61 遠隔
「たった今、王城にて火の手が上がった事が、確認されました」
その報告を聞いてもアリファ姫は、取り乱す事はなかった。
「王城で、火の手……。
王都の城門ではなくて、王城で火の手が上がっているのですね?」
「はい、王城です。城門方面には変化がありません」
「クワイは何と言っている?」
ダフネ隊長が女騎士へと質問する。
「はい。魔法使いのクワイが、遠距離念話魔法で、王城内の魔法使いと連絡を取ろうとしても妨害され、連絡が取れないとの事です。また、この白亜宮からは王城までは距離がありすぎて、探知魔法等では何も解らないとの事です。その為、王城内の状況はまったく把握できておりません」
幼い女騎士の返答を聞いて、ダフネ隊長は眉をしかめた。
それから、勇一の方に向き直った。
「イオキベ殿。貴殿の探知魔法は、我が部隊にいる魔法使いのものよりずっと強力だとお見受けする。
もし、宜しかったら何があったか探ってくれないか」
いや、俺のは探知魔法じゃないけど。などと、否定しても意味がない。
すぐさま、胸元のマイクに日本語で話しかける。
「おい、タッタ聞こえるか?」
ちなみに回りにいる人達、アリファ姫やダフネ隊長は、その胸元に話しかける日本語を聞きながら、勇一が『特殊な呪文』を唱えていると思い込んでいる。
『はい。なんでしょうか?』
マイクの向こうからタツタが反応する。
「王城で何かが起こっているらしいんだが、レーダーで何か解るか?」
『残念ながら、装甲指揮車と王城との距離がありすぎるのと、周辺に多くの人の反応がありすぎる為に、すぐには報告できません』
「すぐには? って事は、何か手は有るって事か?」
『はい。遠隔攻撃型ドローンを目標地域上空へと飛ばして、情報収集を行う事が可能です。ご命令頂ければ、ここからですと、約490秒程で目的地上空に到達可能です』
なるほど。遠隔攻撃型ドローンに偵察させるのか。
えっと……約490秒って、約8分か。
「解った、すぐに実行してくれ。何かわかったらすぐに連絡いれてくれ」
『了解しました』
「あ、それと、アマウリさんに繋いでくれ」
『はい。接続します』
数秒の沈黙の後、マイクからアマウリの声が聞こえてきた。
『ユーイチ殿、何かありましたか?』
「あ、アマウリさん。実は王城で火の手があがったらしいですよ。まだ何が起こったかは解らない状態ですし、郊外のそっちなら問題ないと思いますが、一応警戒しておいてください」
『ほう、王城で、火の手ですか……。現状はまだ何がおこったか解っていないのですね。それでしたら微力ながら私も魔法で何か探ってみましょうか。もし王城内で念話魔法が通じる相手がいるのでしたら、その者の真名と符号を教えて頂けますか?』
アマウリには、ぜひ力を貸して欲しい。
だが、念話魔法の通じる相手の"真名"とか"符号"とか、そんな事を言われても、勇一は困ってしまう。
正直に言ってしまえば、"真名"や"符号"が、何なのかすら解らない。
ユーイチとアマウリの会話は、この異世界の言葉で交わされている。
その会話を横から聞いていたダフネ隊長が、口を開いた。
「王城内には、穢れなきバラ親衛隊の魔法使いが控えている。
真名はマルティナルス・ドナルド・ハ・ミュラー。符号は『иккЯ』。もし、お力添え頂けるなら、ぜひお願いしたい」
魔法使いの"真名"と、暗号のような意味合いの持つ"符号"は、もちろん機密情報だ。部隊外の魔法使いに教えることなど本来はありえない。
だが、ダフネ隊長としてはそんな機密よりも、今、姫に迫っているかもしれない危険の正体を探るほうがずっと優先度が高かった。
アマウリと言う魔法使いの事は知らないが、自分たちの常識では考えられないような戦力を誇る勇一達と一緒にいるような魔法使いだ。その実力には期待できるだろうし、それなりに信頼もできるはずだ。
ダフネ隊長のその声は、マイク越しにアマウリにも聞こえている。
『わかりました。真名はマルティナルス・ドナルド・ハ・ミュラーで、符号は『иккЯ』ですね。何か解り次第、また連絡します』
「お願いします。何か解ったらすぐに連絡ください」
勇一はマイクでの通信を止めて、ダフネに向き合う。
「えっと、マナとフゴウというものを教えて頂いて有難うございます。今、聞いたように仲間の魔法使いに調べてもらいます。それとは別にドローン……、えっと、何て言うか"使い魔"みたいな物を使って、王城の上空から探る予定ですので、ちょっと待ってて下さい」
勇一が、そう説明している時には、すでにタツタによって遠隔操作された遠隔攻撃型ドローンは、装甲指揮車の開け放たれた後部ハッチから飛び立ち、王城を目指して飛翔していた。
「お力添え、感謝する」
ダフネ隊長が勇一に深々と頭を下げた。
「アリファ姫様。自分たちはあらゆる事態にそなえて準備をさせて頂きます。
それでは、一旦、失礼させて頂きます」
そう言って、アリファ姫に向けて、深々と頭を下げる。
「ワンディー お前は此処に残って、何かあったらすぐに知らせに来い。それ以外の者はついてこい」
ワンディーと呼ばれた、今しがた報告に来た幼い女騎士だけを一人残し、ダフネ隊長は他の穢れなきバラ親衛隊の隊員達を引き連れて、部屋を出て行ったしまった。
その後、室内には沈黙が流れる。
王城に火の手があがり、間違いなく緊急事態なのだが、勇一達がすぐに何かできるわけではない。
さて、どうしたものか。
勇一がそんな事を思っていると、アリファ姫はにこやかな笑顔を浮かべながら平然として言った。
「それでは、食事を続けましょう」
「え? 王城で火の手があがってるのに?」
勇一は思わず、声にだして言ってしまう。
「もちろんです。王城で火の手があがっても、わたし達にすぐできる事はありません。
せっかく料理人達が精魂こめて作ってくれた料理。食べないともったいないじゃないですか」
そう言って、更に魅力的な微笑を浮かべる。
まあ、そうなのかもしれない。
それでも、なんとなく違和感はある。
だが、アリファ姫が食事を続けると言われると、勇一達は席を離れる訳にもいかない。
そのまま、食事を続ける事になった。
「それに……、王城で火の手があがったというのでしたら……、多分……。
これが最後の晩餐になる可能性が高いですからね」
アリファ姫のその呟きは、声が小さすぎて、勇一達には聞こえなかった。
――――――
なんとも表現しがたい微妙な空気の中で、食事が続く。
アリファ姫は笑顔を絶やさず、会話も交わされるが、とても愉しい雰囲気ではない。
勇一は、どうも落ち着かない。
もともとテーブルマナーや、話の盛り上がりにかける事も気になっていたが、今はさらに王城が燃えていて、部屋の外ではダフネ隊長達が対策を立てているのだ。
落ち着いて食事をしろと言うほうが無理だ。
横をみると、ディケーネも『何が会ってもすぐ反応できるように』と、神経をピリピリと張り詰めている。
ニエスも先ほどまでは、モリモリとテーブルの上の食事を食べていたが、さすがに手の動きが遅くなっている。
まあ、それでも食べ続けているのが、ニエスらしい。
チラリと壁際に目をやると、なぜか壁際の幼い女騎士ワンディーも、緊張しているのか物凄くガチガチ固まった表情をして立っていた。
そのワンディーが、視線に気がついたのか、勇一のほうに顔を向ける。
二人の視線が合う。
とりあえず勇一はニッコリと笑っておいたのだが、ワンディーには、あわてた様子で視線を逸らされてしまった。
なんとも、空気が重い。
なんとなく、あれだな。
子供の時に、近所のオバサンが交通事故で亡くなってしまった時の通夜がこんな感じだったな。
勇一が、そんな事を思い出すほどの雰囲気だった。
それから少し後
その微妙な空気を突き破るかのように、胸のマイクから『タツタ』の声が響いた。
『周辺監視範囲内の反応に新たな動きがあります。状況から推測し危険な可能性が『高』と判断しました。詳細をご報告いたしますでの、対応をご検討してください』
「タッタ。どうだ? 何がわかったか?」
勇一の言葉に、タツタは報告を続ける。
『遠隔攻撃型ドローンが王城へ向かう途中、管理者イオキベ・ユーイチ氏が駐留している建物上空を通過いたしました。その際に周辺監視範囲内の反応に不審な動きがあり、状況から推測し危険な可能性が『高』と判断した為、調査対象の変更を行わさせて頂きました。
現状、遠隔攻撃型ドローンから送られてくる情報は、都市部内で人の反応数が多い為正確な情報では無い可能性があります。ですが、一般的な都市部の道に沿った人の流れや、建物内の停滞者の割合を無視した人の動きが確認されております』
「どう言うことだ? もっと単純に解りやすく言ってくれ」
『管理者イオキベ・ユウイチ氏が駐留する建物を、包囲する形で、人の反応が急速に増えております』
「包囲!? 数は?!」
『反応数は約300程になります。至急に対応をご検討ください』
部屋に一人だけのこっていた穢れなきバラ親衛隊のワンディーが おずおずと勇一に声をかけてきた。
「ユーイチ殿。なにか王城の事が解りましたか?」
勇一は、叫ぶように答える。
「王城は後回しだ。この建物が包囲されてる! すぐに迎撃体勢を整えるようダフネ隊長に伝えてくれ!」
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アルフォニア王国 王都『ラーニア』
敵対している中央ルシア正統皇帝国国家による攻撃も王都までは届いた事がなく、過去数百年間、一度として戦火に巻き込まれたことの無いまま、平和を感受してきた街だ。
この王都において、集団による戦闘行為など本来はありえない。
ピルロゥ伯爵率いる王国第八軍の約一万五千人が、常時防衛及び治安維持に当たっていた。
王都防衛だけでなく、反王制主義者のテロ行為にも対処を行っている。
その為、王都内で集団的な戦闘行為を行えば、一刻もたたずして続々と第八軍の兵達が現れるのだ。
だが、王城で火の手が上がっている今の状況で襲撃されたとき、常時のように第八軍の兵が来てくれるとは到底思えない。
狭い部屋の中には、勇一達『名無き者』と、ダフネ隊長と数人の女騎士がいる。
アリファ姫様と、御付きのブレッヒェさんには、さらに奥の部屋へと避難してもらっていた。
預けていた武装は返されていて、勇一は肩にレーザー小銃を掛けている。
「タッタ。現在の敵の包囲状況をわかる限り詳しく教えてくれ」
「はい。建物を包囲し敵対行動している集団を、グループAと仮定します。
グループAの反応の総数は300±6です。都市部で他の一般人との差異がはっきりしない為、数には±6程の誤差の可能性があります。
勢力の分布は、建物の正面南側は約130。裏の北側に約130。
東側に20、西側に20となります」
正面南側と裏の北側に集中してるな。
タツタが伝えてくれた内容を、ダフネ隊長にすぐさま伝える。
「ふむ、この白亜宮は中庭を挟んで、正面の南館と裏にある北館に別れている構成だ。
敵の布陣からしても、東と西の軍勢はあくまで包囲するための物だろう。
実際に攻め込んでくるのは、"正面の南"と"裏の北側"の二方向からだろうな」
ダフネ隊長が、そう説明してくれる。
「先に、我々の戦力を正直に言おう」
ダフネ隊長は厳しい表情で、話を続ける。
「総勢42人。だが、そのうち本格的に戦闘が行えるのは穢れなきバラ親衛隊20名と、この建物に常駐している守備隊12名を足して、合計32名だ。それ以外は姫様の身の回りに世話をする者や料理人になる。ちなみに魔法使いは親衛隊内に一人いるが、あくまでも周辺警戒や遠距離念話が専門で攻撃魔法は使えない。弓矢は普段から建物内に準備してはあった物がある」
「なる程。兵力数は此方がかなり数は少ないですね。
ちなみに、この建物で守るときに守りづらいのは正面の南側ですか? 裏の北側ですか?」
「やはり正面の南側だな。正面玄関に面した大広間は窓も多いし、非常に守りづらい」
「わかりました。
じゃあ、南側の正面は、俺達『名無き者』が受け持ちます」
勇一の、その言葉にダフネは一瞬だけ躊躇する。
だが、瞬時に判断して、頷いた。
「申し訳ないが正面を頼む。我々は32名全員で裏の北側を死守させてもらうよ」
――――――
勇一は、正面南側の二階の部屋に移動し、窓から庭園を覗む。
この白亜宮は王都の中にあるので、庭園はそれ程広大と言うわけではない。
だが、正面の鉄門から建物の前まで石畳の道が続き、その左右には色とりどり木々や花々や噴水などもあり、贅をこらした庭園となっている。
その庭園の回りを高めの壁が囲んでいるが、あくまでも一般的な邸宅の壁で、泥棒避けにはなるだろうが、戦闘用に作られているわけではない。
今の所、敵の姿は見えない。
庭園も午後の光を浴び、僅かな風に草木が揺れ、小鳥がさえずっている。
勇一は美しい庭園を改めて見廻すが、やはり、敵の姿はどこにも無い。
タツタからの警告が無ければ、平和な昼下がりにしか見えなかっただろう。
いつの間にか、沈黙が庭園に包み込んでいた。
さっきまで、さえずっていた小鳥達が居なくなっている。
船に住み着いている鼠は、その船が沈没する前には、危機を察知して船から逃げ出すと言う。
この庭園にいた小鳥達も、危機を察知して逃げ出したのかも知れない。
異様な静けさが白亜宮をつつむ。
唐突に、黒い装束の者達が、周辺の壁を越えて次々と庭になだれ込んで来た。
雄叫びはもちろん、指示する声も無い。ただ黙々と壁を越えて侵入してくる。
此方からは見えないが、壁に梯子を大量に立てかけているのだろう。殆ど全方向から、壁を越えて続々と侵入してくる。
静けさの中で、白亜宮の防衛戦は、音もなく始まった。




