30 晩餐
数日後
晩餐会当日は、ダーヴァの街全体がお祭り騒ぎだった。
街には、クルスティアル王子及び公爵家から、百三十樽もの酒樽が下賜されていた。
半分は街の酒場に配られ、半分は街角であちこちに衛兵たちがテーブルと酒樽だけの簡易的な配布所をつくり、道行く人々に振舞われた。
街人たちは、手に手に杯を持って、酒を飲む。
一箇所では、一人一回、一杯分しか酒をついでもらえないので、よっぱらい達は杯を片手にあちこちにある配布所を求めて街を巡る。
酒が入れば、陽気になる。歩きながら、見知らぬ者も肩を組み、歌が始まった。
楽器が弾ける者は音楽を奏で、若い街娘達は、踊りを披露する。
ダーヴァの街は、完全にお祭り状態だ。
そして、そのお祭りの中心はもちろん、公爵が王子達を迎えいれて行われる晩餐会である。
この地方都市ダーヴァを治める公爵家が主催する、最高位の催し物だ。
世界中から集められた最高の酒、この地方特産物をふんだんに使った最高の料理、公爵お抱えの楽団が奏でる最高の音楽。
位の高い貴族や、力のある大物商人はもちろん全員呼ばれている。
若干、位の低い貴族や中堅商人などはこの晩餐会に呼ばれる為に、ここ数日間は、コネや金をフル活用して必死に動き回っていた。
この晩餐会に出れるか、出れないかで、この街での今後の立場が左右しかねない。
それ程、このダーヴァの街において重要な催し物であった。
晩餐会の主役はもちろんアルフォニア王国の第二王子のクルスティアル王子、その妻アグリット妃と、二人の娘アリファ姫とベルガ姫達だ。
それは間違いない。
だが、この晩餐会には、注目されている主役が、もう一人いた。
今話題の"竜殺し"ユーイチ・イオキベだ。
その姿は、街の人々はドラゴンを退治して凱旋した時に、多くの人が見ている。だが、貴族の殆どが、庶民のように街角に出て、その姿を見に行ったりはしない。
もちろん、その噂を耳にしているものの、姿を直接見るのも初めてだ。
情報通な者などは、彼と彼の率いるパーティー『名無き者』が、ドラゴンを退治しただけではなく、両姫様を襲った数百人の賊を退けた事も知っている。
その"竜殺し"ユーイチ・イオキは、今日の晩餐会で、『竜を退治せし者』の称号を整式に授与される。
それだけにとどまらず、さらに準男爵の爵位まで、授与される。
そう、彼は貴族社会の一員となるのだ。
新しく登場した街の英雄、竜殺しで準男爵のユーイチ・イオキベ。
力を持ち、新しく名誉と地位を手に入れる男。
晩餐会に参加する全ての者が、考えていた。
いったい、ユーイチ・イオキベとは、どんな人物だろう?
そして、どんな『利用価値』や『使い道』があるだろうか、と。
しかし、その晩餐会に、勇一が姿を現す事は無かった。
――――――
街の小さな酒場に、勇一達三人はいた。
店の名前は『まぬけな子馬亭』と言う小さな小さな酒場。
普段は、宿屋の一階が酒場になっているので、そこで飯を食べる。
だが今日は、下賜された酒が無料でふるまわれ、凄い混雑していた。さらに周りの酔っ払いたちが異様に興奮していて、すぐに『ドラゴレス』コールしたり、"英雄の挽歌"を歌いだしたりするので、落ち着いてご飯を食べる事ができず逃げだしてきたのだ。
この小さな酒場『まぬけな子馬亭』は静かだった。客も少ない。
はっきり言って親父がつくる食い物は、あまり美味くはない。
それでも普段は客が多い。なぜなら量が多いからだ。
そう、『まぬけな子馬亭』は、味よりも、量と安さが売りの店なのだ。
その為、普段使うにはいいが、今日のようなお祭りさわぎの晴れの日に、わざわざ来るような店ではないのだろう。客が少ない。
だが、それが、勇一達には非常に都合が良かった。
狭い店の端っこで、安い酒とあまりおいしくない飯で、三人だけの晩餐だ。
「本当に、晩餐会に行かなくて良かったのか ユーイチ?」
「そうですよー。もったいないですよー、御主人様」
「ああ、もう、その話は終わりだ、終わり」
勇一が、遮るように手を振って、話を無理矢理に打ち切る。
晩餐会に関しては、もちろん、最初は勇一だって行く気だった。
ディケーネとニエスには、豪華なドレスを買うつもり満々だった。
だが、しかし。
招待状と一緒に、ダフネ隊長からもらった諸注意をまとめた書類。
その書類を、服装のドレスコード等を確かめるために、ディケーネに読んでもらった。
そうしたら、その中に、こんな一文があったのだ。
・奴隷身分の者の、晩餐会会場への入場は禁じる。
ケッ!
ディケーネとニエスを置いて、俺一人だけノコノコと晩餐会なんか、いくかよ!
貴族達の晩餐会なのだから、奴隷の身分の者が立ち入れないのは、この異世界の常識だ。
だが、それがこの世界の常識であろうと、勇一には断固として、受け入れることが出来ない。
「私達に遠慮などせず、ユーイチ一人だけでも、晩餐会に出れば良いものを。
すくなくとも、称号と爵位だけは貰ってくるべきだったと思うぞ」
「晩餐会行かないと、称号とか準男爵の爵位とか、どうなっちゃうんでしょう?」
ニエスの何気ない疑問に、ディケーネがさらり答える。
「招待された晩餐会を断ると同時に、両姫様からの授与式も断った形になったんだ。
ほぼ間違いなく取り消しだろうな。
それどころか、授与式なんて、式典の執り行いの準備や調整やら色々支度も大変だ。手間も費用もかなり掛かっているのが、無駄になっているはずだからな。
"奴隷が入れないから"なんて理由で授与式を断るなんて、下手すると、断った事を『恥をかかされた』と逆恨みしているかもしれんぞ」
「ええええ? 俺、姫様達から恨まれるのか?」
予想外の事に、思わず勇一が、情けない声を出す。
「あ、いや。そう心配するな。あくまでも、そういった可能性も有ると言うだけだ。
姫様達が、手間が無駄になったことや面子を潰された事など気にせず、逆恨みなどしない、善い人であることを祈ろう」
まあ、姫様本人は善人でも、周りが違う可能性は非常に高いがな。
最後の部分は、勇一が心配しすぎるといけないので、口に出さずにおいた。
元貴族のディケーネは、貴族という生き物が、どんな物かよく知っている。
『姫様からの招待や褒美を、平民ふぜいがよくも断ってくれたな』そう言って、憤慨する貴族の姿が目に浮かぶ。
「まあ、今更、考えても仕方ないよな」
勇一は、考えれば考える程、暗い気分になりそうだったので、あまり深く考えるのを止めた。
それにしても、姫様達を助けた時も会えなかったし、今回も結局この有様だ。
どうやら俺は、姫様達には縁が無いらしい。
ハァと、勇一は小さくため息をつく。
「よし決めてやったぞ! 仕方ないから、この僕がお前のパーティーに入ってやろう! 有り難く思え」
落ち込む勇一に近づいてきた男は、何の前触れもなく、いきなりそんな事を言いだした。
「ここ数日間、お前達パーティーの事を見させてもらっていた。
荒削りで品位に欠けるところがあるが、なんとか合格点をやれる出来のパーティ-だ。
仕方ないから、この僕が、お前達のパーティーに入ってやる。有り難く思え」
『いきなりなんなんだ、こいつは』といった不審な表情を勇一が浮かべ、
『おまえは、いったい何を言ってるんだ』といった呆れた表情をディケーネが浮かべ、
『何をいってるんでしょうか、このお馬鹿さんは』といった不思議そうな表情をニエスが浮かべる。
細めの体に、金髪碧眼で神経質そうな顔。
それなりに値段の高そうな鎧を身にまとい、両手剣を背中に背負っている男。
「誰だよオマエ?」
「誰とは失礼な! 我が名は ヤヌザイ・ヴァ・アルドナリン。
かの有名な剣聖"アレクサス・カサレス"様の、弟子の"イブラムダル・ダル・アーフェイ"様の、弟子の"サーエルダグルク・ボルフサス"様の、弟子の"モー・イーズ・ポックルド"様の所で、三ヶ月も剣の修行をしてきた一番弟子で、将来有望な剣士だ。
その僕が、お前達のパーティーに入ってやるって言っているんだよ。有難い話だろう。遠慮する必要はないぞ」
あ! こいつ、あの時の奴だ!
今の自己紹介を聞いて、勇一はやっと思い出した。
そうだ、そうだ、ディケーネとパーティーを組む前、まだ誰ともパーティーが組めずに困ってた時に、声を掛けた一人だ。
ヤヌザイって名前だったのか。
確か、声かけた時は、『君のような田舎からでてきたような、本当の単なる駆け出しの新人冒険者とは訳が違うんだよ』とか言って、断ってきたんだよな。
それが、俺が"竜殺し"とか、呼ばれるようになったら、これかよ……
手の平、くるっくるっと回転しすぎだろう。
「モー・イーズ・ポックルド? あいつの弟子だと?」
ディケーネが小声で呟いた。
「さっき羅列された名前の中に、知ってる人の名前があったのか?」
「ああ、ここらへんでは、かなり有名な剣術道場を開いている男だ」
「へえ。なんか剣聖の弟子の弟子の弟子とか言ってるから、大したこと無いかと思ったが、ちゃんと有名な人の弟子なんだ」
「いや、勘違いするな。
モー・イーズ・ポックルドは、それなりに強かったそうだが、怪力でただ無闇に剣を左右に振り回すだけで、剣術のケの字も知らぬ、素人同然、基本も何もなってない男だったらしい。
なのになぜか剣術道場を開いていてな。まあ、剣術道場も、悪い意味で有名な所だ」
「悪い意味で有名なんかよ!」
「しかも、この男、その道場で三ヶ月修行とか言っていたな。剣の修行は、普通は数年間、人によっては何十年間とするものだ。
それが、たった三ヶ月とは……」
うーん。ディケーネの話を聞くと、このヤヌザイ君。
どう考えても強そうに思えないな。
チラリとヤヌザイを見ると、自信満々な態度で、こちらの返答を待っている。
「それより、ユーイチはなんとなくこの男に心当たりがありそうだな。このヤヌザイとか言う男、ユーイチの知り合いなのか?」
「いや、知り合いって程でもないんだが」
確かに、一度はパーティーを組まないかと誘った相手ではある。
だが、その時にハッキリと断られて、その話は終わったはずだ。
そして現状、勇一としてはパーティーメンバーを増やす予定は無い。
まずは、手にいれた道具の数々に自分達が把握し、慣れるのが優先だ。
ここはとにかく、改めてお断りしておかなければならない。
「あー、そのなんだ。大変申し訳ないんだが、現状ではパーティー募集していないんだよ」
「はあ? 何を言ってるんだ君は。
将来有望な僕の足にすがりつき、どうしても一緒にパーティーを組みたいと頼み込んできたのは君の方だろう?」
「いやいや、確かに一度さそったが、その話は其方から断られて終わりになったはずだぞ。
とにかく、その後、色々あって、今はパーティーメンバーを増やすつもりが無いんだよ。他を当たってくれるかな」
「はあああ? ふざけた事をいうなよ。
僕が入ってやるって言ってるのだぞ? そんな程度の理由で、断る気か? 正気か貴様?」
もちろん、正気だ。
てか、このヤヌザイ君とパーティー組まなくて本当によかった。
チラッと横に目をやる。
ディケーネが、今にも腰の剣を抜いて首を跳ねそうな表情をしてるし、ニエスは、まるで不味いパエリアでも見るような顔をしてる。
だが、ヤヌザイは、勇一が、ディケーネとニエスの方に目をやったのを見て、何か勘違いしたようだ。
ヤヌザイがにっこりと笑った。
「なるほど、なるほど、そう言う事か。解ったぞ」
「おお? 解ってくれたか? じゃあ、今回パーティーに入るのは無しということで……」
「君の心配は解る、よーく解るよ。
たしかに僕が、君のパーティーに入ってしまうと、この僕、ヤヌザイがあまりに活躍して、パーティーの中心になってしまうだろうし、そこの綺麗な女性二人も僕に対して好意をもってしまうだろう。
それはもう必然とも言うべきことで仕方ないことだ。その事を心配する気持ちも解る。僕のような素晴らしい剣士を仲間にするんだ、当然の心配だろう。
でも、安心しろ。君も"英雄ヤヌザイ"の仲間として十分な名声をえることが出来るはずだ。君にも君にぴったりの、"それなりの女性"が見つかるよ」
頭、痛くなってきた。
チラッともう一度、横に目をやる。
ディケーネは、何と言うか、あまりにも理解できない相手にちょっと気持ち悪がっているし、ニエスは逆に、もうあるラインを通りこしてしまったのか、珍獣を見て楽しんでいるような目で見ている。
将来的にはパーティーは人数を増やすつもりもある。有望な人材なら、其のときに入ってもらうおうという思いもある。
だが、正直言って、このヤヌザイ君は、お断りしたい。
全力を持って、お断りしたい。
さて、何て言って断ったら、いいものやら。まともな会話はできそうにないし……
勇一が、困って黙り混んでしまったのを、ヤヌザイは勝手に良い方に解釈する。
「さあさあ、では、僕の歓迎する酒席でも、もうけようじゃないか!
おい、そこの亜人の娘。貴様、奴隷だろう。僕が座るから、さっさと席をあけてくれ」
"奴隷"と言われ、慌てて反応して立ち上がろうとするニエス。
その彼女を押しのけて、無理矢理席に座ろうとする。
ヤヌザイに押されたニエスは、バランスを崩して床に倒れてしまった。
「ニエスに何しやがる!! ふざけんな!! このクソ野郎!!」
勇一の突然の怒号が、店内に鳴り響く。
その怒号はあまりに突然で、あまりに大きな声だった為に、一瞬、店の中が静かになったくらいだ。
店の中の全員が何事かと、勇一達のテーブルを見る。
その視線の中心で、ヤヌザイが青い顔で口を鯉のようにパクパクさせている。
「な、な、な、なにをそんな、急に、怒鳴り声を、あげ、あげてるん、だ」
立ち上がった勇一が更に叫ぶ。
「うるせー! とっとと消えろ! 消えねえなら、お前もあのドラゴンみたいに、十字を刻みつけるぞ!」
ヤヌザイだけでなく、ダーヴァの街の殆どすべての人は、十字が刻まれボロボロになったドラゴンの死体を目の当たりにしている。
今のダーヴァの街で、これほどの脅し文句は、他に無いだろう。
恐怖に引きつった顔で、訳もわからぬまま慌ててヤヌザイ逃げ出そうとする。
「ぼ、僕を、仲間にしなかったこと こととと ことを後悔することになる な、なるぞ! お、おぼえてろ!」
いかにも負け犬的は言葉を残してヤヌザイは、店を出て行った。
ヤヌザイが目の前から消えて、勇一は興奮が収まり、急激に頭が冷えてくる。
店内の殆どの人々が、どうやら一悶着終わったようだと自分達の会話に戻っていっている。
だが、中にはまだ、興味深げにこっちを見ている酔っ払いもいる。
なんか店中に鳴り響く程の、大声をだしたことが、ちょっと恥ずかしくなってくる。
椅子に座って、誤魔化すように水をゴクゴクと飲む。
チラリと二人を見ると、
ディケーネは『なかなか、言うじゃないか』といった感じの表情を浮かべている。
ニエスは、ただただ嬉しそうに笑っていた。
――――――
「うううう、やっぱり、そうですよね。そうですよねーー。もう、パーティーメンバーなんて、必要ないですよね。いまさら、もう、擦りよってくる人なんて、ほんと、ドラゴンみたいに十字を刻まれて、死んじゃったほうが、いいんですよね。さらに、私なんて、もう、全然、もう、ほんと、必要ないですよね」
勇一達から、少し離れた所で、今のやり取りを聞いていた小さな女性が、一人で呟き、一人で絶望し、一人で泣き崩れていた。
彼女の名前は、ウノ・パウ
勇一にパーティーメンバーに誘われて、一度はOKした唯一の人物だった。
だが、OKしたその次の日に、冒険ギルドに古参メンバーに脅されて断ってしまった。
その事を、ウノ・パウはずっと深く後悔していた。
実は、彼女は、誘い断った次の日に、もう一度パーティーメンバーにしてもらおうと心を決めていた。
勇一に本当の事を言い、謝罪し、そして改めて勇一のパーティーメンバーにしてもらおうと考えていた。
たとえ、古参メンバーに苛められることになったとしても、勇一とパーティを組もうと心に誓っていたのだ。
実際にその次の日、勇一のすぐ近くまで来て、声をかけようとした。
だが、『一度裏切って傷つけてしまったことを、今更どう謝罪し許してもらえと言うのか?』 今まで人に何度も傷つけらたウノだからこそ、そう悩んでしまった。
どうしても勇気を出せず、声をかけられず、思わず逃げ出してしまった。
その後も、ずっと『声をかけよう、今度こそ声をかけよう』と思いながら、ずっと声をかけられず、勇一の後をただ追いかけ続けた。
昼間の依頼中はさすがに無理だった。
だが、朝、冒険者ギルドで勇一が来るのを待ち伏せし、依頼に出かけていく後ろ姿を見届ける。
ここ最近は、夕方、街に勇一が帰ってきると、ただひたすらに、その後を付回す日々をすごしていたのだった。
そして、それは今日も続いている。
その姿は他の人から見たら、まさにストーカーそのものだった。
実は、ときどき勇一の視界にもチラチラと入ったりもしていたのだが、勇一はまったく気付いていなかった。
「うううう、わたしなんて…… わたしなんて…… 」
ハンカチの角をかじりながら、すすり泣く。
勇一のまったくあずかり知らぬ所で、ウノ・パウは一人、悲しみにくれていた。




