幕間 三人《前編》
深く暗い、森の中。
三人の馬に乗った女性冒険者が、"道"とは言えないような獣道を進む。
一人は髪をポニーテールにした女性。
一人は背が低く、可愛らしい少女のように見える女性。
そして最後の一人は、片腕の女性。
三人共疲れきった表情を浮かべたまま会話は無く、ただ黙々と馬の歩を進める。
背が小さく、少女のように見える女性は特に顔色が悪く、馬の操り方も不確かで他の二人から遅れ気味だ。
ふらついたかと思うと、馬から落ちそうになってしまう。
ポニーテールの女性が、馬を近づけて心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」
そう声をかけた女性の名は、キアラ・マルキテッリ。
一度はディケーネに土下座して弟子入りをお願いし、断れた女性だ。
「だ、大丈夫です。ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと疲れてしまって気分が悪いだけです」
顔色の悪い女性が、唇をかみ締めながら答える。
その彼女は、一度は勇一とパーティを組もうとした元ダーヴァの冒険者、ウノ・パウだった。
「無理せず、少し休憩しましょう」
キアラがそう言って、馬から下りた。
ウノも、口では大丈夫と言ったものの、かなり限界にきていたので、素直に馬をおりた。
ちっ、またか。
そんな二人を見て、三人目の女性が心の中で悪態をつく。
片腕の女性の名はローラ・ローロ・ロドリーロ。そう名乗っているが、もちろん偽名である。
彼女は、グルキュフ暗殺に失敗し逃亡した、元ダーヴァの冒険者マリーリェだった。
マリーリェは、座り込んでしまったウノを放っておいて、後方の深い森に眼をやった。
眼だけでなく、耳をすまし、気配も探る。
……
……
追手は、いないようだな。
さすがの"奴ら"も、諦めたか?
彼女達三人は、ドーン商隊の護衛に参加していて、本来ならとっくに王都に付いているはずだ。
だが、彼女達三人は、暗い森の中で、"奴ら"から逃げ回っていた。
――――――
話は、数日ほど遡る。
うーーん?
なんか、おかしいな。
最初に異常に気がついたのは、ドーン商隊の護衛隊長を務めるゾンダ・アールデカスだった。
ドーン商隊は、王都へと帰ろうとしているクルスティアル王子の一行の為に渋滞している新街道をさけ、『唸りの森』を通る旧街道を通っていた。
かなり遠回りになるが、それでも、護衛も含め全員が馬を駆るドーン商隊の、移動は早い。
王子達の一行より随分後にダーヴァを出たにも関わらず、追い越して、もうすぐ王都へとたどり着こうとする所まで来ていた。
しっかり整備されて通りやすい新街道ができてからは、この旧街道はすっかり廃れており、行商につかう行商人も、めっきりと減っている。
実際に、ドーン商隊も、朝から、誰にもすれ違っていない。
「どうしたんですか隊長? そんな難しい顔をして」
ゾンダが首を訝しげな表情をうかべていると、キアラ・マルキテッリが馬を寄せて、声をかけてきた。
ポニーテールにしているキアラの髪が、乗っている馬のリズムの合わせて、本当に子馬の尻尾の様に揺れている。
その横に馬を並べて、弓を担いだウノと、片手の女ローラも、一緒にいる。
まだドーン商隊に入って間もない彼女達は、"見習い"扱いだ。
今はゾンダの命令で細々とした、雑用などをこなすのが主な仕事となっている為、三人とも普段からゾンダの近くにいることが多い。
「いや、すれ違う者が、まったく居ないと思ってな」
「そう言えば、朝から、まったくすれ違う人、いませんね。
でも、今までも一日中誰にもすれ違わない事が何度もありましたよ」
「確かに、この旧街道を使う者は少ない。
それでも、もう王都も近い此処まで来て、すれ違う商人が、一人もいないのは変だ。
この先に、何かあるのかもしれん。ちょっと調査隊を出して、先を調査でもしたほうがいいかもしれんな。
キアラ、先頭に止まるように言ってきてくれ。ウノ、調査隊を編成するから護衛の連中に集まるように言え」
「はい!」「はい、わかりました」
キアラとウノが、ゾンダの指示に従い走り出そうとする。
だが、もう、遅かった。
いきなり何十本もの矢が、ドーン商隊降り注いてきたのだ。
くそ!
もう、囲まれている?! しかも、数が多い?!
「護衛隊! 迎え撃て!」
ゾンダが叫ぶ。
商隊の前方に眼をやると、道を塞ぐように森から敵の集団が飛び出してきた。
前だけでない。後方にも、同じように道を塞ぐように敵の集団が飛び出してきていた。
再び、何十本という矢が降り注ぐ。
その矢の掃射が終わると同時に、前後の集団が剣を抜き、商隊に襲い掛かってくる。
やばい。
こいつらの連携の取れた動き、単なる山賊の類じゃ無いぞ。
山賊なら、こんな見事に連携した動きを見せない。
そもそも山賊側が数が多ければ、逆に完全に包囲したりなどしない。
商人は敵わないと判断したら、荷物を置いてさっさと逃げ出すことが多い。命あっての物種だ。護衛だって、敵わないと判断したら、守るべき商人だけ先に逃がして、その後は無理せず逃げ出すことが多い。
夜盗側とて、完全に包囲して必死に抵抗されれば、被害がでてしまう。逃げる者など逃がした方が得だ。
なのに、こいつら、完全に包囲し、前後から挟撃してくる。
俺達を逃がす気がさらさらない。
完全に、此方を全滅させる気だ。
何者なんだ、こいつら!
彼らの、正体。
それを、ゾンダが知るはずも無いが、もちろん、中央ルシア正統皇帝国軍だった。
この時点では、まだクルスティアル王子による武力政変が起こる前であり、王都を包囲するために集結しつつある軍勢の一部であった。
前後から挟撃されたドーン商隊は、商人も護衛も次々と打ち倒されていく。
くそ。こりゃ、守っていてもジリ貧だな。
ゾンダが意を決して、叫ぶ。
「護衛隊! 全騎、右側面、森の中の敵に対して突撃するぞ!
一点に集中して穴を開けろ!
まずは敵の包囲に穴を開けて、商人を逃がせ!」
さらに振り返って、キアラ達に向かって叫ぶ。
「包囲に穴が開いたら、すぐさま、お前達三人も逃げろ!」
「そんな、私達も護衛隊の一員です。私達だけ逃げるなんて」
キアラの返事に、ゾンダが怒鳴りかえした。
「うるさい! お前達ひよっこなんか、戦闘に参加したって足ひっぱるだけだ。
それに、お前らが先陣きって逃げれば、追手が分散して商人達が生き残る可能性も増えるかもしれん!さっさと逃げて、追っ手を分散させろ!」
もちろん"追っ手が分散させる"なんて言うのは、半分以上 嘘だ。
自分の娘のような年齢の女冒険家達が、殺されてしまうのが忍びない。
ゾンダは、内心そう考えているが、もちろん口に出したりはしない。
その間に、護衛隊達が、騎馬で突撃を敢行した。
包囲する皇帝国軍の数は圧倒的に多い。
だが、ゾンダの護衛隊は、一騎当千の腕利きの傭兵集団だ。
その騎馬突撃で包囲網に穴が開く。
「さっさと逃げろ!」
ゾンダの指示に、まず、マリーリェが馬の踵を返して、躊躇なく逃げ出した。
あっけに取られそうになるほどの、見事な逃げ足だ。
続いてウノ・パウが、馬の踵をかえして逃げ出そうとしながら、叫んだ。
「ごめんなさい、隊長。私、どうしても王都であの人にあって、一度パーティーに誘っておいてもらいながら断ってしまった事を謝って、許してもらったら一緒に冒険して、それから恋におちて、結婚して、初夜を迎えてこの清い体を貪ってもらって、更にそのうえ毎晩あの人の○○○を×××××して、△△△△するうえに、もう、ぐっちょんぐっちょんに◇◇◇◇◇◇してもらって、三人の子供をつくって、幸せな家庭を作るまで絶対に死ねないので、お言葉に甘えて逃げさせてもらいます」
無茶苦茶な事を言っているウノだが、一応そこそこ冒険者の経験がある為、本来、自分がどうするべきかの判断も冷静にできる。
いくらゾンダの護衛隊の一人一人は強くても、敵の数が多すぎる。此処に残っても全滅するだけだろう。
指揮権の有る者が、逃げろというならば、逃げるべきである。
だが、キアラは逃げ出すことができない。
「私も、残って戦います!」
誰にも言ってはいないが、父親を早くに亡くしたキアラは、初めて自分を冒険者として認めてくれ、色々と教えてくれたゾンダに対して父親の面影のような物を感じていた。
冒険者としての経験も皆無な彼女は、冷静な判断ができず、感情を優先してしまう
「うるせー!
うるせーっつったら、うるせーんだよ!
おいウノ! こいつを連れてさっさと逃げろ!」
後ろから、ウノが服を引っ張り、無理矢理に走り出す。
嫌がるキアラを引きずるようにして、そのまま包囲網の穴を抜け、『唸りの森』の中へと逃げ込んだ。
敵の集団が、単なる夜盗であったなら、そのまま逃げ切れただろう。
だが、敵は中央ルシア正統皇帝国軍。
その上、『口封じの為に、目撃者はすべて、かならず始末しろ』そう厳命されていた。
皇帝国軍の中から、逃げた者達を追うための専用の小部隊が編成され、徹底的な追跡が行われたのだった。
――――――
本当なら、捨てて行きたいところだな。
マリーリェは、道から少し外れた森の中で、休憩するウノ・パウを見下しながら、内心でそんな事を思う。
ウノは、冒険者とは思えぬ程に体力が無い。
商隊と共に移動していた時は、馬に乗り、さらに荷物をのせた馬車に合わせて、比較的ゆっくりな移動だったので、なんとか付いてこれていたので誤魔化されていた。
しかし、逃避行になって馬を急いで走らせるとすぐに体力が尽きてしまい、何度か休憩を挟まざるを得なかった。
徒歩だったら、間違いなく、もう、とっくに捨てて行ってる所だな。
だが、馬での移動だからまだマシだし、さらに一緒にいるとそれなりに役にたつ女ではあるからな。もう少し我慢するか。
マリーリェは、そんな風に考えている。
実際に、ウノは有能だった。
一度、"奴ら"追いつかれそうになった時、その正確な弓の射撃で、皇帝国軍の追っ手を撃退したのは、ウノだった。
さらに逃亡中の食料も、殆どウノが調達してくれていた。
食べられる草や、木の実、さらにウサギなどを狩って食料として集めてくれている。
キアラとマリーリェには、草や木の実の知識も無いし、剣士としての腕は良いのだが、小動物を狩るような狩りの技術も無い。
ウノの知識や経験が無かったら、この逃避行はかなり早い段階で苦境に陥っていた事だろう。
彼女の知識や経験は、三人の中でずば抜けていた。
それもそのはず。
見た目は、一番背が低く、一番幼く見えるウノ・パウだが、実は、彼女はこの三人の中で、ダントツで一番年上なのだ。
二十代後半、ぶっちゃけ三十手前である。
弓の実力を買われて、いろんなパーティに入っては、その体力の無さを理由に首になる。そんな事を繰り返しながらも、もう十年以上、冒険者をしているのだ。
年齢的はこともあり、性格的には色々と拗らせてしまっているが、冒険者としての知識と豊かな経験、そして、その弓の実力は確かな物であった。
「も、もう大丈夫です。い、行きましょう」
ウノが、立ち上がる。だが、顔色はまだ少し悪い。
「無理しなくて、いいですよ。もう少し休みましょう」
キアラがそう言ったが、それを無視するかのようにマリーリェは、さっさとひとり馬に乗り先に道に出て、後方を警戒し始めてしまった。
「本当に大丈夫ですから」
ウノも、すぐに馬に乗り、道へと出ていってしまった。
あわててキアラも馬に乗り、後を追う。
また、三人で、森の中を進み始める。
ウノとキアラが並んで先を進み、後方を警戒しながらマリーリェが続く。
どれだけ進んだだろうか。
不意に、ウノが叫んだ。
「アッ! 待って!」
「え? どうしたの?」
キアラが、聞き返したが、もう遅かった。
草に隠れるように張ってあった紐が、馬の足元に掛かっている。
ヒュンヒュンヒュンと、風を切る音と共に、仕掛けてあった罠の矢が、馬を貫いた。
徒歩だったら、馬ではなく、自分達が貫かれていただろう。
罠じたいは、よくある単純な罠だ。
体調が万全なウノだったら、もっと早く気が付いていただろう。
くそ、後方にばかり、気を取られていた。
マリーリェも、内心で舌打ちする。
しかも罠は、矢だけではない。
カランカラン。仕掛けの鳴子が音を発する。
森のあちこちの地面や、草場が持ち上がり、その下から隠れていた盗賊が身を表した。
「うおぉおおお! 見ろ!女だぞ!」「女だ!女!」「殺すな。 女だ!」「生け捕りにしろ!」「女 女」「うっほほほほぉう!」「生け捕ーり! 生け捕ーり!」「若いぞ」「おれ、あのポニーテールがいい」「おれは、あのチャパツの色っぽいねーちゃんもらったぁ」「ちょうど商売女のくさいあそこに あきてた所だぁぁあ!」「あせって殺すなよ」「うっひょー やるぞー やるぞー!」
盗賊達が、下品な奇声を上げる。
数が多い。
ざっと見ただけで、15~16人程はいるだろうか?
馬を射抜かれた、三人が、走って逃げ出す。
だが、ウノの足が圧倒的に遅い。
このままでは、簡単に追いつかれてしまうだろう。
マリーリェが叫んだ。
「一旦、バラバラに逃げるぞ。
生きていたら、昨晩に睡眠を取った、大きな木の根元に集合だ」
言うが早いか、マリーリェは左へと反れて、一人で逃げ出していった。
「その方がいいですね。私は、こっちへ行きます」
意外にも、ウノもそう言って、右へと反れていった。
二人が左右に反れて行ってしまったので、必然的にキアラはそのまま、真っ直ぐ走って逃げる。
「待てよーねーちゃんたち」「かわいがってやるからさー」「おんなー おんなぁああああ!」
後ろからは、盗賊達の下品な叫び声が聞こえてくる。
キアラは、ただただ 必死になって逃げ続けた。
別途小説も宜しくお願いします。
異世界殺戮バトルロイヤル 《転移者100人、生き残るのは1人だけ》
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