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44 突破

 エイシャ様が狭いハッチから装甲指揮車(クーガースリー)の内部に入り終わると、グルキュフが続いて中に入り、さらにルゥが続く。

 その後に、クラウディアも装甲指揮車(クーガースリー)の中に入った。


 中は、狭かった。

 本来ならば装甲指揮車(クーガースリー)には、運転席、助手席に一人づつ、後部には完全武装の兵士が八人、合計十人が余裕をもって乗れるだけの空間がある。

 運転席にはニエス、助手席にディケーネが座っている。

 後部に エイシャ様、グルキュフ、ルゥ、そして、リィと見知らぬ銀髪の少女がいる。

 この時点で自分を入れて6人なので、後部には人数分十分空間があるはずだ。

 だが実際は、後部の半分近い空間を、積みっぱなしの電動バイク(カタナ)や電動強化外骨格やその他の機器で占領されてしまっていた。

 そこへクラウディアが入っていったので、中はかなりぎゅうぎゅう詰めだ。


 クラウディアは、奥の方に、ちょこんと座っているリィと眼があう。


 リィがここにいると言う事は……、

 やはりこの『名無き者(ネームレス)』達に救援を求めたのは、リィのようだな。

 まさか、リィがこんなすぐに、本当に助けを呼んで来てくれるとは。

 どうやら私達は、ずんぶんと運が良いようだ。


 クラウディアは、どかりと長椅子に腰を下ろす。

 腰を下ろすと、膝がガクガクと震えているのが解った。肉体はすでに限界に近かったようだ。

 さらに、身体の動きを止めると、おもわずガズの事を思い出しそうになる。

 まだまだ敵地の中なんだ、感傷に浸るのは後だ。

 頭を振って、ガズへの思いを打ち消した。


「エイシャ様、狭いところで申し訳ありませんが、少々我慢してください」

 グルキュフが、エイシャ様にそんな勝手な事を言っている。


「悪かったな。狭くて」

 最後に、勇一がハッチから降りてきた。

 勝手な事、言ってんじゃねーよ。

 グルキュフに対して、そう思ったりもするが、口には出さずにおく。

 狭いのは事実だ。


 特に電動バイク(カタナ)や電動強化外骨格は、ずっと、ほったらかしで積みっぱなしだった。

 装甲指揮車(クーガースリー)の後部席の半分を占領してしまっていて、そのせいで車内が余計に狭い。


 ちゃんと倉庫とかを作るなどして、どこか別に所に置いてくるべきだったかも知れないな。

 勇一は内心、ちょっと反省している。

 

「いや、そんな事より。

 他の人たち、『紫檀(したん)の風』のメンバーとかは、どうなったんだ? 無事なのか?」


 ユーイチの質問に、グルキュフが即答する。

「『紫檀(したん)の風』は全滅した。生き残っている者は、これだけだ」


 もちろん嘘である。

 グルキュフは、『紫檀(したん)の風』がどうなったかなど、まったく知らない。


 ただ、正直に"知らない"と答えると、『紫檀(したん)の風』が生きている可能性を考えた勇一が「助けに行く」などと馬鹿な事を言い出す可能性がある。

 もう、目的の物(エイシャ)は、この手の中にある。

 さっさと、撤退すべきだ。


 そう、とっさに判断したグルキュフが付いた嘘だった。

 

「そうか。全滅してしまったのか」

 勇一は、グルキュフの言葉に小さく頷く。

 この切迫した状況で、まさか人の命を見捨てるような嘘をつかれるとは、勇一は思ってもいない。


「よし、じゃあ撤退だ。タッタ。門を抜けてから、このまま街も抜けるぞ」

「了解しました」


 装甲指揮車(クーガースリー)が、死霊(ゾンビ)の海を乗り越えて、建物をぐるりと囲んでいる塀の正面門を通り抜ける。


 門のすぐ外側には、死霊達に食いちぎられ無残な姿になった馬と、ポツンと残された電動バギー(ピェーピェー)の姿があった。

 搭乗者の身体がむき出しになってしまう電動バギー(ピェーピェー)は、この状態で使うのは危険すぎる。

 そう判断して、今回は使うのを諦めた。勇一達は三人ともが装甲指揮車(クーガースリー)に乗りこみ、電動バギー(ピェーピェー)は、その場に放置してきていた。


 助手席の窓から、その姿をニエスが見つめる。


「ううううごめんよー、ピェーピェーちゃん。後から絶対、もどってくるからね」


 ちなみに周りの死霊達は、無機質な電動バギー(ピェーピェー)にはまったく興味が無い様子だ。

 近寄ろうともせずに、まったく無視されている。

 後から取りにくれば、多分、傷一つない状態で無事だろう。

 電動バギー(ピェーピェー)をそのままにして、横を通り過ぎる。


 いままで屋敷の敷地内をずっとバックしてきていた装甲指揮車(クーガースリー)は通りに出た所で、一度、ターンを行う。前後を元に戻して、再び走り出す。

 そのターンをする際、車内が激しく揺られた。

 エイシャ様は、大きくバランスをくずし、思わず隣に座っていたグルキュフに抱きついてしまう。


「大丈夫ですか エイシャ様」

 グルキュフの端正な顔に笑顔を浮かべ、心配そうに覗きこんでくる。


 その笑顔を間近でみたエイシャ様は、顔を耳まで真っ赤にする。

「だ、大丈夫です。グルキュフ様」


「そうですか? お顔が少々赤らんでおりますが…… 熱などはございませんか?」


 そう言ってグルキュフはエイシャ様のおでこに触れる。

 エイシャ様は、ますます顔を火照らせる。もう熟れた赤りんごのようになっている。

「だ・だ・だ・ 大丈夫。大丈夫です。わ・わ・私は、だ・だ・だ・大丈夫です」


 そんなエイシャ様を見つめつつ、グルキュフはやさしく微笑む。


 その二人の様子をクラウディアは、横からやはり冷たい眼で見ていた。

 もちろんグルキュフが、まるでエイシャ様を弄ぶかのように、わざと大げさな行動を取っているのは、解っている。

 だが、別に何も言わない。

 

 エイシャ様が、男慣れしていなくて初心(うぶ)なのは解る。

 蝶よ花よと育てられた貴族の娘だ、若い男に近づく事だって稀だろう。だが、正直な所……、


 あんなの(・・・・)に騙される、世間知らずなお嬢様の方も悪い。


 同性の眼から見て、思わず、そんな冷静な気持ちが湧いてきていた。



 バニアの街の細い街の表通りは、緩やかな下り坂になっている。そこを加速しながら装甲指揮車(クーガースリー)が突き進む。 

 館へ向かう時は、数人単位であらわれ散漫な攻撃をしてきただけの死霊達だったが、今は明らかにその数は増えており、細い路地や建物のドアや窓やいたる所から大量に湧き出てきている。


「む? あれはなんだ?」

 助手席に座っていたディケーネが前方に眼を凝らす。

 前方の道を塞ぐように来るときには無かった、低い壁のような物がある。


「このままだと、ぶつかっちゃいますよー」

 運転席に座っているニエスが悲鳴のような声をあげた。


 前方で道を塞いでいるのは、もちろん単なる壁ではない。

 大量の死霊達が、お互いの腐った腕を絡め、崩れ落ちそうな肌を密着し、零れ落ちる内臓を摺れ付け合わせるかの様に、隙間無く密集して立ち並んでいる。

 死霊達が自分達の肉体を並べて作り出した死霊の肉の壁(ゾンビバリケード)だった。

 立ち並ぶ無数の死霊達の生気の無い目が、自らに向かって突進してくる装甲指揮車(クーガースリー)を空ろに見つめている。

 それはたとえ相手が、剣士であろうが、騎馬であろうが、軍隊であろうが、その自らの肉体を持って全ての侵攻を止めてしまう、絶望と死者の壁だった。


 だが、勇一は、叫ぶ。

「タッタ、突き破れ!!!」


「了解しました」

 勇一の指示の元、装甲指揮車(クーガースリー)は、死霊の肉の壁(ゾンビバリケード)へ、無造作に正面から突っ込んだ。


 重量14.4tの鉄の塊が、時速70Kmの加速をつけて、そのままの勢いで死者の壁にぶちあたる。

 先端部にある鋼鉄の装甲板が、死霊の腐った体を粉々に粉砕し拭き飛ばす。

 何かを求めるように伸ばされて腐った手が、無残に千切れた足が、崩れて男か女か若者か子供かも判別できない首が、もうどこの部位かも解らぬ肉片が、豪快に空中へと舞い散る。

 地面に落ちた肉塊達は、強大な六つのコンバットタイヤによって、跡形も亡くすかのように踏み潰されていく。

 濁った血が噴水のように噴出し、むせ返るような臭気が周辺に撒き散らされる。

 それでも、大量の死霊が目の前で四散しても、後ろにいる死霊達は、当然のように微動だにせず、逃げようともしない。変わらず死の壁として立ち続ける。

 いや、すでに死の壁は崩壊している。

 死霊達は、ただ無意味に、まるで枯れ木の様に道に立ち続けている。

 その枯れ木の森を、装甲指揮車(クーガースリー)は無慈悲に突き進む。

 木どころか、まるで枯れ草を刈るかのように、大量の死霊を、無造作に吹き飛ばし、突き破り、踏み潰し、蹂躙していく。


 ディケーネも、ニエスも、思わず眼を閉じてしまっていた。

 死霊を踏み潰す、その度ごとに、車内はガタガタと上下に大きくゆれる。

 車外からは、死霊達の怨みの篭った声や、肉体が鉄にぶつかる鈍い音や、まるでトマトをひき潰すようなグチャグチャとした音が聞こえてくる。


 ニエスが、怖いもの見たさなのか、チラリと眼を開けて、前方の窓をみる……

 だが、その瞬間、運転席の小さな窓に、大量の濁った血と共に死霊の千切れた腕と肉片がベチャリと張り付いた。

 「きゃあぁぁああぁぁぁあああ!」

 ニエスの悲鳴が、狭い車内に響き渡る。

 涙目になりながら、すぐさま両手で顔を覆うようにして眼を閉じる。


 たが、眼を閉じた後、またニエスは怖いもの見たさなのか或いは好奇心なのか、顔を覆った手の隙間からチラリと前方の窓を見る……

 そしてその瞬間、運転席の小さな窓には、大量の濁った血と共に死霊の生首が張り付いた。

 思わず、死霊の生首と、ニエスの目が合う。

 「いやゃぁああぁぁぁあああ!!!」

 再びニエスの悲鳴が、狭い車内に響き渡った。


 なにやってんだよ。

 そんなニエスを見て、勇一はちょっと呆れる。

 

 外では、装甲指揮車(クーガースリー)による壮絶なまでの蹂躙劇が続けられている。

 それでも、車内は安全だった。

 銃の攻撃程度は軽く跳ね返す、圧延鋼板による溶接構造の強固な車体は、腐りかけた死霊の肉体の攻撃など、物ともしない。


「どうやら、このまま街を抜けれそうだな」

 勇一は、やや安心して呟く。

 車体の後部席に座っている為、前方の惨事があまり見えない。その為、若干、気楽な気分で言った意見だった。

 運転席と助手席に座っている二人は、目の前で繰り広げられる惨劇に、もう言葉も出ない状態だ。


 その時、一番奥にいた銀髪の少女が、急に、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。

 キョロキョロと首をめぐらす。

 それから無理矢理に、奥から座っている他の人々を掻き分けて、中央上部ハッチの元へとやってきた。


「おいおい、何やってるんだ」

 勇一の言葉を無視して、横を抜けて車体中央にある、上部ハッチへの梯子を上る。


 ハッチを開けて上半身を乗り出した。銀色の髪が風に靡き、月光を浴びてキラキラと光る。

 少女は、薄暗い町の中をキョロキョロと見渡す。


「危ないから、そこから降りて座っててくれよ」


 勇一が、下から声をかける。

 ちなみに下にいる勇一からは、ハッチの梯子に登った少女のお尻が丸見えだ。

 若干、見えてはいけない所も見えてしまっている。

 その為、あまりそちらを正視しづらい。

 もちろん、少女を無理矢理に、梯子から降ろさせることもしづらい。


 それが仇になった。

 少女はハッチから全身を乗り出すと、いきなり、町の中へ向かって装甲指揮車(クーガースリー)から飛び降りた。


「なにぃいいい?!」

 あわてて、勇一は梯子を上がり、ハッチから上半身を乗り出す。


 暗い街角の、細い路地の奥。

 月明かりを浴びた銀髪の少女が、走り去っていく後姿だけがチラリと見えた。

 大量の死霊達が、その後を追って路地になだれ込んでいく。

 そして、少女の姿は、見え無くなってしまった。


「どういうことだ?! おい、タッタ。彼女はどこへ向かっているんだ?!」


「指定の人物の反応を、目標Aと仮定します。

 目標Aは、右手三時三十分の方向へ移動中。その前方600M程のところに、猫科と思われる哺乳類の反応が一つあります。

 目標Aは、そこを目指していると予想されます」


「猫か!」

 どうやって猫を見つけたのか、どういった理由があって、そこへ向かっているのか解らないが……

 銀髪の少女は、街の中にたった一匹残っていた猫の所へ、向かっているらしい。

 街の中には、あちこちに大量の死霊がウロウロしている。

 そんな街の中に、少女は一人で飛び出して行ってしまったのだ。


 『助けにいかなくては!』


 勇一の心にすぐさま、そして自然に、そんな思いが沸き起こる。

 イトウコウヘイ准佐の最後のメッセージを思い出す必要はない。

 何の躊躇も迷いもなく、ただ純粋に、少女を助ける為に勇一は行動する。


 はしごを降り、座っている人を掻き分け、狭い装甲指揮車(クーガースリー)の中の最後部へと向かう。

「タッタ、俺が合図したら後部ハッチを開けろ」


 勇一の行動に気が付いたディケーネが、少し取り乱しながら、叫ぶように聞く

「止めろ! ユーイチさすがに無理だ!」


 電動バイク(カタナ)に跨った勇一が、叫び返す。

「大丈夫。確かに来るときにくらべて街の中の死霊がかなり増えてるが、それでもさすがに、館の庭ほど隙間ないほどにウジャウジャと居る訳じゃ無い。

 スピード出して吹っ切れば、なんとかなる! タブン!」


 後部席に座っているクラウディア達は、電動バイク(カタナ)が何なのか知らない事もあり、勇一が何をしようとしているのか、今ひとつ状況が解っていない。

 不思議そうな顔をして、勇一とディケーネのやり取りを聞いている。


「タッタ、後部ハッチを開けろ!」

「了解しました」

 ガコンと言う機械音と共に、後部ハッチが開かれた。

 装甲指揮車(クーガースリー)が走り続けている関係で、開いたハッチから風が巻き込んでくる。

 勇一の着ている黒いローブがその風を含み、ふわりと大きくと広がった。


「よし、行ってくる!」

 アクセルを全開にする。

 電動バイク(カタナ)は一瞬前輪を持ち上げた後、地面を蹴り、物凄い勢いで装甲指揮車(クーガースリー)を飛び出していった。


「な?!」

 その光景を見てクラウディアは眼を丸くする。

「ひょっとして、あのユーイチという男は、この死霊だらけの街の中に、さっきの少女を助けに行ったのか?!」

「そうだ。それ以外に何がある」

 ディケーネが、やや憮然とした表情で答える。


「あの少女は、お前達の身内だったのか?」

「いや、違う。さっき館の地下牢で見つけたばかりの者だ」


「じゃあ、見知らぬ少女の為に飛び出したと言うのか?!」

「ああ、そうだよ。そうなんだ……」


 ディケーネは、若干、怒りながら言った。

「ユーイチは、そういう男なんだ」


 男爵に買われそうな所を助けてもらった当事者であるディケーネ。彼女の勇一評は、やや客観性に欠ける。ある意味、買いかぶりすぎだといってもいい。

 だが、その事実を知っていて、それを差し引いたとしても、なお、眼の前に起こっている出来事にクラウディアは、驚愕していただろう。

 見知らぬ少女の為に飛び出していったユーイチの行動に対して、ただただ眼を丸くして驚愕すると共に感動すらしていた。


 そして、そのやり取りを横で聞いていたグルキュフは、誰にも聞こえない程度の小声で一人呟いた。


「あの馬鹿さ加減。 ……逆に、使い道があるな」


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