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43 鐘

うぉおおおおおおあ あぁああぁぁぁぁぁああぁぁああああぐぐぐああああぁああああああおっおぉおぉおおおおぉおお ぐぎぃぃいぎぃぎいいいいい あびゃゃびゃびゃあああぁぁああぁああ うぉうぉうぉおおぉぉおおお ぎぎぎぎぃいいぎぃいいいいいいぃぃ びゃああぉおおお うぉおおおおぉぉぉ 


 亡者の絶望と悲しみに彩られたうめき声が、いつまでも止むことなく鳴り響く。


 高い塀に囲まれたグリン・グランの館。その塀の中庭には何万という数の死霊(ゾンビ)が、蠢きひしめき合っている。

 死霊達が、建物の上にいる生きとし者の肉体を求めて、さし伸べらるその腕は、まるで死体にたかる蛆虫のごとく、ウネウネと蠢き続ける。

 

 屋上は、まるで、死霊の海に浮かぶ絶海の孤島のようだった。

 建物の屋上は、僅かなながらの安全があった。

 壁にへばりつき、よじ登ろうと試みる死霊もいるが、すべて途中で滑り落ちて、地面へと激突し、腐りかけている肉体はベチャリと嫌な音をたてて四散した。

 建物の中から屋上へと出る為の扉は、魔法の封印によって塞がれている。少しばかりの時間を稼いでくれるだろう。 



 グルキュフが抱えていたエイシャ様を、地面へと下ろす。

 月明かりに照らされた屋上。

 そこでエイシャ様の足元に、騎士のようにグルキュフは跪いた。


「必ずや、この窮地からエイシャ様をお救いします。ですから、しばしご辛抱ください」

「はい、グルキュフ様」

 頬を少し上気させ、眼を輝かせながらエイシャ様は、グルキュフだけを見つめながら答える。

 彼女は今まさに、子供の頃の読んだ物語の中のヒロインだった。


 そんなエイシャの様子を、同性のクラウディアは冷たい眼で見据えている。

 ここがもし、南国の海に浮かぶ孤島ならば、その月明かりに浮かぶ場面は、それなりにロマンチックだったかも知れない。

 だが、実際のこの場所は、死霊共、取り囲まれた逃げ場の無い屋上だ。

 それでも、口にだしては何も言わない。


「おい、リィ」

 グルキュフが、エイシャ様から少し離れた所で、横暴な態度で魔法使いのリィを呼び寄せる。

 リィがトコトコと、近づいていく。

 グルキュフは顔を寄せ、小声で呟いた。


「飛んでいって、助けを呼んで来い」

 リィは『水と炎の旅団』の中で、唯一、浮遊魔法が使える。

 人を抱えて飛んだりする事は出来ないが、リィ自身だけは、死霊達の群れを飛び越えて、助けを求めにいけるだろう。


 だが、大きな問題が一つある。


「ドコ カラ?」

 リィが、当然の疑問を聞き返す。

 そうなのだ。助けを呼べといっても、いったい『何処から、助けを呼ぶ』と言うのか?


「オーウェン次期公爵に現状を伝えれば、やむをえず軍隊くらいは送ってくれるだろう」

「マニ アウ?」

 その助けが間に合うのか、どうか?リィは、そう言っているのだ。

 普通に考えて、ここから、ダーヴァの街まで馬で二日かかる。

 そこから軍を準備して、再度ここまで来るのに、いったい何日かかると言うのだろう?

 それまで、この屋上の上で、持ちこたえる事ができると、言うのだろうか?


「間に合うようになんとかしろ。とにかく、援軍をつれてこい」


 そうは、言われても。

 困ったリィが、その場に立ち尽くしている。

 その様子をみて苛立ったグルキュフは、リィを怒鳴りつける。


「この愚図が! 時間が惜しい、間に会わないとか考える前に、すぐに行け!」


 さらに吐き捨てるように、一言付け加えた。

「たとえ間に合わなくても、それは無茶な指示をした者が悪いだけだ。さっさと行け!」

 

 自分が無茶を言っていることくらい、もちろんグルキュフは自覚している。

 そして、そんな無茶くらいしか指示できない自分の無能さに苛立っていた。

 もし、ここに定期的に買っている商売女でもいたら、いつものように蹴って殴って憂さを晴らす所だろう。だが、ここには憂さを晴らすために八つ当たりをする相手はいない。

 その上、初心(うぶ)で、世間知らずな娘(エイシャ)がこちらを見ている。下手な姿を見せない方が得策だろうと、苛立ちを無理矢理に抑えこむ。

 

 リィは肩をすくめる。

 『仕方ない』、全身でそう言っていた。

 

 リィは、トコトコとルゥに近づいていった。

 たとえ助けを呼びにいっても、どう考えても間に合うとは思えない。助けを呼びに行くリィだけが生き残ってしまう可能性が高い。これが二人にとって、最後の別れの言葉になるであろう。それが二人にも解っている。


「イッテ クル」

「イケ イキロ」

 それでも、やはり二人の最後の会話は、短く簡単な物だった。


 リィはトコトコと、クラウディアの所にもやってきた。

「イッテ クル」

「ああ。私達に遠慮することはない。リィだけでも生き残ってくれ」

 

 クラウディアの言葉に、リィは何かを言い返すそぶりがあった。だが結局なにも言わない。

 それから、リィは飛翔呪文を唱える。

 身に纏っている赤いローブがゆるやかに広がり、ふわりと空に浮かび上がった。 月夜の空へと、飛翔する。

 そのまま死霊達を乗り越え、さらにその周りを囲む壁を飛び越えていき、見えなくなった。


 建物の下には、何千いや何万にも届きそうな死霊が蠢き続けている。



 ふうぅぅううう。

 クラウディアは、一度深呼吸する。

 灰の中の空気を吐き出し、新しい空気に変える。

 手に持っている片手剣についた血や肉片を、自分のズボンでぬぐう。

 刃先を見て、どこも欠けていないことを確認する。


 それからクラウディアは、腰につけた革の小物入れを中身の確認も行う。

 回復薬(ポーション)は、四本。

 眼くらまし用の火薬玉が三つ。

 衣服の裏に縫い付けてある投げナイフが三本。 

 予備の干し肉が二切れ。

 ガズにもらった、梟の形をした木彫りのお守りがひとつ。


 そのお守りをみて、すこしだけ、ガズの顔が思い浮かべる。


 ガズ・ドールズン

 頭を剃りあげて刺青を入れていて、とてもいかつい見た目をした男。

 だが、その見た目とは違い、口数が少なく物静かで非常に穏やかな男だった。

 クラウディアとは、『水と炎の旅団』に勧誘される前のパーティーの時から知り合いだ。

 まだ駆け出しで力任せに剣を振り回すだけだったクラウディアに、剣術だけでなく、魔物の知識や、生き残る為の知恵も授けてくれたのがガズだった。

 最初は、ガズの後ろについて行くだけだった。

 だが、数多の戦いを一緒に乗り越える内に、いつの日からか、横に並んで戦うまでになっていた。

 二人で並んで、ガズに背をあずけて戦えば、誰にも負ける気がしなかった。


 クラウディアにとって、ガズは、尊敬する師であり、頼りになる相棒であり、そして、愛する伴侶であった。

 グルキュフに高い契約金で『水と炎の旅団』に引き抜かれて、三年が経とうとしている。

 それなりの貯金も出来ていた。

 あれは、忘れもしない、"鷹月の13日目"。月の綺麗な夜だった。

 口数の少ないガズが不意に言ってくれた。

 『二人で家を買おう、そして、子をなそう』


 あの言葉を聞いた時が、私の人生の中で一番、幸せな瞬間だったな。

 クラウディアの顔に、微笑が僅かに浮かぶ。


 だが、そのガズが死んだ。

 目の前で、あっさりと、首を引きちぎられて死んだ。

 気を抜くと、その事実に心が支配され、大声を上げて泣き出しそうになる。

 ガズの名を泣き呼びながら、地面にのたうち回りたくなる。

  

『クラウディア。もし、俺が死んだら、俺の分も生きろ。

 人は、生ある限り、たとえ無様にあがこうとも生き続けなければならない。それが定めだ』

 

 いつかガズがそんな事を言っていた。

 その言葉は、冒険者の言葉としては、それ程珍しい言葉でもない。

 死と隣あわせの冒険者なら、パーティー仲間に、多かれ少なかれ似たような言葉を残しているものだ。


 だが、そんなありふれた言葉が、クラウディアにとっては、どんな神の言葉よりも重い。

 

 首を左右に振って、自分で自分の頬を強く叩き、感傷に浸っていた思いをうち消す。

 小物入れから、梟の形をした木彫りのお守りを取り出し、自分の胸元にいれる。

 堅くなっている身体を、伸ばしてほぐす。軽く屈伸をしながら、身体を確認する。 


 身体に大きな傷は無い。体調も悪くない。

 荷物や武器の確認は終わっている。

 いつも使う基本的な装備は揃っている。

 だが、飲み物や食べ物の予備は殆ど無い。

 持久戦になったら、辛い事になるだろうが……

 まあ、正直言って、そんな事が問題になるほどまで、もたないだろうな。


おっおぉおぉおおおおぉおお ぐぎぃぃいぎぃぎいいいいい あびゃゃびゃびゃあああぁぁああぁああ うぉうぉうぉおおぉぉおおお ぎぎぎぎぃいいぎぃいいいいいいぃぃ びゃああぉおおお うがあああああああ  がががぁあああ うぁあわわああああぁ うぼあぁあああああああ


 死霊達の呻き声が、鳴り響き続けている。

 屋上から、下を見ると、何千いや何万という死霊達があいも変わらず、生きる者の肉をもてめて蠢いている。

 

 そして、眼の前には階段からの死霊の侵入を防いでいる扉がある。

 扉は、反対側から死霊達に押され、大きく撓んでしまっていた。魔法の封印で強化しあるとはいえ、扉ごと破壊されてしまっては元も子も無い。

 もう、僅かな時で、この扉は砕け散る。

 そしたら、大量の死霊どもが濁流のごとく押寄せてくるだろう。


 その扉の前で、盾を構える。

 一枚だけになってしまった、片扉の門で、襲い来るであろう死霊達に備える。

 ルゥも、トコトコとやってきて、その隣に構えた。


 隣に並ぶ、ルゥに声をかける。

「ルゥ、一つ頼みがある」

「ナン ダ?」


「死霊に食われて死ぬと、死霊になると聞いたことがある。

 もし、私が死霊になりそうなったら……、お前の魔法で、この首を跳ねてくれ」

「マカ セロ」


 ガズは、首が千切れて亡くなった。死霊には成ってないはずだ。

 勇敢に戦って死んだ戦士だけが行けるという"アルドニュスの館"で、私を待っていてくれるだろう。

 そう思うと、死など、別に怖くない。  

 私は、今はやれる事を、やれるだけ、やる。

 ただ、それだけだ。


 ゴウォォオン。不意に、鉄の鐘の様な鈍く重く不気味な音が響いた

 眼の前の扉から聞こえた訳ではない。

 木の扉は、確かに大きく撓んでいるが、まだ少しの間は持ちそうだ。


 ゴウォォオン、また重い不気味な音が響く。

 それは、まるで終焉を知らせる鐘の音のようだった。


 鐘の音? 何処からだ? 鐘楼など無かったはずだが?

 クラウディアは、その音の元を探して、首をめぐらし、周囲の風景を見回す。

 だが、その不気味な音に気を取られている暇は無かった。


 目の前にある、屋上と階段を遮ったいた木の扉が、とうとう弾け飛んだ。

 大量の死霊が、堰を切った鉄砲水のように、一気に押寄せてくる。


 眼の前の死霊と、そして"絶望"と戦う攻防戦が始まった。


 うおおおおおお! クラウディアが吼える。

 押寄せる死霊の波に、巨大な盾で体当たり(バッシュ)をかます。

 更にそのまま、盾ごと死霊達を屋上の入り口まで押し戻す。弾け飛んだ木の扉にかわり、クラウディアの巨大な盾が、死霊の侵入を防ぐ役目をする。

 たった一つだけの入り口を防ぐ盾に、死霊が群がり、次々と後ろからも押寄せてくる。

 盾に掛かる物凄い圧力を、クラウディアは腰を落とし両足を踏ん張って押しとどめる。

 屋上への死霊の侵入をとりあえず防ぎはしたものの、盾で入り口すべてを防ぎきれるわけではない。

 狭い隙間から死霊が這い出てこようとする。クラウディアは、全体重とすべての力をかけて盾を抑えているので、剣を振るうことができない。

 狭い隙間から死霊の上半身が、這い出てきてしまった。


 シュッと空気を切る音と共に、その死霊の上半身が、二つに切り裂かれる。

 ルゥの手から、あまりに細くそして強く吹き出された水が、水の刃物(ウォーターカッター)と化して、死霊を切り裂く。


 だが、一体の死霊を切り裂いても、また隙間から死霊が這い出てこようとする。

 さらに入り口と盾の間に開いている隙間からは、何十本という手が伸びだしてくる。

 クラウディアは剣を振る事ができず、ルゥは次の攻撃の為に魔法詠唱をおこなっている。

 隙間から伸びた手が、盾の裏側をまさぐり、クラウディアの身体を弄る。だが、クラウディアは盾を押さえて動かない。

 数本の手が、髪に絡みつく。

 その死霊の手が、髪を強く引いた。ぶちぶちと音を立て髪が引き抜かれ、死霊の腕に髪の束が残る。


 ダッ!

 気合と共に、髪の束を握る腕が、突かれた。

 次の瞬間にはその腕は、渦と化し、弾け飛び、握っていた髪は風にのり宙に舞う。


 ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!

 隙間から伸びた手に、連続してレイピアが突かれていく。

 次の瞬間には、大量の渦が発生し、更に次の瞬間には、大量の死霊が弾け飛ぶ。

 ついさっきまで、エイシャ様の隣で聞いている方が恥ずかしくなるような甘い言葉を投げかけていたグルキュフが、いつの間にか走り寄ってきていた。


 さらに連続してレイピアを振るう。突かれた死霊が次々と渦と化して、弾け飛んでいく。

 盾の向こう側で弾け飛んだ死霊の血や肉片が、盾のこちら側のクラウディアの上にも降りかかってくる。

 最前線で盾を押していた死霊が弾け飛んだ為だろう、盾にかかる圧力が僅かにゆるむ。


 だが、それもほんの一瞬だけだった。すぐさま、弾け飛んだ死霊の向こう側から、更に大量の死霊が押寄せてくる。

 盾にぶち当たりる衝撃が、クラウディアの身体を僅かに後退させる。

 比較的大きな隙間から死霊が這い出ようとして、僅かな隙間からは死霊の手がニョキニョキと生えてくるかのように、また差し出さる。

 その死霊に、ルゥの水の刃物(ウォーターカッター)が切りつけ、グルキュフのレイピアが突きをいれる。


 次々にレイピアに突かれ、渦と化し、弾け飛ぶ死霊を見ながらグルキュフは呟く。

「まったくもって塵のような奴らだが、これだけいると……さすがにやっかいだな」

 グルキュフは、まだなんとなる、何かしら打開策があるはずだ、と心の中では考えている。


 それが、どれだけ甘い考えかは、すぐに思い知る事になる。

 永遠に終わることの無い"絶望"の攻防戦は、まだ始まったばかりだった。





 攻防は続く

 ただ、ひたすらに



 もうどれだけの間、盾で死霊(ゾンビ)を押し返す為、ずっと力をいれ続けていただろうか?

 クラウディアの足は疲労がたまり、僅かに震えだしている。

 額から大粒の汗が滴り落ちる。乳酸の溜まった体中の筋肉が悲鳴をあげる。

 盾越しに伸ばされた腐った手がクラウディアの髪を掴み、ブチブチと引き抜き続け、長く綺麗だった金髪はボロボロになっている。


 ルゥは、魔力が尽きかけていた。

 そもそも並みの魔法使いならば、数回攻撃魔法を使うだけで魔力が尽きるものだ。

 十数回もの攻撃魔法を使ってまだ魔力が尽きていないルゥは、異常である。

 だが、さすがに限界が近い。

 魔法は、精神と直結している。魔力を限界近くまで使ったルゥは、精神も限界が近い。

 狐目の眼は血走り、こめかみには血管が浮き出し、口の端には涎と泡が溜まっていた。

 それでも、呪文を唱え、水の刃物(ウォーターカッター)で死霊を切り裂く。


 グルキュフも、息が荒い。

 いったい どれだけの死霊を、レイピアで突き、吹き飛ばしたか覚えてもいない。

 十匹?二十匹?三十匹? いや百は下らないだろう。

 もう手が重くて、上がらなくなってきている。死霊を突く動きが明らかに鈍くなって来ていた。

 それでも、襲い掛かる死霊達が隙間から伸ばす腐った手を、レイピアで次々に突いていく。


 三人共、疲労の色がありありと出ていた。

 だがしかし、攻防が始まって、実はまだ僅かな時しか経っていなかった。

 人は、例えば、全力で走るだけでも、僅か数百メートル、数十秒走るだけで、肉体は限界を迎えてしまうものだ。

 僅かなミスでも形勢がくずれ、一気に死へと転げ落ちるような、そんな死闘を繰り広げるていると、あっという間に疲労し、限界を迎えてしまう。


 体力はもう尽きつつある、気力だけで、死霊の侵入を阻止し続ける。

 だが、その気力もいつまで持つものだろうか。

 助けなど、来るはずもない。

 そんな事は、解っている。

 数秒後にはこの盾を突破されて、死霊達の腐った手がこの身体を引き千切り、生者の肉に飢えた口に、この身の全てを蹂躙されるかも知れない。

 いや、数分後には、それは間違いなく、現実となるだろう。

 その想像は、体を支える気力を根こそぎ奪いそうになる。


 それでも……

 クラウディアは、胸に入れた梟の形をした木彫りのお守りに呟く。

 それでも、私は諦めない。

 

 盾を構え、死霊の侵入を防ぎ続ける。




「グルキュフ様、頑張って……」


 少し離れた後方で、その戦いを見ているエイシャ様は、祈るように呟く。

 

 あああ、グルキュフ様が私の為に、死霊たちとの死闘を繰り広げている。

 お願いです神様、私はどうなっても構いません。どうかグルキュフ様をお救いください。


 ゴウォォオンと、また重い不気味な音が響く。

 何度目の音だろうか?

 まるで破滅への秒読み(カウントダウン)を数える、死の鐘の音のようだ。


 エイシャ様は思わず、その音が聞こえる方向に眼をやる。

 建物の周りには相変わらず何千、何万と蠢く死霊の群れ。それを囲むように周りに高い壁がある。

 その壁の正面に鉄の門があるのだが、どうやらさっきから聞こえる不気味な重い音は、その門の辺りから聞こえていたようだ。


 ゴウォォオオォン。

 今までの音よりも、更に鈍く重く激しい音が鳴り響く。

 それと同時に、鉄の門が弾け飛んだ。


 開かれた門から、"何か"が、死霊が溢れる中庭へと、突っ込んでくる。

 "何か"は、何万という死霊達の群れの中を、掻き分け、押しどけ、踏み潰しながら強引に突き進む。


 その姿は、まるで死霊の海原を航海する、箱舟のようだ。


 箱舟の様な"何か"。

 それは装甲指揮車(クーガースリー)だった。

 全長6.74m 全幅2.38m 全高1.85m 重量14.4tの鉄の塊。

 それが、何千、何万という死霊達を物ともせずに突き進む。

 巨大な本体で掻き分け、膨大な質量で押しどけ、強大なタイヤでグチャグチャと踏み潰し、その圧倒的な力でもって何千、いや何万という死霊達の群れを捻じ伏せ、突き進む。

 死霊の海を搔き分けて、グルキュフ達がいる建物まで近づいてきた。

 

 館の壁にぶつかる寸前で、停止する。

 装甲指揮車(クーガースリー)の中央上部にある丸いハッチが開く。


 勇一が、姿を現した。

「こっちに、飛び移れ!」


 動きを止めた装甲指揮車(クーガースリー)に死霊達が群らがり、その巨体によじ登ろうとする。

 それを、勇一がレーザー小銃(ゴーク)で次々と打ち落とす。

 だが、数が多すぎる。じわじわと、よじ登られそうになってしまう。


「急げ! 飛び降りろ!」


 装甲指揮車(クーガースリー)は高さがあるので、建物の屋上から二階まで飛び降りるくらいの落差だ。

 身体を鍛えた異世界の冒険者達なら、飛び降りられない高さではない。

 だが、エイシャ様にとっては、眼も眩むほどの高さに感じる。

 いくら、急げと言われても、飛び降りることなど無理だった。


 グルキュフが、エイシャ様と勇一のやり取りに気がついた。

 屋上の入り口から端まで、一気に駆け抜けエイシャ様を抱えあげると、そのまま屋上から装甲指揮車(クーガースリー)へと飛び降りる。

 続いて、ルゥが屋上を駆け抜け、ふわりと装甲指揮車(クーガースリー)へと飛び降りた。


 最後まで扉の前にいたクラウディアが、屋上の端へ向かおうと、一歩さがる。

 タイミングを見計らって、死霊達にクルリと背を向け、屋上を走りだす。

 入り口を封鎖していた盾がなくなり、押さえつけられていた死霊達は解放され、雪崩のように、クラウディアに襲い掛かってきた。

 

 死霊達に向けて、持っていた巨大な盾を投げつける。

 と、同時に、後ろから追いすがる死霊の手を振り切り、屋上を蹴って、飛ぶ。


 うおおおお! 

 クラウディアの見事な肉体が、空中に浮かぶ。

 ドスン、と大きな衝撃と共に、装甲指揮車(クーガースリー)の上に着地した。


 装甲指揮車(クーガースリー)の中央上部にある丸いハッチは狭く、一人づつしか車内に入れない。

 まずは、エイシャ姫が、車内へと降りていく。

 待っている間、停車していると、どんどん死霊が群れてきてよじ登ってこようとする。

 さらにクラウディア達が飛び降りてきた屋上からも、バラバラと死霊達が降って(・・・)きた。


 死霊の海に、死霊の雨かよ! 洒落にもならないな。

 勇一が胸のマイクに叫ぶ


「タッタ! 止まっていられない。このまま、バックで外まで走り出せ!」

「はい。了解しました」

 勇一の指示に装甲指揮車(クーガースリー)が、来た道をバックで逆走しだす。

 あまりに急激に動きだした為、上に載っていたクラウディアが、バランスを崩してしまった。


 グラリと大きく身体を揺らして、装甲指揮車(クーガースリー)から、死霊達の上へと落ちそうになる。


「クラウディア!」

 彼女の名を叫びながら差し出された手。

 その手を、クラウディアは必死につかむ。

 ギリギリの所で踏みとどまり、彼女は、死霊の海へ落ちるのを回避した。 


「助けれてくれて、ありがとうよ」

 クラウディアは、手を差し出してくれた人物に礼をいう。


 礼を言われた人物。

 グルキュフは、唇の端をゆがめて、不快そうに呟いた。


「ふん。これ以上、愚図に死なれても困るからな」


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