22 帰還
街は、静まりかえっていた。
最近のダーヴァの街は、王子達を迎える為に綺麗にかざりつけられ、もうお祭り直前の雰囲気だった。
人々の心も浮き足だっていた。
それが、嘘のように静まりかえっている。
ダーヴァの街の正面門を通り抜けたところは開けていて広場のようになっている。
そこから街の真ん中へむかって表通りが続いている。
街の中心へむかって、グルキュフを先頭にレイドパーティーが冒険ギルドに向かって歩いていた。
多くの街の人たちがレイドパーティーの帰還を聞きつけ、広場に集まってきていた。
『ライトドラゴン退治はどうなったのか?』
街の人々、すべてが気になることだったが、誰もレイドパーティーに話しかけて聞いたりはしない。
ライトドラゴンの死体はなく、ただレイドパーティーの人数だけが半分に減っている。
生き残ったパーティーメンバーの殆どが、あまりに強かったドラゴンへの恐怖と、先発隊の仲間を捨てて逃げてきた罪悪感に支配され、ただ空ろな瞳で足下だけをみて、トボトボと歩き続けている。
出発するときの、あの熱狂的な声援に包まれて、威風堂々と誇らしげだった姿とはあまりに対象的な姿だ。
そして、その姿が何よりも明確に、ライトドラゴン退治の結末を語っている。
「失敗か」「人数はかなり減ってるな」「まあ、無茶だったんだよ」
「その割には、残ってる連中は傷ひとつねーな」「そりゃ、逃げてきたんだろうさ」
その哀愁さえ漂う姿を見て、街人達がヒソヒソと声を潜めて話しあう。
「グルキュフ殿! 待ってくれ」
街人を掻き分けて、一人の女性が先頭のグルキュフに走りよった。
女性は、茶色というより茶髪といったほうがいいような、ちょっと品のない髪をしていて、弓矢を背負い冒険者風の服装をしている。
集団の先頭を進んでいたグルキュフが止まり、馬上からその女性を見下ろす。
「マリーか」
知っている顔だった。名はマリーリェ ブルンメル。
この街の冒険者ではあるが、まだ木の札で実力不足の為、今回のレイドパーティーには参加していなかった女性だ。
そして、彼女が、同じく冒険者で今回のレイドパーティーにも参加していたキルスティンと、恋人同士であることは、冒険者ギルドの多くの者が知るところであった。
「グルキュフ殿、帰還したパーティーの中にキルスティンの姿が見えないんですが……。
此処にいない者達は、どうなったのです?
後から遅れて帰還するんですか?」
「此処にいない者は、すべてライトドラゴンに殺された」
グルキュフの答えは単純明確だった。
マリーリェは、そのあまりに容赦ない返答に絶句して声もでない。
「すぐに、また再度討伐レイドパーティーと、死体回収パーティーの編成を行う。
マリー。今度はお前も、死体回収パーティーのほうで参加しろ」
追い討ちをかけるようなその言葉に、マリーリェはうまく反応することができないでいた。
グルキュフは、そんな彼女を置いて、先に進もうとした。
マリーリェが腹の底から声をしぼりだし、グルキュフを呼び止めた。
「まって! まってください。教えてください。
な、なぜ……、なぜなんですか?」
「ん? なぜだと? キルスティンが死んだ理由か?
それなら、ライトドラゴンが予想より強かったからだ」
「違う! そんなことじゃない。なぜ……だ、なぜなんだよ!?」
マリーリェが、ヒステリックに叫んだ。
「なぜだ!? なぜ、てめえのその小ざかしい顔と気障ったらしい鎧に、傷ひとつ付いていない?!
なぜだ?! まさか、他のメンバーを見殺しにしたんじゃないだろうな!
グルキュフ!!答えやがれ!」
マリーリェの質問に対してグルキュフは、鼻でせせら笑った。
『そんな事、聞かなくたって解っているだろう』
その表情が、そう語っていた。
もちろんマリーリェだって解っている。
ここに居ない者達を、グルキュフ達が見捨てて逃げてきた事くらい解っている。
そして、それが、状況によっては仕方ないことだと言う事も、冒険者である彼女にも解っていた。
そう、仕方ないことなのだ。
グルキュフの後ろにいた、『水と炎の旅団』のメンバーの女性も、その会話を苦虫をかみ締めるような表情で聞いていた。
マリーが文句を言いたい気持ちはよく解る。
うちのリーダーは、確かに冷徹すぎる。
それでも、まちがいなく優秀だ。
今回だって、もし下手に"情に厚い愚か者"がレイドパーティーのリーダーだったら。
下手に先発隊を助けようとしようものなら、さらに死者を増やしただけだろうし、本当に全滅した可能性だって高い。
生き残った半数の者は、それが解ってる。
だからこそ、グルキュフが先発隊を見捨てるような撤退命令を出した時だって、誰も反発せずに命令に従がったのだ。
そして、私だってその命令に従った一人だ。
街の人達も他のレイドパーティーのメンバーも、同情と軽蔑と、そして、やるせなさの入り混じった視線でそのやり取りを見つめていた。
誰も何も言わない。
嫌な沈黙が、表通りを支配している。
その沈黙を打ち破るように、マリーリェが、何かを押し殺した低い声で言った。
「アタイを死体回収パーティーじゃなくて、ドラゴン退治パーティーに入れてくれ。
キルシュタインの仇はアタイが撃つ」
「好きにしろ」
話は終わったとばかりにグルキュフは、また冒険者ギルドに向かって歩き出す。
レイドパーティーも後に続く。
マリーリェは、通りの真ん中に一人取り残され、立ち尽くす。
「キルシュタイン。まっててね。アンタの仇はアタイが必ず討つからね。
ライトドラゴンは必ず殺す。
そして……、
グルキュフ、てめえも必ず殺してやる」
その瞳には、悲しみと苦しみ、そして、憎しみと狂気が交差していた。
一章は、あと残す所 1話のみです。
最後までお付き合いください。
また、二章すぐ続きますので、お付き合いくださいますようお願い致します。




