85.秘策
【国立エネルギー総合大学】
工学部2号館のきれいな廊下を進んで、俺は目的の部屋の前にたどり着く。
以前訪れたときと何も変わらないはずなのに、どこか暗い雰囲気に思えた。
扉を2回、ノックする。
ドアノブに手をかけて、ドアを開いた。
「……こんにちは、三波善くん」
「……お忙しいところ、失礼します。……ウダガワ教授」
ウダガワ研究室を訪れるのは2回目である。
前回と同じように促されて、高級そうなソファに座った。
ウダガワ教授は両手にコーヒーカップを持って、ふらふらとした足取りでそれを運んだ。
「あの、お気遣いなく」
脚の悪いウダガワ教授を制止しようと声をかける。
せめて杖を使って歩いてくれ。それか、自分で運びます。
「遠慮はいらないよ。酷い顔をしている。まあ、一息つきなさい」
ウダガワ教授にばっさりと止められたことで、俺は大人しくソファに座りなおした。
両手で頬を触ってみる。
酷い顔、か。
確かに、そう言われてもおかしくない。
ウダガワ教授も腰を下ろすと、ずず、と音を立てて、日本茶を飲むみたいにコーヒーをすすった。
「……メール、読ませてもらったよ」
「……」
ウダガワ教授のタブレットの画面に、何倍かに拡大された文字が映る。
今朝、俺が送ったものだ。
*
宇田川教授
いつもお世話になっております、工学部大学院1年の三波善です。
教授の最新の論文を拝見し、どうしても気になる点があり、メールを差し上げました。
スイ以前に生まれた「同じ体質の赤子」が、みんな一様に【お腹だけを食われている】という事実についてです。
ここから、ひとつの仮説が浮かびました。
モンスターを引き寄せている原因物質は、全身ではなく、スイの「腹部」だけにピンポイントで存在するのではないか、という説です。
もし全身の細胞や、骨・歯に原因があるなら、化け物たちは死体をバラバラに貪るはずですし、火葬したあとの遺骨にも群がるはずです。
でも、現実はそうなっていない。
つまり奴らは、赤子の身体そのものではなく、お腹の中にある「何か」だけを正確に狙っていると考えられます。
この仮説を証明するために、以下のような段階的な実験をご提案させてください。
1.髪や爪の実験(安全なもの)
まずはスイの髪や爪など、彼女を傷つけないサンプルで実験し、ここにはモンスターが湧かない(=全身に物質があるわけではない)ことを証明します。
2.組織の実験(少し踏み込んだもの)
もしスイの同意が得られれば、彼女の健康を絶対に害さない範囲で、少しずつ生体サンプルを採取し、本当の原因物質がどこにあるのか特定を進めます。
ここからは、私の個人的な希望なのですが、
もしその物質が、命に別条のない組織や臓器にへばりついているだけなら、手術でそれを取り除くことで、スイに「本当の身体」を返してあげられるのではないでしょうか。
さらに言えば、取り出した「物質」の方をカプセルか何かで生かし続けることができれば、スイの寿命に関係なく、この国は「永遠のHETシステム」を手に入れられることになります。
学生の思いつきの、拙い空論かもしれません。
ですが、スイの未来を変える可能性が少しでもあるならと思い、メールを送らせていただきました。
教授の率直なご意見をいただけますと幸いです。 よろしくお願いいたします。




