第1話 魔王の孫は貧困にあえぎ、人間の町へと旅に出る
新連載始めました。
ファンタジージャンルで書くのは初めてになります。
最初の1週間は毎日更新するようにがんばりますので、よろしくお願いいたします。
「よくぞここまでたどり着いた、愚かな人間どもよ。我こそがこのデモンズキャッスルが主、大魔王サミュエルなり。この俺の城に足を踏み入れて、生きて帰れると思うなよ! フハハハハハッ!」
ここは魔王城・デモンズキャッスルの玉座の間だ。そして、身の毛もよだつような仰々しい飾り付けがなされた玉座に堂々と座し、目が合っただけで心臓が凍てつきそうなまでの鋭い視線をこちらに向けている男こそ、この城の主であり悪の権化、大魔王サミュエルである。
「カット、カーーット! うーん、なんか足りないんだよなぁ」
「な、何かって何だ?」
ツインテールの少女に突っ込まれて、大魔王――のはずのサミュエルは首を傾げた。
「なんていうか、色気? もっと、こうさー、『いやーーん、あの魔王様に食べられちゃいたぁい』って思わせるような?」
「そ、そんなこと言われても無理だ! 怖そうにセリフを言えと言ったのはお前だろう? 恐ろしいのかセクシーなのかどっちかにしてくれ!」
「ミュくんは本物の魔王じゃないんだから、怖そうな中にもこう、そこはかとない色気が漂うのが理想なわけで……ミュくん、服のボタンもう一つ外してみようか……ぐへへへっ」
「くっ、お前って女は……! 俺の体を何だと思っているんだ!」
「うへへ、見世物?」
「くっ……」
(そうだ、その通りだ。この体は……実際に見世物なのだ)
サミュエルはこの週末に開催されるデモンズキャッスルスペシャルイベント『大魔王サミュエル様に食べられたいのはどこのどいつだ!』の稽古の真っ最中だった。
なぜ、魔王の孫の彼がこのようなことをやっているのか――それは語れば長い長いお話になる……。
◇ ◇ ◇
サミュエルの祖父は偉大な魔王だった。魔界史上最も長く、そして苛烈に地上侵攻を果たしたとして歴史に名を刻む大魔王だった。
しかし、それも過去の栄光に過ぎない。
祖父も父も、結局は世界を掌中に収めることなく、勇者に討伐されてしまった。
そして、人間たちは、力ある魔族の命を刈り取って、祖父が集めた宝を根こそぎ奪って去っていった。
陥落した魔王城には、幼いサミュエルだけが残されたのだった。
――あれから100年近い時が流れた。
「サミュエル様。長年お仕えしてきましたが、どうか、お暇することをお許しください」
祖父の代から魔王一族に忠義を尽くしていた悪魔族の生き残りであるサダムが挨拶に来た。
「行く当てはあるのか?」
「魔界に帰ろうかと……」
「そうか……。達者でな」
「魔王様も、どうかご健勝で」
「その言い方はよしてくれ。俺はただの魔王の孫、これといった配下もいない名ばかり魔王に過ぎないのだから」
サミュエルはため息をついた。
荘厳だった魔王城は、いたるところが崩れ落ち、風前の灯だった。彼が魔王の孫としてもてはやされていたのは、もはや過去の話に過ぎない。
100年も経てば、人間に対する恨みも消える。そもそも、最初に攻撃をしたのは魔族側なのだ、お互い様だとさえ思えてくる。
一人残されたサミュエルは、祖父が父が手に入れたいと強く望んだ人間の世界が一体どのような場所だったのか、それを自らの目で確かめたいと思った。
魔王城は、大陸の南海に浮かぶ孤島、通称死の大地と呼ばれている場所にあった。島を囲む海には、大渦がうねり、島全体が切り立った山に囲まれているため、海から侵入することは難しく、空を利用する必要があった。
幸い、魔王の血族であるサミュエルは飛行魔法が使える。さらに、彼は竜族の血を引いているので眷属であるワイバーンを自在に操ることもできた。
海を北東へ進んでいくと、前方に陸地が見えてきた。この辺りは、100年前、祖父の軍勢が上陸し、侵略した場所であると伝え聞いていた。その伝承の通りに彼の目の前に陸地が現れた。祖父はここに砦を築き、大陸侵略の拠点としたとのことだったが、さすがにそれらしき場所を見つけることはできなかった。
が、ほどなく人間の集落を見つけた。そこは、初めて訪れる人間の町だった。
整った町並み、豊富な食料、そして賑やかな人々の声が響き渡る平和で明るい町。孤独を舐めつくしたサミュエルは大勢の人間と町の活気に圧倒された。
お上りさん丸出し状態でキョロキョロしながら町を歩いていると、今まで嗅いだことがないような匂いが漂ってくる。
(なんて旨そうなんだ……)
サミュエルは生まれてこの方、おいしいと思うものなど食べたことがない。それにも関わらず、直感で「旨そうだ」と感じた。そしてその匂いに釣られるように店の前に来ていた。
屋台では、今まさにたこ焼きを焼き上げていた。作り手の手際の良さは見ているだけでも魅力的で、全く飽きなかった。
「もうすぐできるよ。お兄さん、ひとつどうだい?」
「これは何という食べ物だ?」
「なんだ、あんた旅人かい? これはここいらの名物のたこ焼きさ」
「何とも旨そうな匂いだな。食べていいのか?」
「もちろんさ……だけど、あんた、金は持っているのか?」
屋台の女店主はサミュエルを無遠慮にジロジロ見た。控えめにいってもサミュエルは超イケメンだ。長く輝く銀糸のような髪に、黄金に輝く切れ長の双眸。だが、それを台無しにするぐらい酷いボロを身に纏っていたのだ。それはまるで、「俺は金を持ってないぞ!」と主張しているかのようだった。
「金?」
「あんた、顔だけは立派なのに、金を持ってないなんて、一体どんな田舎からでてきたんだい?」
店主は訝しそうにしている。
「み、南のほうにある島で……。その金とやらはどこで手に入るのだ?」
「お金が入用ですかー、お兄さん? なんだったら、謎の美少女のわたしが払ってあげましょうか、そのたこ焼き代」
背後から別の声が飛んでくる。見るとそこには丈の短いローブに冒険者風のマントを羽織った、栗毛色のツインテールの小娘が立っていた。
(この小娘、こんな小娘なのに、金とやらを持っているのか!?)
「いいのか?」
「ただし! 当然のことながら、タダというわけにはいきませんよ、イケメンのお兄さん」
小娘は小娘の癖に結構いやらしい目つきでこちらをジロジロと見てくる。
「何をお望みなのだ?」
サミュエルは恐る恐る尋ねる。
「そうですねぇ、お兄さん、めっっっちゃイケメンの上、超いい身体してますからねぇ。ここはひとつ、わたしに手を貸してくれませんかねぇ?」
「て、手を貸せだと! 切り落せと言うことか!? 悪魔族だってそこまでの代償は求めないぞ!」
「いや、お兄さん……。手を貸せというのは手伝ってほしいということですよ……」
「そ、そういうことか。あまり驚かせないでくれ……」
人間魔族とは文化がまるで違う。となると会話一つとってもかなり気を遣うということを知る。
たこ焼きの香りは魅力的だが、あの小さな丸い玉と引き換えに手がなくなるのは、さすがに代償が大きすぎる。手を貸すということが、手伝えという意味でよかったとサミュエルは安堵して、深く息を吐いた。
「で、一体、何を手伝えばいいのだ?」
「はい、わたし、これからちょっくら行きたい場所があるんですよ。だから、強そうなお兄さんに護衛をしてもらえたらと思いましてね。あ、もちろん、このたこ焼き代プラスアルファの報酬はお支払いしますよ?」
「護衛を務めれば、金をもらえると? そして、金があればこの辺りの食べ物が食べられるということか? これも? それも? あれも!?」
たこ焼きの他にも、この辺りの屋台にあるものはあれもこれも気になる。小娘が行きたいところなどたかが知れているだろう。当然、護衛だって楽勝なはずだ。なんせ彼は魔王の孫なのだから。
「まあ、ありていに言えばそういうことですね。どうですか?」
「よし、そういうことであれば、引き受けようではないか」
「では、交渉成立ってことで。おばちゃん、たこ焼き2皿ね」
「はいよ! 毎度ありっ」
小娘は銀貨を1枚渡し、たこ焼きを2皿買うと、近くにあったベンチにサミュエルを案内した。
「はい、どうぞ」
「あ、ああ、感謝する」
サミュエルにとって、このたこ焼きは、生まれて初めて食べる人間の食べ物だった。彼はこれまでろくなものを口にしてこなかった。コウモリやイノシシ、カエルなどが主な食事で、それもほとんど生で食べていたのだ。
得体のしれない小さな丸い物体から、おいしそうな香りが漂っていること自体がすでに十分すぎるほど刺激的だった。
サミュエルはたこ焼きを一つ取り、そのまま口に放りこんだ。
「んんんん! な、な、ななんだこれはあああああああ!」
湯気が出ているのでわかってはいたが、まず温かい。そして、味は複雑怪奇なうえ、外のカリっとした生地と中のトロっとしたバランスが素晴らしい。その中に浮かぶタコの弾力。
それからサミュエルは夢中になってたこ焼きを食べた。気が付いたらあっという間にたこ焼きを平らげてしまった。
(人間とは、このような旨いものを常日頃から口にしているのか……!)
サミュエルにとって、人間たちの食べ物はあまりにも衝撃的だった。
あたりの屋台が容赦なくサミュエルを魅了してくる。「こっちにいらっしゃ~い、わたしもおいしいわょ」と。
(ああ、ずっと人間の町にいたい! このたこ焼きを毎日食べていたい!)
そのためには、目の前にいる小娘の仕事を手伝い、報酬の金を得なければならない。サミュエルの目の色が変わった。
「で、娘、お前はどこに行こうというのだ?」
たこ焼きの為ならばえんやこら。どこでもお供しまっせという顔つきのサミュエルだった。
しかし、この時のサミュエルはまだ知らない。このアンジェラと始めた”旅”が、とてつもなく短くて、信じがたいほど長い旅になることを。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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