53 仲介
家って、どこで買えばいいんだろう?
勇一は本気で悩んでいた。
装甲指揮車を隠す為の場所と、ぐーちゃんを匿う為の場所を兼ねながら、勇一が暮らすための家を買うつもりで居る。
だが、このディーヴァの街には、所謂『不動産屋』と言う店がない。いつも頼りにしているディケーネに聞いてみたのだが、
「知らん。私も土地や家屋の取引なんかしたことなんかない」
と、そっけない答えがかえってきただけだった。
チラッとニエスを見る。
『ニエスは、何か知ってる?』と、目で問いかけてみる。
ニエスは左右にぶんぶんと首を振った。
「私、御主人様の所に来るまで、まともに買い物すらしたことなかったんですよ。家の買い方なんか、知るわけないじゃないですかー」
まあ、そりゃそうだ。
うーん。困った。だが、悩んでいても仕方ない。
装甲指揮車の隠し場所で半日くらいぐーちゃん達と遊んで、ダーヴァの街にかえってきていて、今はまだ昼過ぎだ。
そこから、今日は情報収集をすることに決める。
情報収集といえば、まずは、酒場でやるのが基本中の基本。
そんな訳で、酒場へと向かう。
いや、本当の所、実際に酒場でやるのが基本なのかどうか解らないが、勇一が昔やったことのあるRPGでは、情報収集は酒場でやるのが基本だった。
とりあえず、普段からよく使っている『まぬけな子馬亭』へと出かけてみる。
遅めの昼飯を頼みつつ店の親父に、家の売買について聞いてみた。
「家の売買? そんなもん売りたい奴が売りにだして、買いたい奴が買うだけだろう」
まったく参考にならない。
そのうえ、店の親父は『何を当たり前の事を聞いて来るんだこいつは』といった感じで、ちょっと馬鹿にしたような表情を浮かべてさえいる。
「ああ、そう言えば……
俺は親父がやってる店を継いだから関係なかったけど、一応、飲食ギルドでは店舗の売買の管理なんかもしてるな。店とか宿とか権利もあるから勝手に店出せないしな。だから店なら、ギルドに入れば売ってもらえるぞ」
どうやら、店舗なんかは、それぞれのギルドで売買管理してたりもするようだ。
だが、俺達がさがしているのは別に店舗じゃない。普通の家だ。
家ギルドなんて、あるのか? ある訳無いよな。
ちょっと周りで飯を食ってる人達にも聞いてまわる事にした。
「家とか畑なんて、親から受け継ぐもんだろう」
「俺の知り合いは、最近、売出し中だった家を買ったなあ。どこで買ったかだって? そりゃあ、売りたい奴から買ったのさ」
「俺の田舎だと、家や土地の売買は村長とかが、仲介してやってたなあ。まあ、そもそもめったに家の売買なんて無かったけどな。家を建てたきゃ、村はずれの空き地にでも、建てちまえばいいんだし」
うーん、殆ど参考にならん話ばかりだな。
「なんだ"竜殺し"さん、家を買いたいのかい?」
何人目かに声をかけた男が、他と違う反応をしてきた。
「ちょうど、俺の知り合いの商人が田舎に戻るから『家を売りたい』って言ってるんだ。紹介してやろうか?」
どうやら売りたい家の情報があるらしい。
ちょっと話を聞くと、このダーヴァの街の中の、表通りから三本ほど裏の通りに入った所の住宅街の真ん中にあって、二階建て、部屋数は六部屋。日当たりも良く住むには非常に良い物件のようだ。
だが、残念ながら勇一達の探している物件はダーヴァの街の郊外にあって、できれば倉庫があるような物件だ。条件に合わないので、お断りした。
ただ、これらの話を聞いていて、解ったこともある。
どうやらこの異世界での土地や建物の売買は、信用できる中立な立場の者を立てたりするものの、基本は当事者同士で話し合うのが一般的らしい。
そもそも、家や土地は代々相続するもので、あまり頻繁に売買する物ではない。
だから、家や土地を商品として扱っている、所謂"不動産業"と言うものが存在しないようなのだ。
「うーん。自分で売り出してる家を探さなきゃいけないってことか?
いや、それじゃあ、効率悪すぎるな。なんかいい方法ないのかな」
勇一の嘆きに、周りは顔を見合す。
「"竜殺し"のお願いだからだなあ。俺達も、何か売り物がないか聞いておいてやるよ」
「この前、東のほうの建物を売り出すって言う話を聞いたから、詳しい話を聞いておいてやるよ」
「ああ、俺も知り合いに聞いてみるよ」
皆が口々に、そう言ってくれる。そう言ってくれる気持ちは嬉しい。
それでも、なんか、なあ。
効率悪いよなあ。
こうやって地道に探すしか方法が、ないのかな?
その時、一人の男がポツリとつぶやいた。
「田舎だと、さっき言ったみたいに、村長とか"顔役"の人に相談すると、何とかなったんだがなあ」
"顔役"か……。
その言葉に、少しだけ勇一は心当たりがあった。
――――――
「ようこそ、いらっしゃって下さいました。"竜殺し"イオキベ様」
ニルダムア奴隷商店の店主ヨヒナム・アーセン・ベンゲ・ニルダムアは、尋ねて行くと、快く対応してくれた。
建物の奥にある豪華な部屋に招き入れてくれて、満面の笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「舞踏会で、お会い出来るものと思っておりましたら、イオキベ様は参加されておりませんでしたな。
なんでも体調を崩されたそうで。もう、体調の方は大丈夫なのですか?」
主催者側としては、勇一に"奴隷が会場に入れないから"などと、訳のわからぬ理由で招待を断られたと公表するのは面子が立たない事だったようだ。
その為、勇一は、『病欠』ということになっていたらしい。
「そういえば、前にお会いしたときから比べ、片方の目の色がかわっておりますね。
ドラゴンを倒してしまったが為に悪い呪いを受けた、とかでは無いのですか? 大丈夫ですか?」
紅い左目の事を指摘されて、勇一は思わず慌ててしまう。
「ええ、もう大丈夫です。眼はちょっと塵がはいってしまって、いや、本当に大丈夫、何も心配ないです」
ごまかすような返事をしておく。
その勇一の様子をみて、何かを察してくれたらしい。
ヨヒナム店主は、それ以上は左目について何も言わずに、話を進めてくれる。
「それで、本日はどの様なご用件で、このヨヒナムを頼ってきてくださったのですか?」
「いえ、実は家をさがしてるんですよ。街中で聞いてみても中々と売り家の情報等がなくて、困ってしまって。
それで、ヨヒナムさんなら何か情報等をお持ちかと思いまして」
「おお、家をお探しなのですか。それなら最初から私に言ってくだされば良かったのに」
ヨヒナム店主の話では、金持ちや貴族達の間には、普通に、土地や建物を売買する独自の情報網があるらしい。
そして、土地の売買の仲介を専門でおこなう"土地仲介師"なる者もいるとの事だった。
単純に金持ちと貴族のみを相手にした商売なので、一般的な街の人々は、その存在すら知らなかっただけのようだ。
うーん。
相変わらず、この異世界って『平等』って言葉とは程遠い世界だよな。
まあ、元の世界でも俺の身近に無かっただけで、"金持ちだけ相手する商売"とか普通にあったからなあ。
関係しなかったから知らなかっただけで、実際、こんな物なのかも知れないけど。
勇一は思わずそんな事を考える。
「それで、どんな条件の家をお探しですか?」
ヨヒナム店主にそう聞かれ、勇一が、条件を伝える。
ダーヴァの街の郊外で、それなりの広さがあること。
住居以外に、倉庫のような建物があるとなお良い。
金額は相場が解らないのでお任せすることにした。
異世界では、物品の売買で、あまり知らぬ相手に"お任せ"するなど非常に危険な行為だ。
だが、このヨヒナムは、この街の英雄でもある"竜殺し"ユーイチとコネクションを造りたいという明確な意思がある。そういった理由で、ぼったくられる事は無いだろうと信用できる。
「条件は解りました。それでは、さっそく明日から土地仲介師を呼びつけて、当店に待機させておきます。ユーイチ様のご都合の良い日に、再度ご来店いただけますでしょうか」
"土地仲介師を呼びつけて待機させておきます"ってのが、さすが、金持ち&貴族の世界だな。
一般人の感覚と、かけ離れすぎだろう。
そう思うものの口に出しては何も言わない。
明日、すぐに来店するとだけ約束して、店を出た。
――――――
次の日。
まずは朝一番にアマウリさんに、大変もうしわけないが今日は依頼を受けないと伝えにいく。
アマウリさんは笑顔で快諾して、『良い家が見つかると良いですね』とさえ、言ってくれた。
その後にニルダムア商会に行くと、その"土地仲介師"が勇一を待っていた。
「始めまして竜殺しイオキベ様。私はこのダーヴァの街で土地仲介師をやらして頂いているヴィヴィアナ・ラ・スキアーヴィと申します。気軽にヴィヴィとお呼びください。本日は宜しくお願いいたします」
そう挨拶した土地仲介師は、胸の部分バックリと開いた服を着た、胸の大きい女性だった。
この前、街角であったハルミア商会のブレッヒェに比べるとサイズも形の良さも若干負けているが、それでも充分に大きい。更に胸だけでなく背がスラリと高く、張り出した形の良いお尻と、スリットが入った細目のスカートからチラリと見える白い足が色気を振りまいている。
波打つ黒髪と、少し厚みがある艶っぽい赤い唇が印象的で、欧州のファッションショーに出てくるトップモデルのような美しさと官能さを兼ね備えた、とても魅力的な女性だ。
実は金持ちや貴族相手の商売では、彼女のような非常に色気のある女性が接客を行う事が多々あった。
ようするに、色仕掛けで落とすのだ。
「いえ、こちらの方こそ、宜しくお願いします」
勇一は、あまりに官能的な感じに、実は内心ちょっと引いてしまっている。
一般的な日本の高校生である勇一にとって、海外のファッションショーに出てくる有名モデルのような見た目のヴィヴィのような女性は、綺麗だとは思うものの、ちょっと気後れしてしまうものだ。
ヴィヴィはそんな勇一の様子を見て、『初心な若者が自分の色気に戸惑っている』と、少し誤解する。
内心で『こいつ、チョロそう』と、舌なめずりする。
「あぁ、足が滑ってしまいました」
などと、言いながら、何も無い所で足をすべらせ勇一の腕に縋りつく。
わざとらしく、巨大な胸を、肘の辺りに押し付ける。勇一の腕が、胸と胸の谷間に挟み込まれた形になった。
柑橘系の果実の薫りのする香水が、勇一の鼻をくすぐる。
元貴族出身のディケーネは、家を買った事がなかったので"土地仲介師"と言う職業こそ知らなかったものの、貴族や金持ち相手に、この手の女性がどのような手段を使うかは知っていた。
さらに、ディケーネは勇一が、インポだと思っている。そのため、勇一を誘惑するような行為は、彼の迷惑になると頑なに信じている。
勇一に忠誠を誓った身としては、この女の誘惑行為を阻止せずには、いられない。
ワザとらしく抱きついたヴィヴィを睨みつけながら、恫喝する。
「おいヴィヴィとやら。あまり、ユーイチに近寄りすぎるな」
「足が滑ってしまって、本当にすいません」
謝罪しながらも、手は放さない。
「それでは、あちらに馬車が用意してありますので、さっそく物件を見学しに行きましょうか」
そう言って、そのまま手を組んで歩き出す。勇一の二の腕のあたりに、遠慮なくグリグリと、胸を押し当てる。
勇一はその胸の感触が、もちろん嬉しいものの、正直、やっぱり引き気味である。
そして、ディケーネの目にはその様子が、インポの勇一が困っているようにしか見えない。
「おい、ヴィヴィとやら。離れろと言ってるんだ」
だが、ヴィヴィは聞こえないかのように無視をする。
そんなヴィヴィを、ディケーネが、今度は本気で睨みつける。
今や『十傑』にも入る、女剣士の本気の殺意を混めた眼だ。
普通の人なら震え上がってしまうほどの迫力がある眼だ。
だが、ヴィヴィは違った。
睨みつけるディケーネを見て、フッと、鼻で笑う。
この女、素材は悪くないけど、色気の欠片もない脳みそ筋肉女ね。
知性も悪くは無さそうだけど、駆け引きができるタイプじゃなそうだし、チョロいわ。
心の中でディケーネの事を、そう評価する。
彼女は、数多の貴族達を、時には誘惑し、時には甘え、時には裏でつかんだ情報でさりげなく脅しもして、手玉にとり一般人では一生目にすることすらできない巨額の取引を行ってきたディーバの街一番の女土地仲介師なのだ。色気は武器だが、決してそれだけの女ではない。
戦士としての能力はまったく無いが、大人の女性としての豊富な人生経験が有り、ディケーネの睨みなど歯牙にもかけない。
結局、ヴィヴィは勇一と手を組んだまま馬車の所まで歩いていった。
さらに馬車の中でも、当然のように勇一の隣に座る。
ダーヴァの街の郊外にある物件に向かって走り出した馬車の中で、最初は引いていた勇一も、ヴィヴィの冗談を交えた軽快な会話に引き込まれ、だんだん顔から緊張の色が抜けていく。
ヴィヴィは会話の中で、タイミング良く軽くボディタッチを繰り返し、足を組み替えて太股をチラリと見せたり、さらに馬車の揺れを使ってさりげなく胸を押し当てたりもする。
まるで百戦錬磨の女戦士が、未熟な剣士を闘技場で追い込むかのように、勇一を絡めとっていく。
最初はヴィヴィに引いていて緊張した面持ちだった勇一も、今ではすっかり篭絡されて、楽しそうに会話を交わしている。
その光景を、向かい合った席に座ったディケーネが、目から紅蓮の炎が噴出しそうな表情で睨みつける。
ニエスも、やはり面白くなさそうな表情で彼女を睨む。
だが、二人に睨まれたくらいでやめるヴィヴィではない。
それどころか、時々ディケーネとニエスのほうを見ては、馬鹿にするように、鼻で笑ってみせる。
ディケーネは、もう目から光線を出して彼女を焼き殺しそうな表情で、睨みつける。
とにかく怒りで腸が煮えくり返りそうになっている。
ヴィヴィは、ヴィヴィで最初は完全に勇一を単なるカモだとしか思っていなかったが、会話をしている内にその気持ちに変化が芽生えてきていた。
いつもは、貴族や金持ちのくだらない自慢話を一方的に聞くか、あるいは裏を読みあうような駆け引きだらけの会話しか交わさない。だが勇一は、自分の話を真摯に真面目に聞いていくれている。そんな勇一にだんだん好印象になってきていた。
さらに、普段は脂ぎった中年達が性欲まるだしの視線でジロジロと見てきて、隙あらば体を触ってこようとする。だが、勇一は、みせつけるように足を組みかえると、わざわざ見ないようにと視線をそらし、こちらのボディタッチには嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうに反応をみせる。実に初々しい。
見た目に関しては、彼女の好みはマッチョな男性なので、勇一は背が低すぎるし、力強さが足りないので好みからは外れている。だが、嫌と言うほどでもない。
それに、なんといっても彼は街の英雄だし、お金もたっぷり持っている。
年齢的には、ヴィヴィは二十代半ばで、かなり年上だがこの異世界ではあまり年齢差は問題にならない。金持ちの中年男性が、若い花嫁を何人も娶るは当たり前の事だし、金持ちの中年夫人が、なぜか原因不明で夫をなくした後、若い男と再婚するなんて事もさほど珍しくない。
色々考えると……
この"竜殺し"ユーイチは、かなり良い物件かも。
そんな思いを抱きだしたヴィヴィの会話はさらに親密度をまし、その体はますます勇一に近づいていく。
そのヴィヴィの姿を見て、ディケーネは、更に怒りが湧いてくる。
勇一は、インポだ。
だから、女性に誘惑されるのは迷惑だ。
そして勇一に忠誠を誓う私としては、そんな迷惑行為をやめさせる義務がある。
そのはずだ。
ディケーネは頑なに、そう信じている。
だがそれ以上に、義務感とか忠誠心とは関係ないところで、なぜか、この女が勇一にベタベタしているのを見ると、無性に怒りが湧いてくる。
自分でも何をそんなに怒っているのかよく解らないが、とにかく怒りが湧いてくる。
しかも、この女の誘惑に鼻を伸ばしてデレデレしている勇一にも怒りが湧いてくる。
もう、自分の気持ちがよくわからず、理屈も何もないが、とにかく怒りが湧いてくる。
こんなに怒りが湧いてきた覚えは、人生の中でも覚えがないくらいだ。
現地について、家の紹介をされている間も、話はまったく耳に入ってこず、やたらと勇一の体に触れるヴィヴィの行動に腹が立って腹が立って、仕方が無い。
勇一は勇一で、元々が異性との会話が得意ではなく、若干なれてはきたものの、スーパーモデルのような見た目のヴィヴィの会話の相手を務めるので、内心いっぱいいっぱいだ。
ディケーネの様子に気付く心の余裕などまったく無い。
家そのものは素晴らしかった。
さすがヨヒナム商会からの仲介された土地仲介師のお勧め物件である。
元は貴族の別荘だったと言うその建物は、ダーヴァの街のから程よい距離の郊外にあった。
ちょっと年季が入っていて古いものの、石造りのしっかりした建物なので問題ない。塀にかこまれたそこそこ広い庭園と厩と、さらに馬車をしまっておく為の倉庫もある。装甲指揮車をしまっておくには丁度良さそうだ。
ほぼ完璧に、勇一達の要望を満たしている。それでいて、価格もそれほど高くなかった。
「なかなか良いんじゃないかな?」
勇一が問いかけるが、ディケーネは聞いていないし、家なんか見てもいない。
とにかくヴィヴィを睨み続けていた。
うーん。
俺は結構良いと思ったけど、ディケーネは気に入らないのかな。
返答が無く、険しい表情を浮かべるディケーネに、勇一はそんな事を暢気に思う。
後ろにいたニエスにも聞いてみる。
「ニエスは、この家、どう思う?」
「わたしも家は良いとおもいますよー。……家は……」
"良い"と言う割には、ニエスもなぜか不快そうな表情を浮かべている。
うーん。
ニエスも、今ひとつ乗り気じゃない感じだな。
勇一は悩んでしまう。
意外と、家探しは難しいな。
まあ、二人が気にいる物件が見つかるまで、ヴィヴィさんに色々と物件を紹介してもらうかな。
などと、完全に的外れな事を考えてしまっていた。
三章の日常パートも今回までとなります。
次回より話が動き出します。




