表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/9

白い世界と魚の女神

「……暇だな」


ゆうきは、自分の部屋でぼんやりと呟いた。


スマホの画面には、見慣れた配信アプリの通知が並んでいる。


Avvy。


昨日まで、当たり前みたいに開いていた場所。


笑ったり、話したり、誰かの声を聞いたり。


特別なようで、特別じゃない日常。


「今日は誰か配信してるかな……」


そう言いながら、ゆうきは机の上のボールペンを指先で転がした。


その時だった。


ほんの出来心。


くだらない好奇心。


あとから考えれば、何をしているんだと思うような一瞬。


次の瞬間、視界が真っ白になった。


音が消えた。


身体の感覚も、重さも、呼吸も、全部が遠くなっていく。


「……え?」


それが、元の世界での最後の言葉だった。



目を開けると、そこは白い世界だった。


床もない。


壁もない。


空もない。


ただ、どこまでも白い。


「……ここ、どこ?」


ゆうきが呟くと、正面にぽん、と水音が響いた。


水たまりもないのに。


波紋だけが白い空間に広がる。


そして、その中心から一人の女性が現れた。


水色の髪。


魚の形をした髪飾り。


白と青の神衣。


にこにこと笑うその人は、なぜか片手に漫画の単行本を持っていた。


「やっほー!」


「え」


「死んじゃったね!」


「軽っ」


ゆうきは思わず真顔になった。


女性は慌てて口元を押さえる。


「あ、ごめんごめん。言い方が悪かったかも」


「悪かったかもじゃなくて、だいぶ悪いです」


「だよね!」


なぜか嬉しそうに頷く。


「私は魚神もぐ。幸せを与えることが趣味の女神です!」


「趣味なんだ……」


「うん。趣味」


もぐは胸を張った。


「君にはこれから、新しい世界に行ってもらいます」


ゆうきは黙った。


死んだ。


新しい世界。


女神。


転生。


あまりにも聞いたことがある流れだった。


もぐは目を輝かせる。


「いい反応! さては君、サブカル分かる人だね?」


「まあ……多少は」


「やっぱり!」


もぐは漫画を抱きしめた。


「日本の文化、最高だよね。異世界転生ってロマンだよね」


「当事者になると全然ロマンじゃないです」


「それもそう!」


もぐは笑った。


けれど、その笑顔は不思議と嫌な感じがしなかった。


軽いのに、冷たくない。


ふざけているのに、どこか優しい。


「大丈夫。君には、ちゃんと生きられるだけの知識を渡すよ」


「知識?」


「言葉、常識、魔法の基本、危ない魔物、食べられる草、食べたらだめな草」


「最後けっこう大事ですね」


「大事だよ。お腹壊すからね」


もぐはゆうきに近づき、そっと額に指を当てた。


その瞬間、知らないはずの言葉や景色が、頭の奥に流れ込んでくる。


王国。


冒険者。


魔物。


魔法。


ギルド。


剣。


精霊。


そして、ユニークスキル。


ゆうきは目を細めた。


「……すごい」


「でしょ?」


もぐは得意げに笑う。


「それから、君にもユニークスキルをあげます」


「俺にも?」


「うん。魂に合ったものをね」


もぐはゆうきの胸元に手をかざした。


白い空間に、淡い光が広がる。


しばらくして、もぐは小さく笑った。


「優しいね」


「え?」


「でも、抱え込む」


ゆうきは何も言えなかった。


もぐは続ける。


「信じた人には、はっきり言える。でも、本当に大切な人ほど、本心を隠す」


「……」


「だから、君にはこれ」


光が形になる。


胸の奥に、名前が刻まれるような感覚。


《魂の共鳴》


ゆうきは、その言葉を自然に理解した。


信頼した相手の力を、自分の力として扱う。


そして、共鳴した相手の力も引き上げる。


ただし、握手と同意が必要。


右手と左手。


最大二人まで。


「……俺だけが強くなる力じゃないんだ」


もぐは嬉しそうに笑った。


「うん」


「だって、君はそういう人じゃないから」


その言葉だけが、妙に胸に残った。


ゆうきは小さく息を吐く。


「俺は……その世界で何をすればいいんですか」


「好きに生きていいよ」


「え?」


「新しい人生だから。楽しんでいい」


もぐは、白い世界の向こうを見た。


「それに、会いたい人がいるんじゃない?」


ゆうきの表情が変わる。


Avvy。


画面越しに笑っていた人たち。


名前しか知らない人もいた。


声しか知らない人もいた。


でも、確かにそこにいた人たち。


「……みんなも、いるんですか」


もぐは答えなかった。


ただ、少しだけ困ったように笑った。


「探してごらん」


その一言で、十分だった。


ゆうきは頷いた。


「行きます」


「うん」


もぐは両手を広げた。


白い世界に、風が吹く。


「いっぱい笑って」


光が強くなる。


「いっぱい泣いて」


足元が消える。


「いっぱい幸せになってね」


最後に見えたもぐの顔は、なぜか少し泣きそうだった。


「それが、私の幸せだから」


そして、ゆうきの意識は白い光に飲み込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ