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80 閉所


 せ、狭い。

 物凄く狭い。


 地面に伏せた状態で、頭を上げる空間もない。

 視界も狭く、極小の隙間から、僅かに森の中が見えるだけだ。

 しかも、その狭い空間に四人の人間がいる。

 ぎゅうぎゅう積めだった。

 閉所恐怖症の人間だったらパニックになるだろう。


 地面に伏せた勇一の右側、寄り添うように、ディケーネがいた。

 耳たぶに、彼女の息が掛かるくらいの 耳元でディケーネが呟く。


「そろそろだな」

 耳元で囁かれ、息が耳たぶにかかる。

 腰の辺りがウズウズしてしまう。


 うーん。

 前から思っていたけど、ディケーネって、人と人の距離感が、近すぎるよな。

 あれだ。

 こんな狭い所で伏せた状態で、あれだと、体が困るよ。いや、色々と。

 

 精神的な変化を経た勇一だったが、女性に対しての反応は相変わらずである。

 こればかりは、経験を積むしかない。色々な意味で。


 勇一がそんな暢気な事をかんがえていると、前方に見える森の中で、ゆっくりとアリファ姫を乗せた馬車が動きだした。

 それに合わせる様に、周りの穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊が動きだし、その後ろを追うおうに電動バギー(ピェーピェー)と装甲指揮車(クーガースリー)も動きだした。


「出発したようだな」

 再び、耳たぶに息が掛かるくらいの耳元で、ディケーネが呟く。

 腰の辺りがゾクゾクっとしてしまう。


「そのようですね」

 ディケーネが呟く反対側、勇一の左側からも声が聞こえてくる。

 そちら側にも、勇一の体にピッタリと体を寄せた人物がいた。

 魅惑の魔法使いアマウリだった。

 アマウリがつぶやくと、やはり柔らかい息が耳元にかかる。

 しかも、アマウリの息は、鼻をくすぐるような、とてつもなく甘い香りが漂う。


 な、なんで、こんな良い香りがするんだよ!

 思わず、勇一が心の中で突っ込みを入れてしまうほどだ。

 

 勇一は知らぬことだが、この異世界には"フラウノール草"と言う名の草がある。

 この草は、噛むと口の中に甘い香りが広がり、さらに数時間は、その香りが持続する。

 高級娼婦や、一部(・・)の貴族などが好んで使われるフラウノール草は、通称"誘い草"とも呼ばれている。

 そのフラウノール草を、アマウリは普段から愛用しているのだった。


「今の所、魔法の反応は、ありませんね」

 そう言いながら男性とは思えぬほどの華奢で綺麗な体を、ピッタリと、勇一に寄せてきている。

 えり元が緩やかにあいたローブだけを身につけているので、伏せた状態になると、胸元が大きくはだける。

 白い肌と、そして、男性とは思えぬほどにピンク色で綺麗な乳首がみえてしまっている。

 だが、当然、まったく嬉しくない。

 

 ちなみに、アマウリの更に向こう側にもう一人いる。

 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊、序列七位のビュル・オージェだ。

 前下がりボブの髪型にした美人なのだが、やたらとキツイ目つきをしている女騎士だ。

 左目の下にある泣きボクロが、妙にセクシーである。


 彼女は、異様なまでの無口な様で、この作戦で一緒に活動していながら、ここまで二言しか、しゃべっていない。

 ちなみに、一言目は、作戦会議の場で細かい指示を確認した時に答えた『わかった』。

 二言目は、この隠れ場所に入る時、狭いゆえに偶然に体に触れてしまったアマウリに向かって言った

 『私に触れるな、クソ魔法使い』だった。


 アマウリは、その一言を言われた時も、そして今も変わらず、優しい微笑を浮かべている。

 だが、ビュル・オージェの事をまったく無視して、完全に居ない者として扱っていた。

 

 はぁ。

 なんか色んな意味で辛い空間だよな。

 勇一は思わず、小さくため息をついてしまう。

 狭くて非常に空気も悪いその場所で、身動きもできないまま、さらに数分間を過ごす。


「きたな」

「きましたね」

 ディケーネとアマウリが、左右で同時に呟く。

 二人の体に緊張が走るのが、触れ合う肩からも伝わってくる。


 僅かな隙間から見える、狭い視界の中には、黒い革鎧を付けた集団が見えた。

 "奴ら"だ。

 いや、正確には、中央ルシア正統皇帝国の『特殊精鋭兵団』

 白亜宮を出てから、ずっと一定の距離を置いて、追いかけてきている一団だ。


 アマウリが、狭い空間から敵の一団の一点を指差す。

「ユーイチ殿。あの中心近くにいる、一人だけ白い被り物をしている者が見えますか? あの者が魔法使いです。念話魔法(テレパシー)で連絡されないように、まず最初にあの者を倒してください」

 勇一は、その言葉に小さく頷く。


 敵の一団が、十分に接近するのを待ってから、勇一は引き金を引いた。

 光の筋(レーザー)が奔り、先程アマウリが指摘した魔法使いに十字を刻み、打ち倒す。


 それと同時に、ディケーネと、ビュル・オージェが、狭い隠れ場所を飛び出した。

 ディケーネが、二本の光の剣(レイニー)を操り、敵の馬と鎧ごとズタズタに切り刻む。

  その横で、ビュル・オージェも、死神を連想させるような、長い柄(え)のついた両手持ちの鎌を振り回す。

 大きな一振りで、馬上の敵兵士の首を、次々と切り落としていく。 

 『今回の作戦には、彼女が向いている』

 そう、ダフネ隊長から推薦され、この作戦に参加しただけの事はある。

 ちなみに彼女は、その武器の見た目から、"白き死神"という、わかりやすい二つ名でも呼ばれていた。


 ディケーネとビュル・オージェが次々と敵を、切り倒していく。

 もちろん勇一も、負けずにレーザー小銃(ゴーク)を連射して、敵を打ち倒す。


 突然、うしろで妨害魔法(ジャミング)を行い、戦闘にはまったく参加していなかったアマウリが叫んだ。

「ユーイチ殿! あの手紙鳥(メールバード)を打ち落としてください!」

 不意にそんな事を言われても、勇一は、"メールバード"が何なのか一瞬解らずに、躊躇してしまう。

 視界の隅に、兵士が放ったであろう茶色の鳥が、大空に向かって羽ばたいていこうとする姿を見えた。


 あ?! あれか?!。

 手紙鳥(メールバード)って、いわゆる伝書鳩みたいなものか!

 そう理解して、あわてて、その鳥を売り落とそうとレーザー小銃(ゴーク)を向けるが、反応が遅れたてしまったのと、勇一のいる位置からは遠かったことと、さらにタイミング悪く敵兵士の一人が切りかかってきた為に、その鳥を撃ち殺す事ができない。


 くそ。

 どう考えても、あの鳥を逃がすと厄介な事になりそうだ!

 勇一が内心で焦る。

 その時、ビュル・オージェが、体を回転させた。

 勢いをつけて、そのまま巨大な鎌を投擲する。

 鎌はグルグルと回転しながら飛翔し、見事に空中の鳥を真っ二つに切り裂いた。


「おお、凄い!」

 勇一が驚嘆の声を上げる。

 

「これは、お見事です」  

 おもわずアマウリも、賞賛の声を上げてしまった。


 二人の声に、ビュル・オージェが『これぐらい当然だ』と言わんばかりに、フフンと鼻をならす。

 その、まるで相手を小馬鹿にするような態度に、アマウリの眉が一瞬、ピクリと反応する。

 だが、すぐさまいつもの微笑みを浮かべて、にこやかに皮肉を言い放った。


「ミス・ビュル。随分と、余裕がありそうですが、いいのですか? 

 武器を投げてしまって素手ですが、周りにはまだ敵がいますよ?」

 アマウリが言うとおり、ビュル・オージェの周りには、まだ敵がいるのに、彼女は素手だった。

 周りの敵達は、馬を下りて剣を抜き、彼女を囲む。

 しかも彼らは単なる一般兵ではなく『特殊精鋭兵団』の猛者たちだ。

 前後左右を取り囲むように、ジリジリと間合いを詰める。

 しかしビュル・オージェには、動揺の色はまったくない。

 それどころか、真紅の唇から、長い舌をだして、舌なめずりする余裕すらみせた。


 敵の一人が後方から剣をふりかぶり襲いかかってくる。それを上半身の動きだけでかわすと同時に、敵の喉に向けて手刀を突き出す。

 ズボリ、と、彼女の指先の鋭い爪が、敵の喉仏に突き刺さった。

 間髪いれずに、別の敵が切りかかってくる。

 ビュル・オージェは、すぐさま敵の喉から指を引き抜くと、同時に次の敵に向けて手刀を突き出す。

 敵は、片手を上げて喉の部分を守ろうとする。

 すると、彼女が突き出した手刀は僅かに軌道をかえた。

 そして、見事に敵の目玉に、その指先を突き刺さったのだった。


 ズルリと指を引き抜くと、指先につぶれた眼球が引っ付いてきていた。

 眼球をかざしながら、チラリとアマウリの方をみて、自慢げにフフンと鼻をならす。

 その表情は、『どうだ見たかクソ魔法使い。貴様に心配などされる謂れなど無い』と言わんばかりに、侮蔑と皮肉が篭っている。

 そんな挑発的な態度を取られたアマウリだったが、その反応は若干予想外のものだった。

 

「素晴らしい。美しい。とてもビューティフルです。

 ミス・ビュル、あなたの戦いには残忍さと美しさと強さが備わっています。いや、本当に素晴らしいですね」

 彼は、満面の笑みで拍手していた。べた褒めの賞賛だ。

 皮肉で言ってるのかとも思えたが、どうやら本当に心底、賞賛しているらしい。

 アマウリという男は、けっして自分への侮蔑を許すような男ではない。だが、それ以上に美しいモノを美しいと賞賛する気持ちの方が強い人物なのだった。


 逆に、賞賛されたビュル・オージェの方が、アマウリが何を考えて、自分を賞賛しているのか、まったく理解できない。

 彼女は、表情を歪めて呟いた。


 「気持ち悪い、死ね」




 ……


 細かい事はあったが、結果的には、それ程時間も掛からず敵は全滅した。

 元々敵の数はさほど数も多くなかったし、完全に相手が油断していた所へ奇襲が成功した時点で、すでに勝敗は決していたといってもいい。

 王都からずっと穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の一団を追ってきた敵の殲滅に成功したのだった。

 

 これで、皇帝国軍が俺達を見失ってくれると、逃避行も少し楽になるんだけどな。

 全滅した敵を見ながら、勇一は、そんな期待をする。

 ディケーネと、ビュル・オージェは、敵の生死を確認し、確実に止めをさして回っていた。

 残酷な気もするが、 作戦の性質上、一人として生きて残すわけにはいかない。

 その間に勇一は胸のマイクに話掛ける。


「ニエス、こっちは終了した。迎えに来てくれ」

『はいはーい御主人様。すぐに行きますねー』

 

 迎えを呼んでも、来るまでに、しばしの時間がある。

 そして、その時間にアマウリは、止めを刺し終わったビュル・オージェに対して、質問の雨を降らせるのだった。


「ミス・ビュル。あの素晴らしい体術はどこで覚えたのです? 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の訓練では、あんな体術の訓練は行いませんよね? 私の師が使うアンサツケンと言う体術に若干似てるように見えますが、やはり違いますよね。 それに貴方ってまだ二十代前半ですよね。その年齢で、あれだけの技を会得するとは、どのような環境で、どのような修行をおこなったのです? 教えて頂けませんか? もし宜しければ流派の名前だけでも、教えていただけませんかね?」


 あれ?

 険悪なムードだったのにいつの間にか、仲良くなってるぞ。

 これから一緒に旅する仲間同士なんだから、仲良くなるのは良い事だよな。

 質問攻めするアマウリの様子を見て、勇一はそんな事を思う。


 だが、もちろん、それは大きな誤解だ。

 アマウリは、ビュル・オージェが取った挑発的な態度を許していない。

 それどころかアマウリは、彼女の事を、豚の餌にしてやりたいほど嫌っている。機会さえあれば、本当に実行するだろう。

 だが、それ以上に、彼女の使った体術への好奇心が勝っているだけだった。

 

 そしてもちろん、ビュル・オージェの方も、本気で、ガチで、心の底から、アマウリを嫌っている。

 その美しい顔を歪めながら、ただただ、ひたすらに無視し続けていたのだった。

 

追記

※突然ですが、題名を変更しました。

 混乱を招きご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します。



四章の開始となります。

立ち上がりはスローペースとなりますが宜しくお願い致します。

一週間に1~2度のペースで更新予定です。



別途

感想についてですが、返事が遅くて大変申し訳ないのですが、書いて頂けると筆者としては大きな励みとなりモチベーションとなります。一言でも、批判でも、気づいた点でも、構いませんので、よろしければお願い致します。



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