓練をさぼったりする、けっこう駄目人間である。

 "生真面目"と言う二つ名は、皮肉交じり冗談まじりで、仲間達がつけたものだ。

 

 最後の一人、"河馬乗り"アマンダ・ヌーメス

 『穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊』 現序列三十六位

 筋肉質のごつい肉体を持ち、その地力で両手斧を振り回す攻撃は強力無比だ。

 年の頃は二十代後半で、実は副隊長リュウドと同期であり、親衛隊の中では最古参の一人だ。

 性格も豪快でさっぱりとしていて、後輩達からも慕われている。

 実力も人望も兼ね備えた彼女だが、親衛隊の序列は極端に低い。

 隊員の入れ替わりがあり、序列無しの新人等もいる現状で、序列三十六位は、後ろから数えた方がずっと早い位置だ。


 もちろん、それには理由がある。

 彼女は、極端に酒癖が悪いのだ。


 その実力と人望を持って序列が上がっても、すぐに酒で問題を起こし降格してしまう。

 二つ名の"河馬乗り(ヒポポタマスライダー)"も、神話にでてくる大酒飲みの神様ガウズンが河馬に乗っている事からついたものだ。

 実は、今回も三日前ほどに、飲み屋で男性にお尻を触られた仕返しに相手を半殺しにしてしまい、王城に隣接する宿舎内で謹慎処分をさせられていた。

 謹慎処分のはずなのに昼真っから宿舎で酒を飲んでゴロゴロしていた所を、エレーナに無理矢理叩き起こされて連れてこられた。


『がああ、貧乏くじひいたーーー。

 なんで、わたしが、あんたら問題児と一緒に行動しなきゃならんのだ』

 などと、当初は文句を言いまくっていた。

 だが、しかしどう考えても、エレーナ、ノレルと負けず劣らず、彼女自身も十分に問題児である。


 現状、ベルガ姫を護る五人。

 なんの因果か、実に五人が五人とも、揃いも揃って、問題のある人物ばかりの集団となっていた。

 まあ、正直な所。

 非公式とは言え、アリファ姫が『名無き者(ネームレス)』を迎えて白亜宮でそれなりの規模で行われた晩餐会。

 そこに、必要最低限な通常業務以外で、ダフネ隊長に連れて行ってもらえず、居残りしていた人物達だ。

 当然の結果とも言えた。

 


 

 振ってくる雪を眺めながら、エレーナがまた呟く。

「やっぱり、一度、人里に出て道具類をそろえないとこれ以上の逃避行は無理そうね」


「ええ? でも、人里に出ると危険じゃない?」

 マルティが文句を言ってくる。

 その文句にエレーナは小さくため息をつき、ノレルは何も言わない。

 マルティナが言ったことなど、百も承知だ。それでもこの状況では人里に、一度出ざるを得ない。


 それに、そもそも序列三位のマルティナは『どうするの?』と問いかける立場では無く、『どうするか』を決定する立場のはずだ。

 だが、実際の所、王城を脱出してからずっと、まともな決定も命令も、一度として行っていない。

 リーダーとしての資格というか、自覚がゼロだった。


 ただ、彼女は決して無能ではない。魔法力はピカ一である。

 実際、彼女の行う探知魔法(サーチ)は素晴らしく、探知できる範囲が、帝国軍に従軍している魔法使いよりもずっと広い。

 ここに至るまでの行程でも、帝国軍の軍勢を遠くから先に一方的に発見し、大きく迂回して避けることで、敵には発見されずにやり過ごしてきていた。

 さらに、王城内の帝国魔法師団によって行われている千里眼魔法(テレグノシス)の探索も、彼女の妨害魔法(ジャミング)によって妨害されている。

 この少人数で、今まで無事に逃げおおす事が出来たのは、彼女の能力に寄るところが大きい。


 だが、指揮官としては、無能だ。


 完全にこの一団の指揮は、エレーナが執っている。

 ちなみに"死にたがり"ノレルの方が、序列四位でエレーナより序列が上だ。だが、彼女も指揮など最初っからやる気が無い。

 剣の腕は、女傑ぞろいの親衛隊の中でもずば抜けている彼女だが、それ以外の事はまったく興味が無い。

 あえて言うなら、"河馬乗り"アマンダなども序列は最下位だが、エレーナより十歳程も年上で、隊の最古参の一人で、経験豊富である。この緊急事態において、序列を無視して指揮を取っても全然不思議ではない。

 だが、やはり、まったくやる気が無い。

「街にでて装備そろえるなら、ついでに酒も手にいれようぜ」

 などと、今も最後尾から、気軽な事を言ってくる。


 結局、エレーナが指揮を執らざるを得ない。

 だが、彼女も本来は指揮を執るようなタイプではない。

 どちらかと言うと、責任の無い立場で、横で文句だけを言っていたいタイプの人間だ。

 だが、あまりにも自分以外の人間が駄目すぎて、自分が指揮を執らざるえない。

 "わがままお嬢様"などと言う二つ名をもち、普段から問題児と言われ続けているエレーナが、この中では一番まともに指揮ができる人間なのだ。


「私はお酒飲めないから、お酒はどうでもいいけど、たまには美味しいもの食べたい。

 人里にでるなら美味しいもの食べようよ。『蒼い海亭』のボールド羊のソワロ風焼きが美味しいから食べたいけど、こんな田舎じゃむりよね。仕方ないから我慢するけど、とりあえず、『風の香り亭』のピッツァレベルのまともな食べ物をたべたいな。だって、もう昨日から生の蛇肉しか食べてないんだよ」

 マルティナがまた、そんな余分な事を言い出した。


「あ、でも、私達って追われてるんでしょ? 人里に出て、帝国軍に見つかっちゃったらどうするの?

 この人数でみつかっちゃったら、すぐに殺されちゃうよね、どうするの? ねえ、どうするの?」

 マルティナが更にまた余分な文句を言ってくる。


 とうとうエレーナの堪忍袋の尾が、ぶち切れた。

「えええええい! そんな事はわっかってるちゅー話ですわ! いいかげん、黙りなさい。

 この"トンチンカン魔法使い"」

 

「なによエレーナ急に怒り出して?! それに"トンチンカン魔法使い"なんて酷い! 上官に向かってそんな言い方ないでしょう!」

 マルティナが、逆切れしてくる。


「まあ、二人とも落ち着けよ。人里に出て、一杯やればイライラも直るぜ」

 などと、的外れな事をアマンダが言い出す。

 ノレルは『知ったこっちゃ無い』とそっぽをむいてしまっていて、普段から無口なミシャは巻き込まれるのが嫌で、いつも通りに何も言わない。



「ああああ、もう、やってられませんわ!!」

 エレーナは思わず頭を抱えて、嘆いてしまうのだった。



 クスクスクスクス、と、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 彼女(・・)は、そんなエレーナ達のやり取りを見て、笑っている。

 その表情は、本当に愉しそうだ。

 こんな愉しそうに彼女(・・)が笑うのは、王城内では見たことが無い。


 エレーナは、ちょっと困った表情を浮かべながら、彼女(・・)に向かって問いただした。

「ベルガ姫様、何をそんな愉しそうに笑われていらっしゃるのですか?」

 

「ごめんなさい。なんか、みんな仲がいいなぁと思って。思わず笑ってしまいました」

 ベルガ姫はなおも愉しそうに笑い続けながら、そう言うのだった。


「えええええ? 姫様。

 わたくしは、この"ヘタレ馬鹿メガネ魔法使い"なんかと、まったくこれっぽちも欠片も仲良く無いですわよ! どこをどう見たらそんな意見がでるんですの?! 

 ひょっとして姫様、疲れすぎて判断力がおかしくなられてらっしゃいませんか?!」


「ちょっと、エレーナ! "ヘタレ馬鹿メガネ魔法使い"って酷い言い草じゃない! 本当にあなた上官をなんだと思ってるの!?」

「ええええい うるさい! 横から口を挟むんじゃありませんわよ! この"空気読めない瓶底めがね魔法使い"!」


「ちょっ、エレーナ! 酷い、ひど過ぎる! もう軍法会議よ! 本気で上官侮辱罪で、訴えてあげるんだから!」


 そんな二人のやり取りを見て、ベルガ姫は、さらに愉しそうに笑うのだった。




 ベルガ・ルールスリア・フォン・アルフォニア姫

 いまや王位継承権第二位となり、『逆賊の娘』として王国に追われる身である。

  

 姉のアリファ姫と、顔は非常によく似ていて誰もが振り向くような美人だ。

 だが、アリファ姫がもつ圧倒的なオーラや人を引き付けるカリスマ性は、まったく発っしておらず、非常に地味な印象を受ける。


 王城内で彼女の存在を表す言葉。

 それは、"アリファ姫の妹"。

 彼女は、それ以上でも、それ以下でも無い、それだけの存在でしかなかった。


 才気と野心に溢れ、王座を狙っていた父親、クルスティアル第二王子

 その才気を存分に受け継ぎ、良い意味でも悪い意味でも、注目をあびていたアリファ姫。


 ベルガ姫はそんな二人にはまったく似ておらず、母親であり、地方都市のダーヴァで生まれ育ち非常におっとりした性格だったアグリット妃にそっくりであった。

 非常に大人しく、かなりのんびりとしていて、自己主張も弱い彼女は、優秀な姉の影に隠れ、まったく注目されなかった。

 父親でさえ、姉のアリファ姫に比べて、ベルガ姫に対しては、何も(・・)期待していない(・・・・・・・)のがあからさまに感じ取れた。

 だが、その事が逆に彼女に対し過大な期待や精神的なプレッシャーとは無縁にさせ、まったく歪むこともなく、素直な性格のまま成長して、今に至る。


 そんな性格である為、王城内でのギスギスした社交界の中では当然、馴染めない。

 彼女が同年代で唯一仲が良かった人物は、母方の従妹で、やはり田舎育ちでおっとりした性格のエイシャのみだ。

 王城内では、いつも華やかな姉の影で、大人しく目立たず出しゃばらず、一人で静かに毎日をすごしていたのだった。



 エレーナは、愉しそうに笑う姫様を、改めて見つめなおす。

 その笑顔は、エレーナをなんとも不思議な気分にさせる。

 姉のアリファ姫は、いつも女神の様な素晴らしい微笑を浮かべていた。

 それに比べ、王城内で、いつも姉の影に隠れるようにすごしていたベルガ姫は、あまり笑わない姫だった。

 そのベルガ姫様が、今、この状況でとても愉しそうに笑っているのだ。

 王城からきたままのドレスは、裾が破れあちこちが泥で汚れている。

 ハラハラと落ちてくる雪で濡れた髪は、きっちりと整えられていた王城に居た時に比べて、かなり乱れてしまっている。

 誇り高い貴族の娘などが、その姿をみたら『みすぼらしい』、そう思うだろう 

 そんな状況で、ベルガ姫は、これ以上無いくらい、自然で愉しげな笑顔を浮かべている。


 

 まさか、こんな状況で、ベルガ姫がこんなに愉しそうに笑うとは、想像できなかったわ。

 エレーナは、けっこう本気で困惑していた。


 いや、今だけではない、この逃避行が始まってからベルガ姫は、よく笑うようになった気がする。

 正直、この逃避行の当初は、ベルガ姫はすぐに根をあげてしまい、さらに難しいものとなるだろうと予想していた。

 なにせ、まともに食料さえない状態である。


 一応、死なない程度には食料が確保できてはいた。

 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊は、王族の親衛隊としては非常に珍しい事だが、普段の訓練行程の中に生存(サバイバル)訓練があった。野山で水や食料を確保し、野宿して生き残る術を、体に叩き込む。

 それは、いつか"このような逃避行を行う状況が有り得る"と想定して、行われていたものだ。その訓練の御蔭で、食料も確保できていた。

 だが、それはあくまで生存するためのものだ。

 煙によって敵に発見される事を防ぐために、火を使う事もできない。

 そんな訳で食べ物と言っても、小動物の生肉、生の川魚、堅いままの木の実、キノコ、食用虫、そんな物ばかりだ。

 

 昨日などは、アマンダが意気揚々と『こいつが、けっこう美味いんだよ。ああ、くそぅ 酒さえあればなあ』などと言いながら、確保してきた食物は……、

 巨大な蛇だった。

 その蛇の皮を剥き、捌いて、生で食べる。

 抜いた生き血を、そのまま飲む。

 貴族ではない一般人でも、躊躇するような食事だ。

 

 だがしかし、それをベルガ姫はけっこう平気で食べた。

 何本ものフォークやナイフを駆使して贅沢な嗜好品しか食べた事が無いような姫様が、エレーナや他の隊員と輪になって、一緒に手づかみで、蛇を食べていたのだ。

 いや、平気どころか、そんな食事をするベルガ姫は、何処か愉しそうですらあった。

 

 夜、眠る時もそうだ。

 ベッドもなく、草の上に転がって、寒さを誤魔化すように身を寄せ合って、皆で抱き合うようにして眠る。

 しかもマルティナは寝相が悪く、アマンダなどはイビキがうるさい。

 普通に考えたら、ふかふかのベッドで寝ていた姫様が、とても安眠できるような状態ではないだろう。

 だが、なぜかベルガ姫は平気で眠る。

 寒いと、エレーナにしっかりと抱きついてきて、眠る。

 まるで幼い子供のように、幸せそうな寝顔で安眠する。


 姫と、親衛隊。

 守るべき対象と、命をかけて守る者。


 本来、その二者の間には、大きな壁があるべき(・・・・)だ。

 エレーナなどは、正直、もっと姫様を敬いたい。

 だが、厳しい逃避行の状況が、その余裕を奪う。

 いつの間にか、姫様を、他の皆とさほど変らない扱いをしてしまっている事が多くなってきている。


 "ださ眼鏡"マルティナは、礼儀をつくしたつもりで、ナチュラルに失礼な事を言うタイプだし、

 "死にたがり"ノレルは、元々、誰が相手でもあまり態度を変えないタイプだし、

 "生真面目"ミシャは、何も言わないが、敬う態度をあまり取らないタイプだし、

 "河馬乗り"アマンダなどは、だんだん敬語が抜けて、タメ口を聞くようになってきている。


 もう誰も、姫様を(うやうや)しくは扱っていない。


 今や、ある意味で姫様と親衛隊達、そこには区別なく

 単に"生き残る為の仲間"となりつつあったのだった。

  

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