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62 防衛


「来たな」

 二階の窓から外を見て、ダフネ隊長は呟いた。


 正面の南側で敵が侵入した同時刻に、裏の北側でも敵が侵入し始めていた。

 まったく声を出さずに黙々と壁を越えてくる。


 チッ。よく訓練されてる。単なる雑兵じゃないな。

 敵の動きを見て、ダフネ隊長は思わず舌打ちと共に悪態をつく。

 兵士が、戦地を向かう時には、死の恐怖が付きまとう。

 その恐怖をかき消し勇気を奮い立たせる為に、指揮する者が演説で名誉や忠誠心を口にして勝利を約束し、更に太鼓を叩きラッパを吹いて盛り上げ、色々な手をつくして、兵士を前へ前へと推し進めていく。

 勇気ある戦士でも、恐怖を打ち消す為に神に勝利を誓い、雄叫びをあげ、己を鼓舞する。

 

 沈黙したまま死への恐怖を打ち消し、作戦にしたがって黙々と侵入してくる敵の姿。

 それは、相対するダフネ隊長にとっては忌々しくて仕方ないものだった。



「放て!」

 ダフネ隊長の号令と共に、二階の窓から穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊が、壁を越えようとしていた敵に向かって矢を放つ。

 数人の敵が、射抜かれて壁の上から無様に転げ落ちた。


 ここで少しでも敵を減らしたい。

「放ち続けろ!」

 ダフネ隊長の指示の元、親衛隊はすぐさま次の矢を弓につがえ、次々に敵へと向かって放つ。

 だが、効果を挙げたのは不意打ち気味に仕掛けた最初の掃射だけで、思ったように敵を減らすことができない。

 敵は矢をつがえる僅かなタイミングを狙って、壁を越えてくる。

 そして、壁を越えるとすぐさま転がるように近くの木の陰や、草陰などに身を潜めてしまう。


 チッ。厄介な連中だな。

 ダフネ隊長が、また内心で舌打ちをする。

 だが、厄介なのは、敵のその動きだけには留まらなかった。

 ヒュン

 風を切る音と共に、親衛隊の一人の頭が、撃ちぬかれた。


「なに?!!」

 親衛隊の頭を貫通した巨大な矢は、後ろの壁へと突き刺さっている。

 矢の放たれた方向に目をやると、そこには二人がかりで大型の弩を構える敵の姿が見えた。

 前に両姫の馬車を襲撃された時も弩があったが、あの時の弩は騎乗しながらでも使える小型の物だった。

 だが今回使用しているのは、一人が肩に担ぎ、一人が狙いを定め、二人で使用する大型の弩だ。

 本来は攻城戦で使用するような弩で、射程も威力も、桁違いである。 

 しかもそんな弩が一つではない。確認できるだけで、六つ。

 弩は非常に強力だが、矢をつがえるのに時間がかかるという大きな欠点がある。

 それを補うように六つの弩が交代交代で矢を放ってきていた。


 クソ!

 あんな大型の弩なんて、持ち運ぶだけでも大変だろうに、六つも準備しやがって。

 ご苦労なこった!


 さらに、嫌なことに弩の狙いは正確だった。

 弓に矢をつがえようとする親衛隊を狙い討ちにしてくる。

 威力や射程で劣る普通の弓矢で弩と対するときは、通常の戦闘ならば、数で圧倒するのが正攻法だ。

 だが、根本的にこちらの兵の数があまり多くない。数で圧倒するほどの矢を放つことが出来ずにいる。

 逆に弩に個別に狙い撃ちされ、親衛隊が一人、また一人と撃ち殺されていってしまう。

 しかも、その間に、侵入した敵が北館の建物へと向けて庭をどんどん前進してくる。


 ダフネ隊長は決断を下す。

「討ち方 止め! これより防衛戦に入る。予定どうりの配置に付け!」

「はい!」

 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊は、窓際を離れ、それぞれの持ち場へと散っていく。

 外に目をやると、敵の先頭集団がすでに庭を抜けて、建物の壁に到達しようとしていた。


 さて、此処からが本番だな。

 本来なら、敵の数は約300で、こちらの30名で約10倍の戦力差だ。勝ち目など無かっただろう。

 しかし『名無き者(ネームレス)』が南側の正面側を受け持ってくれた。

 北側だけに絞れば、120対32。約4倍の敵だ。


 防衛戦は守るほうが、かなり有利だ。一般論として、攻め手が、守り手の3倍で互角などと言われていたりもする。

 四倍の敵ならば、十分勝機があるだろう。

 だが、城での防衛戦ならともかく、まったく守備に向いていない、国賓を歓迎するための使う白亜宮での戦闘だ。

 しかも、これだけ準備を整えて来ている連度の高い敵の集団ときている。

 巧く立ち回ってやっと互角。下手を打てば、全滅の憂き目にあっても不思議ではない。

 だが、ダフネ隊長は唇の端を歪めて、不敵に笑う。


 まあ、地獄をみせてやるよ。


  ――――――

  

 敵の先頭集団が、建物の壁に張り付いた。

 青く冷たい眼をした敵の指揮官とおぼしき人物が、窓から建物の中を探る。

 この白亜宮の窓の多くには、この異世界では高価で希少な硝子がふんだんに使われているので中を見ることができた。

 建物の中に、動く者は見えない。

 硝子の窓を叩き割り、敵の指揮官と共に、多くの敵兵が建物へと同時に侵入した。

 部屋に飛び込むと同時に、床に転がり距離をとり、すぐさま片膝をつき立ち上がって反撃に備える。

 だが、反撃はまったく無い。

 建物の中は、沈黙が支配している。


「探れ」

 敵の指揮官が、短く命令を発っする。

 敵兵は数人のグループに分かれ、警戒しながら北館の中を捜索を始めた。


 北館の中の一階には何処にも誰もいない。

 天井が高く豪華な建物な中は違和感を感じる程に、妙にガランとしている。

 その違和感の理由の一部に、敵の指揮官は気付く。

『部屋の規模に比べて、妙に家具が少ない』


 そして、とうとう彼らは発見する。

 廊下の奥、突き当たりにある二階へとあがる二つの階段。

 そこに、テーブルや椅子などを使い急遽つくられたバリケードが張られているのを。

 


 敵指揮官が、廊下の角から少しだけ顔をだし、覗きこむ。

 白亜宮の北館はかなり大きな建物だが、二階へとあがる階段は、"東階段"と"西階段"は二つしかない。

 今、敵指揮官が角から覗き込んでいる先にあるのは"東階段"だ。

 角を曲がった先には、窓も扉もなにも無い廊下が20m程続いていて、その奥に階段がある。

 そして、その階段の入り口部分にバリケードが造られていた。

 まずは、この窓も扉も何もない20m程の廊下を進まないと、バリケードに辿りつくことすら出来ない。


 敵指揮官が、冷たい青い眼を細めてそのバリケードを見つめる。

 一階を放棄して、階段部分に戦力を集中したか。

 悪くは無い判断だ。

 王都の混乱に乗じて襲撃したとはいえ、時間さえ稼げば王国の守備隊が来てくれるかも知れない。

 防衛側は、その僅かな希望にかけて少しでも時間を稼ぎたいのだろう。

 この廊下とバリケードで、時間を稼ぐつもりだな。だが……


 眼の色よりも更に冷たい響きの声で呟く。

 ……無駄な事だ。


 襲撃側は守備隊など来ないことを知っている。いくら時間を稼いでも無駄だ。

 そうとは言え、襲撃側も混乱に乗じた作戦で有る以上、時間に余裕がある訳ではない。たとえ僅かな時間でもロスしたくはない。

 無駄に考えていても、時間が惜しいだけだ。


 「突撃(マーチ)!」

 敵司令官が、指示を出す。 

 十人程の兵士が、角から飛び出しバリケードに向けて走り出した。

 

 グワッ ギャッ グゲ

 だが、物の数mも進まぬ内に、先頭の兵士たちが呻き声を上げて、床に転がっていく。


 箪笥や机を組み上げたバリケードには僅かな隙間がある。

 その隙間から、矢が放たれたのだ。

 襲撃した側は盾を持っていないし、身に着けている鎧類も動きの速さを重視した革鎧のみだ。

 至近距離からの矢を防ぐ手立てがない。次々と矢の餌食になっていく。


 だが、それでも敵は、廊下を突き進む。

 矢を受け地面に転がった兵士を踏み越え、バリケードへと辿りつく。

 積み上げられた机を叩き壊そうと、敵兵士が、剣をふりあげた。

 その瞬間。バリケードの向こうから剣が突きだされる。


 喉や急所をつかれた最前線の敵が、地面へと崩れ落ちた。

 その後ろの兵が、あわてて距離を取ろうとバリケードから少し離れる。

 その敵に対しては、またも矢を射られた。

 次々にバリケードの前に敵の死体が、溢れていく。


 そして、とうとう最初に突撃を敢行した敵集団は、全員床の上に転がった。


 その惨状に敵司令官は、眉一つ動かさず、ただ短く指示を出す。

「家具や戸を壊し簡易の盾を作れ。それから弩部隊をここへ」


 すぐ様、弩部隊が呼ばれ、バリケードの向けて矢を射始める。

 だが、これはあまり効果が無い。さすがに数十m離れた所から、バリケードの僅かな隙間を通して、向こう側の騎士を射抜くのは無理があった。

 それでも牽制にはなるであろう。

 その間に、周りの敵兵士達は北館の中を走りまわり盾になりそうな物を探し回った。



 ――――――


 よし、敵が一旦さがったな。


 敵が、北館の中を走り回り盾を造っている頃。

 バリケードの中で穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の隊員達も忙しく動いていた。


「今の内に、怪我人へ回復薬(ポーション)を使え!

 他の者は矢や剣を確認。剣には余裕がある、刃こぼれがあれば、すぐさま交換しろ」

 鉄兜を被った女騎士が命令を叫ぶ。

 周りの穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の騎士達は、テキパキと次の攻撃に備え準備を行った。


「敵 来ます!」

 バリケードの外を警戒していた女騎士が叫ぶ。


 敵が、木の巨大な板を盾代わりに、突撃してくる。

 北館の中の机や椅子の多くはバリケードで使用し、それ以外の家具はなるべく破壊してあった。だが、敵は扉を壊し、それを盾として使用している。

 厚い木の扉は、後ろから数人で持てば、そのままで立派な盾代わりになっていた。

 その盾を全面に押し出し、更になるべく装甲が多く着けている者で最前線を組んで、突撃してくる。


 バリケードの隙間から矢を放つ。

 だが、いくら矢を放っても、敵の突進を止められない。


 ドゴォンと、鈍い音をたて、巨大な木の扉の盾が走り来る勢いそのままに、バリケードに激突した。


 バリケード全体が、ぐらりと揺れる。

 それと同時に、盾の後ろから敵が次々と顔を出し、バリケードを壊し始める。

 積み上げた机や椅子に、剣を叩きつけるようにして破壊していく。

 

「迎え撃て!」

 命令と共に、穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊が、反撃を開始した。

 敵兵士がバリケードを壊そうとして剣を振りかぶる所を狙って、剣を突き刺し、切りつけ、次々と屠る。

 その戦いはそのものは、圧倒的に守り側の親衛隊が有利だった。

 敵はまずバリケードを壊す必要があり、そちらに、攻撃の手も意識も、集中している。

 バリケードの隙間や上から、親衛隊達が易々と切りつけ、敵を駆逐していく。


 しかし、敵は数に物を言わせ、続々と後ろから迫りくる。

 敵兵士が剣を叩きつけ僅かにバリケードに壊す。その隙をついて親衛隊が剣で敵を切り殺す。だが、すぐさま後ろの後ろの敵兵士が前進してきて、バリケードに向かって剣を叩きつける。その敵を、親衛隊がすぐまた切り殺す。それでも敵は前進し、また剣を振ってバリケードを破壊する。そして、また、切り殺す。


 敵の行為は『僅かなバリケードの破壊』と『命』を交換しているに等しい。

 あまりに愚かで、あまりに浅はかな行為。

 正常な人間が見れば、狂っているとしか思えないような『不等価交換』だ。


 だが、それは、戦場においては、正しい行為だった。

 何十人と言う兵の命を引き換えに、とうとう敵はバリケードの破壊に成功する。

 親衛隊はバリケードと言う、守りと優位性を失った。

 白い鎧を纏った、気高く力強くそして美しいその姿を、敵の眼前に晒す。


 さあ、ここからだな。

 鉄兜の下で、女騎士は唇を歪めて笑う。

「戦え! 姫の為に! 最後まで! 命あるかぎり! "アルドニュス"の神のご加護があらんことを!」

 おおおおお!

 女騎士達は、雄叫びを上げ、剣を振るい敵を切りつける。


 穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の女騎士達は、女性の身でありながら一騎当千の猛者ばかりだ。

 並の兵相手に、遅れを取ったりはしない。

 だが、敵の兵士も、選りすぐられた精鋭達だった。


 一人一人の腕前は、ほぼ互角。


 そして、当然のように、数で勝る敵兵士が圧倒する。

 わずか数十秒と持たずして、その場にいた(・・・・・)、親衛隊は全滅したのだった。



  ――――――



 ウオオオオ!

 敵の兵士が雄叫びをあげる。

 仲間の多くを失った得た勝利に、今まで無言だった敵兵士達も、思わず歓喜の声をあげ叫んでしまっていた。

 手に持っていた剣を天に向かって突き上げ、小さな勝利を祝い、神に感謝する。

 その足元の濁った血の水溜りには、純白の鎧を纏った女騎士達の(むくろ)転がっていた。

 兵士達の戦意は高揚している。

 足元の(むくろ)をあえてグチャグチャと踏みつけながら、意気揚々と目的を達する為に、前進する。


 グァッ?!

 前進する敵兵士の一人が、無様に血の池へと転倒した。

 な? なんだ? 自分の足元に目をやる。


 震える手が、足首を掴んでいた。

 完全に息絶えたと思っていた穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊の一人が、敵兵士の足首を掴んでいる。

「……い…… 行くせぬ……」

 開け放たれた鉄兜の眉庇(バイザー)の下から、元は綺麗であったろう女騎士が、執念と狂気と怨嗟でゆがんだ瞳で睨みつけてくる。

 その瞳に、一瞬、兵士は恐怖を感じて恐れをなす。

 

 くそ! 死にぞこないが。

 もう一方の足で、渾身の力を込めて、女騎士の鉄兜を蹴り付けた。

 ゴギリと、嫌な音をたてて女騎士の首がありえない方向へと曲がる。

 たとえ一瞬でも女相手に、この俺が恐れをなすなんて!

 ありえない方向へと首が曲がり、ピクピクと僅かな痙攣を繰り返す女騎士の(むくろ)

 敵兵士は、その(むくろ)を、自分の恐れをなした行為を覆い隠すかのように、さらに何度も執拗に蹴り付けた。


 そんな例外を除き、他の敵兵士達は、勝利に気持ちを高ぶらせ、足早に先を目指す。

 バリケードの奥にあった階段を登り、踊り場を越えて二階へと差し掛かった。


 そして、前進した敵兵士は、階段を登りきった所にある"それ"を見つける。

 思わず敵の目に、失望の色が浮かぶ。

 階段を登りきった所に見つけた"それ"。


 "それ"は、より強固に造られた『バリケード』だった。


 小さな勝利を得たはずの敵兵士達の心の中にわずかに、寂寥感が漂う。

 『……また、先ほどの戦いを繰り返すのか』


 "姫の命を奪うまで、諦めず際限なく攻撃を繰り返す敵集団"

 "姫を守る為、最後の一人まで戦う穢れなきバラ(ホワイトローズ)親衛隊"

 両陣営の思いがガッチリと噛み合ってしまっている。

 北館での戦いは、どちらかが全滅するまでけっして終わらない、お互いの体を鑢で削りあうような地獄の様な消耗戦と化していた。


 だが、敵指揮官の顔には何の動揺の色もない。

 ただ実務的に、ただ冷酷に、ただ命令を完遂する為に、冷たい声で短く指示を出す。

 

突撃(マーチ)!!」


 そして、再び、死闘が始まった。


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