60.狂気
「きみのことを調べさせてもらった。三波善、国立エネルギー総合大学院、ナグモ研究室所属、工学部1年生。年齢は20歳。東京都出身。家族構成は本人、父、母、弟が2人。そして……『蒼瑛小の悲劇』の生き残り」
素性は既に調べられている。
あの日の大災害のことは、家族以外に誰かに話したことはない。
それでも、地獄の炎から救助してくれたのもまた軍だった。
内部で調べれば容易にたどり着く情報なのかもしれない。
「両親はともに会社員。善良な、武器をもたない一般市民だ。弟たちはまだ高校生か。上の弟は成績優秀で歯学部志望、歯科医師になるのなら国家資格が必要だね。下の弟は同世代では随一のバイオリニストか。音楽で食べていくのなら、周囲からの評判は重要だ」
演技がかったような口調で、イズミノ陸将は語る。
「……何が、言いたいんですか」
「……いや。テロリストの家族だと世間に知れたら、きみの家族はどうなってしまうのかな、と思ってね」
「……」
イズミノ陸将は鋭い眼光のまま、口角を上げた。
イズミノ陸将の言葉に、腹の中で怒りが湧いた。
家族は関係ない。これは俺だけの問題であることは明白で、家族まで巻き込まれる謂れはない。
「それともなんだ、家族は関係ないとでも? これはきみだけの問題だとでも言いたいのか?」
「……」
イズミノ陸将の笑みに、言葉が詰まった。
言われた通り、俺が考えた通りに、これは自分だけの問題だ。おそらく、分かって尋ねている。
先に言葉を封じられてしまった。
「賢いきみなら、今後どうすればいいのか、分かるだろう? 何をすべきで、何をすべきでないのか」
何も言い返せない。もうこれ以上、スイのことに首を突っ込むべきではない。
それは理解した。分かりきったことだ。
それでも。
「あなたはスイを愛していないのか?」
「……は?」
俺の言葉に、イズミノ陸将は眉をひそめる
。
「スイの身体を地下に閉じ込めて、機械の身体で無理な戦闘をさせて。とても実の娘にする仕打ちとは思えない」
これは事実だ。一般軍人の待遇を改善したり、この国のエネルギー生産に尽力したりと、スイ以外のみんなを大切にしているように思えるのに。
どうしてスイにだけ、当然のように負担を強いているのだろうか。
「国民の幸福と、娘の幸福。天秤にかけて、少しも迷わずに国民の幸福を選べるものなのか? 親なら、少しくらい葛藤があるはずだ」
どこか冷静な脳が、ああ、俺終わるのかも、そう告げる。
いち学生が権力者に盾ついて、噛みついている。無事では済まないのかもしれない。
それでもずっと思っていたことを、言わずにはいられない。
逃げるわけにはいかない。
そうして、自分の中にあった最大の疑問をぶつける。
「あなたは、本当にスイの父親なのか?」
しばらくの、無言。肩にかけられたイズミノ陸将の指がほどかれて、彼はうつむいた。
そして間を置いて、肩を震わせる。
「あははは!」
イズミノ陸将は顔を上げて、声を出して笑っていた。
心底おかしいと。そう思っているかのように。
「何を言い出すのかと思ったら……」
はあ、と短く息をついて、イズミノ陸将は続ける。
「わたしたちは正真正銘の親子だ。世界にたった二人だけの家族であり、そしてこの国の豊かな暮らしに身を捧げる同志だ」
イズミノ陸将は笑ったまま、両手を広げた。そして俺のことを真っすぐ見る。
「わたしたちの心はひとつだ。そして当然、生まれながらの罪を、一緒に背負う覚悟をもってここに立っている。わたしたちの仕事は、きみみたいなちっぽけな一般市民でさえ、一人も取りこぼさずに幸福にすることだ。きみはまだ学生だから分からないだろうけれど、わたしたちの絆は強く深いのだよ」
その言葉に感じたのは、底知れぬ恐怖。理解不能で、不気味で、深い暗闇のような——
彼はスイを愛しているゆえに、支配している。
意識的にか、無意識的にかは、わからない。
それでも、圧倒的な狂気を持ってそこに立っている。
どこか、スイと自分の境目を無視しているかのような。一度もスイの名前を呼ぶことなく、ただ、「わたしたち」と表現し続ける。
自分が国民の生活のために、身を尽くすのは当然のこと。
【だから】、スイも同じように、喜んで人類の電池としてその身を捧げるべきなのだ。
ああ、この人は——
「狂ってる……!」




