29 招待
「ぐえええええ、食いすぎで気持ち悪い」
朝、起きると胃が重かった。
昨日、森の中の装甲指揮車が隠してある場所。その横の開けた場所で、豪勢な豚の丸焼きを行った。
大きめの焚き火で鉄棒を串刺しにした豚を丸焼きする、非常に豪快な料理だっが、本当に美味しかった。
味付けを担当したのはディケーネ。
以外にも、彼女は料理が上手らしく、絶妙な焼き加減で、味付けも繊細で抜群だった。
以外でもないか、結構ディケーネって育ちは良いはずだからな。
いや、逆に育ちが良いから料理なんてしないのか?
うーむ。
ディケーネの場合は、丸焼きみたいな豪快な料理だけ得意と言う可能性も高いよな。キャラ的に。
などと、けっこう失礼な事を勇一は考えたりする。
それより、驚いたのはニエスだ。
自分よりずっと体が小さいのに、昨日は勇一の軽く三倍は、肉を食べていた。
まさか、ニエスが、あんな大食いキャラだとは知らなかったよ。
それから、顔を洗おうと、水の入った桶を見た。
そこには 右目が黒で、左目が紅い オッドアイの自分が写っている。
「俺は、中二病キャラかよ!」
思わず、自分で自分に突っ込みを入れてしまった。
――――――
冒険ギルドに行くと、受付嬢に声をかけられた。
「『名無き者』の皆様に、お客様が、いらっしゃっております」
「お客? 俺達に?」
「はい」
勇一には、もちろんこの世界に知り合いなど殆どいない。
ディケーネやニエスなら知り合いもいるだろうが、『名無き者』への客だと言う。
昨日の正体不明の女性の件もある。
どうも、嫌な予感しかしない。
勇一は自分の感をそれほど信じている訳ではないが、悪い予感だけは、なぜか結構よく当たる。
「どうぞ、こちらにいらしてください」
受付嬢が、奥へと案内してくれる。どうやら、断る選択肢は無いらしい。
仕方なく、その後ろを三人でついていくことにした。
冒険者ギルドには依頼を受けに毎日のように来ているが、建物の奥に入るのは、これが初めてだ。
「こちらで、お客様がお待ちです。どうぞお入りください」
部屋の中には、三人の女性が座っていた。
勇一達が部屋に入ると、サッと立ち上がって胸に手を当てる。
「ユーイチ・イオキベ殿、そして『名無き者』の皆様。
先日は、危ない所を助力頂き、心より感謝する」
代表して、そう挨拶したのは、姫様を守る『汚れ無き薔薇親衛隊』隊長ダフネ・ド・コスターだった。
「ああ、お客って、あの時の隊長さんだったのか」
どうやら、悪い予感は外れたらしい。
まあ、悪い予感なら、いくら外れてくれても構わないけどね。
差し出された、彼女の女性とは思えないようなごつい手を握り、握手を交わす。
隊長ダフネは握手しながら、勇一の顔を間近で見て、不思議そうな表情を浮かべた。
「その左目はどうなさったんです?
最初はお会いした時は左右とも黒色の瞳だったような。もしかしてドラゴンを倒して呪いでも受けたので?」
「いや、これは、ちょっと……」
紅い左目のオッドアイを指摘されて、勇一は慌てる。
とにかく、この中二病的な見た目が自分では恥ずかしくて堪らない。
もう、いっその事、眼帯で隠そうかとも思ったのだが、『眼帯をしている姿』も、どう考えても中二病っぽいので、やめていた。
しどろもどろになっている勇一を見て、隊長ダフネは何かを察したような表情を浮かべて、それ以上は、深く聞いてこなかった。
改めて、席につく。
「それで、隊長さん達は、なんでわざわざ俺達に会う為に冒険ギルドへ?」
「もちろん、改めて御礼を言わせていただく為と、そして"これ"をお渡しする為にだ」
そう言ってからやたらと立派な、封印された一枚の書状を、テーブルの上に置いた。
「これは?」
「アリファ姫とベルガ姫、両名からの晩餐会への招待状だよ」
おおお? 晩餐会?
「その晩餐会では、イオキベ殿に、両姫より正式に『竜を退治する者』の称号と、そして、さらに褒賞として準男爵の爵位の授与も行われる予定となっている」
「準男爵? すごいな、ドラゴン退治すると爵位まで貰えるのか?」
思わず驚きの声をあげた勇一に、ディケーネが教えくれる。
「いや、ドラゴンといえ、その中では最小最弱のライトドラゴンを倒したくらいでは、普通は爵位の授与など、ありえない」
その言葉に、ダフネは唇を少し歪めて、苦笑いを浮かべる。
「ああ、普通は、確かにありえない。
本当の所、爵位は両姫様を助け守って頂いた事への褒賞なんだよ。ただ今回、諸所の事情により"両姫様が襲われた"事実は無かった事になっているんでね。もちろん助けてもらった事をおおっぴらに褒めたたえる訳にはいかない。
その為、爵位の授与は、表向きはドラゴンを退治したことへの褒賞になっている。
我らとしても、そこらへんは心苦しく思っているんだけどな」
うーん。
詳しい事情は解らんが、どうやら『襲撃された』その事実さえ無かった事になってるらしい。
まあ、それなら、褒賞だってこんな形になるのは納得だな。
「ただ両姫様は、助けて頂いた事に本当に心から感謝している。ぜひ直接会って、あの時に言えなかったお礼を言いたいとの事だ。
晩餐会には、参加して頂けるだろうか?」
「もちろん。喜んで参加させてもらうよ」
「快諾して頂いてありがたい。両姫様もお喜ばれになるだろう。
こちらの用紙に、服装のドレスコードや、馬車についての規定など、諸注意を纏めておいた。確認しておいてくれ」
「おお? ありがとうございます。それにしても、こんな諸注意なんてあるんですね」
隊長ダフネが諸注意をまとめた一枚の羊皮紙を差し出しながら、唇を少し歪めて、また苦笑いを浮かべる。
「実は昔に、今回と同じように冒険者を晩餐会に招待した事があるんだ。
そうしたら、その冒険者はいつも冒険するそのままの汚い格好で、歩いて晩餐会に来てしまってな。ドレスコードに引っかかって、中に入れなかった事があったんだよ。
まあ、私もあんまり良い身分の出ではないので、その冒険者の気持ちは解らんでもないのだが。
とにかく、それ以来、冒険者を誘う時には諸注意をまとめた物を渡すことにしているんだ」
あ、危なかった。
俺も聞いてなかったら、その冒険者と同じ失敗をやる所だった。
勇一は内心で冷や汗をかく。
それにしても、服か。
本気で、『着ていく服がない』状態だぞ。
まあ、明日にでもディケーネと相談して、買い物にいくか。
ディケーネとニエスにも、ドレスとか買わないといけないよな。
二人のドレス姿か。いいな。すっごく良さそうな気がする。
ディケーネは、ちょっとセクシーなのがすごい似合いそうだ。
ニエスは、可愛らしいスカートがめっちゃ広がったお姫様っぽいドレスがいいな。
よーし、ドラゴン退治した金もあるし、奮発して二人にはすっげードレス買っちまおう!
二人のドレス姿を想像して、思わずニヤニヤしてしまう。
「あと、ついでと言ってはなんだが、もうひとつ……」
隊長ダフネ声が、勇一の幻想を打ち崩す。
「は、はい。なんでしょう?」
「実は、後ろの二人はうちの隊の隊員なのだが、イオキベ殿達に直接に命を救われたんだ。
どうしてもお会いして直接にお礼を言いたいと言うので連れてきた。
ほら、挨拶しろ」
ダフネに声をかけられて、後ろから、二人が進み出る。
「エレーナ・ラ・クルスノルドですわ。
危ない所を助けて頂いて有難うございました」
金髪の巻き毛をした美女が、深々と頭をさげて、お礼を述べる。
やたらと豪華な見た目で、優美な雰囲気のある美人だった。
騎士っていうか、彼女がお姫様だと言われても信じちゃうぞ。
思わず勇一は、見とれてしまう。
だが、その顔に見覚えはない。
ダフネが、勇一達に直接に命を助けられたと言っていたが、その顔をみても勇一には、ピンとこない。
それもそのはず、勇一に助けられた時、彼女は鎧を着て、泥と死体にまみれて地面に転がっていた。
勇一が、彼女の顔を知っているはずがない。
だが、エレーナの方は違う。
あの森の中。
力の限り闘っても、結局姫を守りきれずほぼ力尽きてしまい、絶望の中で泥にまみれ、死に瀕していた。
その時、兜の隙間から見た光景が、脳裏に焼きついている。
暗い森を切り裂くまばゆい光の筋。
次々と十字が刻まれ、打ち倒されいく敵。
そして、不思議な乗り物に乗って現れた一人の男。
そう、彼女にとって、その姿はまさに、神話に出てくる『白龍に乗った英雄リヨン』そのものだった。
隊長のダフネに、無理を言ってここについて来たのは彼女だ。
たとえこの後、勇一が両姫様からの招待を受けて晩餐会に来る事があっても、護衛の自分が直接に勇一に話しかける機会があるとは思えない。
そう考えた彼女が、無理を言って、付いてきたのだ。
勇一を目の前にして、エレーナの心臓は破裂しそうなほどに動悸する。
この国のいかつい男性達とは違う、やさしげな表情の勇一の顔をみていると、さらに胸の動悸が高まる。
実は彼女には、年下のかわいらしい同性の恋人が、何人もいる。
でも、今までの人生の中で出会った異性に対して、恋心を抱いたことなどはなかった。
だが、
エレーナは、勇一に出会い、改めて自分が目の前の男性に、恋焦がれている事を自覚した。
私は、この人に恋をしている。
まだ、まともにお会いするのはこれが始めてだけど、そんな事は関係ないわ。
私は、この人に恋をしてしまっている。
「いやあ、お礼なんて、そんな。
とりあえず無事助かった人が、一人でも多くてよかったですよ」
その勇一の言葉に、エレーナは失望する。
明らかに、相手は、自分の事を意識していない。
と、言うか、たぶん覚えてもいない。
仕方ないですわ。
あの状態では、私に気付きすらしなかったかも。
それに、相手は、ドラゴンすら倒す英雄。
私は、姫に忠誠を誓った一介の女騎士。
すれ違うことすら、この先、一度も無いかも知れない二人なんですもの。
この胸の思いは、私の中だけに秘めておくのがいいですわ。
そう、私の胸の中だけに……
「貴方が、好きです!!」
あ、口が滑ってしまったわ。
突然のエレーナからの告白に、勇一が固まる。
周りの皆も固まっている。
どう反応していいのか、勇一は、解らないので固まっている。
周りの皆も、当然わからないので固まっている。
エレーナ本人も、どうしていいか解らずに固まっていた。
もう、言ってしまったからには 破れかぶれですわ。
元々彼女は、あまり我慢強い性格でもない。
いきなり、勇一に抱きついてキスをした。
どうせ二度と会うことないでしょう……、ならば、思う存分!
おもいっきり、舌まで絡めてくる。唾液が混ざり合う。
もう、まったく遠慮なく、魂が求めるがままに、勇一の唇を味わいつくす。
「エレーナ! なにやってるんだ、この馬鹿!」
ズドンと、凄い音をたてて隊長ダフネの拳骨が、エレーナの脇腹にめり込んだ。
まったく手加減のない一撃。
エレーナの身体が不自然に、"く"の字に折れ曲がる。
ゲフッと口から息をはき、唇の端から涎をたらしつつ、エレーナは白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
エレーナを一撃のもとに轟沈したダフネは、勇一に平謝りする。
「うちの隊員が、大変な失礼をした。彼女は厳重に処罰させてもらう。本当に申し訳ない」
「いやいや、処罰とかしなくてもいいから。気にしてませんから。
彼女、なんか変なスイッチが入っちゃってたみたいですけど、まあ、許してやってください」
涎でべちゃべちゃになった唇をふきつつ、勇一は、一応エレーナを擁護する。
「イオキベ殿にそんな事を言って頂いて、恐縮する。
ただ、隊の規律もありますので、処分はさせて頂きます」
ちなみに、勇一は、唇を重ねた快感よりも、唇を奪われた恐怖の方が勝っていた。
うわー、いくら相手が美人でも、欲望のままに迫ってこられるのって、こええええ。
マジコエエエ。
セクハラされる女性の気持ちとか、少しわかった気がするよ。
ちょっと、トラウマになりそうだ。
かなり引き気味の勇一に、ダフネは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「おい、お前もさっさと挨拶しろ」
そう、指示されてもう一人の女騎士が進み出た。
「ノレル・ノレルノレです。危ない所を助けて頂いて、有難うございました。大変感謝しております」
もちろん嘘である。
彼女は、勇一に感謝などまったくしていない。
そもそも、此処に来たのだって、エレーナに無理矢理に連れてこられただけだ。
冷たい目で無表情に、口だけで礼を言う。
あ、あの赤い騎士さんだ。
礼を言われた勇一は、エレーナと違い、ノレルのことはすぐに解った。
森の狭い道で、敵の前に立ちふさがり、獅子奮迅の活躍をしていた彼女の姿は脳裏に焼き付いている。
「いえいえ、礼なんて。俺の助けなんて必要ないくらい強かったじゃないですか」
そんな勇一の言葉を、ノレルは聞いていなかった。
ノレルは、なぜか勇一の紅い左目を、じっと見ている。
「その左目……」
やっぱり目立つかな、この左目
勇一はちょっと恥ずかしい気分になってくる。
だが、ノレルは、異様に強い興味をもって勇一の左目を見つめている。
「ひょっとして、この目について、何か知ってるのか?」
勇一が、問いかける。
その問いにノレルが、小さな声でつぶやくように、言った。
「いや、……ちょっと、かっこいいなと思って」
お前は、中二病かよ!!
てか、姫様の親衛隊、すこし人材に問題あるんじゃないのか?!
と、心の中では突っ込むが、口には出さずに置いた。
その後、改めてお礼を述べて、彼女達は帰っていった。
気絶したエレーナは、隊長ダフネの肩に担がれている。
なんか疲れた。
嵐がすぎさった後のように、勇一はどっと疲れが出てしまった。
思わず、深いため息がもれる。
手元には、封印された両姫様からの招待状と、諸注意をかいた羊皮紙が残されていた。
――――――
ダフネと、その肩にかつがれたエレーナ、そしてノレルが冒険ギルドから出て、両姫様の滞在する宮殿に向かっていた。
その途中。
ノレルが一人つぶやく。
「あの眼……、間違いなく緋眼の印だ。
なぜ、あの男の眼に、魔族の使う緋眼の印が……」




