61.永遠の繁栄
娘を愛していると言うのと同じ口で、スイを縛り付ける。
イズミノ陸将は、スイに罪を負わせた。
スイがモンスターを引き付けてしまうことを、生まれながらの罪と、そう呼んだ。
それどころか、その罪を一緒に背負うと言い切っている。
彼の実際の行動は、確かにこの国を救ったかもしれない。
スイを閉じ込め続け、戦わせること。
いつか確実に枯れると言われていたエネルギー問題を解決し、この国を長く覆った不況の波を取り去り、貧困ゆえの不幸をなくしてしまった。
「きみは、わたしたちのことを公表しようとしているね? それで、この国の世論を動かそうとしているね?」
「……そうだ」
1億3000万の幸福の裏で、ひとりの少女が犠牲になっている。
人類の電池として、閉じ込められ、戦わされて、反抗心を取り除くために、人為的に無知なままにされている。
これは正真正銘、虐待だ。
そして虐待は、どんなに正当にみえる理由があろうとも、許されない。
「きみも分かっていると思うが、人間というのは、一度手に入れた幸福を決して手放そうとはしない。きみが万が一このことを公表しても、世論は動かない。不都合な真実は黙殺され、人々はこれからも平和を享受し続ける」
そのことは、カサマツも言っていた通りだ。一人の少女を救うために、己の幸福を犠牲にできる人間が、どれほどいるだろうか。
こんなことを声高に叫んでも、何も変わらないのかもしれない。
「きみもそうだろう。きみは今すぐにその恵まれた環境を手放せるか? 今この瞬間から大学に通えなくなり、エネルギー危機できみも、家族も、全国民が貧乏に逆戻りだ。それをきみは受け入れられるか?」
「……」
自分の起こした行動で、すべてを失う。自分だけでなく、1億3000万の、すべてを。
俺は奥歯を噛み締める。そうだ。俺も手放したくないうちの一人だ。
スイを犠牲に繁栄を享受し続ける、これは、ほかの人と何も変わらない。
どんなに考えても、結論は出ない。
俺は喉の奥から、言葉を振り絞る。
「……スイが死んだら、どうするつもりなんだ」
「……」
俺の言葉に、イズミノ陸将は押し黙る。
永遠の豊かさをうたうHETだが、無限というわけではない。
「スイの身体にだって寿命はある。寿命を迎えたら、『その日』は必ず訪れる」
スイが生身の身体をもつ限り、これは避けられない。
何十年後かは分からないが、スイの肉体の死と同時にモンスターは発生しなくなり、HETを手に入れることはできなくなる。
地球上にランダムに生まれる、同じ体質の赤子をピンポイントで保護し、新たな電池にするとでも言うのだろうか。
「……そうか、賢いきみならとっくに気づいていると思ったが」
そう言って、イズミノ陸将は不敵に笑う。
「機械化手術の技術は、『副産物』だ」
イズミノ陸将は貼りつけた笑顔のまま、語る。
「わたしたちの最終目標は、肉体の完全な機械化だ。生身の身体の寿命にとらわれることなく、不老となり、不死となること。この国の根幹たる『体質』も完璧に移植して、この国に正真正銘の、永遠の繁栄をもたらすことだ」
永遠の、繁栄。スイの肉体を改造し、寿命も、終わりも、無い存在にすること。
永遠の時間をスイに与え、未来永劫、この国の電池として存在させること。
「現在行われている『治療』としての機械化手術は、単なるデータ収集にすぎない。HETで得た莫大な利益を投資していれば、あとは黙って待っているだけで、技術が勝手に進歩していくだろう。人類が完全な不老不死を手に入れるのだって、時間の問題だ」
脳が理解を拒んでいる。
完全な不老不死を手に入れる。そんな研究が大々的に行われるわけがない。
「そんな研究、倫理的に……」
あまりの内容に反射で答えるが、それはイズミノ陸将にすぐに遮られた。
「この世界に強欲な人間は大勢いる」
その一言で、理解してしまう。
永遠の命。永遠の若さ。それを求める動機は、いくらでもある。
それを求める人がいるのも、当然だと思える。
権力者、資産家、アスリート、芸能人、——いや、すべての人が幸福である現代であれば、一般の人の中でも、多分。
機械化手術によって、不治の病は過去のものとなった。
それを提供している研究者、医師、エンジニアたちは、当然みな善意を持っている。
病気に苦しむ人を救いたい。そんな、純粋な善意。
より多くの病気に適応を。幅広い年齢層にも手術を。
より後遺症が少なく、より生身と似ているボディで、より長く生きられ、もっともっと、よりよいように————
そうやって、いつか人類は、不老不死の肉体を手に入れるのだ。
それはすなわち、スイを未来永劫、人類への供物として、捧げ続けることを意味している。




