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54.ある機械化人間の独白1


【和暦:緯新19年 大阪市】



  将来の夢 6年1組 笠松翔大



 ぼくの夢は、恐竜博士になることです。


 ぼくが恐竜を好きになった理由は、三年生の夏休みに、お父さんの実家へ遊びに行ったときに、恐竜博物館に連れていってもらい、大きな恐竜の化石を間近で見て、とてもかっこいいと思ったからです。


 中学生になっても、一生けん命勉強をがんばりたいです。そしていつか、自分の手でティラノサウルスの化石を発くつしたいです。


 石の中で何億年も形を残している恐竜のように、ぼくも強い心を持って、夢に向かって進みたいです。




「母ちゃん!」


 ランドセルを床に放り投げて、母に駆け寄る。

 母はキッチンの床に座り込んで、必死に手すりにしがみついていた。

 すぐそばには水玉模様の車椅子が横たわっている。


「ああ、ショータ……ごめんな、上にあるケトル取ってくれへんか」


 母は床に腰を落としたまま、力なく笑う。

 キッチンの台をみると、カフェオレの粉が入ったマグカップが置かれていた。


「一人で立ったらあかんやろ。リハビリの先生も言うてたやんか」


「そうなんやけどな……ショータ、父ちゃん呼んできてくれへんか?多分部屋におるわ。母ちゃん、一人じゃ立たれへん」


「ええけど。怪我してへんか、痛いところは?」


「大丈夫。ごめんなショータ、迷惑ばっかかけて」


 母はいつも、謝ってばかりだ。


 小さいころは、普通の家族だった。父と、母と、オレ。三人で暮らしていた。


 母は近くのスーパーでレジを打つ仕事をしていて、父はビルを建てる仕事をしていた。

 なんでもかんでも買ってもらえるわけではなかったけど、サンタクロースは新品の3DSを持ってきてくれたし、母はオレに謝ったりしなかった。


 それがいつしか、母は仕事に行けなくなり、買い物や料理、掃除ができなくなり、少しずつ動けなくなり、今では一人で立ちあがることさえできなくなってしまった。

 うちに車椅子が届いたころに、父は仕事を辞めた。

 母を家で一人にしておけなかった。



 父に支えられてなんとか車椅子に座った母は、ぶつけた肘をゆっくりとさすりながら言った。


「そういえばショータ、作文書いてたやろ? 母ちゃんにも見せてや」


「……ええけど」


 小学校の卒業文集だ。作文は苦手なわりに、それなりのものを書けたと自覚があった。

 先生に何度も直されたのはムカついたが、それでも形になったのだ。


 タイトルは「将来の夢」。


 それを読んで、母はうれしそうに笑った。暗い顔が増えた母の、久しぶりに見る心からの笑顔だった。


「ええやん。ショータ、恐竜好きやったもんな。今でも好きなんや」


「ええやろ別に。はずいわ、返して」


「ええー最後まで読ましてや」


 母は心底楽しそうに、原稿用紙に目を走らせていた。

 指先がもつれて用紙がうまくめくれなくても、何度も何度も指の腹をこすりあわせて、少しずつ読み進めている。




 母が倒れるまで台所になんて一度も立ったことがなかった父が、大皿に盛られた料理を運ぶ。


「できたぞー。今日はもやしと厚揚げの煮物や」


 ほかほかと湯気が立った皿がテーブルに置かれた。

 はじめは焦げたりしょっぱすぎたりした父の料理だが、最近は成功することが増えている。


 喉元まで上がってきた文句は、唾液とともに飲み込む。

 オレ、厚揚げより肉がいい。

 以前それを父に伝えたら、悲しそうな顔をされたからだ。


「ショータには特別に、なんと、鶏肉つき」


 オレの取り皿には鶏肉がふた切れ、あらかじめ盛られていた。


「オレだけなん?父ちゃんと母ちゃんは?」


「父ちゃんは腹減ってないで、ショータが食べればいいんや」


「母ちゃんもええわ。歩かんし、お腹空かんねん」


 よく煮込まれた鶏むね肉を頬張る。

 口の中に肉の味がじゅわっと広がって、思わず笑みがこぼれた。

 そのまま白米を口に運ぶ。


 あっという間に完食したものの、用意された食事ではまだ足りない。

 炊飯器の中にはまだご飯が残っているはずだが、それでもオレは箸を置いた。

 それは両親の、明日の食事であることには、気づいていた。

 そして両親が最近、まともな食事をしていないことにも。


 オレに食べさせることばかり考えて、自分たちはろくに食事をとっていない。


 母は働けず、看病のために父も仕事をやめた。自分の家が貧乏なのは、わかっていた。

 じいちゃんも伯父さんも母と同じ病気で亡くなったと聞いたから、頼れる人もいない。


「ごちそうさまでした!うまかったわ」


 オレの言葉に母はにっこりと笑った。



 それが母の笑った顔を見た最後だった。




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