86 猿
「月下の戦士団か。これはまたメンドクサイ連中に狙われてしまったもんだな。
なにせ、普段から強い魔物相手の高難易度の依頼ばかりをこなしている連中だ。
あいつらの強さは、本物だぞ」
クラウディアが、天をあおぎ、思わず、嘆き節を声にだしてしまった。
町から少し離れた所にある廃村。
廃村の周りには大木を杭の様に打ち込みことによって作られた木の障壁によって、囲まれている。
正面入り口には簡易ながらもしっかりした門があり、左右には、若干崩れかけているものの物見の塔まである。
魔物などが出る辺境には比較的よくある造りの村だ。
中心にある一番大きな建物は、他の建物が木で作られているのに対して唯一石作りで、形状から一目で元教会だとわかる。 村の門を入ると、中心にある教会まで、中央通りとも言うべき道が続いていた。
道の脇には、元は様々な品々を売っていたであろう店舗や、元は多くのよっぱらいが毎夜集まっていただろう酒場などの建物が、ひっそりと立ち並んでいる。
建物の数が比較的多く、一通りの設備も揃っていて、それなりの規模の村だ。
この村が、戦争に巻き込まれたのか、盗賊にでも襲われたのか、あるいは疫病でも流行ったのか、理由はわからないが、今は放棄されて、誰一人として住んでいない。
その廃村の中心にある、崇める神の像さえ失われた教会の中。
道の封鎖によって足止めされた『水と炎の旅団』とエイシャ様が、すでに丸二日間、ここに滞在している。
今は、『水と炎の旅団』のメンバー全員で礼拝場らしき広間に集まって話し合っていた。
話し合いでは、かなり物騒な話しも出る可能性が有る為、エイシャ様には奥の部屋で休憩してもらっている。
「あ、あいつらなんか、僕の剣で全員真っ二つに切り裂いてやるさ!」
ヤヌザイが、顔を真っ赤にしながら粋がる。
その様子を見て、クラウディアは両手を広げ、やれやれと呆れる。
"あいつら"と言うのは、もちろん月下の戦士団のことだろう。
偵察に行って、何かあったの知らないが、普段から感情が高ぶりがちな彼が、更に興奮ぎみだ。
確かにヤヌザイ程の"天賦の才"があれば、ひょっとすると、彼らとも互角に戦う事も可能かも知れない。
いや、戦う条件が揃っていない月下の戦士団が相手ならば、普通にヤヌザイが圧勝するだろう。
だが、実際の相手の実力もまったく知らず、ただ単に粋がっているだけのヤヌザイの浅はかさには、心底呆れてしまう。
「確かに、あいつ等は、クソ以下だ。恐るるに足らん。
襲いくるなら返り討ちにしてくれるまでだ」
まるでヤヌザイの意見に同調するかのように、そう、吐き捨てるように発言したのはグルキュフだった。
その言葉にクラウディアは、違和感で、顔を歪めた。
『月下の戦士団』は強い。
ダーヴァの街でも、戦闘能力では『水と炎の旅団』より『月下の戦士団』の方が上と言うのが定説だった。
いや、正確には月下の戦士団と言うパーティーが強いのではなくて、リーダーで長兄のルード・ダン・フリット、次男ライカール、三男バスデンの、フリット三兄弟が、強いのだ。
しかも、底抜けに強い。
ただ、彼ら強さはかなり特殊で、その絶大な実力を発揮できるのは、条件が重なった場合のみだ。
それ故に世間の評価は低く、"十傑"にも入る事はなかった。
だが、条件が整ってつぼに嵌った時の彼らの強さは、桁が違う。
人の武を極めたような強さを持つ、あのアドリアーンすら凌駕する可能性が高い。
しかも、三人全員が、同じくらい強いのだ。
グルキュフは本来、決して強い敵を過小評価するような愚考を犯すような男では無い
そのグルキュフが、彼らを警戒するならともかく、『クソ以下』などと評したり、『恐れるるに足らん』などと一言で両断するなど、違和感しかない。
ひょっとして……、
クラウディアが思いを巡らす。
プライドの高いグルキュフは、表向きその思いを隠し通しているが、実は、"『月下の戦士団』の方が実力は上"と、世間から言われている事を、すごく気にしているのではないか?
無駄に高い誇りゆえの、屈辱と嫉妬。
その思いがグルキュフの中で渦巻いているのではないか?
そして……、その強い思いがゆえに、いつもの冷静な判断がくだせていないのではなないか?
クラウディアは、グルキュフの人間性を、けっこう本気で嫌っているが、その実力を疑ったことは無
その彼女が、珍しくグルキュフに対して不信感を抱く。
改めてグルキュフを見つめるが、その表情からは、何も読み取れない。
そんな彼女の思いを知らずにグルキュフは、話を続ける。
「まあいい。まだ、この場所があいつらに知れた訳でも無い。
いずれはここも発見されるだろうが、やつらが昼間から襲ってくるようなことも無いだろう。
迎撃できるよう準備しておけば良いだけだ。
クラウディア、リィ、ルゥ、例の準備はすでに済んでいるのか?」
「ああ、済んでるよ」
「ジュンビ スンデル」
「ジュンビ バンタン」
クラウディア、リィ、ルゥ、三人の返事に彼は、満足げにうなずく。
「なら、月下の戦士団など問題ない」
そう、グルキュフは言い切った。
だが、その物言いが、クラウディアの中の不信感を、よけいに増大させるのだった。
ん?
んんんん?
急にモヒカンの男が、顔を歪めて椅子から立ち上がる。
「"ウロガエル"どうしたんだい?」
クラウディアの問いに、彼が答える前に、リィとルゥが呟いた。
「ダレカ クル」
「セッキン チュウ」
敵? ここが、もう知れたのか?
クラウディが、モヒカンの男を睨みつける。
「"ウロガエル"、あんた、尾行られたね」
「うひょう、ミスっちまったようだぁあ、こりゃ面目ねえ」
モヒカンの男は、申し訳無さそうに、頭を下げる。
若干動揺するメンバーをよそに、グルキュフはいつもと代わらぬ調子で、双子に問いただした。
「どっちからくる? 数は?」
「ショウメン カラ」
「ヒャク クライ」
双子の言葉を聞いて、クラウディアが思わず叫ぶ
「正面?! しかも敵の数は 百だと?!」
グルキュフは無言で立ち上がる。
その態度自体が、『無駄口を叩く暇があるなら、動け』という意思表示だ。
『水と炎の旅団』のメンバー全員が、すぐに立ち上がる。
いまさらグルキュフが細かい指示など出さなくても、すでに、敵が来た時にどのように対応するかは決められている。
それぞれの役目を果たすべく、皆が動き出そうとする。
だが、モヒカンの男は、動かずに、すっとんきょうな声をあげた。
「なぁあああんか、変だぜぇえええ」
その態度に、グルキュフがその整った顔を、僅かに歪める。
勝手な行動をするモヒカンの男が気に入らないが、この男が理由もなく、こんな態度をとるとは思えない。
「何が変なんだ? 言ってみろ」
「いやぁあああ、真っ昼間から、しっかぁああも正面から、百人もせまってきているのにさぁあ。
やたらぁあと、足音がぁあ、緊張感なく、バラバラすぎるんだよねぇえ。
それにぃいい、殺気がまったく感じねぇええええ。
こいつらぁあ、ピクニックにでもぉ、しに来たんじゃねえのぉおおおぉおお」
モヒカンの男は、うひゃひゃひゃひゃと笑う。
そして、心の中だけで、べろりと舌をだして呟いた。
なぁぁあああんか、俺様の予定ともぉ、全然違う相手が来ちまったよぉおおお。
どうやら、本当にミスっちまったみてえだぁあなぁ。
まぁっ いいか。
なぁああんとか、なるでしょぉあおおおおお。
彼らが、姿を表した。
正面から、村の門を通りぬけ、此方にむかって中央通りを歩いてくる。
それは、百人程の兵士の集団だった。
全員が革鎧で武装し、手には長さ4~5m程の長槍を持っている。
だが、その槍の先には黄色の布がグルグルに巻きつけられていて、そのままでは、とても戦闘できそうにない。
黄色の布を、武器が使えないようにグルグルと巻きつける。
それは、この異世界において『戦闘意思無し』を意味し、和睦の使者等が行う行為だった。
――――――
廃教会の中の礼拝室。
暗い室内に、割れたステンドグラスから、光が差しこむ。
元は神の像が飾られていたであろう場所に、廃村の中で見つけた比較的綺麗で豪華な椅子を置き、そこにエイシャ様が座っている。
その足元へと、一人の兵士が進み出て、膝を付き恭しく頭を垂れた。
「私は百人隊長、キン・ソヨンと申します。
オーウェン・デニス・フォン・アガンタール次期公爵様の指示の元、エイシャ様の守備に付かさせて頂く為に、はせ参じました」
そう挨拶してきた男は、兵士としては背が低く、ややサルっぽい顔をしていた。
その兵士を労う様な微笑を浮かべて、エイシャ様がお礼の言葉をのべる。
「私の為にわざわざ有難うございます」
「そんなお言葉をかけて頂き、もったいなくございます。
私はアガンタール家に忠誠を誓う一兵卒。姫様のためにも、この命ささげるのは当然の事です。
エイシャ様の座る椅子の脇に、無表情で立っていたグルキュフが二人の会話を邪魔するように口を開く。
「うぬらの軍勢は、どこから来た?、あの閉鎖された東ダスカン砦を、どうやって乗り越えてきた?
どこかに知られて無い道でもあるのか?」
「東ダスカン砦を越えてきた訳でも、知られていない別の道を来た訳でもありません。
我らは、元々このダスカンの町周辺にて伏せていた軍勢です」
詳しい話を聞いてみると確かに彼らは閉鎖された、東ダスカン砦を乗り越えて来た訳ではないようだった。
ダーヴァの街を支配する公爵家は、元々クルスティアル第二王子の旗印の下で、国内で反旗を翻す予定があった。
その下準備の一環として、前々から、第一王子派であるフォリ伯爵領内にも、こっそりと兵を配置していたのである。
なるほどな。
話を聞いたグルキュフは納得する。
それにしても……、
グルキュフの顔が露骨に嫌そうな表情を浮かべて歪む。
槍歩兵が、たったの百人など、邪魔でしか無いな。
王国の軍は、百人隊長の指示の元、100人程の兵で1つの小隊を作る。
2個小隊で中隊になり、5個中隊で大隊になり、5個大隊で連隊となる。
いくつかの大隊や、連隊を纏めてひとつにまとめたものを、軍団と呼んでいた。
他の国や、各領主の私兵などは、細かい違いはあるものの、大筋は変わらない。
ようするに、
"槍歩兵百人"というのは、王国の軍隊においてほぼ最小規模の集団と言っていい。
軍勢としては少なすぎ、弱すぎる。
それでいて少人数の冒険者パーティーのように、隠れて行動するような小回りも効かない。
軍勢を動かすのは目立つし、行軍速度も遅いし、さらに人数分の兵站も必要となる。
軍の力は、殆ど"数の多さ"で決まる。
一万人規模の連隊や、せめて千人規模の大隊ならば、敵を蹴散らしてダーヴァへ帰還もできるだろう。
しかし、百人程度の小隊規模の兵では、とても無理だ。
本来の目的である、領地の境界線沿いでの小競り合い時に後方かく乱を行うなら、この百人の槍歩兵はそれなりに役にたつかもしれない。
だが、現状においては、単なる『邪魔』でしかない。
くそ、あの親馬鹿め。
娘が心配で、色々と手を打ったんだろうが……、悪手でしかない。
グルキュフは内心の苦々しい気持ちを押し殺し、比較的丁寧な口調で言った。
「うぬらの申し出は、非常に有り難い。
だが、手助けは無用。我々は単独でダーヴァへと帰還する予定だ」
「いえ、これはオーウェン・デニス・フォン・アガンタール次期公爵様から、わたしが直々に受けた指示です。
貴方の判断など関係ありません」
そう言ってから、彼は懐から一枚の羊皮紙取出し、開いて見せ付ける。
手紙鳥によって届けられたであろうその羊皮紙は、オーウェン次期公爵の名の下に、エイシャ様を庇護する旨の内容が書かれた指示書だった。
オーウェン次期公爵という強大な権力による加護を、キンは、まるで自分の力をように誇らしげに見せ付けている。
さらに、彼はサルのような顔に冷笑を浮かべ、吐き捨てるような口調で続けた。
「そもそも、たんなる金で雇われただけの冒険者風情の貴様らなどに、公爵様の部下である我らの申し出を断る権利などあろうはずが無いだろうが。
身の程をわきまえろよ、金の亡者の屑どもが!」
王や自分の領主に忠誠を誓う騎士や兵士達。
彼らの中には、依頼しだいで、敵にも味方にもなる冒険者を"忠誠心が無い""金の為に何でもやる"と嫌悪し、見下す者がいる。
『冒険者など、田舎で穴倉にもぐって、魔物退治でもしていればいい』そう思っている者が、少なからず居るのだ。
意外と、王族を守る、本当の意味で誇り高い親衛隊などには、そんな差別者は少ない。
中途半端に出世できていない辺境の兵士長などに限って"自分より下の存在"を作る為に、積極的に差別することが多い。
そして、サル顔の百人隊長 キン・ソヨン。
彼は、正にそんな男だった。
ふん。下種が。
グルキュフは心の中で悪態をつくが、表情には出さない。
一応は公爵からの指示が出ているのだ。無下にするわけにもいかない。
「では、申し出を受けよう。護衛任務を頼む」
グルキュフの言葉を、キン百人隊長は鼻で笑う。
「勘違いするな金の亡者の屑ども。
なぜ私達が、貴様らなんぞの護衛をせねばならん。ここからは、我らがエイシャ様をお守りする。
貴様らは、とっとと、どこへでも立ち去れ」




