60 階段
「失礼します」
馬車の外から声が掛けられた。
その声に反応して、ディケーネがすぐに飛び掛かれるように、脚に力をこめる。
外からドアが開かれた。
開け放たれたドアから差し込む逆光で、ドアを開けてくれた人物が何者なのか、すぐには解らない。
だが、すぐに目が慣れてくる。
ドアを開けてくれたのは、メイドさんだった。
微笑を浮かべるそのメイドさんに何となく見覚えがある。たぶん、ダーヴァの街で見かけたメイドさんの一人だ。
「どうぞ、降車ください」
そのメイドの言葉に大人しく従って、三人で馬車を降りた。
降り立った目の前にあるのは、尊厳な白亜の建物だった。
後ろを振り返ると、馬車の向こうに、これまた美しい庭が見える。
勇一は知らぬことだが、王都の塀の中にありながら、これだけ広い庭をもつ建物は極々僅かしか存在しない。
こりゃまた凄い豪華な家だな。
『馬車をおりた途端、兵士に囲まれるかもしれない』と用心していたが、どうやら空振りだったらしい。
数人のメイドさんと執事らしき人達が、並んでお出迎えしてくれる。
横にいるディケーネをチラリとみると、やっぱり拍子抜けしたような表情を浮かべている。
「どうやらブレッヒェ婦人は、ただ単に、すべての物事に対して慎重になっていて用心を重ねているだけのようだな」
なるほど。
俺達に対して『何かするつもり』だった訳じゃなくて、単純に『用心深いだけ』だったのかもしれないな。
「ただこれだけ用心深くなるのは、何かしら訳があるんだろう。あまり油断しないほうがいい」
確かにその通りだ。
ディケーネのその言葉を聞いて勇一は、なんとなくブレッヒェと言う人物の事を思い出そうとする。
思い出そうとすると、思わず、彼女の巨大な胸がつくりだす美しい盛り上がりとそれに連なる素晴らしい谷間が、鮮明に頭に浮かんできてしまった。
あわてて打ち消す。
それから、改めて地方都市ダーヴァでブレッヒェさんに会った時の事を思い出した。
最初に合ったときは、それほどピリピリと警戒していなくて、随分気楽な感じだったけどな。
いや、そういえば、あの後にメイドさん共々誘拐されそうになったんだっけ。油断していて誘拐されそうになったから、余計に用心深くなってるのか。
そういえば、あの誘拐って何が目的だったんだ? ブレッヒェさんが誘拐されるような人物ってことだよな。
ブレッヒェ・カイネン・ゾ・ハルミアさんか……
彼女は、いったい何者なんだろう?
「建物にお入りになる前に、携帯している武具をお預かりさせてもらってよろしいでしょうか」
思わず考え込んでいた勇一は、メイドさんに声を掛けられて、我に返った。
安全面を考えると武器を預けるのは、仕方ないことだろう。
武器を預けた後に、メイドさんの先導について、巨大な木の扉を開けて中に入る。
建物に一歩入ると、そこはまた、これでもかと言わんばかりに豪華な空間だった。
勇一達三人は、部屋のあまりの豪華さに圧倒されて息を呑む。
吹き抜けの広間。天井からは絢爛華麗なシャンデリアが釣り下がっていて、足元は、靴の半分くらいが埋まりそうはほどフカフカの絨毯が敷き詰めれている。
突き当たりが階段になっていて、途中の踊り場からは左右に分かれて二階へと続いている。
正面の壁には巨大な肖像画が飾ってあった。
勇一は知らぬが、その肖像画に描かれている人物はアルフォニア王国、現国王アリーゴ・サッキニィ・バルア・フォン・アルフォニアのものだ。
そして、その階段の上からブレッヒェさんが現れた。
今日は、紺色で裾が非常に長いドレスだった。もちろん胸元は、バックリと開いている。
魅惑的な微笑を浮かべたブレッヒェさんは、ゆっくりと、そして優雅に階段を一段づつ下りてくる。
そう言えば……
勇一は、元の世界の知識を思い出す。
ヨーロッパの古い豪華な建物は、この館のように入ったすぐに広い広間と、それに連なる階段があることが多いが、それには理由がある。じつは、その階段は『館の主人が、客人を迎える為の舞台装置』なのだ。
その情報をネットで読んだ時は、"ふーん、そうなんだ"ぐらいにしか思わなかったけど、こうやって実際に見てみると納得だ。
優雅に階段を一段づつ下りてくるブレッヒェさんの姿は、まさに、この舞台に登場する主人公と言った雰囲気だ。
思わず、見蕩れてしまう。
だが、そのブレッヒェさんは、階段の途中の踊り場まで来た所で、その歩みを止めた。
いきなり地面に膝をつき、頭を垂れる。
んんん? どう言うことだ?
女主人であるはずのブレッヒェさんがいきなり跪いてしまって、勇一は少々、混乱する。
だが、その理由はすぐに解った。
二階から、本物の主人が現れたのだ。
!!!
勇一は、あまりの衝撃に言葉を失って固まってしまう。
二階から現れた本物の主人。
彼女はあまりに美しかったからだ。
豊かに波打って、広間にさしこむ光を反射して輝く金色の髪。絹のように白い肌。長い睫とわずかに緑掛かった蒼い瞳。
勇一は、元の世界でインターネットを使って、所謂"美人"と言われる女性の写真を飽きるほど見たことがある。写真だけなく、現実にはありえないような美を追求した"美人画"とか"二次元の嫁"の映像も、飽きるほど見た。
だが、しかし。
それらが、しょせん単なる美人を模した『紛い物』にすぎなかったのだと、本物の美人を眼の前にして、いやと言うほど思い知らされる。
見た目だけの話ではない。
美術館で何千年と時を経た絵画と対面したような、圧倒的なオーラ。
部屋の中にかすかに漂う、甘く芳しい花のような香りが、脳を蕩けさすかのように刺激する。
彼女の吐く息の呼吸音すら、美しい空気の波紋を刻み、鼓膜から脳を刺激する。
体のすべてで、彼女の美しさを感じている。
彼女のそこに存在するという事実。その事実すらも、美しい。
その美しさに、勇一は完全に心と言葉を奪われてしまっていた。
あまりの美しさに『一目惚れ』などと言う、生易しい気持ちなど湧いてこない。
今、もし彼女が口を開いて『首を切って死ね』と言ったなら、すぐに首を切りたくなる。それ程に心奪われるほどの美しさだった。
勇一だけではない、同性のはずのディケーネもニエスも、心と言葉を奪われ、食い入るように彼女を見つめている。
窓から差し込む光で輝きを放っている金髪を、緩やかに揺らしながら、一段一段ゆっくりと階段を下りてくる。
その姿は、まるで天使が天界から地上へと降りてくるかのようだった。
彼女が、踊り場までたどり着く。
すると、その踊り場に跪いていたブレッヒェが低く抑えた声で言った。
「礼をつくしなさい」
今まで彼女の美しさに見蕩れ金縛りにあっていたディケーネが、その言葉に反応して、すぐさま地面に膝を着いて頭を垂れる。
勇一とニエスも慌てて、真似をして地面に膝を着いて頭を垂れる。
その姿を確認してから、ブレッヒェは、恭しく言った。
「『名無き者』の者達よ。
此方におわすかたは、アルフォニア王国の第二王子のクルスティアル王子と妻アグリット妃の第一姫。
アリファ・フェルスナ・フォン・アルフォニア様になります。
この先も、自己の流儀ではなく我が国の流儀にのっとり、最大限の敬意と礼を尽くしなさい」
その言葉に、勇一は混乱する。
このとんでもないレベルの美人は、アルファ姫様なのか?
不意に、まるで歌を歌うかのような、澄んだ美しいアルファ姫の声が広場の中に響いた。
「"竜殺し"ユーイチ様と、『名無き者』の皆様方。
本日はお越しいただいたことに感謝します。どうぞ面を上げてあげてください」
勇一は、頭をあげて、改めてアルファ姫を見る。
んんんんん? あれ?
どっかで見たことあるぞ?
あまりの美しさに最初は心奪われてしまっていたが、少し落ち着いて、改めて彼女を見ると僅かながら見覚えがある。
記憶をたぐり寄せてみると、すぐに解った。
「あ、アレーさん?!」
雰囲気は全然違うが確かに目鼻立ちは、ダーヴァの街で握手した可愛らしいメイドのアレーだった。
「ふふふ。惜しいですけど、違いますよ」
思わず口からでてしまった勇一の言葉を、アリファ姫は微笑しながら否定する。
「ダーヴァの街で皆様にお会いしたメイドのアレーは、妹のベルガです。私は皆様方とは初対面です。
実は二人ともで一緒に王城を抜け出すと色々と面倒なので、いつも交代で抜け出してるんですよ。
前回はベルガで、今回は私、と言う訳です」
なるほど。
勇一は、その言葉に納得する。
あの時にあったのは、妹さんのベルガ姫の方だったのか。確かに目鼻立ちは一緒なんだが、二人は雰囲気が全然ちがう。
目の前にいるアリファ姫は、美貌と気品と自信に溢れ、姫様らしい堂々とした雰囲気がある。
それに対して、ベルガ姫のほうは、同じ顔で美人なのに、メイドの変装をしていたとは言えどその態度はちょっと引っ込み思案というか、悪い言い方をすると、どこかオドオドとした雰囲気が漂っていた。
「さて、立ち話もなんですね。奥に食事をご用意させていただいて下ります。どうぞ奥にお入りください」
アリファ姫と、その後ろにつき従うブレッヒェさんについて奥の部屋と向かう。
そこには、大きな白いテーブルに絢爛豪華な料理が、これでもかと言わんばかりに置いてあった。
「わぉ!」
後ろで小さくニエスが嬉しい悲鳴をあげたのが聞こえた。かなり興奮しているようだ。
だが、横にいるディケーネの表情が、異様なまでに険しい。
気になった勇一が声をかけた。
「どうしたディケーネ。何か気になることでもあるのか?」
「……黙っていても仕方ないか。ブレッヒェ婦人は商人なので関係ない。そう思って、食事の招待を受けたのが失敗だった」
「?? どう言うことだ?」
ディケーネは、若干言いづらそうに、だが、きっぱりと言った。
「王族や貴族が『奴隷』と同じでテーブルで食事することは、例え非公式の食事といえど、ありえない」
あ! そうだった。
勇一が、思わず叫びそうになる。
この異世界では、世襲制の王族や貴族が居て、奴隷もいる。
実際、この部屋のなかでさえメイドさんや、護衛のために鎧を完全武装した女騎士さんなどは、壁際に立っている彼らはこの食事中は居ない者として扱われる。
この異世界では『人類皆平等』などと言う言葉は存在しないのだ。
もし、ディケーネとニエスが、奴隷だからって"別のテーブル"とか"別の部屋"で食事とか言い出したら、すぐに帰ってやる。
勇一は心の中で、そう呟く。
だが、勇一のそんな思いは杞憂に終わった。
まずは、もちろん上座の目立つ所に、アリファ姫が座り続いてブレッヒェさんが座る。
その後に執事らしき人物が、勇一達のところへとやって来た。
「どうぞ、此方へお座りください」
そう言って執事はディケーネとニエスをそれぞれの席へと誘導してくれて、さらに椅子を引いてくれたりもした。
アリファ姫とブレッヒェさん、そして『名無き者』の三人が同じテーブルに着く。
勇一は一度、舞踏会の招待を断っていて、その際に断った理由も、姫様達はもちろん知っている。
アリファ姫は、そのことも考慮しつつ『名無き者』への最大限の感謝の証として、奴隷身分であるディケーネとニエスと同席したのだった。
ちなみに、これまでアルフォニア王国の数百年の長い歴史の中で、王族が奴隷身分の者と同席して食事を取った事は、一度も無い。
その事実だけでも、アリファ姫がどれだけ『名無き者』に感謝しているか、伺い知ることができた。
席に座った、ディケーネとニエスを見て勇一も、安心する。
料理もおいしそうだし、愉しい食事になりそうだな。
その時は、勇一は暢気にそんな事を考えていたのだった。
――――――
ヤバイ。
本気でやばい。
この異世界に来てから、一番のピンチかも知れない。
勇一の脇の下にジワリと嫌な汗が、沸いてくる。
本当にやばい。
まさか、こんな事になるなんて……
勇一は絶望で心の中が支配される。
やばい やばい やばい。
全然テーブルマナーが、まったく解らん!
なにせ、テーブルの上に、六本のフォーク、四本のナイフ、二本のスプーン、さらに何に使うかわからない細い銀の棒や、鋏のような物まで置いてあり、空のグラスも三つ並んでいる。
チラチラと横にいるディケーネの動きを見ながら、何とかフォークやナイフを使って食事をする。
しかも、マナーだけではない。
もっとヤバイことがある。
アリファ姫との会話が、まったく盛り上がらないのだ。
勇一としても、なんとか会話を盛り上げたいと思う気持ちはある。
もちろん、気持ちはある……
だが、実際の所、女性との会話、特に初対面の絶世の美女と面と向かって行う会話の盛り上げ方など、ここ半年程は部屋に引きこもってゲームばかりやっていて、クラスメートとすらまともに会話をしていなかった勇一が知る由も無い。
この異世界に来るまでの半年間、ずっと遊んでいたVRFPS(バーチャルファーストパーソンビューシューティング)は、世界中の相手と対戦できるゲームで、人口比の関係で外人との対戦が非常に多いゲームだった。
その為、勇一がこの半年間でもっともよく使った言葉は、実は「Fuck!」と「Kiss my ass!」だ。
そんな勇一に、お姫様との会話なんて、出来よう筈も無い。
引きこもりだった人間が、いきなりお姫様と会話が盛り上がるなんて都合の良い話は、現実には無いのだ。
ヤバイ。ヤバイ。
何とか話を盛り上げないと!
しかもマナーも守らないと!
テービルマナーに気を取られつつ、会話を盛り上げようと、焦れば焦る程、空回りしてしまう。
「ユーイチ様は、わたし達を襲った賊を倒しただけでなく、ドラゴンも倒されたとか、本当にお強いのですね」
「いや、全然そんな事ないです。全然たいしたことありません」
強いと言われても、ユーイチはピンとこない。
「ちなみに、ユーイチ様は、どちらのご出身なのですか?」
「あー、いや、どこと言うわけではないです。とにかくど田舎の出身です」
出身地については一番聞かれたくないことだ。思わず誤魔化してしまう。姫様も"誤魔化している"と察したのだろう。それ以上は聞いていこない。
「ユーイチ様は、光の魔法をお使いになられるとの事ですが、どこでそんな魔法を覚えられたのです? 高名な魔法使いに師事されたのですか?」
「いや、誰かに教わったわけではないです」
「では、ユーイチ様の魔法は、もしや、固有の魔法なのですか?」
「いやー、そういった訳でもなくてですねぇ。えー なんと言ったらいいのか」
これもどうやら"誤魔化しているようだ"と姫様は察したのだろう。それ以上は聞いていこない。
「ダーヴァの街に来るまでにも、さぞや冒険者として活躍されたのでしょうね。何か面白い話とかあったらお聞かせ願えます?」
「あ、いや、ダーヴァの街で始めて冒険者になったので、これといった面白い話がある訳でもないんです」
アリファ姫は、勇一に対して興味深々で、実は昨晩からお会いしたら、あの話を聞こう、これについても聞こうとか考えていたのだ。
だが、すべて空振りだ。
最初は好奇心で光り輝いていた彼女の美しい顔には、相変わらず美しい微笑が浮かんでいる。
だが、内心で失望しているのは間違いないだろう。と、勇一は考えてしまう。
やばい。 お姫様が退屈してる!
ヤバイヤバイナントカシナイト
そして余計に焦ってしまう。
もう泥沼だった。
その横で、ディケーネは、勇一と姫との会話を邪魔しないように心がけながら、僅かに食事に口をつけつつ静かに会話を聞いている。
ニエスは『うわ、これ、美味しい。すごい美味しい』と、食べるのに必死だ。
意外なことに、ニエスは、数本のナイフとフォークをちゃんと使い分けていた。なにせニエスは奴隷身分と言いつつも、元々が貴族や金持ち向けの奴隷としてかなりしっかりした教育を受けている。基本的なテーブルマナーぐらいは知っているのだ。
そんなニエスを見て、勇一は内心で余計に焦る。
アリファ姫は、勇一がイッパイイッパイになっている事をなんとなく察した。
無理に話しかけるのを止めて、彼女なりに気を使いなんとか会話を盛り上げようと、ディケーネに話を振った。
「ディケーネ様は、女性の身で『十傑』に入られたとの事ですが、剣は誰かに師事なさったのですか?」
「剣の基礎は子供の頃に、ボルツ・フォン・バルト師に教わっています」
「ボルツ……、と言う名は存じておりませんが、"バルト"の家名は聞いたことがあります。確か、ガーナス派剣術のおいて"ビッタール家""ドルスンドルグ家"に並ぶ三大武家の一つですよね」
「姫様はお詳しいですね。そうです、わが師ボルツは、そのバルト家の者になります。ただ、バルト本家ではなく分家の者でした。それに、教わったと言ってもあくまで基礎だけでガーナス派剣術を正式に学んだ訳ではありません」
「では、いまお使いになってる剣術の流派は何になられるのです?」
「正式な流派はありません。ほぼ我流となります」
なぜか、会話が普通に盛り上がっている。しかも剣術の話で。
このお姫様、剣術にも興味があるのかな。
勇一は、暢気にそんな事を思う。
だが本当の所はアリファ姫は、剣術にさほど興味がある訳ではない。
アリファ姫もディケーネも、いわゆる貴族社会での基本的な会話術を会得しているので、言葉を交わせば、それなりに噛み合う会話を行えるというだけの話だった。
「我流で、あのアドリアーン様を倒して『十傑』に入られたのですか? ディケーネ様は本当にお強いのですね」
「いえ、私がアドリアーン殿を倒して『十傑』に入れたのは、私の剣術の腕によるものでは無く、ユーイチから借りている『光の剣』の力があってのことです」
光の剣!
その言葉に、アリファ姫の眼に、好奇心の色が再び灯る。
今までの社交辞令の延長のような会話に対する反応とは、明らかに違っていた。
「実は、私は守って頂いた時も馬車の中にいたので、その光の剣を直接に見てはいないのです。
話には聞いていて、ぜひ見てみたいと思っておりました。その光の剣、拝見させて頂いて宜しいですか? 」
「できません」
アリファ姫の願いを、ディケーネが間髪いれずに拒否してしまった。
「え? 今、なんと仰られました?
あ、そうですね。武器類は、食事の前に預けてあるので、見せろと言っても無理ですよね。
ブレッヒェ。彼女達の武器をお持ちしてあげて」
「いえ、そうではなく。光の剣をお見せすることは、できません」
「それは、どう言った意味でしょうか?」
「言葉どうりの意味です」
アリファ姫の整った顔の上に浮かぶ美しい微笑が、僅かにゆらぐ。
「私に、光の剣を見せる事はできないと言われるのですか?」
「はい、お見せできません。申し訳ありません」
ディケーネの感覚としてはレーザー拳銃は、
『伝説級ともいえるとんでもない武器を、勇一を守る為に、勇一から借りているだけ』なのだ。
あくまで勇一の所有物であり、さらに勇一を守る事以外に使うつもりも毛頭ない。
見せてくれと誰に頼まれようと、見せるつもりなどまったくなかった。
ディケーネが何を考えているか察した勇一が、あわてて提案した。
「いや、あれだ、ディケーネ。せっかくお姫様が見たいといってるんだから、見せてもいいんじゃないかな?」
「ユーイチが、そう言うならば、そうしよう」
ディケーネがあっさりと、意見を変えた。
その行為を見てアリファ姫の顔に、ほんの一瞬だが、不快そうな表情が浮かんだ。
自分の頼みを断られた事はさほど構わない。総ての者が自分に従うべきなどと、そんな緩慢な気持ちをアルファ姫はもってはいない。
だが、一度断った頼みを、他の者の命令で、あっさり覆したディケーネの態度を不快に感じた。
詳しい事情を知らぬアリファ姫の目には、自分を軽んじられたように見えるし、何より、ディケーネの行動がまるで芯というものが無く、男性の言う事を何でもしたがう従属的な女性のように見えたのだ。
アリファ姫は、すぐにまた柔らかく美しい微笑を浮かべている。
だが、わずかに部屋の中に、嫌な雰囲気が漂った。
「失礼します!!」
その嫌な雰囲気をぶちやぶるかのように、突然、真っ白い鎧で完全武装した女騎士が、部屋に入ってきた。
皆の視線が、その女騎士に集中する。
完全武装だが、鉄兜だけは、はずして小脇に抱えて居るので顔は見える。
オレンジ色の髪を短く切った可愛らしい若い女騎士。
いや、鼻の頭にソバカスがあるその可愛らしい顔は"若い"と言うよりも、"幼い"と言った方が正確だろう。
「姫様の食事中に何事だ!」
突然部屋に入ってきた幼い女騎士を叱責するようなキツイ声が、壁際から響く。
その声に、勇一は聞き覚えがあった。声の響いた壁際に目をやる。
壁際に立っていた騎士が鉄兜の眉庇をあげると、その隙間から見えたのはダフネ隊長だった。
あの護衛の人、ダフネ隊長さんだったのか。
まあ、姫様の親衛隊隊長なんだから、居て当然か。
あれ? そう言えば、ダフネ隊長さんがいると言う事は、ひょっとして……
思わず、フッと、嫌な記憶が蘇る。思わずダフネ隊長の横に並んでいる数人の騎士を見つめる。
ひょっとして……
あの中に、この前、俺に無理矢理キスしてきたあの変な女の人が、また居るんじゃないだろうな?!
だが、もちろん、それは勇一の心配しすぎだった。
そこら辺はさすがにダフネ隊長も考慮していて、今回の護衛任務にエレーナは連れてきていなかった。
ダフネ隊長から大きな声で叱責された、幼い女騎士はちょっと怯えたような表情を浮かべて躊躇している。
それでも、意を決して健気に大きな声を張り上げて返事をした。
「た、大変申し訳ありません。で、ですが、緊急事態であり、すぐさま皆様ご報告したい事があります。宜しいでしょうか」
アリファ姫は、鷹揚に答える。
「構いません。報告を聞きましょう」
「はい。それではご報告させていただきます」
幼い女騎士は、切羽詰った叫ぶような声で、報告した。
「たった今、王城にて火の手が上がった事が確認されました」




