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31 性欲

 耐えろ、耐えるんだ。

 俺よ、冷静になるんだ。

 冷静になる時はあれだよ、あれ。

 素数を数えるんだったな。

 えっと2、3、5、7、11、えーーっと13、17、

 あーーー もう! 素数なんか数えたって、冷静になんかなれるかー!


 いや、でも、俺よ。耐えろ、耐えるんだ。

 今までも、耐えてきたじゃないか。

 心頭滅却すれば日も、また昇る。いや、なんか違う。


 勇一はひたすら、欲望に打ち勝つ為に、無駄とも思える、努力をしている。

 事実としては、本当に無駄な努力なのだが、とにかく、無心に努力する。

 なぜ、そんな事をしているかと言えば今、ディケーネが湯浴みをしているからだ。

 同じ部屋の中で。簡単な作りの木の衝立で仕切られた向こう側で、全裸になって湯浴みをしている。


 この異世界では、お風呂が一般的でない。

 一部の貴族や裕福な金持ちなどは、自宅に風呂を持っているらしいが、それらは本当に極々一部の人の話だ。

 大きくて底の浅いタライのような桶に水やお湯を入れて、その中で体を洗うのがこの世界では一般的だ。


 田舎の村などでは、裏庭などの外で水浴びするのが一般的だ。

 だが、街の中では基本的に湯浴みは部屋の中で行う。

 同じ部屋の中で、そのまま行うのだ。


 一応、折りたたみ式で広げると、高さ150cm、幅200mほどになる木の衝立で、部屋の角を仕切り、隠すようにしている。

 だが、そんな衝立ごときで、完全に隠れるものではない。

 そもそも高さがそれほど高くないので、女性としては背が高めのディケーネは、立っていると衝立の上に頭が出ている。

 その状態で服をぬいでいくと、もちろん見えていけないところは見えないのだが、それが余計に妄想を刺激してしまったりもするものなのだ。




 『相手は自分が所有奴隷なんだから、体を洗う所くらい見ていいんじゃない?』


 『って、言うかさー、奴隷なんだから、エッロエロな、アンナコトとかコンナコトとかしちゃって大丈夫ちゃうん?』


 勇一の心の中の悪魔が、そう呟く。



 でも、エッチな事はまったくしていない。


 正直、できない。いや、できるはずが無い!


 勇一は、ディケーネが自分のことを絶望的な境遇から救ってくれた救世主のように感じている所があるように感じる。

 絶大な感謝を感じているだけでない。

 若干勘違いも含まれている気がしないでもないが、自分のことをまるで潔癖な聖人であるかのように絶賛し賞賛し、絶大な信頼をおいていると、勇一は感じているのだ。


 それも無理からぬ話だ。


 なにせ勇一は大金を手に奴隷商会にやってきて、ディケーネの前でこう宣言したのだ。

 「決まってるだろう! ディケーネを助けに来たのさ!」


『勇一は、私を奴隷として手に入れようとしたんじゃない。

 私との約束を果たす為に、自分の全てを投げ出して助けてくれたんだ!』


 ディケーネには、そう思われているに違いない。


 その口で、どうして

『さあさあ、俺がお前を奴隷として買ったんだから、どんな事も言うこときいてもらうぜ。まずは、俺の○○○を、○○○○して、○○○で△△してもらおうか。げえへへへへへへ』などと言えるだろうか?


 自分の命より勇一を命を優先しようとするディケーネの気持ちを踏みにじって、どうしてエロエロな事ができるだろうか?

 同じ部屋の隣のベッドで、まるで勇一を信頼しきったように、何の警戒心も抱かずに安心して寝ているディケーネを見て、どうして襲いかかれるだろうか?


 できない。とても、出来ない。

 そんな外道な事は、俺にはどうしても出来ない。

 ちょっとあれだな。

 格好良いこと言い過ぎたな。


 勇一は本気で後悔していたが、もう遅い。


 それと、実は最近までは一日、何時間も歩いて依頼(クエスト)をこなしていたので、夜に宿につくともうクタクタだった。

 宿に帰ってきてから晩飯を食べると、すぐさま睡魔が襲ってくるし、ベッドに入ろうものなら、隣でディケーネが寝ていることを意識する前に熟睡してしまい、それほど、悶々とする間もないぐらいだったのだ。


 それが、最近は体力がついてきて少々歩いてもクタクタに成らなくなってきたところに、更に行き帰りに電動バギー(ピェーピェー)を使用するようになり、かなり体力に余裕がでてきた。


 そう、体力に余裕ができたがゆえに、余計な事を考えてしまう余裕もできて、悶々としてしまう。

 更にニエスという、美少女も同じ部屋で寝起きをするようになって、悶々とする対象が二倍に増えている。

 ディケーネに手が出せないのと、同様にやっぱりニエスにも手が出せない。

 ひたすらに、悶々とする思いだけが、倍増してきているのだ。


 しかも、最近はさらに、大変不味いことになっている。


 ここ2~3日、ディケーネとニエスの様子がちょっと変わってきたのだ。


 ディケーネは、少し前まで、湯浴みが終わった後など、下着姿に近い格好で部屋の中を歩き回っていたのに、最近ちゃんと服を着るようになった。

 ニエスも、最初などは部屋のなかではズボンを脱いでしまっていた。

 上着の丈が長めだったので、下着が丸見えになる事はなかったが、ちょっと腰をまげたりするだけで上着から下着がチラチラ見えていたりした。なのに、最近は部屋の中でもちゃんとズボンを履いている。


 そう、二人とも明らかに、行動が変わってきている。


 俺が、チラチラと体や下着を見たりしているのがバレたのか?

 彼女達は、俺のエロい視線を、警戒しているのか?


 そういう、考えが湧いてしまうと、もう駄目だった。

 とても、これ以上エロい事を、二人にしようとは思えない。

 これ以上、二人に軽蔑されるような事は、まったく出来ない。


 心頭滅却すれば、日もまた昇る。


 ただ、ただ、心を無にして、エロい邪念を心から排除する為に、無駄な努力をする勇一であった。



 ――――――



「ディケーネさん。私、御主人様の奴隷になって、ちょっと気になることがあるんですけど、聞いていいですか?」


 数日前のことである。

 勇一が宿の主人と話をする為に、一階にむかい、部屋にはディケーネとニエスが二人っきりだった。

 突然真面目な表情でニエスが、ディケーネに問いかけた。


「なんだ? 悩み事か?」

「悩み事ってほどでもなんですが、そのちょっと気になってしまっていて、その……」


 なぜか、自分から話しだしておいて、口ごもる。


「何だ? はっきり言ってみろ」

「えっとですね、私、ご主人様に夜伽を申し付かって無いんです……。

 それにディケーネさんも、されて無いみたいなんですが……、ひょっとして私が気がつかないところで隠れて、御主人様と夜伽されてます?」


「いや、隠れてなんかしていないぞ。そもそも、今までも一度もしていない」

「え? やっぱり、してないんですか?! しかも 今まで一度もしてないんですか?!」

「ふむ、していない」


 ディケーネは、夜伽については、あんまり気にしていなかった。

 まず第一に、ディケーネは勇一に恩を感じている。その恩は非常に大きく、ディケーネには返そうと思っても簡単には返せず、一生を勇一に捧げることで返えそうと考えているくらいだ。

 もちろん、当然のように、自分の体も差し出す気であった。


 それがゆえに、その事についてあまり深く考えていない。

 二人で寝食を共にしだした最初の頃はバタバタしていたし、勇一も昼間にこなす依頼(クエスト)に手がいっぱいで、疲れきっていて夜は非常に眠たそうだった。

 ディケーネとしては『勇一が求めてきたら、受け入れればいいか』という程度でしか考えておらず、正直ほったらかしにしている状態だった。


 ニエスは若干、違った。

 なにせ、彼女は奴隷商会で付加価値をつける為に、色々な技術を身に着けていた女奴隷なのだ。

 言葉を覚え、礼儀作法を覚え、戦闘技術をおぼえ、荷物持ち(ポーター)として貸し出され、経験値もつんだ。


 そして、もちろん夜伽についても教育されていた。


 と、言っても、売り物であった彼女に、他の男性が直接的に何かをしたりした訳ではない。

 奴隷商会の中でも女奴隷と、男奴隷は厳格に居場所を分けられていて、けっして間違いが起こることはない。

 教育係も全員女性だった。

 いわゆる実践等は無しで、女性の指導係から口頭での夜伽の教育をされていた。

 夜伽がどういった物であるかだけでなく、どの様な事をすると殿方が喜ぶかなどの技術(テクニック)も、知識としてしっかりと教え込まれている。

 さらに別途、女奴隷の先輩からエッロエロな体験談なども豊富に聞いていた。


 ようするにニエスは、恋愛経験なんて欠片もないのに、やたらと性の知識だけは豊富な、『究極の耳年間(みみどしま)』になっているのだ。



「私、ちょっと考えたんですが……

 御主人様って、夜伽は申し付けてこないのに、たまに、私達の体をチラチラと見てきたりしますよね」


「それは、あるな」


 ディケーネも、何か物を拾うためとかに上体を前屈した時などに胸元をチラチラ見られたりしているのは気づいてはいた。

 部屋で湯浴みを終えて、薄着で部屋を歩き回っていると、勇一は妙にソワソワしていたりもする。


 もちろんそれらの勇一の行動は、一般的な男子高校生なら仕方がない行動だ。責めるのは酷というものだろう。

 ちなみディケーネも、あまり気にしていない。

 『別に、見たければ見ればいいのに』などと考えているぐらいだった。


「だから、御主人様は性欲はあるんですよ。でも、夜伽を求めてこない。ちょっと変じゃないですか?」


「変かな? うーむ、確かに変かもしれんな」


 ディケーネは、男性の性欲がどういったものかは正確には理解していない。

 それでも"性欲の強さ"というものは身をもって知っているつもりだ。なにせ男性に襲われそうになった経験がある。しかも一度だけではない。

 深く考えていなかったが、それらに照らし合わせてみると確かに夜伽を求めてこない勇一の行動が、変な気もしてくる。


「そこで私、考えたんです……、御主人様って、実は夜伽がやりたくてもやれないんじゃないかって」

「どういう事だ?」


 ニエスが、ぐぐっと、身体を乗り出してディケーネに迫る。


「だから、インポですよ! インポテンツ! 御主人様はインポテンツなんですよ!」

「??!!?」


「だって、明らかに性欲があって、こんな美人な奴隷とかわいい奴隷が二人もいるのに、夜伽を申し付けてこないんですよ! おかしいじゃないですか!

 だから、夜伽がやりたくてもやれないんですよ!

 これってもう、インポ以外考えられないじゃないですか! インポですよ! インポテンツ!

 そして、インポって一般的には恥ずかしい事だから、御主人様は、そのことを必死に隠してるんですよ!」


 男性経験の無い、ぶっちゃけ異性の手すらまともに握ったことの無い、それでいて非常に偏った無駄な性知識だけはやたらと豊富な14歳の少女『究極の耳年間(みみどしま)』ニエルエンス・スィンケル。

 そんな、彼女が、彼女なりに、本気で考えた結論。


 それが、インポだった。


「うーむ。今まで深く考えてなかったが、そう言われると、そんな気がしてくるな」


 男性に襲われそうになった経験はあるものの、これまた、まともな恋愛経験はまったくないディケーネが、その意見に同意する。


「下手に夜伽に誘おうものなら、御主人様に恥をかかせてしまうことになると思うんですよ。

 御主人様としては、なるべくインポテンツだってことはバレてほしくないと思ってるでしょうし。

 いえ、それだけじゃなくて、たまにディケーネさんが、薄着でウロチョロしてると御主人様、チラチラと見ながらちょっと困った表情とかもしてるじゃないですかー。

 インポの御主人様はたぶん性欲が刺激されても、結局イロイロできないから困ってしまうですよ!」


「なるほど、納得だな。

 じゃあ、インポの事は知らないふりして、夜伽の事も、なるべく触れないようにしないといかんな。

 いや、それだけじゃなく、性欲を刺激するような格好ををするだけでも、ユーイチが困らせてしまう可能性が高いのか」


 ディケーネはもう完全にニエスの意見に同調していた。

 『今度から、湯浴みする際などは、もっとユーイチから見えないように気を使おう』などと、間違った方向で気を使うつもりになっている。


「そうですよ、御主人様に恥をかかさない為にも、なるべく夜伽の事には触れないようにしないと!

 さらに、性欲を刺激しないように気をつけないといけないんですよ!」


 心の底からまったく悪気ないニエスが、汚れ無き天使のように天真爛漫に、そう言った。


「ふむ、ユーイチの為に、そうしたほうがよさそうだな」


 勇一の為ならどんな事でもするつもりのあるディケーネが、心の底から一点の曇りもなく勇一の為だけを考えて、同意する。




 もちろん そんな会話があったことは、勇一は、まったく知らない。


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