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大変お待たせいたしました。
第三部始めます。
「ああ、見えてきた、見えてきた……」
視界の彼方、青空を背景に一層その白さを際立たせている白い羽根。
その姿を目にして利幸は「帰ってきた」という気持ちでほっと一つ息を吐く。
「くるん、くるん」とゆっくりと回る姿、クボ山村への電力供給の立役者である風力発電施設の風車の羽根だ。
初期の自衛隊設営や財閥、外務省の拠点建設においては化石燃料を使用する発電機を持ち込んでいたが、現在では風力発電と太陽光発電がメインという極めてクリーンな発電になっている。
電気を使用する施設が限られていることや、久保山村とトンネルで隣接しているため、そちらで済むことならこちらでする必要が無いということもあって余り大々的なものではない。
財閥と政府が共同で「魔力」の電力化の研究に取り組んではいるものの、まだまだ研究段階であり実用には至っていない。
「おお、精霊王が嬉しそうに遊んでおるのう」
利幸の同行者が嬉しそうな声で同じものを見て言う。
「見て」いるのは同じものだが、「見えて」いるものは違う。
彼女の目には精霊たちの姿が見えているのだ。
そう、同行者は女性、しかも二人っきりである。
さらにつけ加えて言うなら若くて美人である。
「爆発しろ」という目撃者は現在のところは居ないが、到着予定のクボ山村自衛隊駐屯地ではそうした視線にさらされまくることであろう。
その彼女曰く、風車ではなく風車の様に風の精霊王が「ふうふう」と息を吹きかけているのだそうだ。
見える人間によれば正に王の名に相応しい威厳のある長い髭を伸ばした、神にも匹敵するといわれる精霊王が、まるで子供の様に無邪気な笑顔を見せて遊んでいる姿は「城の者たちにも見せてやりたいのお」と思わず口にしてしまうほどの光景らしく、利幸も「くそっ、なんで俺には見えないんだよ!」と内心悔しくてたまらなくなるほどだ。
クボ山村の風力発電で、電力会社の人間がデータを見て首を傾げ、慌てて現地に殺到した同種の設備に比べて異様に高い発電効率の秘密が、この精霊王をはじめとする風の精霊たちの存在である。
今は距離が開いているので精霊王の姿しか見えないが、近づくと風の精霊たちが飛び回って遊んでいる姿が見えるようになる。
風の精霊たちにとっては楽しい遊び場らしい。
似たようなことは光の精霊もやらかしていて、クボ山村のそこここに見られるようになった発電用の太陽光パネルでは、本来木々に太陽光を遮られて低効率なハズのものが、快晴の一切遮蔽物が無い状態に設置されたものを上回るというとんでもないことになっている。
ともあれ、利幸は外務省の仕事で訪問した魔王の城から現在の勤務地であるクボ山村領事館への帰路にあるのだが、自衛隊とその後の建設会社の工事である程度までは舗装が済んでいるとは言え、陸路で進んでいては村の相当近くにまで寄らないと風力発電設備は見えない。
つまりは陸路以外のルートを取っているのだが、それが他の同行者無しに二人きりという状況につながっている。
クボ山村領事館において利幸は一番の下っ端である。
使い走りの様な仕事は当然彼の役割だ。
指示や連絡に有線も無線も使えず、伝書鳩はモンスターや野生動物を考えると不確実過ぎる。
数度に渡る自衛隊の空挺部隊による実験、検証後導入されたやり方で何度も城と領事館を行き来しているのだが、その方法というのが……パラグライダー+風の精霊というファンタジーと現代テクノロジーの融合である。
パラグライダーだけでは困難な離陸も着陸も精霊たちのおかげで楽々、テレビゲームより簡単なほどだ。危険なモンスターも探知も逃走も精霊のお陰で問題無い。
モンスターが気づきようのない遠距離からでも風の精霊同士の伝言ゲームでその情報が伝わるため、わざわざ近寄ろうとしない限り遭遇することも無いのだ。
当初こそビビッていたものの、今では利幸はこの方法での移動を楽しみ、一種の特権みたいなものとすら感じている。
電線も電柱も高層建築物も無い(まあ森の木は下手なビルより高いのだが)中での空の旅は、風の精霊任せというお気楽さもあって、実に贅沢な気分だ。
日本の外務省の人間で最も多い回数魔王の城と行き来しているのが利幸だ。
単純な飛行回数では遥かに多い回数飛んでいる自衛官も居るが、魔王の城とクボ山村をつなぐルートに関しては利幸を上回る者は居ない。
それが今回は仇となった。
行きは領事を伴ったタンデムで、帰りは一人での予定だったのだが、「少しでも早く着けばそれだけあちらで色々出来るのじゃ!」との鶴の一声で現在の城の最高責任者である姫を連れて行くことになってしまったのだ。
領事や上役たちは実にいい貼りついた笑顔で見送ってくれた。
まあ、止めるに止められない相手だし、仕方ないといえば仕方ないのだろう。
年齢が近いこともあって、日本サイドの人間の中では利幸が一番話をしやすかったということで、何度か話したこともあったのもいけなかったのかもしれない。
ともあれ、初回の飛行とはまた違った意味で緊張した飛行も終わりが近づき、利幸はほっとしていたのだ。
利幸がこれがゴールでは無くスタートラインであったことに気付くのはまだまだ先の話である。
「ひと昔前に比べると一眼レフやビデオカメラが減っているなぁ」と来賓席に座った正文は「本当は父兄席に居たかったのに」とも思いつつ周囲を見やる。
スマホで写真も動画も撮れてしまうため、「家族の記録を残すんだ」と父親たちが一眼レフやビデオカメラを購入することが正当化出来なくなってしまって久しい。
それでも比率としては異常に多いオタ親たちの中には「外から撮影した方がいいんじゃ?」と言いたくなる長玉を付けた一眼レフを構える者や、「それTV放送可能な画質で撮れるヤツだよね」という高価なビデオカメラで撮影する者もおり、その頂点とも言える存在が複数のカメラを風の精霊の協力を得て宇宙世紀のNT専用武装の様に飛ばしまくって、一人で複数視点の撮影をしている小田である。
魔法、魔力の存在を認識した久保山村のオタたちの中には自分でも魔法を使ってみようとする猛者が現れたが、小田は精霊とのコミュニケーションを自分の妻や娘が喜ぶからとオカリナ自作から始める凝りようで高めたオカリナ演奏の腕で成し遂げた。
流石コミュ力の異様に高いタイプのオタである。
村内では既に驚く人間も少なくなっている光景だが、今回のこの場所、小学校の入学式という場においては、多くの日本人が異世界というものにそれなりに慣れ始めているとは言え珍しいものであり、それをさらにスマホで撮影している者も居る。
精霊たちの活動範囲は以前は旧クボ山村エリア、つまり山の内側に限られていたのだが、今ではこうして山の外側にある学校設備の中においてさえ、その姿を見ることが出来る。
利幸は精霊が見えないことを悔しがっていたが、正文は精霊が見えないことに安堵している。
というのも正文とシオネの娘である雅音の周囲には常にといっていいくらい大量の精霊たちが居るらしく、精霊の姿が見えていたら鬱陶しくてしょうがないことになっているからだ。
正にジジ馬鹿爆発といった具合に雅音の小学校入学にきっちり間に合う形でスタートしたこの学校。
現状、小中高一貫で将来的には短大も出来ることとなっており、既に用地は買収されている。
また、この学校にはこれまでの学校と異なる点があり、それは小中高すべてに夜間部が存在することである。
これは異世界の住人の中の希望者に日本国民と同等の学校教育を行うための措置であり、大人でも小学校に通うことが可能である。
小学生相当の知識を一~二年間程度に圧縮して教育するというものも検討されている。
実際の教育段階では分校などと同じ感じで、一つの教室内で違う学習進度の人間をまとめて見るという形になるのではないかとも言われている。
異世界人への学校教育という今後の融合、友好政策において重要なモデルのテストケースとして、国からもバックアップを得るなど、結果論としてジジ馬鹿からの暴走による素早い動きがミクロでもマクロでも役に立っている。
これが役所主導であったなら、現時点でもまだ検討段階であっただろう。
そのジジ馬鹿は「ワシが来賓側だと大げさになりすぎるからな」と父兄席に座っている。
すっかり貫禄が増した孝典や、式典にも関わらず白衣姿の研究員たちも父兄席に見える。
新入生の比率は一番多いのは日本人そのものといった外見だが、その何割かは異世界の住人とのハーフだし、耳を見て分かるダークエルフの血が強く出た者、そうした者たちと幼い頃から一緒に遊んでいた異世界の子供の姿もあり、一番インパクトが強いのはなんと言ってもリザードマンの子供たちであろう。
学校法人買収時に懸念された、ダークエルフの血を強く引いた子供が悪目立ちしてしまうのではないかという懸念など完全に吹っ飛んでしまっている。
来賓挨拶に壇上に立ち、新入生たちの中に座る雅音が自分の姿を目にして嬉しそうな顔をするのをしっかりと視認しつつ、正文は雅音の友達となる新入生たちに挨拶の言葉を発した。
いつも直接入力でやってるんですが、入力画面が出ずに上手くいかないので新規で書いて保存、執筆中小説を投稿で投稿というやり方でやってます




